3.1「人助けって、それほど大事なことかな」
「"ハーレムギルド"は……俺も噂にしか聞いたことがないが……ここ数ヶ月で急激に勢力を伸ばしたギルドらしい……」
ユージーンさんは息も絶え絶えだった。
それでも、必死でぼくらに伝えようとしていた。
アイナを誘拐した犯人の情報を。
「"獣人"や……"混血種"のような、社会から除け者にされた者たちを集めて……組織を拡大している……絶大な力を持った冒険者も、何人も所属しているようだ……知っているのは……それ、だけだ……」
「それがアイナさんとどう関係があるんですか!?」
スピカは狼狽していた。
しかしぼくには薄々わかり始めていた。
そんな組織があるとして、彼らがアイナを手に入れようとする理由を。
ユージーンさんにもそれがわかったのか、彼はぼくをじっと見つめて言った。
「ニセ、さん……あんたなら、わかるはずだ……」
「ああ、たぶんね」
「アイナを、頼む……助けてくれ……アイナは俺の……全てなんだ……っ」
ユージーンさんはそれっきり何も言わずに目を閉じた。
気力の糸が切れたようだ。
呼吸は静かに続いている。死んだわけじゃないらしい。
「スピカ、医者を呼んでくる」
「は、はい!」
3.1「人助けって、それほど大事なことかな」
夜中でも働く"町医者"ってヤツはいる。
その人によるとユージーンさんの傷は深いが、どれも致命傷ではない。
むしろ巧妙に急所を外れていて、ギリギリ死なない程度に痛めつけられたらしい。
医者の見立てでは、相手を殺す術も、生かす術も熟知したかなりの手練の犯行とのことだった。
「とにかく一安心だ。スピカの応急処置も大したものだったよ。がんばったね、スピカ」
「勇者さま……」
スピカは一瞬嬉しそうな顔をしたが、その笑顔はすぐに曇ってしまう。
「でも……アイナさんが」
「スピカ。アイナを助けたい?」
「もちろんですよ! 助けられるものなら、絶対に駆けつけます! でも、居場所が……」
……少し迷ってたけど。
スピカがこう言うなら、もう出し惜しみはできないな。
「スピカ、手を出して」
「?」
スピカのひろげた手のひらの上に、ぼくは男物のブローチを置いた。
「これ、勇者さま、まさか……!?」
「そう、これは――」
「――プロポーズですか!?」
「え?」
「でもダメです、勇者さまの気持ち、とっても嬉しいですけど! 慰めるために優しくしてくれたって愛は長続きしないって、大神官さまが言ってました!」
「きみが何を言っているのかよくわからないけど、これはきみへのプレゼントじゃない。よく見て、男物だ」
「あ……確かに。これはとんだ勘違いを……でも、このブローチどこかで見たような」
「これはね、ペアなんだよ。アイナにあげたブローチと二つで一つなんだ。これが男用、アイナのが女用」
「ギャンブルの帰りに、あの怪しい露天で買ったものですか?」
「そうだね。これは結構便利な魔術道具らしいよ、なんでも『カップルが互いの居場所をいつでも把握できるように』作られたんだってさ。だけど実際に使用するには術式に精通してなきゃならないらしい」
「それって……!」
スピカはブローチをぎゅっと握りしめる。
彼女の手の中で、ブローチに収められた宝石が光り輝く。
「これ、魔力石なんですね……元々はアイナさんのブローチについていた魔力石と、同じ石だった……」
スピカはその場にしゃがみ込み、床にチョークのような粉を固めた棒で何かの模様を描き始めた。
「それは?」
「"術式方陣"です。魔力石は一つ一つが固有の魔力波動パターンを持っています。同じ石から作られた二つのブローチなら、同じ魔力波動が出ているはず……この術式方陣でそれを感知します」
スピカは描き終えた"術式方陣"の中心に魔力石を置いた。
魔力石に手をかざすと、石は強く光り輝き始める。
「教えてください……アイナさんの居場所を……!」
スピカは強く目を閉じて、祈るように力を込めた。
「わかりました! ここから南に向かって移動しています!」
少しして、彼女はカッと目を開いて大声で叫んだ。
「行きましょう、勇者さま!」
スピカは立ち上がり、ユージーンさんの家から飛び出した。
「せっかちだなぁ」
ぼくも彼女の背中を追いかける。
夜の街をぼくらは二人疾走していた。
「はぁ、はぁ……移動してるということは、アイナさんはまだひどいことをされてないかもしれません。早く助けないと!」
「助ける、ね……」
「勇者さま、どうしました?」
「人助けって、それほど大事なことかな」
「はぁ、はぁ……ど、どういうことですか?」
「今回の相手――ハーレムギルド。まだよく知らないけど、強力な冒険者が何人もいる組織なんだろ。やりあえばこっちも無事じゃ済まないよ」
「それって、死ぬかも――ってことですか?」
「端的にいえばそうだね。きみにとって、アイナは生命を賭けるほど大事な相手かな。ユージーンさんとは違う。きみとアイナは家族じゃない」
「それでも……!」
スピカはぼくの眼をまっすぐに見つめた。
そこには信念がった。
覚悟があった。
そこに偽りなんてなかった。
"ホンモノ"の輝きを宿した瞳で、彼女は強く断言した。
「アイナさんは友だちです。わたしは友だちが傷ついていたら、生命を賭けて戦います。絶対に……死んでも見逃してなんてあげませんから!」
そっか。
きみはやっぱり――。
「きみらしいね、スピカ。いいよ、ぼくもつきあう。アイナを取り返そう」
ぼくとスピカは前に向き直り、夜の街を必死に走った。
南に向かって。アイナのもとへ。
「はぁ、はぁ……近づいてきたはずです。相手も移動しているでしょうから、もう一度位置を確認します……」
だいぶ走った後で一度立ち止まり、再度術式を展開するスピカ。
息を切らしながらブローチの魔力波動を探る。
「……そういえば、勇者さま」
術式を使用しながら、スピカはぼくに話しかけてきた。
「何?」
「どうして位置を感知できるペアのブローチをアイナさんにあげたんですか? まるで"こうなる"ことがわかってたみたいに……」
「わかってはいないよ。ぼくらは神様じゃない、未来のことなんてわからないんだ。だけど……ある程度予測はついたからね」
ハイゼンベルグは賭博師だった。
彼自身がギャンブルで荒稼ぎして生計を立てているのも当然あるだろうけど、賭博師の主な仕事にはマフィアやヤクザみたいな胡散臭い組織の"代打ち"というものがある。
彼もそういうヤツらとつながりがあることは想像に難くなかった。
「ハーレムギルドとハイゼンベルグ、その線がつながっているのかはわからないけど。ハイゼンベルグを倒した時点で、彼や彼とつながりのある組織の報復は当然考慮してたってことさ」
「でも、この魔力石を使うにはわたしがいないとダメだったはずです。勇者さまがわたしに秘密にしてたのって……」
「きみがアイナのために生命をかけるか、確かめようと思った」
「わたしが……?」
「他人のために生命までかけるなんて、ぼくには理解できないから。だからきみの意思を確かめたかった。仮にきみがアイナを助けないって言っても、べつに誰も責めたりしなかったはずだ」
「……」
スピカはぼくを大きくてきれいな瞳でじっと見て、そして――。
「――嘘です」
と言った。
「嘘じゃない」
「嘘ですよ、勇者さま。わたしが『アイナさんを助けない』って言ったら、自分ひとりで行くつもりでした。わたしを巻き込まないために隠そうとしたんですよね」
「買いかぶりすぎだ」
「買いかぶってなんていません!」
「きみがいないとアイナの位置を追えなかった」
「できます! 勇者さまなら独りでアイナさんを見つけるくらいできます!」
「……」
「勇者さまは、本当は――」
――その時だった。
ドドドドドドドドドド!
高速で稼働する釘打ち機のような音と共に、ぼくらの周囲の地面が爆散する。
――攻撃だ。
何かが飛来し、ぼくらを襲撃している。
「スピカ!」
ぼくはスピカの身体を抱え、建物の陰に身を隠した。
「勇者さま、いまのって……」
「攻撃だよ。一瞬だけど細い"針"みたいなものが飛んで来るのが見えた」
「針……それってまさか――?」
「そのまさかよ、気づくのが遅い。相変わらず鈍いわね、あんたは」
声がした。
暗闇の中から聞こえるのは、美しく空気を震わせる少女の声。
「この声は……」
スピカには聴き覚えがあるようだった。
「"ニセ勇者"の噂は聞いたけど、まさかあんたが"巫女"とはね……タチの悪い冗談みたいだわ」
そして建物の陰から、ゆっくりとその姿が現れる。
スピカと同じ"ネリヤ神殿"の巫女服と、その上からローブを羽織った少女。
おそらく10代半ば、ギラリと意志の強そうな紅い瞳。
彼女は敵意を込めた眼差しと共に、言った。
「久しぶりね、そしてここでお別れよ――"落ちこぼれ"のスピカ」
「アルネヤ……ちゃん……?」
次回は明日3/14日の23時を予定していますが、明日一日中外出していて投稿できない可能性があるので、その場合は明後日3/15日の16時と23時に二回更新します。よろしくお願いします。
それと、ここ数日忙しかったので推敲があまり間に合わず、多少雑になっている部分があるため、修正を加える可能性があります。




