3.3「わたし、アルネヤちゃんに勝ちます!」
五年前。
まだアルネヤが10歳だったころ、ネリヤ神殿に一人の女の子が現れた。
名前を"スピカ"と言った。
彼女は身寄りを無くし、"柱の街"から来たという。
神殿にて"巫女候補"として修行を積んでいた数十名の少女たちの間では、その日、スピカが話題の中心になった。
皆が少女を取り囲み、外の街の様子はどうだとか、今の女の子の流行はどうなっているのだとか。
そんな話をスピカに根掘り葉掘り聞いていた。
(……くっだらない)
少女たちを遠くから一瞥し、アルネヤは視線を本に戻した。
難解な術式の解説書だ。同年代でこれを読み解ける人間は数えるほどしかいないだろう。
(新入りが物珍しくて、仲良しごっこなんて……あんたたちは"自覚"に欠けるのよ)
ネリヤ神殿には"天蓋迷宮"のいたるところから、高い魔力と術式適正を持った少女が集められている。
その数、既に数十名だ。
やがて来る"勇者召喚の儀式"のため、各々が神官たちの教えを受け、魔術の腕を磨いている。
巫女候補になるだけでも相当の才能が必要だが、ホンモノの巫女になれるのはたった12人なのだ。
実質的に、世界中の"術士"の中では上から数えて12人の力を持った人材しか勇者と共に願いを叶える旅には出られないと言っても良い。
ここでの生活は激しい生存競争も同じだ。
(なのに皆に囲まれてヘラヘラ笑って……今に見てなさいよ。あたしが一番になるんだから!)
アルネヤはいつも独りだった。
友だちなんていらない。周りの巫女候補はみんなライバルであって仲良しこよしの相手じゃない。
そう思い、空いた時間は勉強に費やしていた。
"術式"は古代に存在した神々の奇跡"魔法"を模して人間が作った技術だ。
現在では術式は広く普及し、多くの人間が扱える。
しかし魔法は失われた古代の力で、そして"勇者召喚の儀式"は"魔法"に属するものだった。
正式な"巫女"となるには、魔法の領域に到達しなければならない。
アルネヤにはわかっていた。魔法とは即ち、神の領域だと。
並みの努力ではそこまで到達できない、と。
だから友だちなんていらない。
愛情や友情なんて邪魔なだけだし時間の無駄だ。
そう思っていた。
スピカと出会うまでは。
「ねーねー、その本ってむつかしそーですね!」
能天気な声が聞こえて、本から眼をあげる。
「ちかっ!?」
いつのまにか、スピカがアルネヤの顔を覗き込んでいた。
「な、何よ。なんか用……?」
「用なんかじゃないです。ただ気になって」
「気になった? あたしなんかのことが?」
「"なんか"じゃないです。お名前、何ていうんですか?」
「アルネヤ……べ、べつに覚えなくてもいいわよ。あたしたちは友だちじゃない、ライバルなんだから」
「アルネヤちゃん……うん、覚えました! かわいいお顔に似合う良いお名前ですね!」
「なっ……!」
アルネヤは本で顔を隠した。
ドキドキする。顔が赤くなるのを感じる。
そんなこと、言われたことはなかった。
「美人さんで、努力家さんなんですね。アルネヤちゃんはすごいです! お友だちじゃなくてもいい、ライバルからでもいいです。わたしはスピカ、これから一緒に頑張りましょう!」
スピカはキラキラした瞳と眩しい笑顔で。
小さな手のひらを差し出した。
アルネヤは少しだけ迷って。
「……ええ、よろしく」
手を、握り返した。
それからは、毎日が黄金のように輝いていた。
スピカと一緒の日々は何より楽しかった。
今まで感じたことのない気持ち。
胸の高鳴り、ドキドキ。
だけど。
「もースピカはドジだなー」
「えへへ、失敗しちゃいました」
「気をつけなよー、ほら。頭なでなでしてあげる」
(スピカ、また別の娘と……)
スピカは巫女候補みんなと仲が良かった。
失敗ばかりするが、そういう親しみやすさがウケたのだろう。
みんながスピカの周りに集まった。
それでも良かった。みんなは本当のスピカを知らない。
自分だけが知っているスピカがいるのだから。
"そのこと"に気づいたのは一緒に古代魔法の勉強をしていたときだった。
アルネヤが何度試しても一部分さえ再現できなかった古代魔法を、スピカはすんなり成功させてしまった。
簡単な術式ですら安定せず、時々失敗しているスピカが、だ。
その時アルネヤは気づいた。スピカの魔力と術式適性は並外れていると。
きっと大神官のコルネリウスはその才能に気づいている。
彼は時々"落ちこぼれ"のはずのスピカに個人的に指導している。
だけど他の娘や神官たちは気づいていないようだった。
本気でスピカを"落ちこぼれ"と思い込んでいる。
コルネリウスを除けば、自分だけが知っているスピカの秘密。
それがアルネヤにとっては大切だった。
「もうすぐ12人の"正規巫女"を選抜する最後の試験ですね、アルネヤちゃん」
「そうね、一緒にがんば――」
「どうしたんですか、アルネヤちゃん?」
それから数年が経過し、巫女を選抜する試験の時期が迫っていた頃。
アルネヤは気づいた。
"巫女"になれば、スピカはいなくなってしまう。
最終試験でスピカが成功すれば、スピカの才能は皆に知られてしまう。
スピカの優しさが知られてしまう。
スピカの美しさが知られてしまう。
全部全部……自分だけのものだったはずなのに。
自分だけのスピカじゃなくなる。
勇者と共に旅立ち、世界中に彼女が知られてしまう。
そんなの……。
「そんなの――嫌!」
「アルネヤ、ちゃん……? どうしたんですか」
スピカはアルネヤに手を差し伸べた。
小さな手。優しい手。
何度もアルネヤの心を救い、支えてきた大好きな手。
「やめて!」
それを――アルネヤははねのけた。
「え……」
「あんたなんかに……"巫女"が務まるわけないじゃない。"落ちこぼれ"のあんたなんかに……!」
「どうしていきなりそんな……」
「うるさい、巫女になるのはあたし! あたしが一番になるんだから!」
アルネヤは精一杯スピカを罵倒した。
スピカが大泣きするまで続けた。
そして数日後の最終試験で――心を大きく乱したスピカは大失敗。
アルネヤの目論見通り、スピカは12人の巫女に選ばれなかった。
元々優秀だったアルネヤは順当に巫女として選ばれ、勇者マサトを召喚した。
スピカとはあれ以来言葉を交わしていない。
アルネヤは決意していた。一度旅に出れば、旅が終わるまでスピカとは会わないと。
もしも――勇者マサトと共に第零階層にまでたどり着くことが出来たら。
願いを叶えることができたら。
こう願おう。
『スピカと、ホンモノの友だちになれますように』
3.3「わたし、アルネヤちゃんに勝ちます!」
「終わりよ、ニセ勇者!」
まさに絶体絶命。
宙を舞う数十機の飛行砲台"B・ファミリア"がぼくを狙って一斉に針を発射しようとしていた。
無理だ、避けきれない――
「薙ぎ払え――"星閃"!!」
その瞬間、極太の光線が夜空を切り裂くように走った。
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!
凄まじいパワーで放たれたその光線はB・ファミリアの大群を薙ぎ払っていく。
「これは……"星閃"、スピカの……!?」
「勇者さまに、手は出させません……わたしが守ります!」
それを発射したのはスピカだった。
いつの間にか建物の上まで登っていた彼女が、"残響器アークトゥルス"から放つ魔力光線"星閃"でB・ファミリアを撃ち落としたのだ。
数十機あったB・ファミリアのほとんどが直撃し蒸発するか、かすめただけでも撃墜されていた。
アルネヤはそれを見て言った。
「相変わらずバカ魔力だけはあるわね、スピカ!」
「アルネヤちゃん……わたし、アルネヤちゃんのこと信じてます。昔から……今だって――ずっと」
「この期に及んでまだそんなこと言ってんの? 甘ちゃんすぎるわ。やっぱりあんたは、ネリヤ神殿から出てくるべきじゃなかった。旅になんか出るべきじゃなかった。この"ニセ勇者"を殺せば、あんたも気が変わるのかしら」
「そんなことはさせません。勇者さまはわたしが守ります。アイナさんだって……みんな、わたしの大切な仲間で、お友だちですから……!」
スピカがそういった瞬間、明らかにアルネヤの表情が変わった。
「だったら! あたしがあんたの大切な"ニセ勇者"も、あの"ハーフエルフ"も、全部"壊して"あげるわよ!」
「……アルネヤちゃんに、そんなことはさせません。アルネヤちゃんはわたしのライバル。仲間で……そして、お友だちですから。もしお友だちが間違ったことをしていたら、止めてあげるんです……それが! ホンモノの友だちなんです!!」
スピカの眼は決意に満ちていた。
あの時と同じだ。ミノタウロスからぼくを守ろうとした時と。
自分を犠牲にしてでも、生命を懸けてでも大切なもののために戦う。
スピカの"本気"だった。
彼女は"アークトゥルス"を構え、宣言した。
「だからわたし、アルネヤちゃんに勝ちます! 勝ってみせます!!」
次回は3/16の21時に更新予定です。




