君為、世壊 page.8
~†塚本薫†~
次の日、昨日早く寝たにも関わらず、私が起きたのは昼過ぎでした。
もう寝過ぎて逆に眠いです。けだるさを感じつつもシャワーを浴びると少しだけさっぱりとし、私はいつものように一階へと移動しました。
一階に降りると佐野さんに遭遇しました。……幸先が悪そうです。
「おう、薫か。丁度良いところに来た。ちょっとこっち来い」
そう言われて私は佐野さんのいるバスの入り口へと向かいました。佐野さんは買い物をして来たところなのか、足元に沢山の箱が積まれています。
まさか、私に荷物運びを手伝わせる気でしょうか。
「いやです」
佐野さんに言われる前に断りをいれると、佐野さんは変なものを見るような目で私を見ました。
全く持って失礼です。
「…………」
「…………」
佐野さんが無言で私の顔を見て来ました。
私は無言でそっぽを向きます。
しばらく沈黙が続いたあと、佐野さんがようやく声を出しました。
「は?」
相変わらず、変な人を見る目でした。
「私は佐野さんのパシリじゃありません。そういうことは篠原さんにでも頼んで下さい」
私がそう言うと佐野さんは呆れたように溜め息をつきます。
呆れたいのこちらです。
女性に荷物運びをさせるとは何事ですか。
「おまえな――」
「ゆまゆま、そこを退いてくれないか。中に入れん」
私に何か反論しかけた佐野さんの言葉を、突然現れた鼎さんが遮りました。
いい気味です。
「おう、秋久。良いところに来た。そこにある箱を持って行ってくれ」
佐野さんは言葉を遮られたことを気にする様子もなく、足元の箱を数個指差してそう鼎さんに指示しました。
やはり荷物運びさせる気だったんですね。鼎さん、ドンマイです。
「ゆまゆま、これは?」
「昨日紙に書いて貰っただろ。前に任務で消費した物だ」
「ああ、なる程。だが本当にタダで貰っていいのか?」
「おう。気にすんな」
「ならば遠慮なく」
そうして二人の会話は終了し、鼎さんは箱を抱え二階に上がって行きました。
…………あれ? もしかして、佐野さんが私を呼び止めた理由というのは――。
「さーて、なんか知らんが、薫は俺の好意が気に入らないみたいだからな……返品してくるか」
わざとらしく大きな声でそう言うと、佐野さんは残った箱を持ち上げます。
というより、やはりあの箱の中身は炸裂弾のようです。
どうやら私は勘違いをしていたみたいです。
「ま、待って下さい!」
私は慌てて佐野さんを呼び止めました。
「ん? どうした薫?」
佐野さんはわざとらしく首を傾げました。その行動が妙にいらっときます。しかし、これは私が早とちりしたせいでもあるので、ぐっと堪えます。
ひとまず私が悪かったのは確かなので、ここは素直に謝りましょう。
「佐野さん、すみませんでした。佐野さんの普段の行動から、どうせろくでもない事を考えているのではと思い、少し早とちりしてしまいました」
「……おまえ、謝る気ねーだろ?」
失敬な。
私が下手に出て謝っているというのに、この人はその気持ちを無下にする気ですか。
「そんなことないです。あ、それと、ちゃんと謝ったので炸裂弾下さい」
「ふざけんな」
佐野さんが私の頭をペシッと叩きました。
痛いです。
横暴です。
「痛いじゃないですかっ」
「うるせえ。とりあえずちゃんと謝れ」
「いま謝ったじゃないですか」
「ちゃんと、だ。ちゃんと」
なんて失敬な。まるで先ほどの私の謝罪がちゃんとしていないかの様ではないですか。しっかりと早とちりをしてしまった原因まで述べたというのに。
ですがここで変に突っかかっても面倒です。
ここは一応平謝りしておきましょう。
なんたって私は大人ですから。
そうして私は無事、炸裂弾を無償で大量に入手出来たのでした。
弾数が記憶と違うと問われましたが、佐野さんが歳のせいだということで終始通してやりました。
そそくさとその場を離れ、この日、私はできる限り佐野さんに会わないように過ごすことに決めたのでした。
~†セクナ†~
名残惜しくユウリ様の部屋を出た私は、とある場所へ来た。
ユウリ様が今いる街から遠く離れた山奥、そこに造られた地下シェルター。この場所を知っているのは“うたかた”のメンバーだけ。
このシェルターのさらに地下まで行くと、セクナとユウリ様だけしか知らない部屋がある。
薄暗い通路を歩くと私の足音だけが小さく響き渡った。少し奥へ進んで行くと大きな扉の前に着く。
何の装飾もない鉄で出来たその扉。
私はそれを軽く押した。
鉄の冷たさが私の手のひらに伝わって、それから小さな金属音を立てて扉は開く。
扉を抜けると、がらんとした円形状の部屋の中。
その中央には二つのカプセルが置かれていて、それぞれが緑色の液体に満たされている。片方のカプセルには青い光が浮かび、もう一方のカプセルには、一人の少女が浮かんでいる。
彼女はユウリ様にとってとても大切な人で、ユウリ様はいつも彼女のことばかりを考えている。
そんなユウリ様を見ると、寂しいと思うこともある。でも、十分我慢出来る。ユウリ様が少しでも私を見ていてくれるなら、それだけでこの上ない程に幸せなのだ。
私はカプセルの中の少女を見つめた。
髪の色は黒色をしているけれど、それ以外は……セクナと姿が変わらない。まるで鏡でも見ているかのように錯覚してしまうほど、彼女の容姿は私に似ている。
私が、彼女に似ているのかもしれない。
どうしてここまで私と彼女が似ているのかは分からないけれど、そのおかげでユウリ様は私のことを沢山見てくれるし、近くに行くと頭を撫でてくれる。
私を、セクナをずっと傍に置いていてくれる。
だから……だから、セクナは二番目でもいい。
ユウリ様の傍にずっと居られるのなら、セクナはなんだってするのだ。たとえ、ユウリ様の願いを叶えるために、どれだけの人々が死ぬことになろうと、セクナには関係ない。
ただただユウリ様の傍に居られれば、他には何もいらない。ユウリ様の願いが叶って、私が死ぬ、その時まで。
私は首に掛けたネックレスを優しく両手に包んだ。
ユウリ様がセクナだけのために買ってくれた、宝物。
――彼から貰ったの?
脳に直接、女性の声が響いた。
少女の隣に置かれたカプセルの中にある、青い光が発光する。
私は青色の光に向かって頷く。
――そう、よかったわね。
青い光は淡く輝くと優しい声でそう言った。
この声はとても落ち着いていて、思慮深く、大人のような雰囲気がある。
この声を聞くたびに、セクナはまだまだ子供だなと、無意識に自覚させられる。
声のような女性になれれば、ユウリ様ももっとセクナのことを見てくれるだろうか。そう考えたけれど、セクナには、私には大人がどうゆうものなのかが分からない。だから直ぐにその考えは振り払った。
――セクナはユウリの事、好き?
その唐突な質問に迷うことなく、すぐに頷いて見せた。悩むことでもないし、誰かに隠しておくことでもないから。
同じ質問を投げかけた。
――答えるまでもないわ。
女性の声はそうとだけ答えた。その一言が、私に全てを語る。
取り装う様に、彼女はガラリと話題を変えた。
――ねえ、今日はどんなお話をしてくれるの?
私はこの部屋に来ては、目の前の少女に向かって勝手に話していた。
青い光は発光を少し強めて促してくる。
私は、いつもの様に他愛もない話を語り始めた。