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2.3「最近私はツイてない」


(最近私はツイてない)


 アンダーリムの赤ブチ眼鏡。キリッとしたつり目。

 "迷宮機関"職員を示す白いジャケットに、タイトスカート。

 アクセントの赤いハイヒール。

 彼女の名はメリル・アンナマリー・ローズ。

 全部名前(ファーストネーム)っぽくてどれが家名(ファミリーネーム)かわからないとよく言われるのが小さな悩み。

 最近はもっと大きな悩みがある。

 ツイてないことだ。


(はぁ、どうしてこうなっちゃったんだろう)


 メリルは22歳で"第十一階層"の"王立魔術学院(アカデメイア)"を卒業。

 23歳でエリートの証"迷宮機関"に就職した。

 しかも本部施設勤務。何よりも栄誉なことだった。

 なのに。

 人手が足りない"冒険者管理局"の登録係に欠員が出てヘルプが必要となり。

 本局から出向し、数ヶ月間仕事に追われた。

 その間に学生時代からの恋人は浮気をしていた。

 まだキスもしたことのないプラトニックな相手だった。

 仕事が安定すれば結婚しようと約束していたのに。

 裏切られた。


(期待すれば裏切られた時辛いのよね……)


 ツイてないことはもっとある。

 最近だと、冒険者登録の仕事をしていた時、変な男の子と会ったことだ。

 彼は自分の名前を覚えていなかった。記憶喪失だと言った。

 だから仮の名前を決めさせた。


(なんて言ったっけ……まあいいか、だって――今日からは私、変わるんだから)


 今日、やっとメリルは本部に戻ってきた。

 本部の仕事は"検定試験"の監督など多岐に及ぶ。

 復帰一度目の仕事は、『試験で不正を疑われた者』の取り調べだ。

 彼女は対象者の資料を受け取り、面接室に向かっていた。


(対象者は10代半ばの男の子、黒髪。登録された名前は――)


 面接室の扉を開ける。

 中で待っていた彼の瞳を見た瞬間――否応なくその名を思い出すことになった。


「ニセ勇者の――ニセ」


「やあ。久しぶりだね、お姉さん」


 ニセは微笑んでいるような、バカにしているような表情を浮かべた。

 その眼。黒く濁ったその眼だ。

 "虚無の瞳"で見つめられると、心がざわついてたまらなくなる。


(ああ、やっぱり――私はツイてない)




      2.3「最近私はツイてない」




「取り調べってヤツには、必須だと思うんだよね」

「何の話ですか」

「カツ丼だよ。知ってるかい、豚肉を卵で閉じて――」

「――どういうものかはわかります。別にいいじゃないですか、食事は出してあげたんですから」

「まあね、牛丼ってのも悪くない。正確にいえば牛肉のせライスだけど」


 ぼくは牛肉ののったライスを口に運んだ。

 カツ丼をリクエストしたんだけど、無いらしいから代わりにコレが出てきた。

 悪くはない、けど(おもむき)には欠けるな。


「まあいいよ、お腹も膨らんで機嫌がいいんだ。聞きたいことがあるなら答えるよ、メリルさん」

「では改めて」


 メリルさんは資料をパラリとめくった。


「ニセさん、あなたには"学科試験"における不正疑惑がかかっています」

「らしいね」

「認めるんですか?」

「いいや。逆に聞くけどきみのいう不正の定義って何かな?」

「定義、ですか。それは試験の規定に従わないことです。例を挙げるなら、他者の答案を盗み見るとか」

「なるほどね。てことは、良かったってわけだ。ぼくの成績。だからカンニングを疑ったと」

「そうです。本日の受験者中1位でした。これは異常ですね」

「へぇ」


 ぼくは水をぐいっと一杯飲んだ。


「メリルさん。きみはエリートだね。迷宮機関って権力があるんだろ。その本部勤務だ、間違いなく受験戦争に勝ち抜いて良い学校を出てるはずだよ」

「そうかもしれませんね」

「だったらテストで1位になることくらいなんてことないって知ってるよね。1位がいれば最下位だっている。試験ってそういうもんだよ」

「それはわかります。ですがあなたの場合は不自然です」

「不自然ってのは?」

「この二つの資料を見てください」


 メリルさんは二枚の紙を机の上にひろげた。


「こちらは"冒険者登録"の時に私が本部に送った資料。そしてこちらがあなたの答案です。二つには明らかに矛盾があります」

「ふぅん。矛盾、ね」

「あなた自身が一番よく知っているはずですよ。冒険者登録の時点ではあなたは文字の読み書きが出来ませんでしたね。確認事項は私が読み上げ、記入事項は私が代筆しました」

「……そうだね」

「そして今回のテストでは、あなたは完全に読み書きが出来ています。この間わずか二日たらずです。何か言いたいことは?」

「すごいね、名探偵だ」


 ぼくはパチパチと手を鳴らした。


「ふざけないでください」

「ふざけてるわけじゃないよ、感心してるのさ。なるほど、"迷宮機関"勤務がエリートってのはこういうことか」

「本題から逸れています。あなたはどうやってこの解答を行ったんですか?」

「長くなるから一言でいうよ、『学科試験二時間の間に文字を習得した』。これが答えだ」

「は……?」


 メリルさんは目をパチクリさせた。

 そんな解答が返ってくるとは思わなかったのだろう。


「嘘をつくにももっとマシな嘘をついてください」

「いいや、嘘じゃない。証明していこうか。まずカンニングの疑いだけど……これは論理的に説明がつく。仮にぼくが全く読み書きができないからって、他者の解答を盗み見るという不正を犯したと仮定しよう」

「ええ」

「その場合テストは1位通過にならない。盗み見た人の解答を超える解答を作れないからだ」

「そうかもしれませんね。ですがその論理には穴があります。あなたは『他人の解答を盗み見ても論理的に1位になれない』と言いましたが、盗み見た解答が一つじゃないとしたらどうしますか?」

「……なるほど。きみはこう言いたいってことか。『周囲の受験者の解答を複数盗み見て、そこから総合的に判断してより良い解答を導いた』って」

「この方法ならばカンニングでも1位通過は可能です」

「やるね、そこに気づくなんて」


 さすがに頭がいい。穴のある説明じゃ納得してくれないか。


「じゃあ面倒だけど、二時間で読み書きを習得した方法を説明するしか無いね」

「そうしてください。そんなことは不可能でしょうけど」

「本当にそうかな? 学科試験の問題は覚えてる?」

「頭に入っています。取り調べの参考になりますから」

「二時間の試験のうち、配分としては前半一時間程度をかけて五択の選択問題を解く。そういう構成になってたよね」

「ええ」

「ぼくはまずその選択問題から解いた。文章問題は読めないからさ、当然だよ。で、気づいたんだ。選択問題の文章は読む必要がないってね」

「どういうことですか?」

「メリルさん、きみは受験になれてるよね。仮に解答時間がけっこう切羽詰まって早く解かないといけない場合、こういう問題が出たらどこを読む?」


 ぼくはメリルさんの胸ポケットからペンを掠め取って、机の上に問題を書いた。

 メリルさんに見えるように逆さ文字。しかも日本語じゃなくてこっちの世界の言葉で、だ。

 問題は日本語で書くと以下のような内容だ、


 問1.以下の4つの文章から誤っているものを選べ。

 1.メリルは迷宮機関で働いている。

 2.メリルは頭がいい。

 3.メリルは美人だ。

 4.メリルは男にモテる。

 5.メリルはツイてない。


「バカにしているんですか?」


 メリルさんは憤慨して言った。


「問題文の内容は気にしないで。テキトーだよ」

「答えは4ですね」

「へーぼくは5のつもりで書いたんだけどな」

「からかってるんですか? ですよね?」

「違うよ。要するにきみは今、『誤っている』という部分だけ読んで判断したんじゃないかって言いたいんだ。よく見てよ、この問題文間違ってる」


 ぼくは問題文の誤った箇所を指さす。

 『以下の"4つ"の文章から~』

 そう、五択問題なのに4つと指定されている。これは誤りだ。


「だけどメリルさんは気づかなかった。問題文の前半を読み飛ばしたんだ。普通選択問題の問題文は決まりきってるから、前半部は読まない。気にするのは『正しいものを選べ』か『誤っているものを選べ』のどちらを選ばせるか、ということ」

「それが……何の関係があるっていうんですか」

「それが解読の起点さ」

「解読?」

「選択問題の問題文はたいてい決まりきった定型文になっている。そしてこれも一般論だけど、『正しい』と『誤っている』を文字で表すと多くの言語で否定表現のほうが文章が長くなる」

「それで二種類の問題文を見分けたということですね」

「それだけじゃない。問題文に共通する表現と『正しい』と『誤っている』に相当する表現――つまり二種類の異なった表現から、ぼくがいま喋っている"話し言葉"と文字がどう対応しているのかも割り出した」

「なっ……!?」

「そう難しくはなかったよ。普通にぼくの話している音節に対応した"音節文字"だったからね。ぼくも故郷にも"かな文字"ってのがあるけど、それと原理的には同じだ。ここまでわかればあとは問題を解きつつ文字を習得するのはそう難しくなかったよ」


 そう、単にかな文字が別の形の文字に置き換わっただけじゃ、習得はそう難しくないんだ。

 小学校で日本の子どもたちはたいていローマ字を習う。

 ローマ字だって音素の組合せでかな文字を置き換えただけの文字だ。

 小学生だって二時間もあればローマ字を習得できるんだから、ぼくにできないわけがないんだ。


「選択問題で文字の規則を習得した後は、文章問題も簡単に解けたよ。迷宮に関する知識を問うものは確かに解けなかったけど、このテストは思考力や推理力を問うような問題が大半をしめてたからね。おおかた、迷宮機関はこのテストで迷宮の中での冒険者のとっさの対応力を測定しようとしたんだろう」

「だから1位になった、と……」

「そう。それが答えだ」


 メリルさんは黙り込んで考えていた。

 しばらくして――


「――ぷっ、あははっ、あははははははははっ!」


 笑った。

 涙目になりながら、眼鏡をはずして笑い転げた。

 ひとしきり笑って、笑った後、


「そうね、いいわ! 納得したわよ。あなた、面白いわ!」

「……そりゃどうも」

「文字をテスト中に習得して1位通過するなんて……こんな常識はずれの子がいるのね。あーもうホント、私の悩みなんて小さなものだったのね!」

「そうだね、男なんていくらでもいるんだから。きみなら選び放題だよ。美人だし。浮気されてフラれたくらい、気にすることじゃない」

「フラれたって、どうしてわかるの?」

「そんな顔しながら部屋に入ってきたからさ」

「はぁ……もう、お手上げよ。あなたにはかなわないわ」


 メリルさんは呆れたような感心したような声で言った。


「学科試験1位通過おめでとう――ニセ勇者のニセくん」




次回は3/8日の21時を予定しています。


今回の話は若干ガバガバな気がするので書き直す可能性があります。

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