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君為、世壊 page.7

 〜†ユウイ†〜



「いやー、やっぱアイツはからかいがいがあるな。燐戸とか秋久じゃあ、あんな面白い反応しないからな」

「でもちょっとやり過ぎちゃいましたね……。ユッくん、悪いけど、薫ちゃん追っかけて来てくれる? たぶん、迷子になっちゃうから」

「確かに。アイツは私生活の方向感覚イカれてっからな」


 佐野雄真が愉快そうに笑い、来栖志穂は両手の平を合わせて僕にお願いしてくる。

 特に否定する理由も無く、僕は立ち上がってレストランを出た。


 レストランを出ると相変わらずの人混みの多さで、塚本薫がどちらに向かったらかすら分からなくなりそうだったけれど、直ぐに彼女の小柄な後ろ姿を見つけられた。

 僕は急いで彼女の背を追いかける。

 辺りを何度も見回しながらオロオロと進む姿がまるで小さな子供のようで、彼女は本当に十九歳なのだろうかと疑問に思ってしまう。

 だけどそのおかげで、苦労することなく追いつくことが出来た。



「薫さん」


 僕が後ろから声を掛けると、肩を一瞬震わせた塚本薫がゆっくりと僕の方へ顔を向けた。

 本の僅かな時間であったのにひとりの状態が心細かったのか、彼女の目が若干涙目になっていて、表情は明らかに安堵していた。


「ユウイさん、どうして……」


 どうして追いかけて来てくれたのか、恐らく僕にそう尋ねようとした塚本薫はその途中で、何か思い至ったのかパタリと言葉を止めて僕の目をじっと見つめる。


「あのふたりがまた何か企んでるんですね」


 若干疑心暗鬼となっている塚本薫に、来栖志穂が反省していて彼女が追い掛けるように僕へ頼んできた事を説明した。佐野雄真に関しては反省しているような色が全く無かったので、あえてそれは伝えないでおいたが、塚本薫もなんとなくそれを察しているように感じた。



「それで、この後はどうします? 特に寄りたい所がなければバスに帰るんだけど」


 僕が問うと、塚本薫は帰ると言った。

 彼女が進んでいた方向はバスとは逆方向だったから、やはり迷子だったのだろうと、僕は勝手に結論付けて彼女と一緒にバスへと戻った。ただ付いてくるだけの筈なのに、早くも彼女が迷子になりかけていて予想以上に大変だったのは余談。

 バルハ遺跡の際には普通だったのにとは思ったが、触れないでおいた。

 任務と私生活は脳内回路を違う箇所を使っているのだろう。そうゆうことにした。



 バスに着くと、レストランで食事をしてから戻ったのであろう来栖志穂が、バスの入り口付近に立っていた。僕たちの方がバスへ戻るのが遅かったのは単純に塚本薫のおかげだろう。

 塚本薫はまるで迷子の子供がようやく親にでも会えたかのように、小走りで来栖志穂に寄って抱きつき、頭を撫でられていた。



「ありがとうね、ユッくん」


 来栖志穂は僕に礼を述べたあと、視線を胸元の塚本薫の頭に向けてから、僕に先に戻っててと言った。僕は無言で頷いてから、ふたりの横を通り抜けてバスに乗り込んだ。

 バスの一階には誰もいなかった。それぞれの部屋に戻っているのか、出かけているかだろう。いずれにせよ、一階に居るのはいつも僕か塚本薫だけである。

 僕も今回はそのまま自室へと向かった。動いてもいないバスの座席に座っていても退屈すぎるから。


 階段をひとつ上り、すぐ右手に僕の部屋が見える。木製のドアをゆっくりと開けるとドアは僅かな軋みをあげて開いた。

 僕は部屋に入るとドアを閉じて鍵を掛けた。



「何か、あった?」


 伽藍とした部屋で僕は呟いた。直後、そよ風が僕の頬をなで、窓際にセクナが姿を現した。

 今日は別段、彼女になにか指示をだしてもいなければ、呼んだ覚えもなかった。

 僕の問い掛けに彼女は少し困ったように、おずおずと口を開く。


「え、と。何もないんですが、その……め、迷惑でしたか?」


 上目遣いに僕を見つめる。

 僕はそんなことはないと伝え、ひとまず彼女を机の椅子に座るように促した。

 セクナは椅子に座ると、机の上に置かれた、包装のされた小さな箱に気が付く。それを見て僕も思い出したようにその箱を手に取ると、セクナへそれを渡す。


「え、あのっ、これ……?」

「今までの感謝の気持ち、かな。正直、こういったものを選ぶのは苦手で、セクナが気に入ってくれるかは分からないけど、貰ってくれると嬉しいかな」


 そう。これは単なる僕の自己満足。こんなちっぽけな物で済まされないほど彼女には助けられているのに、こんなもので満足して貰おうとしているのだ。

 だが、セクナはそんな僕の汚い思いを余所に、嬉しそうに喜んでみせた。


「あの、あのっ。今、開けても宜しいですかっ?」


 そう言われたので僕は頷いた。

 包装が解かれ、小さな箱が現れ、その箱の中身がセクナの小さな手で取りされた。

 天使の翼がモチーフにされたネックレス。



「どう、かな?」


 少しだけ不安な気持ちも混ざりながら、彼女に問う。

 自己満足の為とはいえ、ならば彼女には気に入って貰えると嬉しくもある。そう感じるだけ僕は彼女を信頼している。

 セクナは首を縦に何度も振りながら「とても嬉しいです」と言ってくれた。

 それから彼女は手のひらに載せたネックレスを僕に見せて、彼女は恐る恐ると口を開く。



「本当にこれ、私が頂いても宜しいんですか……!」


 セクナの質問に対する僕の返事は決まっている。

 だってそれは彼女のために買ってきたものなのだから。

 僕がそれを伝えると、彼女は大事そうに両手で包み胸の前でひとしきり握り締めると、すぐにそれを着用してくれた。


「えへへ」


 魔空間から取り出した鏡を見つめながら、彼女がにへらと気の緩んだ笑みを浮かべた。それから僕に向き直って「大事にします」と言葉にする。なんとなく気恥ずかしい気持ちになった僕は、いつものように彼女の頭を撫でて誤魔化した。

 そうしてセクナと他愛無いやり取りしながら、今日は終わっていった。





 ~†塚本薫†~



 今日は散々な日でした。

 佐野さんにからかわれたり、まさかの来栖さんの裏切りがあったり、道に迷って泣きかけているところをユウリさんに見られたりと……。

 散々でした。


 バスに戻って来栖さんと別れたあとも、鼎さんと篠原さんにも迷子だと笑われました。

 なぜかあの場にいなかった二人が今日の出来事を知っていて、ちょっと不思議に思いましたが、すぐに理解しました。

 佐野さんが言いふらしたんです。

 絶対そうです。

 それ以外ありえません。

 佐野さんなんか、大っ嫌いです。

 とまあ、部屋の中で今日の出来事を振り返りながら晩御飯を食べていたのですが、これから何をしましょう。

 暇です。

 何もする事がありません。


 することもなく、ベッドの上でごろごろしていると、突然部屋のドアがノックされました。

 誰が来たのかと思いながらベッドから起きあがると、ドアの向こう側から声が聞こえて来ます。


「あ? 居ねーのか。ったく、まだ迷子やってんのか。しょうがねえなあ」


 ……佐野さんの声でした。

 私がいないと思って好き放題言っています。

 むかっとしました。

 今日の佐野さん、私に何か恨みがあるのでしょうか。

 私はドアの前にいる人物が去る前にと、急いで鍵を開け、ドアを開きました。すると、ちょうど佐野さんが立ち去ろうとして背を向けているところでした。

 私が呼び掛けるよりも早く、ドアの開く音を聞いた佐野さんがこちらを振り返ります。


「おう、いたのか」


 至って普通の表情をしている佐野さんですが、今の私には佐野さんがにやけているように見えてむかっとします。たとえそれが私の勘違いなのだとしても、佐野さんが悪いです。


「何か用ですか?」


 私は敢えて不機嫌そうな顔をつくって応えました。しかし、佐野さんは全く気にする様子もなく口を開きます。


「おう。前に炸裂弾を買ってやるって言っただろ。明日買い出しに行ってくっから、必要な弾数まとめておけ」


 そうとだけ伝えると、私の返答を聞くよりも早く自分の部屋へと帰って行きました。

 佐野さんにしては珍しく、バルハ遺跡での約束を覚えていたようです。今日は佐野さんのせいで散々だったので、大きくさばを読んだ弾数を買って貰うことにしましょう。

 そう思って私は椅子に座り、机の上に紙を置きま、記入していきます。

 バルハ遺跡で使用した弾数の二倍、いえ、五倍の数量を記載し、予想される金額も書き足しました。

 自分では絶対支払いたくない金額でした。この金額を見た時の佐野さんの顔がありありと浮かんできます。

 ふふふ……。これが私をいじめた罰です。



「……はっ……!」


 部屋の中で一人、不気味に笑っている自分に気がつき、若干落ち込みました。とりあえず、今日はもうすることが無いので寝ることにしましょう。

 私はドアの外側に今書いた紙を貼って、ベッドに横になりました。

 明日が楽しみです。



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