0.2「ビーフシチューにしちゃいますからね!」
0.2「ビーフシチューにしちゃいますからね!」
「勇者殿、正直すまんかった」
「謝り方がフランクすぎるでしょ。どうしてそうなったの?」
「"祝福"がお主にはかからんかったようじゃ。原因は……おそらくスピカにある。実のところスピカとお主は正規の"巫女"と"勇者"ではないのだ」
「正規じゃないってどういう……」
「本来の"巫女"と"勇者"は12組。お主らは数えるならば"13組目"になる。故に、本来成功するはずもない儀式たっだのじゃ」
「ちょいタンマ」
ぼくは彼の言葉を制止した。
「それっておかしくないかな? だったらなんでぼくを呼び出す儀式なんてやったの。失敗するのがわかってるのに」
「スピカは元々"落ちこぼれ"の"巫女"。儀式を行う12人に選ばれなかった」
「"落ちこぼれ"――」
『――この"落ちこぼれ"が』
『――なんでこんな子を産んでしまったの……悪魔の子よ!』
『――失敗作』
『――なんてことをしてくれたんだ……バケモノめ』
『たとえ他人に赦されても、あなた自身には赦されない』
「――っ!?」
"落ちこぼれ"その言葉を聴いた瞬間、ぼくの頭をイメージの濁流が襲った。
なんだ……今のは。
「勇者殿、大丈夫か?」
「ああ……なんでもないよ。続けて」
「スピカには勇者召喚の儀式を成功させる力はない。誰もがそう思っておった……」
「でも――」
スピカが割り込んだ。
「わたしだって、勇者さまと旅に出たかったんです!」
胸にさげた短剣を握りしめて、必死な面持ちで続ける。
「夢だったんです。小さな頃からの……ずっと。だから無理を言って儀式をやらせてもらったんです」
「そうじゃ。根負けしてのう、ワシが許可した。非正規の巫女、許容人数を越えた13番目という順番。成功する要素はなかった。しかし諦めさせるには、身をもって失敗を学ばせるしかない。そう思った。なにせ、スピカの諦めの悪さは弟子の中でも一番じゃったから」
コルネリウスさんは困ったようにヒゲを撫でてから、ぼくを指さした。
「しかしその判断が思わぬ結果を生んだ――お主じゃよ。13番目の"ニセ"勇者殿」
「ニセ……勇者……」
「何度考えてもわからぬ。お主はなぜ現れた? ここにいるはずのない"異常"……もしやお主は――」
――その時だった。
「ゲギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャ! 茶番だったなァ、神官どもォ!」
頭上から嘲るような笑い声が降ってきて。
ズシン、と神殿全体を震わせ"そいつ"の巨体が着地した。
"そいつ"は"ありえない"生き物だった。
3メートルはあろうかという身の丈。
鋼のように硬質な筋肉に覆われた胴体。
そして首から上には人間には絶対にないものが――牛の頭部がくっついていた。
「"ミノタウロス"じゃと!? バカな、ここは"第十階層"じゃぞ!?」
コルネリウスさんが動揺している。
どうやら招かれざる客らしい。
ミノタウロスはのっしのっしとぼくらのほうに近づいてくる。
「"13番目の勇者"が召喚されると聞いてヨォ、我らが王"マイナロス"様から偵察を仰せつかって来てみりゃあ。全くくだらねえもンを見せられたゼ。ゲギャギャ!」
じゅるじゅるとよだれをたらしながらミノタウロスが品定めするようにぼくらを見た。
コルネリウスさんはぼくとスピカをかばうように前に出る。
「貴様、ここは"星神教会"の神殿なるぞ! ここで狼藉を働けば"星神"様のお怒りに触れることになる!」
「ンだとォ、てめェら人間はすぐカミカミってヨォー。くっだらねえゼ。カミとやらが何してくれるってンだヨ。唯一信じられンのは"力"、そうだろォ?」
「星神様だけではない、貴様ら"ミノタウロス"と人間との間には"協定"があるはずじゃ。この階層で人間に危害を加えれば戦争になるぞ!」
「その言葉ァ、そっくりてめェらに返すゼ、大神官のジジィ。"勇者計画"聞かせてもらったゼ、"勇者"って奴らは放っときゃァ、マイナロス様の障害になるんだヨ。どうやら儀式は失敗だったようだがなァ。"報告"するまでもねェ、ここで俺様が全員ぶっ殺しってやるぜェ!!」
ミノタウロスは腰にぶら下げていた手斧を構えた。
手斧とは言ってもヤツの図体だから片手で持てるってだけで、人間からみれば身体一つ分ある十分な大斧だ。
正直、かなりヤバそうな相手だった。
「スピカ、勇者殿。ここはワシが食い止める。やつの知能は見た目より高い。おそらく"第九階層"の王"マイナロス"直属の上級モンスターじゃろう。今のお主らがかなう相手ではない!」
「ハッ、ジジィ。勇敢なのはいいことだがヨォー、結局てめェだって俺様にはかなわねェンだよなァー!!」
そこまで言うと、ミノタウロスは腰をかがめて突進してきた。
疾い。
あのでかい図体に似合わない瞬発力だ。
「"防衛力場"!!」
杖を前に出したコルネリウスさんの前に白い光の膜が現れた。
バリアのようなものだろう。
ミノタウロスのタックルを受け止めた。
「勇者殿、こうなったのはスピカを止めなかったワシの責任じゃ! 償いは必ずする、今は……逃げるのじゃ!」
「くっちゃべってる暇ァあんのかよ、ジジィ……!」
「くぅ……っ!」
ジリジリとバリアごと押され始めるコリネリウスさん。
体力と体格の差は大きい。
攻撃は受け止められても、その圧力を捌き切ることはできない。
「防御力はあるなァ、老いぼれても"大神官"ってダケのことはあるゼ。だがヨォー、このまま押しつぶして終わりだゼ!」
「くっ、うう……早く、行け……! スピカ……生きろ……!」
どうする。ぼくはスピカを見た。
スピカはぼくの視線に気づき、はっとした表情をしてから一瞬うつむいた。
なにか悩んだような素振りをみせたが、すぐに顔をあげて――
「勇者さま、あなただけでも逃げてください」
まっすぐにぼくを見て、そう言った。
「きみはどうするんだ?」
「わたしも戦います、大神官さまはわたしの師匠です。見捨てて逃げるなんてできません!」
「その師匠が『かなう相手じゃないから逃げろ』って言ったんだぞ、勝算はあるのか?」
「ありません!」
迷いなく彼女はそう言い切った。
その瞳には強い光が宿っていた。決意を込めた輝きが。
「きっと勝てません……わたし、"落ちこぼれ"だから。自分だってわかってるんです……だけど! 自分を育ててくれた恩人を見捨てて逃げるなんて、そんなの落ちこぼれ以下じゃないですか!」
「勝てる相手じゃないってわかってるなら、逃げるのは罪じゃない。誰もきみを責めたりしない」
「もしもみんなから赦されたって、きっとわたしは……逃げたわたしのこと赦せないです。自分を一生赦せないまま生きるのは嫌です……だから!」
スピカはそう言って、大きく息を吸い込む。
腕を突き出し、銀のブレスレットに手を添えて――詠唱えた。
「歓喜の歌を聴け、星神の御名において契約に従い旧き龍皇の暴力を示せ……"残響器アークトゥルス"!」
ブレスレットが碧い輝きに包まれ、その光の中からスピカの身の丈を超えるほど巨大な杖が現れた。
全体に複雑な電子回路のような文様が刻まれ、入り組んだ二重螺旋で構成されたその杖は……。
肌に感じる大気の震えだけでわかる。ただの杖じゃない。
そこに存在するだけで凄まじい圧力を発している。
スピカは巨大な杖"アークトゥルス"の尖端をミノタウルスに向けて叫んだ。
「穿け、"星閃"!!」
杖を中心軸に光の環が展開され、尖端から凝縮された光の奔流がミノタウロスめがけて射出された。
すさまじい轟音と共に神殿の壁と天井が大きくえぐり取られ、瓦礫が飛散する。
とんでもない破壊力だ、射線上にいなかったぼくですら衝撃の余波だけで吹き飛ばされそうになるほどだった。
「ぐ、グオオォ!?」
しかし、あまりの威力にスピカ自身が体勢を崩したのか、射線が斜め上にそれていた。
紙一重のところでミノタウロスには当たっていなかった。
「ンだてめェ、その威力ァ……!」
ミノタウロスは目を見開き、スピカの出した光線の威力に驚愕していた。
「"落ちこぼれの巫女"だとォ? 良く言うゼ、ジジィ。とんだ詐欺師じゃあねェか」
「くうっ……!」
「そこまでして隠したかった弟子ってことァよ……まさかこの小娘が"熾彗仔"ってことかヨ?」
「黙れ、貴様らなんぞに渡すものか!」
ミノタウロスの言葉に動揺したコルネリウスさんは杖に光をまとわせ、殴りかかった。
しかしミノタウロスの丸太のような腕に簡単に弾き飛ばされ、床に叩きつけられた。
「大神官さま! ……わ、わたしが相手ですよ! この……この、牛さん! ビーフシチューにしちゃいますからね!」
スピカは師匠のピンチを見て、自分に注意を引くため下手くそな挑発をはじめた。
「てめェ小娘! 俺様は牛じゃあねェ、誇り高きミノタウロスだァ! しかも俺様が一番嫌いな食いモンは……ビーフシチューなんだよォ!!」
マジか。
あんな挑発でもヤツには効いたようだ。
「ひっ……うぅ……」
「……なんてな。無理すンな。震えてンじゃあねェか」
しかしミノタウロスは次の瞬間には不敵な笑みを浮かべ、勝ち誇っていた。
挑発に乗ったフリをして威圧したようだった。
見た目以上にクレバーなヤツらしい。
そしてスピカはヤツの言うとおり、ガクガクと手足を震わせている。
恐怖心で折れそうになる膝を、勇気がギリギリ支えている状態だった。
「潜在能力はあるようだがヨ、術者が腰抜けじゃあ俺様にァ当たらねェ」
「そんなの……そんなの、やってみなくちゃわからないじゃないですかっ……!」
「そうイキりたつンじゃあねェ、オメーに提案があンだヨ。どうだァ、俺様と一緒にこねェか?」
「何を……」
「そうすりゃよォ、大神官のジジィとニセ勇者のガキの生命だけは見逃してヤるゼ?」
「……っ!」
「元々勝ち目はねェンだ。悪い取引じゃァねェだろ?」
「……」
スピカはコルネリウスさんを見る。
彼の身体は床に伏し、頭から血を流している。気を失っていた。
そしてぼくの顔を見る。
「勇者さま……」
彼女は少し悲しそうな顔をしてから、
「……ごめんなさい、わたしのワガママでこんなことに巻き込んでしまって。"祝福"だってしてあげられなくて……こんなはずじゃ、なかったんですけど」
微笑んだ。
どうしてだ。どうしてそんな顔をする?
「でも、もう良いんです。勇者さまと一度だけでも会いたかった。夢だったんです……それだけは、叶いました」
目尻に涙の雫をためて。
両脚は震えて、恐怖で身体も動かないのに。
どうしてこんなときに、笑えるんだ?
「だけど――本当は一緒に旅に出て、一緒に願いを叶えたかったな」
スピカはそうつぶやいて、杖を下ろした。
戦うのをやめたんだ。
それは、ミノタウロスの提案を受け入れることを意味していた。