君為、世壊 page.5
〜†塚本薫†〜
「薫さんは、どこか出掛けるの?」
いつものように、一階の座席に座って窓の外を眺めていると、ユウイさんに声を掛けられました。
あのゴーレム戦での事で、私はユウイさんに対し後ろめたさがあったのですが、あの後もユウイさんは変わらず話しかけてきてくれ、私が謝ると「気にしてませんよ」と笑って返しました。
それでも、私がうじうじしていると、「じゃあこれからは名前で呼びます」と言ってすぐに話を変えました。私はユウイさんの優しさに甘えることにしました。
もちろん助けてもらった事を無かったことにはしませんが、変にぎくしゃくしてしまうよりも、ユウイさんのように対応して頂くと身勝手ながら嬉しいものです。
窓から視線を外して、通路に立つユウイさんを見上げました。
「来栖さんと街を見て回る予定です」
私たち“方舟”は現在、アレルテリア国の首都、サカミエルにいます。しばらくの間滞在するとの事で、皆さん自由行動をしています。
ずっとバスの中で過ごしていたので、私も来栖さんを誘って出掛ける予定でした。今は来栖さんが少し仕事があるそうなので、それが終わるのを待っていました。
「ユウイさんもお出かけですか?」
「ええ、この街も、来るのは初めてだから、ちょっと観光に」
「そうでしたか。……篠原さんと鼎さんには付いて行かなかったんですね」
「あー、あのふたり……カジノで大儲けするって、そうとう意気込んでたけど、俺はちょっとそうゆうのは」
苦笑いしながら、肩をすくめると、「行ってきます」と言ってバスを降りていきました。
私はそれを見送りながら、また窓の外を眺めて来栖さんが来るのを待つのでした。
〜†佐野雄真†〜
久しぶりの首都に来た俺は、さっそく知り合いの元に訪れた。
優に五メートルを越える鉄製の門を見上げながら、その大門の前で警備する兵に近寄った。
この門、あのゴーレムでも通れそうだな。
「謁見か?」
俺に気づいた門兵のひとりが尋ねてくる。無言で手に持っていた紙を突き出すと、門兵がそれに目を通す。
ひと通り読み終わった門兵が、大門の脇にある通常の大きさの扉を開いて、付いてくるようにと促してきた。
その大門使わねえのかよ。
俺の心の声が漏れていたのか、大きな行事が行われるときにのみ開かれるとの事らしい。
巨大な城の内部をウネウネと進んで行き、俺はようやく目的の人物のいる部屋に辿り着いた。
案内してくれた門兵が入室の許可を確認してから、俺は部屋の中に入った。門兵は一礼して帰った。
部屋の中は綺麗に片付いていて、扉を開けた正面に、向かい合うように机が置かれていて、そこの席に座っていた人物がこちらを向いた。
その人物の背後が窓で、逆光になっていてうまく表情が見えないが、相変わらずの疲れた顔で力なく笑っているんだろう。
「久しぶりだなシン」
新 真。俺が軍にいた頃の仲間だ。コイツは苗字も名前も“しん”だから、親しい奴らはみんな渾名として“シン”と呼んでいる。
「相変わらず仕事熱心みたいだな」
「誰のせいで、仕事が増えたと思っているんだ、まったく。……久しぶり、元気そうで安心したよ」
「お前はなんか、少しやつれてきてるな」
誰のせいで、をえらく強調して言ってきたシンは前にあった時よりも痩せていた。
「仕事熱心なのも良いが、ちゃんと休めよ」
「ははは、雄真にまで心配されるなんて、よっぽど私の顔色は悪いんだな」
なんて言い草だ、コイツ。せっかくこの俺が気遣ってやったというのに。
「まあ、誰かが、軍を辞めてなきゃこんなに忙しくはならなかったんだけどな」
また、誰かが、を強調して言ってくる。
「言っておくが、俺が辞めていなかろうが強硬派の奴らは変わらずだっただろうよ。アイツ等は結局、戦争がしてえだけなんだ。むしろ俺が抜けて、少しは歯止めになったんじゃねえのか? 貴重な魔法使いが居なくなったんだからな」
「最初の頃は、な。最近はどこから探してきたのか、ふたりも魔法使いがいるよ」
「は? ふたりもか?」
「気持ちは分かるが、来月にはさらにもうひとり来る」
これまでも魔法使いの勧誘は行っていたが、どの魔法使いもギルドか傭兵に入る奴が多かった。他国の軍にも、魔法使いは多くてふたり。
魔法使いの戦力ならばギルドや傭兵で魔物を狩ってた方が儲けにもなるし、ウザったい規則にも縛られない。当時の俺はガキの頃から仲が良かったふたりが軍に行くっつうから入っていた。
そんな気まぐれみたいな感じで入る奴が三人も入るとなると……軍側がよっぽどいい条件でも出したのか?
英雄になりたいなんてほざく奴は軍には来ない。そいつの考え次第の事だから、断言して言うのもおかしいが、少なくとも俺はそんな奴は見たことがない。
自国において英雄と言われようが、他国に行けばそれは簡単に逆転する。人殺し。そう呼ばれて石を投げられるだけだ。そんなのよりだったら、全人類共通の敵とも言っていいような魔物を狩ってた方が、英雄と呼ばれるだろうよ。
「それは、厄介だな」
「ふ、まったく。他人事のように言ってくれるな」
「他人事さ。なんつったって今の俺はただの、いち傭兵団の団長なんだからな。大切なのは……団員の給金を支払う事だ」
門兵にも見せた用紙をシンの机に置く。
呆れたように肩をすくめながらも、その用紙を読んでいく。「地図は?」と言うシンの言葉で、俺は出し忘れていた遺跡の地図を魔空間から出して渡した。
「へえ、こんな奥まで行っても、トラップらしいトラップは無いのか」
「使えそうな遺跡物も無かったがな」
「使えそうな遺跡物がある方が稀だよ。……雄真、悪いけど、遺跡の地図の報酬は、こちらで確認するまでは三分の一の額しか払えないんだ」
「元々そうゆう契約内容だからな、気にすんな」
「ありがとう。……ところで、この紙に書いてある“悪魔”と“うたかた”について、詳しく教えて貰えないか。特に“うたかた”は最近活動が盛んになっているようだしね」
俺はそのふたつの事について説明した。悪魔の件については、俺も実際に見たわけじゃないから、にわかに信じ難いが、あの秋久がそんな下らない嘘を言う訳がない。俺は聞いたままを話した。
“うたかた”は“魔術師”と“喝采”のふたりが現れ、ゴーレムを召喚した事を伝えた。
「あー……あと、これは俺の推測で、実際どうかは分からねえが、俺らを助けた女、たぶんあれも“うたかた”だ。噂話が合っているなら“仮面”って奴だ。赤いローブ着てたからな」
「仲間割れか?」
「知るか。そんな事より、だ。ひとつ、面白い情報を手に入れたんだが……聞きたいか?」
「まったく、白々しい言い方だな。聞きたいよ、……幾らで、話してくれるんだ?」
「炸裂弾が軽く二十発分が買えるくらいは、最低でも必要だな。そっから上乗せするかはお前の判断に任せるさ」
「炸裂弾って……。そんな高価な弾、何に……ああ、二丁使いの女の子がいたっけ。たしか、名前は――」
「塚本薫だよ。一年前に入った期待の新人、だ。そんな事はどうでもいい、払うのか? 払わないのか?」
「分かった分かった、払うよ。これでいいだろ? さ、聞かせてくれ」
「おし、まあ一般人には関係ねえ情報だが、お前らが“うたかた”と本格的に敵対する事になった時には、作戦を考える為の参考程度にはなるだろ。……アイツ等は、俺ら魔法使いの魔力を奪う術を持ってるみてえだ」
「魔力を? どうやって?」
「知るか。だが、俺が実際に経験して、アイツ等自身も魔力を奪ったって話をしてたから間違いはねえ筈だ。強硬派の奴らに好き勝手やらせて、“うたかた”に手を出すような事にならないようにするんだな」
「魔物を召喚出来て、魔力を奪えて……悪魔並に厄介な組織だな。いや、殺戮を行わないだけまだましか。今度の会議の時にでも報告しておくよ」
そう言ってからシンは手元の書類に一度視線を落として、それから首を傾げた。何か気になるところでもあったんだろう。
「どうかしたか」
「いや、大した事じゃないんだが、情報の重要性で言ったら、魔物を召喚するって話や、“仮面”についてだって十分価値のある話だと思ってさ」
「そう思うなら追加報酬の方にでも上乗せでもしてくれればいいさ」
「まあ、考えておくよ。それと今回の依頼は面倒な手続きが必要なんだ。だから、報酬を渡せるのは明日になる。悪いけど、明日もう一度来てもらっても良いかい?」
「ああ、分かった」
その後、俺はシンと雑談を交わしてから帰ったが、あいつは最後まで、俺が軍を辞めた原因についての話はしなかった。
〜†ユウイ†〜
佐野雄真。彼は元軍人だ。他国との関係を良好に保とうとする穏健派にも、他国を攻め領土を増やそうとする強硬派にも、彼は一目置かれる存在だったらしい。
一般的に魔法使いが戦場に現れれば、多数の死者が現れる。そして相手国からは殺戮者として扱われるのが軍に所属する魔法使いだ。
しかし、佐野雄真はその一般的な魔法使いには含まれなかった。
彼はどの戦場においても、死者を出さなかった。彼の隊員にも、彼と闘いあった相手にも死者はいない。佐野雄真の圧倒的に強いからこそ出来た芸当だろう。
相手に同じ魔法使いがいてもそれは変わらなかったと言う事から、彼が優秀な魔法使いだという事になる。
そう言えば、と僕はバルハ遺跡での事を思い出した。
“うたかた”にいる人間はみんな魔法使いだが、彼らが恐れられる理由が魔法以外にもある。
“アーク”と言う、魔法とは違う力。
そのひとつ、“喝采”ことカルナが持つアーク、“吸収”。
彼は魔法使いの魔法の源である魔力を、奪うことが出来る。
あの時、佐野雄真も例に漏れず、カルナから魔力を奪われていた。いや、奪われ続けていた。にも関わらず、彼は魔法を使った。
佐野雄真は当たり前のようにやったが、これまでカルナに魔力を奪われながら魔法を使えた者はいない。魔力が無いのだから当たり前だ。
魔力は魔法使いの体内で作り出されるのだが、佐野雄真はその作り出す量と速さが異常に高いのだろう。
その佐野雄真が軍を辞めた理由を、最近セクナから聞いた。
佐野雄真には婚約者がいたそうだ。
彼の同期生である倉橋沙那。彼女は武術校出身の佐野雄真と違い、技術校の出身らしいが、ふたりは幼い頃から知り合いだったという。
その倉橋沙那と同じく、佐野雄真の幼馴染がもうひとりいる。新真、彼は一般校だった。
彼らは軍に入った頃から同じ隊に所属し、一気に彼らの隊は名を上げた。
技術校出身の倉橋沙那の情報収集力、一般校出身の新真の指揮統率力、そして武術校出身の佐野雄真の戦闘力。三人とも、学校を卒業したばかりとは思えないような実力を発揮していた。
そんな彼らがある日、いつものように勝って、補給の為に拠点に戻ろうとした時、彼らの隊の前に“歪み”が現れる。
この世界と他の世界を繋いでいるとされる“歪み”は、こちらの世界の人間の、肉体と魂を繋いでいるという“鎖”を奪っていく。そして向こうから、未知の物質、未知の生物が現れる。
彼らの前に現れたもの、それが“悪魔”だった。
彼らの隊員は“鎖”を奪われて半数が意識を失っていた。“鎖”を奪われたものは、実質的に死んでいるのと変わらないとされている。
佐野雄真は瞬時に戦闘態勢に入って悪魔と戦うが、結果は歴然。
圧倒的なまでに佐野雄真の敗北だった。
気が付けば周りで生きている者は佐野雄真と、倉橋沙那、新真の三人だけだった。
満身創痍で地面に膝を付く佐野雄真とそこに駆け寄るふたりに、悪魔は言った。
三人の内、ひとりだけ助けてやる、と。
彼は色々揉めたようだが、佐野雄真と新真が倉橋沙那を助けるように望んだ。
佐野雄真の性格から考えると、悪魔の戯言を真に受けるとは思えないが、そんな余裕が無いほどに佐野雄真と悪魔の実力差があったのだろう。
ふたりは前に出た。
目を閉じて、悪魔が自分を殺すのを静かに待つ。
だが、いくら待っても彼らにその時は訪れない。
途端に悪魔の笑い声が聞こえ、それが遠くなって行くのに気が付いたふたりが目を開ける。
周囲に悪魔の姿は無く、ただ彼らの後方に倉橋沙那の死体が転がっていた。
その一ヶ月後に佐野雄真は軍を辞めた。
何を思って傭兵団を立ち上げたのか、その確かな理由は分からないが、佐野雄真が“戦う”事を辞めなくて良かったと僕は安堵している。
僕が探している“力”を、佐野雄真は所持している可能性があるのだ。あくまで、可能性がある、と言うだけだけど、あのゴーレム戦で少しその可能性は高くなった。
もし、彼が“力”に目覚めたのなら、僕はなんとしてでも彼を手に入れる。たとえそれで彼が死ぬ事になろうとも、だ。
“彼女を取り戻す為なら、この世界の人間を殺すのを厭わない”
僕はもう何度目になるか分からない、あの日の誓いを自分に言い聞かせるように、心の中で繰り返した。
たとえ、それを彼女が望んでいなくとも。