3.4「落ちこぼれの力、一回くらい味わいなよ」
3.4「落ちこぼれの力、一回くらい味わいなよ」
「わたし、アルネヤちゃんに勝ちます! 勝ってみせます!!」
スピカの宣言を聞き、アルネヤは不敵に笑みを浮かべた。
「勝つ? あんたがあたしに? もう忘れたのかしら。あんたは昔からずっと、あたしに頼ってばかりだった。術式の才能はあっても、術式を使った戦闘はからっきしダメダメだったじゃない。そんなあんたがあたしに勝つ? 冗談でしょ」
「冗談なんかじゃありません。わたしだって"巫女"なんです!」
スピカは"残響器アークトゥルス"を構え、建物の上からアルネヤに向けた。
彼女が小さく何かを唱えると、杖の周囲に十数個の光の球体が出現した。
「マナ・バレット!」
スピカが叫ぶと同時に、魔力を凝縮してできた光弾"マナ・バレット"がアルネヤに向かって射出される。
以前失敗していた術式だけど、今度はちゃんと軌道がアルネヤに向いていた。
当たる――
「当たってなんて――あげないわよ!」
アルネヤは肩に装備した2本の"機械腕"と、ローブに張り付いた"外骨格"のような装甲板で身体を覆う。
外敵を見つけた虫のように丸くなったアルネヤの身体に、マナ・バレットが全て着弾した。
しかし光弾は装甲に弾かれ、全くダメージがない。
損傷すら与えられなかった。
やっぱり、アルネヤはスピカやコルネリウスさんのような、杖で普通に術式を扱う典型的な魔術師とは違うらしい。
あの"機械腕"や"外骨格"によって近中距離戦の防御を固め、大量の飛行砲台"B・ファミリア"で中遠距離戦をこなす。
万能型の魔術戦士だ。
スピカはパワーだけなら一級品の術士。
なのに傷一つ負わせられないということは、あの"外骨格"の装甲は相当の防御力を持っているということ。
正直、戦闘が不得手なスピカにはかなり荷が重い相手だ。
――だけど。
「忘れてるんじゃないかな――この戦いは2対1だってことをさ」
ぼくはスピカの攻撃に紛れてアルネヤに接近していた。
スピカに対して彼女はずいぶん注意をひかれているようだ。
気づかれずに接近するのはわけなかった。
ナイフや打撃によって装甲が覆っていない部分を攻撃すれば、ダメージは通せるはずだ。
「――舐めるなっ!」
アルネヤはぼくの不意打ちを機械腕で受け止める。
思ったよりも反応が速い。
戦闘に慣れているようだ。
そう思っているうちに、もう一つの機械腕がぼくに向かって伸びていた。
だったら、
「これでどうかな」
「なっ……ここまで接近して……!」
ぼくは攻撃を避けるために距離を取るのではなく、アルネヤにさらに接近してほぼ密着状態になった。
彼女の装甲付きローブが覆うその内側にまで身をかがめて入れるくらいに。
「機械腕で下手にぼくを攻撃すれば、自分にも当たる距離だ」
「薄汚い男があたしに……近づかないで!」
アルネヤはぼくの腹部の前で手のひらを広げた。
その手が光り輝き始める。
まずい、密着すれば攻撃手段が制限できると思ったけど……。
これは考慮してなかった――
「"排撃"!!」
手のひらから発せられた弾けるような衝撃波で、ぼくはふっ飛ばされた。
数メートル先の地面に叩きつけられ、転がり、壁にぶつかる。
「がっ……!」
全身を打ち付けてぼくはうめいた。
アルネヤがそれを見て、勝ち誇った笑みを浮かべる。
「いまのは"簡易詠唱"だけど、ゼロ距離なら威力は十分……内臓にダメージが入ったでしょう。あんたはもう再起不能よ」
「それはどうかな……」
ぼくは悲鳴を上げる身体に鞭打って立ち上がった。
ギリギリだったけど、防御が間に合った。
「"黒水星"でガードして、直前に後ろに跳躍したんだよ。この通りボロボロだけど、まだ戦える」
「強がりを……」
「強がりじゃないさ、役目は果たした。言ったはずだよ、ぼくらは2人。そしてきみに勝つのはぼくじゃない、スピカだ」
「――?」
ぼくの言葉にハッとしてアルネヤは振り向いた。
気づいていなかったのだ。ぼくとの接近戦に気を取られていて。
一対一ならば魔力感知で気づいていただろうけど、今回は気づけなかった。
これがぼくらの作戦だ。
「この膨大な魔力は……!」
アルネヤは驚愕していた。
巨大な"方陣"を描き、その中心に立ったスピカが杖を縦に構え、長い詠唱を口にする。
"方陣"も"詠唱"も必要ない"簡易詠唱"とは対極にある、正当な術式。
「スピカの……"完全詠唱"!?」
そう、スピカは唱えていたのだ。アルネヤに勝つための術式を。
「闇夜に響け、星巡りの詩、真実の眼を開闢き、龍皇の息吹で現世の一切を灼き尽くせ……」
互いに作戦を伝えなくとも、スピカの考えはわかった。
きっとスピカも、ぼくが自分の考えを予測すると信じていたのだろう。
だからぼくは時間稼ぎに徹した。
ぼくもスピカを信じてる。彼女には戦闘の才能も、相手の能力を打ち破る柔軟性もない。
それでも信じてる。
いくらアルネヤの"残響器カルブ・ル・アクラブ"の防御力が高かろうと。
それ以上の魔力で吹き飛ばせばいい。
スピカになら――それができると。
「いけ、スピカ!」
「そんなの――させるわけがない!」
アルネアがそう叫ぶと、スピカの頭上に蜂型の飛行砲台――B・ファミリアが出現した。
さっきスピカが撃ち漏らした1機だろう。物陰に潜んでいたんだ。
「切り札は一発分……最後までとっとくものよ、スピカ!」
B・ファミリアの尾に光の針が格納され、発射体制に移る。
"完全詠唱"中のスピカは無防備だ、同時に"フォースフィールド"なんて使えない。
このままでは直撃する……だけど。
「言っただろ――ぼくらは2人だ」
その瞬間、B・ファミリアが墜落した。
地面に落ちたB・ファミリア、その中心にはぼくの投擲た"黒水星"が突き刺さっていた。
甘いよ、アルネヤ。
"作戦"をぼくが読めないとでも思ったのか?
「なっ……!」
「切り札は一発分、最後までとっておく。きみが言ったんだよ――"大当たり"だ」
「まずい、防御姿勢を……!」
今までの戦いでわかっている。アルネヤ自身の機動力は大したことない。
装甲による高い防御力を確保した分、武器が重くて移動速度は低いんだ。
スピカのこの一撃を避けることはできない。
多少動いても発射角度を調整すれば当たる距離だ。
それはアルネヤ自身が一番わかっていた。
だからローブの装甲を全面に集中し、その上から"機械腕"で身体を覆う。
さらにバリア、"フォースフィールド"を展開する。
完全防御態勢だ。
「あんたなんかが……あたしに勝てるはずがない……! 落ちこぼれのスピカなんかが……!」
「これもきみが言ったんだよ、アルネヤ。スピカは『バカ魔力だけはある』って。落ちこぼれの力、一回くらい味わいなよ」
ぼくは既にアルネヤから離れていた。
これでスピカは気兼ねなく攻撃できる。
「行け、スピカ!」
「撃ち穿け――"龍皇の灼星閃"!!」
スピカの"残響器アークトゥルス"の周囲に何重もの光の方陣がされ、それら全てが尖端に収束する。
その次の瞬間――光が放たれた。
暴力的なまでに凝縮された強大な魔力の塊が空を、大地を震わせる。
「うっ……ああああああああああああああああ!!」
あまりの威力に恐怖し、叫ぶアルネヤ。
前面に集中した防御により一度は襲いくる巨大な魔力の奔流を受け止めた。
だけど決壊したダムや雪崩、津波のように無慈悲に遅いくる暴威が、アルネヤの防御を簡単に打ち崩してゆく。
フォースフィールドは既に耐久限界を越えて剥がれ、"機械腕"も"外骨格"の装甲も、破壊どころか"分解"し"蒸発"し、"消滅"させられていくほどの圧倒的な威力。
スピカの"龍皇の灼星閃"は、ついに完全にアルネヤの影を呑み込んでしまった。
そこでやっと天災のように街を揺らし、夜空を明るく照らした光線が止んだ。
まるで巨大災害後のような光景だった。
クレーターのように弾け飛び、深く掘り下がった地面の中心にアルネヤの身体が倒れていた。
「アルネヤちゃん!」
その姿を見て、スピカは杖を放り出して駆け寄った。
「……うっ……」
「よかった、ちゃんと生きてます……」
アルネヤの身体を抱き起こしたスピカはほっとして息を吐いた。
装甲を撃ち抜くだけで、本人には致命傷を負わせないように力を調整していたようだった。
「あんたまさか……装甲を撃ち抜いた後に力を制御したのね……あたしを、殺さないために」
「当たり前じゃないですか! アルネヤちゃんは……お友だち、なんですから」
「そんなに器用なことができるなんて……知らなかった……もうあんたは、あたしの知ってるスピカじゃないのね……」
アルネヤは緊張の糸が切れたのか、その紅い眼から涙を流しはじめた。
「アルネヤちゃん……?」
「どうしてこんなことになっちゃったんだろう……なんであたしは……こんな……一番大切な友だちと戦って……あたし、バカだ……大バカだ……」
「大丈夫」
スピカはアルネヤをぎゅっと抱きしめた。
強く。だけど優しく。
「スピカ……スピカ……スピカぁ……!」
「大丈夫ですよ、ここにいるのはスピカです。アルネヤちゃんのお友だちの。ずっとまえから知ってる、スピカですから。何も変わってません。出会ったときからずっと、大好きです。アルネヤちゃんももう、孤独じゃないんですよ……」
「スピカぁ……あたし、ずっとそう言って……そう言って欲しかった……独りじゃないって……」
アルネヤはその胸の中で泣いた。
わんわんと声をあげて、子どもみたいに。
ぼくには彼女たちがどんな時間を一緒に過ごしてきたのかはわからないけど。
アルネヤの心の中に溜まっていた悲しみや痛みが、一気に流れ出すみたいに。
彼女は大粒の涙を流し続けた。
こうして"落ちこぼれ"の巫女スピカは、"ホンモノ"の巫女アルネヤに勝利したのだった。
次回は明日3/17の21時を予定しています。




