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2.2「勇者さまと別れるなんて嫌です!」


「お会いしたかったですわ、ニセ勇者様」


 彼女――ローレンシア・フラズグズル・スヴァンフヴィート――通称ラウラはそう言ってぼくに微笑みかけた。


「ニセ、勇者……? ぼくを知っているのか、きみは?」

「ええ、もちろんですわ。何故ならわたくし――」


「――ラウラちゃあああああああああああああああん! お久しぶりでしゅうううううううううううううううううううう!! スピカですよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 ガバッと大胆にラウラに抱きついたのはスピカだった。

 

「ちょっとスピカ、あなたいきなり!」

「だって嬉しいんですもん! ラウラちゃんに会えて! 何年ぶりですかね、再会のちゅー! ちゅっちゅー! ラウラたんはすはすー!」

「ちょっと、ムサ苦しいですわ! ムサ苦しいですわ!」

「なんで2回言うんですかぁー!」

「とてもムサ苦しいからですわよ! あなたはモフモフの大型犬か何かですの!?」

「幼なじみのよしみじゃないですかぁー。遠慮しないでスピカに甘えていいんですよぉー?」

「同い年ですわよ、甘えたりしませんわ!」

「ちっさいころはあんなに甘えん坊だったのにぃー。……いや、今でもちっさい部分がありますね……」

「どこ見て言ってますの!?」


 ラウラは胸を抑えて顔を赤くした。

 相当に気にしているようだった。


 というか。


「今の会話から察するに、きみたちは……」

「そうですわ、わたくしとスピカは幼なじみ。大神官コルネリウス様とも旧知の仲ですのよ」

「昔は姉妹みたいにいっつも一緒に遊んでたんですよ、勇者さま! ラウラちゃんは実質わたしの妹みたいなものです!」

「わたくしが姉ですわよ!」


 なるほど。

 二人の様子でだいたいわかった。

 ラウラという女の子はスピカにウザ絡みされる幼なじみだということが。

 再会のチューはかわしつつも、それほど本気で拒否していないことからも仲の良さは伺える。

 ぼくのことを知っているのも、コルネリウスさんからスピカが街に来るのを聞いたということだろう。

 "迷宮機関"にもコルネリウスさんから伝言は行っているだろうし。


「とにかく助かったよ、ラウラさん」

「どうぞラウラとお呼びになって。スピカの友人はわたくしの友人ですわ」

「そっか、じゃあラウラ。さっきは助かったよ、ありがとう」

「お安い御用ですわ。わたくし、"迷宮騎士(ナイト・オブ・メイズ)"ですので。天蓋迷宮の治安を守るのが仕事ですから」

「若いのにしっかりしてるんだね」

「それほどでも……ありますわね。うふふ、もっと褒めてもいいんですのよ?」


 すぐにドヤ顔をするあたりはスピカと似ている。

 昔一緒に過ごしたというだけあるだろう。

 違うのは、ラウラにはどうやらドヤるだけの実力があるというところだった。


「だけどラウラちゃん、出世したのにどうしてこんなところにいるんですか? もっと上層にいてもおかしくない立場ですよね?」

「あなたがたを迎えに来たんですのよ」

「迎えに?」

「ええ、今日は"検定試験"の日ですから。あなたがたにも受験してもらいますわ。"迷宮機関"としても"勇者計画"の成否は重要なのです。ですから、"勇者"と"巫女"が冒険者としてどれほどの資質を持っているかはからせていただきます」

「"検定試験"……そうですっ、わたしたちも検定試験を受けに行くところだったんです! ねっ、勇者さま!」

「そういえばそうだったね」


 いろいろあって忘れそうだった。


「試験には検定料がかかりますが、わたくしたちの都合で受けていただくので今回は無料になりますわ」

「えっ、マジで……?」

「どうしましたの、ニセ様?」

「いや、無料になるなら昨日必死になってお金を稼いだ意味なかったじゃんって思って……」

「お金はあるに越したことはないですわ。余った分は装備の増強などにお使いくださいな」

「ああ、なるほど」


 ポジティブに考えればそうなるか。

 とにかく、ぼくらは"迷宮機関"の本部施設に向かった。




      2.2「勇者さまと別れるなんて嫌です!」




 街の中心部近くにある、最も大きな建物。

 白い直方体の施設が"迷宮機関"の本部だ。

 受験の手続きはすでに終わっていたらしく、到着したぼくらはすぐに会場に通された。

 待合室にはすでに受験者が集まっていた。

 屈強な男や、ローブに身を包んだ怪しい魔術師など、個性的な面々だ。


「みんな張り切ってるね」

「もちろんですわよ、冒険者ランクを大幅にあげるチャンスはここくらいしかありませんから」

「そうなの?」

「普通はクエストなどの成果が評価されて地道に上がっていくものですわ。この"検定試験"は冒険者一人につき最大一年に一度しか受けられないので、能力の向上を評価されるにはここで活躍するしかありませんわね」

「へぇー。そういえば今更なんだけど、冒険者ランクってどういう分け方をされてるの?」

「冒険者登録したばかりの初心者は皆最低ランクのFランク。そして最高がSランクですわね。各種スキルの評価も同じくFからSで分類されますわ」

「てことはぼくとスピカはFランクなわけだ。ラウラの冒険者ランクはどのくらいなの?」

「わたくしはA+ですわね。言い忘れましたが同じランクでも+や-で序列がつくことがありますわ」

「A+ってほぼ最高クラスじゃないか。それってスゴくない?」

「スゴいですわよ? お褒めになっても構いませんわ」


 ラウラはドヤ顔で腕を組んだ。

 腕を組んでも悲しいくらいに胸が強調されなかった。


「勇者さまー、ラウラちゃーん!」


 スピカがトイレから戻ってきた。

 随分長かったみたいだけど。


「おかえり、スピカ。体調は大丈夫?」

「これから試験かと思うとお腹が痛くて……うぅ……」


「はぁ……相変わらずスピカはダメダメですわね」

「あーラウラちゃん、ダメダメな人にダメダメって言ったらダメダメなんですよぉー!?」

「あなたの方こそダメダメって言いまくってるじゃありませんの?」

「そうでしたぁー……」


 こんな調子で大丈夫なのだろうか。

 そんなこんなで試験時間の開始が近づいてきた。


「とにかく、試験は【戦士タイプ】と【術士タイプ】で別れていますわ。ニセ様は前者、スピカは後者になりますから、これから別れていただきますわよ」

「そんなっ……わたし、勇者さまと別れるなんて嫌です!」

「捨てられそうな恋人じゃありませんわよ! おとなしく試験に行ってきなさいな、ニセ様はわたくしが案内しますから!」

「はいーぃ」


 スピカはトボトボと【術士タイプ】の試験会場に歩いていった。


「相変わらずですわね、あの子は」

「心配?」

「心配ですわよ。でも……スピカはやる時はやる子ですから」

 

 ラウラは優しい眼でスピカの背中を見守っていた。

 なんだ、やっぱりわかってるんだ。

 スピカはただの"落ちこぼれ"じゃない。


「ふぎゃ!」


 なんて考えてるうちに、スピカが自分の足につまずいてべちゃっとコケた。

 ……やっぱり、心配になってきた。




      ☆   ☆   ☆




 スピカの心配なんてしている暇はなかった。

 ぼくは今、最大のピンチに直面していた。


 ここは第一試験会場。

 第一試験は午前10時から正午まで行われる。

 今現在は試験が開始され、10時を少し過ぎたところだ。

 ぼくは机に座ったまま呆然としていた。

 目の前にはまっさらなままの試験プリントが置かれていた。


 肝心の内容はというと……学科試験だ。

 主に冒険者として最低限の思考力や知識を問われる基礎的な設問が出題される。

 冒険者ならば解けて当然の問題から、やや難しい問題まで。

 難易度はいろいろだと、事前にラウラから聞いていた。

 だけど難易度なんて関係なかった。

 どうして事前にこのことに気づかなかったんだろう。

 記憶喪失とか、意味記憶とか、そんなの関係なかった。

 根本的で、致命的な問題がそこに横たわっていたのだ。


 そう――ぼくはこの世界の文字を読めない。


 問題文を一つも理解できない。

 解けるとか解けないとか、そういう次元じゃないレベルで。

 ぼくは今、最大のピンチに直面していた。



次回は明日3/7の21時です。


3/6にこれ以前の話を大幅にイジりましたが、章構成や分割点を変えただけで中身は同じなので一度読んだ方は変更点を再度チェックする必要はありません。

今後はキャラ紹介や設定の説明も追加していこうと思っています。

よろしくお願いいたします。

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