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2.6「技名はたった今考えた」


「オラオラどうしたぁ! 威勢のいいこと言ってたわりに防戦一方じゃねえかぁ!」


 マルクス・ルーサーの猛烈な連撃がニセを襲った。

 圧倒的な体格から生じる一撃一撃の重み。

 ロングソードの振り下ろしを真正面から受ければただでは済まない。


 ニセはそれらをギリギリでかわし、剣の側面にナイフを滑らせるようにかわしていた。

 どれだけ重い攻撃でも受け流すことで受けきれる。


「かわして逃げるだけの腰抜けかよ、所詮てめぇは!」

「かわされて逃げられてんのはきみのほうでしょ」

「ああ!?」

「そんなに言うなら当ててみたら?」

「てめえ!」


 ニセの挑発に、ルーサーはさらに前に出る。

 破壊力だけではない、術式による筋力強化で"疾さ(スピード)"も両立している。

 剣士としては一流。ミノタウロスと正面から斬り合っても負けはしない。

 ルーサーにはそんな自負があった。

 なのに。


(当たらねえ! こいつ……!)


 避ける。避ける。避け続ける。

 ニセは全ての攻撃をまるで「出される前から予測している」ようだった。

 そうとしか考えられない。

 身体能力(フィジカル)ではルーサーが遥かに上回っている。

 力も、疾さも。

 なのに――


(オレが攻撃体勢に移ったと"ほぼ同時に"防御行動が始まっているだと――!?)


 攻撃の予備動作を完全に見切られている。


(そんなはずが……っ!!)


 だがそんなことは"普通なら"不可能だ。ただの子どもには。

 予備動作を見たところで、その後の攻撃パターンは無数にある。

 予測と簡単に言っても、実際にそれをやるためには膨大な戦闘経験と、それを処理するための高度な頭脳が必要だ。

 そんなことが、新米冒険者にできるわけがない。


 ルーサーはニセを見る。

 ニセもルーサーを見ていた。

 一瞬だけ視線が交差する――


(――この眼……!)


 そしてルーサーは気づいた。

 その瞳が尋常では無いことを。

 その瞳は、虚無に満ちていた。


(虚無の瞳――だと……!?)




      2.6「技名はたった今考えた」




「まさか、これほどとは……」


 "光の壁"の外から見ていたラウラは感嘆の息を漏らした。


「ラウラちゃん、どーしてそんなにビックリしてるんですか?」

「ビックリもしますわよ。術式なしで"マルクス・ルーサー"と互角に渡り合っているなんて」

「うーん、そんなにおかしいですか?」

「おかしいですわよ。ルーサーは"迷宮騎士"、剣の腕なら間違いなく一流ですわ。その上、身体能力では圧倒的にニセを上回っています。正直に言ってわたくし、ニセが5秒も保てば良い方だと思ってましたわ」

「なるほど、確かに勇者さますごいです! えっへん!」

「なぜあなたがドヤってますの……」


 スピカは放っておくことにして、ラウラはニセとルーサーの戦いを見ることにした。


「ニセはルーサーの攻撃を、予備動作から予測することで防御していますわね。そうでなければルーサーの攻撃速度に追いつくことはできない。逆に言えば、予測が成り立っている間はルーサーのいかなる攻撃をも受けきることができる……」

「すごいじゃないですか、じゃあ勇者さまの勝ちですね!」


 やっぱりスピカが口を挟んできた。


「そんな単純な話ではありませんわ。見たところニセは攻撃を受けるので精一杯。防戦一方。この模擬戦は相手に一撃クリーンヒットさせたほうが勝ち……今は膠着状態ですが、攻め手のないニセのほうが不利に転ぶ可能性が高いですわ」

「えー! やっぱりピンチじゃないですかぁー! 勇者さま、がんばれ! がんばれ!」

「単純な娘ですわね……」


 しかしスピカの言うとおり、このままではパワーで勝るルーサーに押し切られる。

(さあ、わたくしに見せてください……"ニセ勇者"の力を)


 ルーサーは焦っていた。

 周囲から見ている分には互角か、ややルーサーが優勢に見えるこの膠着状態。

 しかし実のところルーサーのほうが精神的重圧を感じていた。


(くそっ……このオレが……迷宮騎士のこのオレが……!)


 ルーサーは周囲を見る。

 受験者たちが見ている。迷宮機関の職員が見ている。

 何より――ラウラが見ている。


 ルーサーはラウラに好意を持っていた。

 若く、才能のある剣士。なにより美しい。

 ひと目見た瞬間に気に入った。

 その気持ちは"ホンモノ"だった。

 べつに、年下が好きだというわけじゃない。

 ラウラ以外にそういう気持ちを抱いたことはない。

 なのに。 


 目の前のニセという少年は、その気持ちに土足で踏み入ったのだ。

 絶対に赦せない。

 ラウラの眼の前でこの少年を叩きのめし、謝罪させる。

 それしかない。


(なのに……っ!)


 全ての攻撃を受け切るニセ。

 決め手がない。

 実際のところ、このまま続けていれば体力差とパワーの差で消耗の早いニセのほうが不利であった。

 しかしルーサーの抱えた精神的重圧と怒りが冷静な状況分析を不可能にした。

 この膠着状態が永遠に続くものと錯覚してしまったのである。

 つまり――ルーサーは我慢できなくなったのだ。


「うっ、おおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 ルーサーはさらに踏み込み、ニセを仕留めにかかった。


「――かかった」


 その瞬間――ニセは口元をニヤリと歪ませ。

 ほぼ同時に前に出た。


「なっ――!?」


 "普通"なら、体格差のある相手が一気に接近してきたらプレッシャーのために後退する。

 しかしニセは違った。

 まるで"ルーサーが前に出てくる"ことを知っていたかのように、それにあわせてピッタリとふところまでもぐりこんできたのである。


(まずい――この距離じゃナイフのほうが疾い!)


 ニセの右手が振り上げられる。


(くっ――)


 ギリギリのところで反応し、ルーサーは剣でナイフを受け止めた。

 しかし次の瞬間――ニセの手からナイフが消えた。

 ルーサーが驚愕する暇もなかった。

 ルーサーの防御ががら空きになった右半身――ニセの左手に、消えたはずのナイフが現れたのだ。


「なんっ、だとぉ――!」


 すんでの所で身体をねじり、右膝を突き上げニセの左腕を弾き飛ばし、ガードした。

 ルーサーはナイフをかわした。

 かわしきれていなければ、ナイフは首を直撃していた。

 勝負はついていただろう。

 

 ルーサーは攻撃体勢も防御体勢も崩し、大きく跳躍して距離を取った。

 仕切り直しにしなければ、仕留められる。


「はぁ……はぁ……なんだ、今のは……」


 いきなり右手のナイフが消えて、消えたと同時に左手に現れた。

 術式を使われたわけじゃない。術式ならばルーサーにだって魔力を検知できるはずだ。

 だったら……どうやって?


「トリックだよ、"隠し腕(ヒドゥンハンド)"っていうんだ。ちなみに技名はたった今考えた。テキトーだから覚えなくてもいいよ」


 ニセの左手に持ったナイフがまた一瞬で消え、今度は右手に出現する。


「左右にナイフを一瞬で移動させられるってだけのつまらない手品さ。だけど超接近戦では左右のナイフ、どちらかが死角になる。さて……きみはさっきぼくに『威勢がいい割に防戦一方だ』って言ったね」

「ああ……なにが言いたい……!」

「今度はきみがそうなる」

「っ――!?」


 ニセがいつのまにかルーサーに接近していた。

 加速したわけではない。

 足さばきと体重移動を通常の前進動作から"ズラす"ことでルーサーの遠近感を狂わせ「一瞬で接近した」と錯覚させるトリックだ。

 しかし冷静な判断力を失いつつあるルーサーを騙すには十分すぎた。


「今から攻撃するけど、一応言っとく。がんばって受けないと負けるよ、おじさん」



次回は明日3/11の16時に更新します。

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