君為、世壊 page.4
〜†塚本薫†〜
ゴーレムは動きの速さを除けば破壊力、堅固さは、トップクラスだったと言われた魔物です。
太古に滅んだとされた魔物の迫力に驚きましたが、何よりも驚愕したのは“魔術師”が“魔物を召喚した”という事実です。悪魔が使った転移魔法と同様で、魔物の召喚が出来た人間は居ません。
魔力が足りないからと言う理由もありますが、そもそも魔物というのはワールド・エントランスの向こうからやって来たのだと言われていて、その繋がる異世界は同じでは無いと考えられ、任意の魔物を召喚するというのは不可能とされています。
「君たちに望むのはその魔物を倒す事、それだけさ。ああ、もちろん、私たちは手を出さないから安心したまえ」
“魔術師”はそれだけ言うと、“喝采”と一緒に部屋の隅に移動しました。それを確認したあと直ぐに戦闘態勢に入りました。彼らが本当に手を出してこないかどうかは分かりませんが、ゴーレムが私達を狙っているのは明らかです。
最初に動いたのはユウイさんでした。
素早くゴーレムの足下に入り込むと、そのまま下から上へ大剣を振り上げます。一筋の傷痕が付くだけで、ゴーレムは何もなかった様に、近くにいるユウイさん目掛けて拳を振り降ろしました。
バックステップで苦なく躱したユウイさんと入れ替わりに、篠原さんが前へ踏み込んで、ゴーレムが振り下ろしたままの腕にガントレットを装着した拳を叩き込みます。
直径十センチ程のヘコミが出来ましたが、それでもやはりなんの効果もないようで、ゴーレムは拳を振り下ろした体勢のまま、虫でも払うかのように、篠原さんを押し出しました。たったそれだけの動作で篠原さんは三メートル近く飛ばされます。
その後、佐野さんが槍を構えて応じるも、結果は同じ。小さな孔が幾つか出来ただけでした。
私も銃口をゴーレムの脚向けて弾を放ちます。弾倉を強化ゴム弾のままなのをすっかり忘れていた私は、跳弾に当たりそうになった佐野さんに怒られてしまいました。
遠くから聞こえる叫び声を聞き流しながら弾倉を入れ替え、再びゴーレムへ撃ち込みましたが、ぼすっぼすぼすっといった虚しい音をさせながら、ゴーレムの身体に埋まるだけの結果になりました。
「くそ、めんどくせえ! 秋久っ、アイツの弱点とかねえのかよ!?」
「ゴーレムは核さえ壊してしまえば活動を停止するはずだ。おそらく、先程“魔術師”が出したあの赤い水晶玉がそうだろう。胸部に埋まっているはずだ」
ちまちましたことが嫌いな篠原さんがゴーレムに相対しながら鼎さんに聞くと、私よりも後方にいる鼎さんが答えました。
基本的に鼎さんは罠を張ったり、爆薬や小道具を使用して戦うので、こういう相手の場合は後方で味方が負傷した際の応急処置にあたります。
私も薬の調合などは武術校にいた頃に習ったのですが、なぜか悪評が耐えませんでした。
ゴーレムの胸部は高さ四メートル以上の位置にあるうえに、一番分厚く覆われている箇所です。私たちの攻撃では少しずつしか削れないうえに、位置が高いので篠原さんなどは跳んで攻撃しなければなりません。
当然そんなことをしていればゴーレムのいい的です。
さらに、ゴーレムには自己修復能力があるのか、私たちが少しでも攻撃の手を休めるとすぐに完治してしまうので困ったものです。
本当に、困りました。
ひとまず、あのゴーレムの視界を奪おうと思い、私は弾倉を換えました。
炸裂弾。着弾した瞬間に弾け、小爆発が数回ほど連鎖します。お値段の方も中々で、計画的に使わなければお財布の方も炸裂します。
私はゴーレムの小さな顔に申し訳程度に空くふたつの穴の片方に狙いを定め、狙い打ちました。
弾丸は私の思い通りに飛び、ゴーレムの目に当たり爆発しました。思ったより簡単にゴーレムの顔が弾けました。
これでゴーレムの視界は無くなったはず。この隙に畳み掛けようと意気込む私の耳に、手を叩く音と、少年の笑い声が聞こえてきました。
「アハハハ! あ、あの子っ、ゴーレムの頭、壊したっ……! ハ、ハハハッ。“魔術師”、あの子もしかして、バカっ?! スゴイよ、予想外! ぷっ……アハハハ!」
「そんなに笑ったら可哀想じゃないか、あの子だって頑張って戦っているんだ。ここは暖かく見守ってあげようじゃないか」
……何か、すごく馬鹿にされています。よく分かりませんがむかっとしました。
「――薫! 避けろ!」
部屋の隅にいるふたりに意識を向けてしまっていたようで、佐野さんの怒鳴り声で振り返ります。
異常な速度で迫って来る顔無しのゴーレム。
その大きな拳は既に勢い良く伸びてきていて、私の目がそれを捉えました。
私の目はそれを捉えることが出来ましたが、そこまで来ていたゴーレムの攻撃を避ける為の行動は、取れませんでした。
私に出来た事と言えば、すぐにやってくるであろう衝撃に備えて目を瞑ることだけでした。
――トン、
目を閉じた私を襲った衝撃は、酷く柔らかいもので、思わず目を開けた私の視界に映ったのは……ユウイさんの安心した様な笑顔でした。
――直後、轟音と共にゴーレムの腕が目の前を通り過ぎました。
数瞬遅れて、ユウイさんが壁に打ちつけられる激しい衝撃音が部屋中に響きます。
「ユウイさんっ!」
私はユウイさんの元へ駆け出しました。
顔無しゴーレムは視界はないようで、そこにまだ私がいると思っているのか、その場で腕をがむしゃらに振り回しています。その動きも機敏で、それまでの鈍重な動きが嘘のようです。
「なんでっ……、なんで私なんか庇ったんですかっ……!」
ユウイさんのそばに寄った私は、ユウイさんがまだ息があることに安堵しながら、お礼よりも先にそんな言葉を漏らしていました。
私の叫び声とも泣き声とも分からないような言葉にユウイさんは、「なんでだろ」とだけ言って小さく笑い、それから瞼を閉じました。
一瞬動揺しましたが意識を失っただけのようでした。
鼎さんに手当をお願いしようと思い、立ち上がると、ゴーレムの足音がどんどん大きくなってきて、こちらに向かって来ているのだと気付きました。
ゴーレムの修復速度ではまだ視界は治っていない筈なのですが、なぜでしょう、ゴーレムの顔が完治しています。
速度は普通の遅さに戻っていましたが、重症のユウイさんのいるこちらに狙いを付けられてしまい最悪の状況です。佐野さんと篠原さんが背後から攻撃を仕掛けてくれていますが、ゴーレムの意識はこちらから逸れることはありません。
「ふふふ、頑張る君たちに私からのプレゼントだ。ゴーレムの顔を治してあげたよ。速いよりは戦い易いだろう?」
「アハハハ、流石“魔術師”。たちが悪いや」
どうやらあのふたりが原因なようですね。しかし私には彼らをどうすることも出来ません。歯痒いですが、それよりも今はユウイさんを安全な所に動かすのが先決です。
鼎さんが駆けつけてくれたので、そのまま鼎さんに背負ってもらい、隅の安全な所へ動かし応急処置をして貰いました。
ユウイさんは鼎さんに任せ、その場から離れた私は双銃を構えてゴーレムに向けました。ゴーレムは顔を破壊されたのが悔しかったのか、ずっとこちらを狙いつけて来ています。
ひとまず、ユウイさんの危険を減らすためにふたりから離れました。
「薫、炸裂弾は何発残ってる?!」
私の側に援護に来てくれた佐野さんがそう聞いてきました。
手持ちは残り十九発です。それを伝えると全発を撃ち込めと言われました。費用は全額佐野さんが持ってくれるそうです。
私はふたつの銃の弾倉を炸裂弾に換えてゴーレムに構えます。狙いは脚です。体勢を崩すために片足だけを集中攻撃です。
炸裂弾をこれだけ連射する日が来るとは思ってもいませんでしたが、中々に爽快です。炸裂弾は順調に敵の身体を削っていきました。脚を三分の一ほどを削ったところで打ち止めになりました。
十九発全部を打ち終えたところで、ゴーレムの背後に回っていた篠原さんが同じ箇所を狙って拳による連撃を浴びせていきます。
とどめに、とばかりに佐野さんが槍に炎を纏わせ、ゴーレムの脚を薙ぎ払いました。岩で出来た脚を溶かしながらも、炎も少しずつ弱まっていき、槍を振り切るのと同時に掻き消えました。
片足を無くしたゴーレムはバランスを崩し、仰向けに倒れます。その上に佐野さんは跳び乗り、再度、槍に炎を纏わせて核があるであろう胸の真ん中を突きました。
「アハハ、すごいすごい。ボクに魔力を奪われていながら、まだそんな熱量の炎を創れるんだ? オジさん、面白いね。うん、面白い!」
その光景を見ながら喜ぶ私たちの耳に、“喝采”の拍手する音と、笑い声が届きました。
魔力を、奪った? 気になる言葉があったのですが、彼は続けました。
「でもさ、君たち。何か盛り上がってるみたいだけど、ソレ、まだ生きてるよ? アハハハ!」
少年の笑い声に呼応するかのように立ち上がるゴーレム。紅いふたつの眼光が私たちを捉え、動き出しました。
顔が無い時以上の速さ。脚は既に完治し、穴が空いたままになっている胸部からは紅い光が漏れ、心臓の鼓動を大きくゆっくりとさせたような不気味な音を鳴り響かせています。
ゴーレムは体当たりを躱した私たちを無視して、そのまま進路を変え、壁際で横になっているユウイさんに迫りました。
まずいです。
私は反射的にゴーレムを追ってユウイさんの方へ向かいますが、今のゴーレムには追いつくことが出来ません。
このままではユウイさんが……!
ユウイさんと一緒に逃げようとしている鼎さんの努力も虚しく、遂にゴーレムはその拳が届く距離まで近付いたのでした。
拳を振りかぶり、勢いをつけてユウイさんに拳を伸ばすゴーレム。
私は自分を助けてくれたユウイさんを助け返すことも出来ずに、ゴーレムの背後からその光景をただ見ていることしか出来ませんでした。
間に合わない、そう思った瞬間――。
一陣の風が吹き抜け、ゴーレムの動きがピタリと止まりました。
何が……起こったのでしょうか……?
ユウイさんと鼎さんのふたりと、ゴーレムとの間に、ふたりを守るかのようにひとりの少女が立ちふさがっていました。
赤いコートを着た少女は何をするでもなく、本当に、ただ立っているだけでした。金色の長い髪を風にそよがせて、無感情にゴーレムを見つめています。
おもむろに腕を伸ばす少女。
その腕がゴーレムに触れると、ゴーレムの身体は急速に風化していき、ふたつの水晶玉と、水晶玉ひとつ分の欠片が地面に落ちました。
少女がふたつの水晶玉に触れていくと、それらも粉々に砕け散りました。
「……これ以上」
少女が“魔術師”と“喝采”の方を向いて静かに口を開きました。
「これ以上、邪魔をするのなら、私が相手をします」
邪魔、とはどの事を言っているのか分かりませんが、結果的にユウイさんと鼎さんが助かったので私は胸を撫で下ろしました。
少女の言葉に、“魔術師”たちはひそひそと話し合いを始めます。
「ふふふ。君とはいつか戦ってみたいとは思ってはいるけれど、君の能力が解っていないまま挑むほど私は愚かじゃないさ。ここは、君の顔に免じて、諦めてあげようじゃないか」
笑顔で私たちに手を振りながら、呆気なく彼らは部屋から出ていきました。それでもしばらくの間、警戒を続けていたのですが、どうやら本当に帰ったようです。
私はすぐにユウイさんの元へ駆け寄ろうとしました。
しかし、私たちを助けてくれた少女が鼎さんの背後に回り、手刀によって気絶させている姿を見て立ち止まりました。
鼎さんが倒れるよりも早く、少女の姿は再び消えて、次の瞬間には篠原さんが倒れました。その後ろにはやはり金髪の少女。
再度、少女が消えて、直後に甘い香りが漂いました。
この香り、どこかで――。
思い出すよりも先に、私の意識はそこで途絶えたのでした。
〜†ユウイ†〜
目を開けて立ち上がり、辺りを見回す。
意識を失っている“方舟”の四人。それらを一瞥して僕はその部屋を出た。
四人がいる部屋からだいぶ離れた小さな部屋。
「セクナ」
僕の呼びかけに応えるようにセクナが目の前に現れる。彼女は泣きそうな顔をしていた。
「ユウイ様……あの、すみません! 余計な事とは思ったのですが、あのふたりを止めないと危険だと思って……たがら、その…………ごめんなさい……」
凛とした普段の表情は崩れ、彼女の顔は申し訳無さで一杯になっていた。目に涙が浮かんでいる。
僕は気にしていないと伝えるため、彼女に寄ってその小さな頭を撫でた。彼女が僕を見上げて不思議そうに目を瞬きさせる。
「あ……の、ユウイ様……?」
「気にしていないよ。むしろ、ありがとうセクナ。あのままだったら“方舟”の四人はゴーレムに負けて死んでいた」
“魔術師”の創り出した魔物。あの魔物は昔に存在したゴーレムと違って改良がされていた。自己修復に、複数の核。
頭を破壊すると速度が上がるというのは昔のゴーレムと同じだけど、それは事典にも載っていない。だからこそ、塚本薫がそれを知らなかったのも無理はない。むしろあのふたりがそれを知っていて、忠実に再現したことを褒めるべきだろう。
まあ魔物の事は置いておいて、僕が気になったのは塚本薫だ。
僕が助けなければゴーレムのあの一撃は確実に彼女を殺していた。それは彼女自身にだって分かっていた筈だ。それなのに彼女は自分の秘密を守り通し、死を選んだ。
塚本薫は少し抜けているところがあるから、それが意図的なのか、それとも単にあの場面でそこまで頭が回らなかったのかは定かではないけれど。
「あぅ……」
考え事をしていると、いつの間にやらセクナが抱きついていた。それを優しく剥がすと、名残惜しそうに声を漏らした。
「セクナ、とにかく今回はありがとう。助かったよ。僕はこのまま“方舟”に残るから、セクナは魔法使いの捜索と“鎮魂歌”の相手をお願い。ひとりにされて、たぶん、拗ねてるから」
「はい、お任せください!」
気持ちの良い返事をくれたお礼に、もう一度頭を撫でてあげると、やはり同じように気の抜けたような声を漏らした。
それを見て、僕は微笑む。
その後、僕はセクナと別れて四人のいる部屋へと戻り、全員の意識が回復するのを待った。
意識が戻った塚本薫が慌てて僕の手当てをしようとしたから、僕は目が覚めたら治っていたと伝え、金髪の少女のおかげだという事になった。
全員の無事を確認した後で、バスへと帰り、それぞれのグループの情報を纏めた。佐野雄真と篠原燐戸のペアが思ったより芳しくない結果だったので、もう二、三日だけ調査を続ける事になった。“魔術師”と“喝采”のふたりに襲われていたのだから仕方ないのだろう。
こうして、僕の“方舟”での初任務が終わった。