君為、世壊 page.3
〜†佐野雄真†〜
俺は佐野 雄真。昔は軍の人間だったんだが、今は傭兵団“箱舟”のリーダーをやっている。
そんでもって、今日は久しぶりの傭兵団の仕事だ。へまをしないように、気を引き締めて行かねえとな。
依頼内容はバルハ遺跡の調査。珍しい物があれば持ち帰れ、だそうだ。無くても、報告をすれば報酬は貰えるらしい。
依頼は国から。大方、俺らが仕事にありつけていないのを見かねて、適当な仕事を回してくれたんだろうよ。しかもだ、わざわざ俺らの現在地から近い内容と来たもんだ。
結局、俺は国の人間であるのをやめても、国に依存しちまっているってわけだ。期待に応えられるようには頑張るか。
予定よりも早く着いた俺等は、再度依頼内容の確認を行なった後、二手に別れて出発した。
俺と一緒に来んのは燐戸だ。俺が傭兵団を始めた頃から一緒にいる古株だ。まあ、俺と同行したい奴を聞く時はなんとなくコイツが来んだろとは思ってたが、やっぱりコイツだった。
もうひとつのグループは新入りのユウイを含めた三人だが、この遺跡に現れる魔物は然程強くねえし、まあ大丈夫だろう。一応秋久にまとめ役を頼んだしな。無理はしない筈だ。
「雄真さん、どうします? ぶっ飛ばして行きますか?」
燐戸が前を見据えたまま、俺の指示を待つ。バルハ遺跡の……いや、バルハ街の方が正しいのか。そこの入り口に立つ俺等の前方には、うざったいくらいの魔物が溢れている。
俺は燐戸に目をやる。
「走るぞ」
そう言って唐突に走り出した俺に、遅れることなく燐戸も付いてきた。
魔物も追って来ているかと思ってちらりと後ろに目をやると、そこには何故か仲間割れを起こしている魔物たちの姿。
……何が起こった?
「流石ッス雄真さん!」
後ろを走る燐戸が、この状況が俺の作戦だとでも思ったのか、俺を褒め称える。正直、なんでこうなったのかは分からねえ。
だがここは――。
「ったりめえだ! 俺を誰だと思ってんだ! このまま突き抜ける、遅れんじゃねえぞ! しっかり付いてこい!」
「オスッ! 一生付いていくッス!」
俺が盛大に吐いた法螺に気持ちの良い返事を返してきた。
流石燐戸。アホだな。
そんな感じで妙にテンションを上げて俺等はバルハの中心にある、バルハ遺跡に向かった。
〜†塚本薫†〜
バルハに着いた私たちは二手に別れ、さっそく遺跡に向かおうとしたのですが、住宅街跡地におびただしい数の魔物がいました。
なのでさっそく作戦会議です。
「見ての通り魔物の数が多くて正直うんざりだが、ここを通らないと遺跡には着かない。かと言ってまともに相手なんかしていれば、体力を消耗する上に、時間が勿体無い。と、言う訳でだ、走るぞ」
なにやら鼎さんの眼鏡がキランッと輝いたような気がします。まあ勿論気のせいなのですが。
それにしても、走って通り抜けると言うのは少々危険なのでは無いでしょうか。
「危なくないですか?」
ユウイさんも同じことを思っていたのか、鼎さんに質問しました。鼎さんもその質問を期待していたのか、嬉しそうに答えました。
「いいや、魔物はな、集団行動が苦手なんだ。勿論全ての魔物がそうと言う訳ではないが、少なくてもここらにいる知能の低い魔物たちには無理だろう。その証拠に、あれを見てみろ」
そう言って指を刺したのは、その辺に落ちていた魔物の死体でした。剣などで切られたと言うよりは、力任せに抉られたような傷痕です。
「あれはな、魔物同士が争った痕だ。こういった人が来なくなった場所では珍しくもない。だから、そこへ久々に人間がやって来たとしても、俺ら人間を巡って仲間割れをするってわけだ」
なるほど。流石鼎さんです。
私たちは鼎さんの作戦で行くことにしました。そして、作戦通り魔物たちは仲間割れをして、私たちは疲弊することなく遺跡の入り口に着いたのでした。
そこからは地図を頼りに、既に調査の終わっている場所まで向かいました。
‡
「大分進んできたけど、調査の済んでいた箇所に現れる魔物たちとそう変わらない魔物しか出ないな。遺跡と言っても、案外こんなものか」
強い魔物も現れなく、余裕が出てきたのか鼎さんがそう呟きました。
なにやら拍子抜けしたような雰囲気を出していますが、私としては楽に依頼がこなせるので嬉しい限りです。そもそも、銃で弾丸を使用して戦う私や、様々な道具を使用して戦う鼎さんとしては消耗が少ないまま依頼を達成した方が得をするのです。
「ふたりとも、止まって」
先を歩いていたユウイさんが大きな扉の前で立ち止まり、声を潜めて私たちに注意を促しました。
扉の向こうに魔物がいるのでしょう。
ユウイさんの特技のようなものらしく、今までもこうして魔物の気配を察知して私たちに教えてくれていました。おかげて毎回万全の状態で戦闘が行えたのですごく楽でした。
私は二丁の拳銃を握りました。
「……開けます」
金属音を立てて開く扉。
私はすぐさま扉の向こうを観察します。
三十メートル四方の正方形の床。天井は八メートル程。
私たちが入ってきた扉の正面の壁には複数のモニター。その手前には幾つかの機器。
入ってきた来た扉以外に、もうふたつの扉。私たちのいる扉から左右の壁にそれぞれひとつずつ。
そして、モニターの正面には機械を弄る……“悪魔”の姿。
「伏せろ!」
切羽詰まったユウイさんの声。
私と鼎さんは考えるよりも早く姿勢を低くする。
――直後、私たちの頭上を猛烈な勢いで駆け抜けていく烈風。
振り返ると、私たちの首の高さで壁に深い斬撃痕が付いていました。ユウイさんの声がなければ、何をされたかも分からず、私と鼎さんの首は飛んでいたことでしょう。
私はもう一度正面へ視線を向けます。
赤い瞳。漆黒の体。蝙蝠のような二対の大きな羽。
「本当に、悪魔……なのか?」
絶望的な表情で鼎さんが正面を凝視します。腰が抜けてしまい、既に床にへたり込んでいました。そしてそれは私も同様でした。
ユウイさんだけは大剣を握り、普段通り身構えていました。
“悪魔”。魔物の中でも特に知能が高く、また酷く残忍冷酷な種族。無論、その戦闘能力は言うまでもありません。
見たのは初めてでしたが、その存在感は圧倒的でした。
「ほう。今のを避けたか、人間共」
悪魔が口角を僅かに上げます。
「そう身構えるな。我は今、機嫌が良い。貴様等は見逃してやろう」
悪魔の足下に魔法陣が展開し、悪魔が姿を消します。
転移魔法。余りに魔力消費が高く、人間の魔法使いで使用出来る者は居ません。挑戦していた人も居るようですが、みんな失敗し、命を落としたと聞いています。
脅威が去った事に安堵した私はほっと息をつきます。
その直後、いきなりユウイさんが私の頭上を大剣で横薙し、思わず小さな悲鳴を上げてしまいました。
ユウイさんの気が触れてしまったのかと思いましたが、背後から聞き覚えのある声が聞こえた瞬間に全てを察しました。
悪魔はまだ、去っていなかったのです。
「クククッ! コイツは本当に愉快ダ! 今殺すのは惜しいな。人間、次会う時まで更に腕を磨いておけ。さもなければ、次は見逃さなぬぞ!」
そう言って再び魔法陣を展開して姿を消しました。
先程の事もあった為、私は警戒を続けました。警戒しても抗えないのに、不思議なものです。
しかし、そんな肩に力の入った私に、ユウイさんが「もう居ない」と声を掛けてくれました。
私は今度こそ全力で力を抜き、ユウイさんへ「そうですか」と何とか言葉を返したのでした。
「奇跡だ」
ポツリと鼎さんが言葉を漏らしました。その声に力がありません。
凄く気持ちが分かります。
ユウイさんが居なければ、私は何も分からずに二度も死んでいたのですから。どうやら、ユウイさんは私が思っていた以上に凄い人だったようです。
今だって、私と鼎さんがへたり込んでいるのにユウイさんは機械も弄れるからと、悪魔が機械で何をしていたのかを調べに行っているのですから、空いた口が塞がらないとはこの事ですね。
実際に口は開けていません。例えです。
「どうやら悪魔は“歪み”について調べていたようです」
暫くしてユウイさんが戻ってきます。
“歪み”とは何でしょう。鼎さんは「そうか」と何やら理解していました。
「あの、歪みって何ですか」
勇気を出してふたりに聞いてみました。
鼎さんがバカを見るような目で私を見ます。イラッとしたので強化ゴム弾に弾倉を変えて鼎さんに撃ちつけました。
「教えて下さい」
私が丁寧にお願いをしたおかげか、鼎さんが教えてくれるようです。頼んでみるものですね。何やら涙目になっていますが、よっぽど悪魔が怖かったんですね。
「“歪み”って言うのはだな、正確には“世界の歪み”と言って、人間の強い負の感情に反応して現れる空間の事だ。本当かどうかは分からないが、異世界に繋がっている。そして、歪みからは未知の物質であったり、未知の生物がやってくる。逆にこちらからは私たち人間の肉体と魂を繋いでいると言われる“鎖”が持っていかれるらしい」
鼎さんがこれで満足か、とでも言いたげにこちらを見ます。
「それ“W・E”のことじゃないですか?」
私がふと思ったことを口にすると、鼎さんが「あー」と思い出したかのような声を出します。
「かおるんの前くらいの年からそんな風に呼び名が変わったんだったな」
鼎さんはそう言うと、「これが年の差かー」と悲しそうに呟きながらゆっくりと立ち上がって伸びをしていました。
私も立ち上がりました。
「これからどうします?」
立ちあがった私たちにユウイさんが問いました。
リーダーは鼎さんなので私は鼎さんを見ます。
「そうだな……一度引き返すか。地図は予定以上に広げられたし、足りないようならまた明日来ればいい。悪魔がいた所にこれ以上いたい者なんか居ないだろう」
同感です。
私も頷いて賛成しました。一日で任務を終える必要はありませんし、そもそも、悪魔が歪みについて調べていたという情報の方が国側からしても有益な情報だと思いますから、その情報を確実に持ち帰るためにも、ここであまり無理はしない方が良いでしょう。
私たちが部屋を出ようとしてモニターのある壁に背を向けたその時、私たちの右側から爆発音が鳴り、壊れた扉の破片が目の前を飛んで行きました。
危なかったです。
「くそっ!」
そこから現れたのは、悪態をついた佐野さんでした。それと篠原さんです。。
佐野さん、何を堂々と壊しているんですか。私たちの依頼は破壊ではなくて調査ですよ、まったく。
私が心の中で佐野さんに注意をしていると、ふたりの他に、さらにふたり、知らない人影が現れました。
「ははは、私がイケメンで近寄るのが畏れ多いからって、そこまで怯えないでくれたまえ。傷つくじゃないか。……ん? おや、これは。どうやら観客が増えたようだね。ではここで手品をひとつ」
背中まで伸びる銀色の髪を緑のリボンで結った男性と思われる人物が、私たちに気付いてそう言いました。仮面舞踏会にでも行くのかと聞きたくなるような、顔の上部を隠すマスクをしていますが、声からして男性でした。
「いや、いらないから」
男性の言動に笑顔で反応をしたのは、私よりも背の小さな少年でした。
狐のような、細い目の少年です。深緑色のフード付きのローブを羽織っており、よく見ると仮面の男性も畳んだ藍色のローブを腕に掛けています。
「ふふふ、遠慮は要らないよ。さあ、ご覧あれ!」
男性がローブを少年に預け、両手を広げて声を上げると、彼の胸の前にシルクハットが現れました。シルクハットは宙に浮いたまま、くるくると回転していき、回転速度は徐々に加速します。
キュポンッとちょっと可愛い音が鳴り、両手のひらに載るくらいの大きさの赤い水晶玉が飛び出し、床に落ちました。水晶玉が割れることはありませんでした。
少年は楽しそうに手を叩いて笑っていますが、全然楽しさが分かりません。
こういう場合は鳩を出すべきじゃないでしょうか。なぜ可愛くもない無機質な水晶玉を出したのか理解に苦しみます。
「ゆまゆま、彼らは?」
鼎さんがもっともな質問をします。
「……俺の予想が正しければだが、あのふたりは“うたかた”の連中だ。ふざけた野郎共だが、実力は本物だ。油断するなよ」
“うたかた”。その組織の名前は有名です。
武術校にいた頃は、彼らと敵対することになったら自分の不運を呪え、とまで言われるほどに強力な組織です。
“うたかた”のメンバーは全部で六人。
“創始者”。
“道化師”。
“仮面”。
“魔術師”。
“喝采”。
“鎮魂歌”。
彼らは皆、魔法使いなのです。
私たち“方舟”と同じ人数でありながら、世界中から恐れられている組織です。
なぜそんな人達と敵対することになっているのかと佐野さんに聞くと、「いきなり襲われた」だそうです。
悪魔と出会って、奇跡的に生き残れたと言うのに、何ですかこの仕打ちは。
「その通り! 私は“魔術師”、不可能すら可能にする男。人呼んで、“天才手品師”!」
「誰も呼んでないから無視して良いからね」
私達の会話が聞こえていたのか、ポーズを決めている男性の横で、少年は変わらず笑顔のまま淡々と言いました。男性は都合の悪い言葉は聞こえないようで、気にした様子はありません。
それにしても、“魔術師”という方は“うたかた”の中でも一番目撃回数の多い人物です。そしてよく一緒に見かけると言われているのが、“喝采”です。頻繁に手を叩く姿を見せるあの少年が、そうなのでしょう。
「目的は何だ。言っておくがな、俺等は大金なんか持ってねえぞ」
「ふふふ、金に興味はないさ。君たちにはだね、ちょっとだけ私の実験に付き合って貰いたいだけなのさ」
「実験、だと?」
「そう。なに、君たちはいつも通りに魔物を狩れば良いだけさ。さあ行くよ、イケメンな僕から君たちに、こいつをプレゼントフォーユーだ!」
直後、彼の足下に転がっていた赤い水晶玉が宙に浮かびそれを包むかのように何もない空間から岩が生まれ、水晶玉を覆うように集まっていきます。
徐々に人の形を形成していき、“それ”は姿を現しました。
「ゴーレム……」
高さ五メートルの、巨大な岩石の塊を見上げながら鼎さんが唖然と声を漏らしました。
ゴーレム。太古に滅んだと云われる魔物。
ゴーレムの頭に当たる部位に空いたふたつの穴。それが蒼く灯り、私達を静かに見下ろしました。