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2.5「全種目最下位、ですわね」


「はぁ、はぁ、はぁ……なんてこった」


 ぼくは最大のピンチは学科試験だと思っていた。

 うまく切り抜けたと思っていた。

 だけどその考えは間違いだったと改めないといけない。

 ラウラはぼくの実技試験の評価表を見て言った。


「全種目最下位、ですわね」




      2.5「全種目最下位、ですわね」




 実技試験は走力やジャンプ力、握力など基礎的な体力測定がまず行われる。

 その他には、術式適正や魔力測定など、魔術的な範囲も軽くテストされる。

 魔術的な部分については事前に知っていた。

 ぼくには術式適正も魔力もない。だから最下位なのは納得できた。

 だけど。


「体力測定も全部最下位ってどういうことなんだよ……他の受験者、みんなバケモノか……はぁ、はぁ……」

「当たり前ですわよ。術式による筋力強化がないのですから」

「筋力強化だって?」

「ええ、【戦士タイプ】の冒険者と言っても術式を全く使わないわけではありませんわ。当然術式で自己強化を行って怪物(モンスター)と戦っています。ミノタウロスと戦ったことがあるならわかるでしょう? 人間とは身体能力が違いすぎます。術式補助無しに戦うなんて自殺行為ですわ」

「試験に術式ってヤツを使ってもいいの? 不正にならない?」

「不正になるのは学科試験だけですわ。実技試験ではあくまで迷宮の中での能力を測定しますので、術式補助無しの体力なんて測っても実情に即したものになりませんわ」

「な、なるほどね……」


 ラウラの説明によるとこういうことらしい。

 冒険者には大別して【戦士タイプ】と【術士タイプ】がある。

 しかし"術式"という、魔術を簡単に扱う技術は冒険者ならばたいてい習得しているらしい。

 だから【戦士タイプ】だって術式は多少使えるのが当たり前ということだ。

 【術士タイプ】は術式そのものを戦闘のメインに据えている者を指す。

 対して【戦士タイプ】は武器や肉体をメインに戦い、術式は補助に使う。


「上位の冒険者ならば、武器も術式も扱えることが多いですわよ。【魔術戦士タイプ】とでも言うべきでしょうか。ただ、魔術戦士タイプまで試験で測定することはできませんので、高ランクの冒険は向けに検定試験は行われていませんが」

「だからこの試験は2タイプには対応してないってことだね……」

「ちなみにわたくしは戦士よりの【魔術戦士タイプ】ですわ! 剣の腕も術式の腕もトップクラス、ですわよ!」


 ラウラは無い胸を突き出してふんぞり返ってみせた。

 「褒めて!」というオーラが見える。

 まるで尻尾を振る犬だ。こういうところはスピカと本当に似ている。


「すごいすごい。努力したんだね、ラウラ」

「当然ですわ!」


 そうこうしているうちに、ドタドタと走ってくる足音が聞こえはじめた。

 この足音は……もう聴いただけでだれかわかる。


「ラウラぢゃあああああああああああああああああああああん!! ゆうじゃざまあああああああああああああああああああああ!!」


 涙と鼻水でぐしょぐしょになったひどい顔のスピカがラウラにガバっと抱きついた。


「ちょっとスピカ、試験はどうしましたの!?」

「先に終わりましたぁ……【術士タイプ】は受験者が少ないので……それより聞いてくださいラウラちゃん!」


 スピカはふところから涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった評価表を取り出した。


「試験、ほとんど最下位なんですよぉー! ひどいと思いませんか!?」

「ちょっとお見せなさいな」


 ラウラはスピカから評価表を受け取り、目の前でひろげた。

 ぼくも横から覗き込む。


「うわ」


 思わず声が漏れた。

 結果があまりにもデコボコすぎる。

 学科試験は悪くなかった。平均以上の評価をとっている。

 しかし実技試験は……かなりひどい。

 術式適正と魔力測定がなんと1位通過。

 だけど他の項目がほとんど最下位か最下位近くだった。


「なんですの、これ……?」


 ラウラもきょとんとしていた。


「こんなにもバランスの悪い評価表みたことが――」


 ラウラはぼくを見て。


「――いましたわね、既に一人」


 そう言って、ため息をついた。


「勇者さまもデコボコだったんですか? 見せてください!」


 スピカはぼくの評価表を掠め取った。

 中身を見ると。


「うわー勇者さまって体力ないんですねぇー。インドア派ってやつですか!?」

「きみも同レベルじゃないか。術式そのものの才能と知識はあっても実際使うと失敗するっていう……」

「ということは勇者さまとわたしって似たもの同士で相性最高ってことですね!」

「そういうことじゃないと思うけど」


 スピカのポジティブさを見習いたい。

 試験で最下位をとりまくったぼくはいまテンションがダダ下がりだった。


「ニセ、まだ終わりじゃありませんわよ。最後の試験――"模擬戦"が残っています」


 ラウラはぼくの肩にポンと手をのせ、空いた手で人だかりの出来た場所を指差した。

 ちょうどその瞬間、人だかりから歓声があがり、そして中から人がはじき出されて来た。


「ぐおおぁ!」


 いかにも強そうな大男だった。


「く、くそっ……まさか今回の試験官が"マルクス・ルーサー"だとはな……ツイてねぇ」


 大男は悔しそうに吐き捨てた。


「さあ、オレに挑戦するやつはいねえのか! どいつもこいつも手応えがねぇ、これだから最近の新人冒険者ってのは!」


 それとは別に人だかりの中心に大きな声で啖呵を切る男がいた。

 はじき出された大男と戦って勝った相手らしい。

 2メートルはあるかという身長。

 "迷宮騎士(ナイト・オブ・メイズ)"の制服の上からでもわかる発達した筋肉。

 無精髭とゴツゴツした骨格が浮き出た強面(コワモテ)


 彼の姿を見て、ラウラは落胆したように言った。


「運がなかったですわね。彼は"マルクス・ルーサー"、Aランクの"迷宮騎士"ですわ。ルーサーが試験官では今回の"模擬戦"で良いところを見せられる受験者はいませんわね」

「あのおじさん、そんなに強いの?」

「ええ、そもそも"迷宮騎士"は名前を聞いただけで恐れられる存在ですから。人間の中でも選りすぐりの戦士ですわ。ただ性格に難があって、普通"試験官"は受験者の能力を測定するため多少手を抜いて実力を出させるのですが、ルーサーはそんなことは考えず相手を叩き潰すことが多いのです。以前から注意はしているのですが……」

「なかなか治らないってことだね」

「ええ」


 なるほど。

 ――面白そうだ。


「ニセ、ルーサーにまともにつきあっていても得るものはありませんわ。ここは適当にやり過ごして――ってあれ、いつのまにいなくなって……?」


「オラオラァ、次にオレの相手になんのは誰だ!? 腰抜けどもがぁ!」

「ここにいるよ」

「あぁ……? っ――!」


 マルクス・ルーサーは驚いて飛び退いた。

 ぼくが真正面にピッタリくっついた状態で現れたからだ。

 いや、本当はいきなり出現したんじゃない。死角をついた。

 背が高い分足元が死角になりやすいんだ。


「どこのガキか知らねえが、度胸だけは褒めてやる……」

「そりゃどうも、お褒めにあずかり光栄です」

「舐めてんのか?」

「いいや、尊敬してるのさ。それよりなんて呼べばいい、きみのこと。マルクス? ルーサー? マルちゃん? ルーちゃん?」

「呼び方なんてどうでもいいだろうが!」

「じゃあ"おじさん"で」

「オレはおじさんじゃねえ、お兄さんだ」

「なんでもいいって言ったのにワガママだなぁ――おじさん?」

「ああ……?」


 ビキビキきてるな。顔と態度を見ているだけでわかる。

 わかりやすいヤツ。


「まあいい、"模擬戦"のルールを説明する。その箱から"模擬戦用武器"を選べよ、ガキ。そいつは当たったら多少痛いだけで死にはしねぇ優れもんだからよ」

「ふぅん」


 ぼくは箱の中を探った。

 各種形状や大きさの剣や斧、そしてナイフがある。

 ルーサーが手に持っているのは大きめのロングソードだ。


「……まあ、これしかないよね」


 ぼくは一瞬考えてから、ナイフを手に取った。


「はっ、素人かオメェ! リーチの差が圧倒的な戦力差になるって知らねえのかよ! 武器を変更するなら今しかねえぜ!」

「いいよ、これで」


 ぼくはナイフを手のひらの上でクルクルと回した。

 追従性は良い。手にしっくり来る。


「術式には使用制限がある。"自己強化"以外の術式は一切禁止、相手を攻撃する場合は模擬専用武器か素手だ。わかったな?」

「オッケーオッケー。まぁ術式とか最初から使えないから関係ないけどね」

「その間抜け面、一瞬でへし折ってやる……」


 ぼくとルーサーが武器をもって向かい合うと、ぼくらの周囲を取り囲むように半透明の光の壁が出現した。

 外部からの干渉を拒むためだろう。"フォースフィールド"で出来た模擬専用の"リング"だ。

 光の外から別の受験者や、ラウラ、スピカたちが見守っている。


「この中じゃあ誰も助けてくれねえぞ、クソガキが。泣き叫んでも遅いぜ」

「ああそうだ、始める前に聞きたいんだけどさ――」

「なんだ?」

「きみロリコンでしょ」

「なっ――っ!?」


 ルーサーは一瞬眼を大きく拡げ、歯を食いしばった。


「何……言ってやがる……」

「さっきの大男を倒した後も、ぼくと言い争ってる間も、チラチラみてたじゃないか――ラウラの胸をさ」



 壁の外のラウラはそれを聞いて顔を赤くして胸をおさえた。


「おいコラ、ガキ! 何を根拠に……!」

「きみが新米冒険者相手に無双してイキがってるのは、ラウラへのアピールだ。男として強い部分を見せたかったのさ。だけどきみは30歳くらいだろ? 15歳のラウラとは倍の年齢差がある。それをロリコンと言わずしてなんというのかな」

「テメェ……!」


 怒り。

 殺意。

 目が血走っている。

 ぼくを殺したくて仕方がないらしい。


「べつに責めてるわけじゃないさ。ロリコンは罪じゃないよ。年の差くらいなんだ、愛の前では無力だろ? むしろ応援しようっていうんだよ。だからカッコよく勝てたらいいね」

「もういい……模擬戦開始だ。言ったよな、この試合は素手で攻撃しても良いってよぉ。術式で強化したオレの拳なら、てめぇの頭を砕くくらい朝飯前なんだぜ……!」

「できたらいいね――がんばって、ロリコンおじさん」

「っ――!!」


 怒りの臨界点を越えたルーサーが剣を大きく振りかぶって床を蹴った。

 実技試験最後の項目。

 "模擬戦"――開始だ。



次回は明日3/10の21時を予定しています。

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