2.8「D」
――"D"。
このアルファベットから、何が思い浮かぶだろう。
ダメのD。デンジャラスのD。ドラゴンのD。いろいろだ。
だけどぼくらの場合、それは「下から三番目のランク」を意味していた。
「Dランク……こんだけ苦労した結果が、Dランクかぁ……」
「わたしもですよぉ、勇者さまぁ……」
ぼくとスピカは揃ってブツクサと文句を言っていた。
検定試験が終わり、ぼくらに新たな冒険者免許が発行された。
カード型のそれにはデカデカとDランクを意味する印字がされている。
「当たり前でしょう、"迷宮機関"もあなたがたの能力査定には苦労しましたわ」
ラウラが呆れた顔でぼくらに声をかけた。
「あなたがた二人、揃いも揃って成績が一位か最下位じゃありませんの。こんな能力配分の冒険者コンビなんて前代未聞でしてよ」
「だろうね」
ぼくもその点には同意する。
著しくバランスを欠いた人間。
そういう意味ではぼくとスピカは似た者同士らしい。
「確かに、ニセは知力と戦闘に。スピカは魔力と術式に秀でています。その部分だけならばAランク以上と見積もってもいいでしょう。しかし迷宮は単純ではありません。生き残るためには、あなたがたには欠けているものが多すぎますわ」
「だから現時点ではDランクしか認定できない、と」
「ええ。その免許証があれば"第十一階層"から"第九階層"までは自由に出入りできるようになりますわ。とは言っても、第十一階層は文明化された人間の王国ですから、あなたがたにはあまり関係ないでしょうけど」
「そうなんだ。そう言えば聞き忘れてたけどラウラ、Sランクになれば第零階層まで入っていいの? 第零階層には誰もたどり着いてないっていうんだったら、第一階層までとか」
「いいえ、人間が現状で探索できているのは第五階層までですわよ。Aランクになればあなたがたにも第五階層行きの許可を出せますわ。その後は……人間がまだ踏み入れたことのない場所です。"迷宮機関"が定期的に攻略隊を結成して踏み込んでいますが……」
「結果は良くないってことか」
「そうですわね。だからこそ"迷宮機関"も"勇者計画"には期待しているのです。特別な力を持った別世界の勇者ならばあるいは……と」
「あいにくぼくには"特別な力"なんてないんだけどね、その点は期待を裏切って申し訳ないよ」
「いいえ……期待を超えていましたわ。超えすぎているほどに」
ラウラはそうつぶやき、ため息をついた。
「どういうこと?」
「いえ、なんでもありませんわ。とにかくDランク昇格おめでとう、ニセ、スピカ。なんなら夕食でもどうかしら。おごりますわよ?」
「えー、ラウラちゃんのおごりですか!? 行きます行きます!」
スピカは目を輝かせて食いついた。
「ちょっとまって、スピカ。今夜はまたユージーンさんのところでごちそうになるって約束してるだろ」
「そ、そうでした……」
「ごめんラウラ、先約があるからまた今度」
「もちろん、いつでも構いませんわ。わたくしもしばらくはこの階層にとどまるつもりですから、声をかけてくださいな」
「もちろんですよっ、ラウラちゃん!」
スピカは「ふんすっ!」と鼻息を荒くして答えた。
そんなに人のおごりで食べるメシはうまいのか?
いや、うまいか……たぶんうまい。
ぼくは勝手にそう納得した。
納得したところで、ぼくとスピカはラウラに別れを告げて"迷宮機関"を出た。
2.8「D」
血。
ぼくらの目に最初に飛び込んで来たのは、部屋中にべったりと飛び散った血だった。
なんだ?
どういうことだ?
ここはユージーンさんの家だったはず。
なのに扉を開けば、全く別世界のような惨状が広がっていた。
「う、ぐぅ……」
部屋の中に倒れていた人影がうめき声をあげた。
ユージーンさんだ。
「だ、大丈夫ですか!」
スピカが駆け寄った。
「すごい血……傷だらけですけど、まだ息があります!」
「スピカ、きみって治療とかそういう系の魔術使えるの?」
「も、もちろんです。苦手ですけどやってみます……"簡易詠唱"――"治癒"!」
スピカの手が光り輝く。
その光をユージーンさんの身体にかざすと、苦しそうだったユージーンさんの表情が少し和らいだ。
「"治癒"の術式で身体の傷の深さも感じました……たぶんこのまま続けていれば一命は取り留めます」
「わかった。時間は稼げたみたいだし今のうちに医者を呼んでくるよ」
「お願いします、勇者さま!」
「ま、まて……!」
出ていこうとするぼくを、ユージーンさんが呼び止めた。
「俺のことは良い……アイナを……!」
「アイナ? アイナがどうしたって?」
「アイナが、"奴ら"に……"ハーレムギルド"にさらわれた……!」
「ハーレム……ギルド――?」
第二話・終
次回は明日3/12の23時の予定です。




