君為、世壊 page.2
〜†塚本薫†〜
こうして、晴れて私たちの傭兵団には新たな仲間が増えたのでした。
その当の本人であるユウイさんですが、今現在、私の座る座席の通路を挟んで反対側に座っています。
私は朝起きると大抵は一階に居るのですが、その座る座席は随分前から固定していました。ですので、その座席と通路を挟んで反対側の席にユウイさんが座っているのを見た時は一瞬躊躇しましたが、その座席に対する愛着心はそう簡単に折れるものではありません。
私は迷わずその席に座ったのでした。
しかし、どうにも気まずいですね。
ユウイさんはずっと窓の外を眺めたままなのです。
もしかするとこれは、私が話し掛けるのを待っているのではないでしょうか。私も入団したての頃は来栖さんから話し掛けて貰って嬉しかったですから。
つまりこれは先輩の義務。そうですね、来栖さん? 待ってて下さいユウイさん、今声を掛けますから。
私は身体をユウイさんの方へ向けました。
「ゆ、ユウイしゃんっ」
……咬んでしまいました。
恥ずかしさで死にそうです。
しかし、ユウイさんはそんな私を笑う事もなく、まるで聞こえていなかったかのように外を眺めたままです。
これが先輩に対する気遣いと言うものですね。今はユウイさんのその優しさに甘えましょう。
私はまた咬んでしまわないように一度深呼吸をしました。
「ユウイさん!」
咬まないようにと意識していると、思った以上に声が大きく出てしまいました。
ユウイさんはまるで寝ていた人が起きたかのように、一度身体をびくっとさせ、少し遅れて私が呼び掛けた事に気付いたような反応をしました。
これはいったいどうゆう事でしょう。まさか、ユウイさんはただ寝ていただけだったりするのでしょうか。
「あれ、塚本さん、どうかしたんですか?」
ユウイさんは言いながら目を擦りました。
や、やめてください、そんな如何にも先ほどまで寝ていましたと強調するかのような仕草は。私だってもう気づいていますから。私の単なる勘違いだったのだと。
しかし、名前を呼んでおきながらずっと無言というのも良くないですね。
「お、おはようございます」
私がぺこりと頭を下げると、ご丁寧にユウイさんもぺこりと頭を下げてくれました。
「ユウイさんは昨日入団されたばかりなので、何か質問があればと思ったのですが、睡眠の邪魔をしてしまったようですね。すみません」
「あーいやいや、全然。声掛けて貰えて有難いです」
「そうでしたか。何か聞きたい事はありますか?」
「実は傭兵団に入るのが初めてで、何かルールのようなものとかってあるのかなって」
「基本的にはないですけど、依頼がある時だけ全員を集めての作戦会議があります。誰かが呼びに来ますので、その時はこの一階の好きな席に座って全員が集まるのを待ってて下さい」
「分かりました」
そうユウイさんが応えて会話は一度止まります。
ユウイさんは流れていく窓の外の景色に目をやると、「ところで」と口を開きました。
「このバスって、今どこに向かってるんですか?」
「分かりません」
このバスは全自動運転なので、入力された目的地へ、魔物が現れにくい道を選んで進みます。でも、私はどこを入力したのか分かりません。分かるのは来栖さんか、佐野さんだけです。
数えるほどの人しかいないのですから、ちゃんと連絡を回してもらいたいものです。
「来栖さんなら知っていると思いますので、ちょっと行ってみましょう」
私はそう言ってユウイさんが頷くのを確認すると三階に向かいました。ユウイさんも立ち上がって後ろを追ってきます。
三階に着いて機械室のドアを開けると、そこには来栖さんが居ませんでした。
どうゆう事でしょう。普段なら絶対にこの部屋にいるんですが。せっかくユウイさんに三階まで着いて来て頂いたのに無駄足になってしまいます。
まずいですね。このままでは私が居ない所で愚痴られてしまうかもしれません。
…………。来栖さん! 助けて下さい!
「あれ、薫ちゃんにユウイくん、どうしたのこんな所で? もしかして私に用事かな?」
私の心の声が届いたのか、来栖さんがひょっこりと姿を現し、可愛らしく首を傾げました。
そうです来栖さん。あなたに用事があって来たのです。
私は来栖さんにバスがどこに向かっているのかを質問しました。
「ああそれはね」
来栖さんはそう言って部屋の奥へ行くと、ある機械の前まで行き「こっちこっち」と手招きしました。
私とユウイさんは黙ってそちらへ向かいます。
そこにあった機械は私の腰ほどの高さで、天板に球型の窪みがある土台でした。その真上には窪みにピッタリと嵌りそうな大きさの球体が浮いています。
よく見ると、その球体には地図のようなものがどういった原理でかは解りませんが、投影されていて、赤く光る点と緑に光る点がありました。
「この緑の点が、私たちの現在地」
緑の点を指差しながら「ほら動いてる動いてる!」と楽しそうに笑います。残念ながら私にはその楽しさは分かりません。
来栖さんは機械の事になると活き活きとして、ただでさえ綺麗なのにさらに輝いて見えます。
ただ、残念ながら私には楽しさが分かりませんが。
「それで、こっちの赤い点が目的地」
そう言って来栖さんが機械を操作すると、地図が拡大表示されて細かい地名なども表示されるようになりました。
「バルハ遺跡、ですか」
ユウイさんが地図を見ながら呟きます。
バルハ遺跡。確か、遺跡を中心に街が建てられて発展した都市です。二十年前までは、ですが。今では魔物の巣窟になっているそうです。
なんでも、二十年前の大戦で人が住まなくなり、魔物が棲み着くようになってしまったそうです。
「今回の依頼は、この遺跡の調査。現在調査が終わってる範囲の地図は貰ってあるから、そこから未開の部分の調査ね。簡単に言えば地図を広げて来いってことね」
「地図の作成ってことは、調査中に見つけた遺跡物は提出しなくても良いってことで、良いんですか?」
「そうね。ただ良さそうな物だったら報酬の上乗せになるみたいだから、余裕があれば回収もしてきてちょうだい」
「なるほど。分かりました、頭の片隅に置いておきます」
「うんお願いね。薫ちゃんは質問ある?」
特にないので首を横に振りました。
「そっか。まあ遺跡に着いたらまた皆に説明するから、何か分からない事とかあったらその時にでも聞いて」
私とユウイさんは頷いて、再び一階へ戻りました。
一階に戻るとユウイさんは窓の外を眺めて何か考え始めたので、私も窓の外を眺めてぼうっと過ごしました。
‡
「おーい。薫とユウリ、いるかー?」
階段を降りて来る複数の足音と共に、佐野さんのやる気のない声が聞こえて来ました。
「お、いるな」
佐野さんが一階に姿を現し、私たちの姿を確認すると、一番前の座席の横に立ちました。佐野さんの後ろから、鼎さんと篠原さんも付いてきていて、それぞれ違う座席に座ります。
「よっし。じゃあ全員居るみてえだから始めるぞ。みんな知ってるとは思うが、次の依頼はバルハ遺跡の調査だ」
来栖さんに聞くまで知りませんでした。あたかもそれを伝えていたかのような言い方はやめて頂きたいです。
見てください、鼎さんも困惑しているじゃないですか。
「調査と言うよりは地図の作成だが、その際、二手に別れて行動する事にした。そこでだ、戦力的に魔法使いの俺ともう一人の二人ペアと、残りの三人ペアに分ける。俺と組みたい奴いるか」
「はい! 俺が雄真さんと組むッス!」
篠原さんが勢い良く手を挙げました。
「燐戸か。俺は構わないが、他の奴らもそれで良いか?」
問題ありません。ユウイさんの実力を再度確認する良い機会です。佐野さんとの試合を見て十分な実力がある事はわかりましたが、仲間の戦力を正確に理解しておいて損はありません。
私は頷いて肯定の意思を伝えました。鼎さんも同じ意見だったようで問題ないと伝えていました。
「よっし、じゃあ決まりだ。ユウイは初任務だろうから秋久と薫はしっかりカバーしてやれよ。んじゃ、話し合いは以上だ。バルハ遺跡には明日の昼前には着くだろうから準備はしっかりしとけよ」
そう言って佐野さんは自室の方へと戻って行き、篠原さんも佐野さんに続いて帰っていきました。私は特に準備するような事もなかったので一階に残りました。
「ユンユン、ちょっと良いか」
「ユン……? え、あっもしかして、俺のこと?」
残った鼎さんがいきなりユウイさんの事を変な呼び名で呼び止めました。
「最初に挨拶はしていたが、改めて自己紹介をさせてくれ。私は鼎秋久と言う。見ての印象通り、私は戦闘が得意な方ではない。技術校の出身だから足を引っ張らない程度には動けるだろうが、メインは戦闘のサポートをしてる。初めは慣れない事も多いかもしれないが、これからよろしく頼む」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
……私も挨拶した方が良いのでしょうか? 握手を交わしている二人を見ながら少しだけ考えていたのですが、面倒だったので外を眺めながら二人の会話に聞き耳を立てることにしました。
そろそろ夕暮れです。
「所で、ユンユンが使っていた大剣なんだが、ゆまゆまとの戦闘後にちらりと見させて貰ったんだが、どうも傷一つ付いてない様だったんだが、いったいどこで手に入れたんだ? もし良かったら教えてくれないか」
「あー……拾いました」
鼎さんがポカンと口を開け、その後、笑い出しました。
「ははは。まあ無理に聞き出したい訳でも無いからな、答えたくないのならそれでも良い。ただ、ゆまゆまが使っていたあの槍はな、アレルテリア国がゆまゆまの為に用意した最高級の素材を使って最高の鍛冶職人が作った物なんだ。その槍を使ったゆまゆまと剣を交わして刀身が無傷だったもんだから、ちょっと気になったんだ」
「なるほど。どこで手にしたかは教えられないけど、見せる分には全然構わないですよ。良かったら持ってきますか?」
「本当か。それは有り難いな。是非頼む」
鼎さんのお願いを聞いてユウイさんは二階の自室へ向かいました。少ししてユウイさんはすぐに戻ってきます。
ちなみにユウイさんの部屋の位置ですが、階段を上がってすぐ右手側の部屋です。階段側の部屋は足音がうるさい代わりに部屋には直ぐ入れます。私は安眠のためそこを避けたのですが、実際足音はそれ程響かなく、住み心地はどこも同じ様でした。
まあ今更引っ越しも面倒なので今の部屋で構わないでのすが。
「おまたせしました……って、あれ? 塚本さん?」
ユウイさんが鼎さんに並んでいる私の姿を捉えて少し不思議そうにします。
「私もその剣を見たいです」
私がそう答えるとユウイさんは納得したように頷いて微笑みました。
実は私もあの大剣を近くで見たいと思っていたのです。なんの装飾もない白銀の大剣なのですが、何故か惹きつけられるのです。不思議な剣です。
ユウイさんの手に持ったまま、私と鼎さんはその剣を眺めました。鼎さんは何度もベタベタと触っていましたが、鼎さんが邪魔だったので私は触れませんでした。
「ちょっと持ってみても良いか?」
「良いですよ。それじゃ、離しますね」
「お? うおお!? おおおおわあ!」
鼎さんが剣を支えきれず床に剣を倒してしまいました。両手で必死に持ち上げようと頑張っていますが大剣はぴくりともしません。
「……重い」
それだけ言って少し休憩を取るために空いてる座席に腰を降ろしました。
「あの、私も持ってみても良いですか?」
鼎さんが居なくなったので、私もユウイさんに進言してみました。ユウイさん「どうぞ」と微笑みながら了承してくれました。
私は床に横になった大剣の柄を握ろうと、ゆっくりと腕を伸ばしましたが、私の手が柄に触れそうになった時、私は咄嗟に腕を引っ込めました。
遠くから見ているとカリスマ性すら感じさせていたその大剣が、その時の私には何故か、酷く禍々しい物のように感じてしまったのです。
そして気がつけば私はユウイさんにこう言っていたのでした。
「やっぱりやめます」
ユウイさんは特に不審がる事もなく、「そうですか」とだけ答えました。元々、女の私には無理だと思っていたのかもしれません。
その後、復活した鼎さんがユウイさんに剣を持ってもらいながら大剣をじっくり眺めていました。私はもう大剣への興味は消えてしまい、いつもの席に座って窓の外を眺めました。
暗くなった空には金色の月が浮かんでいます。その月を、二つの影が横切って行きました。
人の形のようにも見えましたが、魔物でしょうか。バルハ遺跡はもうすぐそこですから、魔物がいても可笑しくはありません。
久しぶりの任務です。気を拔かずに頑張りましょう。
〜†ユウイ†〜
鼎秋久と塚本薫と別れて、二階にある自室へと来た。
シャワー室にトイレ、八畳ほどの空間。ベッドにテーブル、イス、冷蔵庫は備え付けで初めからあった。食料は冷蔵庫の中に最初から大量に入っていた。どうやら三階にも備蓄があるらしい。
僕は先程の出来事を思い返した。
塚本薫。僕が思っていたより、勘が鋭いようだった。
あの大剣は人間を惹きつけ、触れたものの生命力を徐々に奪う力がある。正確に何が危険なのかは分かってはいなかったようだが、その異質性に気付いて腕を引いた。
愚かにもベタベタと触っていた鼎秋久とは大違いだ。別に鼎秋久を殺したい訳でもないのだけど、彼が死んだとしても僕は困らない。
僕が気をつけるのは、佐野雄真。そして塚本薫だけだ。
窓のガラスを二度叩く音がする。風の音ではない。
僕は直ぐに理解し、窓の外に居るであろう人物に声を掛けた。
「セクナ、入ってきて良いよ」
僕がそう言うと、窓が開いて夜風と共に一人の少女が部屋の中に入ってきた。
風に揺れる長い金色の髪を片手で抑えながら僕を暫く見つめると、思い出したかのように慌てて窓を閉めた。
「セクナ、ありがとう。君の調べ通り、佐野雄真は国からの信頼が高いみたいだ」
僕はセクナをベッドに座らせながらそう言った。
鼎秋久が話していた、アレルテリア国が佐野雄真の為に作ったという最高級の槍は、彼への最高級の信頼の証。
セクナは「お役に立てて嬉しいです」と笑った。
彼女のこの笑顔を見た者は僕以外に居ないのだろうと思う。それほど彼女は僕だけを慕ってくれている。僕も彼女を信頼している。
僕は冷蔵庫からデザートを数個取り出して彼女に渡す。
「良かったら貰ってくれるかな」
僕は食事をする必要がない。けれど冷蔵庫の中身が減っていなければ不審に思われるだろうし、食べる必要の無いものをあまり無理に食べたくもない。
彼女は甘い物が好きだから貰ってくれるだろうと思ってデザートを選んだのだが、快く貰ってくれた。
彼女の目の前に小さな魔法陣浮かび上がると、貰ったデザートをその魔法陣の中に入れた。
魔法使いだけが使える魔空間。佐野雄真が槍を取り出したのもこの魔空間からだ。
つまり、僕の目の前にいる彼女もまた、魔法使いということだ。
「あの、ユウイ様」
デザートを仕舞ったセクナが、僕を見上げる。
「せ、セクナは少し疲れました。ここで休んでいっても宜しいでしょうかっ」
僕が頷くと彼女嬉しそうに顔を綻ばせ、毛布の中へ包まった。僕もベッドの方へ移動し、彼女を踏まないように腰掛けると、毛布から顔半分を出してこちらを見るセクナの頭を撫でた。
任務中の時からは想像もつかない様な声を漏らしながら、気持ち良さそうに目を細める。
暫く撫でていたが、疲れてきたので手を離すと、セクナは名残惜しげに僕の手を目で追い、もう撫でて貰えないと分かると、枕に顔を埋めた。
その時、僕の部屋のドアがノック……連打された。
「セクナ」
そう言ってベッドを振り向く頃には、既にセクナの姿は無く、開いた窓からは夜風が入り込んで来ていた。
相変わらず切り替えが早い。
僕は愛想の良さそうな表情を無理やり作ると、ドアに向かった。
「すみません、寝ていましたか?」
そこには塚本薫がいた。
「いいえ。どうしたんですか?」
「バルハ遺跡への到着予定時刻が出たそうなので伝えに来ました。バルハ遺跡には丁度十二時間後に着く予定だそうです。魔物を避けながら進んでいるので誤差ほあると思いますが、遅くても十三時間後には着くとのことでした」
「そうですか、わざわざありがとうございます」
「いえ、それでは私はこれで。…………?」
立ち去ると思ったが、なにやら首を傾げて立ち止まっている。
「どうしました?」
「あ、いえ。すみません、こちらに来栖さん来てましたか?」
「来栖さん、ですか? 来てませんよ。三階にいるんじゃないですか?」
「そうですか。何かユウイさんの香りとは別の、女性の香りの様な匂いがした気がしたんですが、気のせいだったようです。おやすみなさいです」
「おやすみなさい」
ドアがゆっくりと閉まる。
やはり、思ったより少し、鋭いようだ。
〜†フォン†〜
私の名前はフォン。イケメン手品師さ。世間では“魔術師”なんて呼ばれているよ。
そんな私は今、真夜中のお空をドライブ中さ。
ま、一緒にいるのは男なんだけどね。
彼の名前はカルナ。彼は“喝采”と呼ばれているんだ。
狐のような細い目に、常に爽やかな笑顔。私ほどではないにしろ、イケメン……かな?
彼は拍手するのがクセでね、どんなことにでも笑ってくれるんだ。私の手品の舞台には、彼のような観客が一人は必要だね。
そんなイケメンな私たちがなぜお空を飛んでいるかと言うとだね、それは、明日までにバルハ遺跡に着かなければならないからさ。
ここの付近を観光がてら、歩いて移動をしていたら、気付けば太陽くんにグッバイ、お月ちゃん今晩わ、さ。
カルナには笑われたね。
手を叩いて大爆笑さ。
ふふ。全く嬉しくないや。
そんなわけで、お空を飛んでバルハ遺跡に向かっているんだけど、どうしてか聞きたい? そうか、聞きたいんだね。しょうがないな、特別に教えてあげよう。
明日、バルハ遺跡には私たちの仲間が来るのさ。彼の場合は仕事でね。彼の仕事をするところは見たことが無くて、だから見学に行くのさ。
彼の付き人である“仮面”には、邪魔をするなって睨まれたんだけど……好奇心って恐ろしいよね。お留守番を頼まれてたんだけど、逃げて来ちゃった。一人残ってるし、きっと大丈夫さ。
さて。
いつも無愛想な君は、私にどんな滑稽な演技を見せてくれるんだろうね。
楽しみにしているよ、“道化師”。