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第八話

帰宅後、あらかじめ取り寄せていた当地の薬剤師会名簿をまた丹念に閲覧する。

 薬子は初対面の自分になぜ、そんな仕打ちができるのか、不思議だった。通常雇用を希望する者から寄せられた履歴書には個人の住所、本籍、学歴、職歴、志望動機などたくさんの個人情報が詰め合わせられている。それを本人に承諾なしによその調剤薬局にFAX送信してしまうなんて論外な行為だった。

 人によっては犯罪だと言い切れる。

 それなのに罪の意識も皆無で、あなたのためにしてやったのに、と言った。

 薬子は多田の頭がおかしいとしか思えなかった。

 彼女がこのあたりの薬剤師会の会長だろうがこういうのは関係がない。

 根本的な常識が欠落していながら、重職についている一般人はたくさんいる。薬子はその中の一匹に出会ってしまったわけだ。


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 さてルンルンの餡祖と多田は大学で同期だと聞いている。卒業大学の名簿も取り寄せた。調べによると餡祖と多田は確かに同期だった。しかし高校では多田の方が一学年年上だった。かつ多田は浪人している。浪人して薬科大学に入学したのだ。

 よくある話ではある。


 薬子は餡祖のふくよかな身体、笑うとえくぼが浮き出てとても年若く見えるのを思い出した。一方多田は年相応、いやはっきりいって大層フケてみえた。

 餡祖は若くして薬局経営者の息子と結婚。相手は薬剤師ではなかったが、税理士だった。経営をまかせられて餡祖の能力は開花したのであろう。わずか二十年で二十店舗の調剤薬局を経営するにいたるから。

 餡祖の子供は三人いるが三人とも成人して一人は医師、残る二人は薬剤師にしている。


 一方多田もまた両親が薬剤師だったので必然的に薬剤師になりました、という経過をたどっているが、経営は安定しているとはいえ、両親の持っていた二店舗から増やしていない。現状維持のままだ。

 幸い門前の個人病院と開業医は親戚という関係で強固、経営が傾くことはまずない。多田も結婚して二人子どもを産んだが二人とも薬剤師ではなく、一人は結婚して専業主婦、もう一人はひきこもりであるという。

 薬子は多田の告発は案外単純な餡祖への嫉妬によるものではないか、と推察した。


 多田の上目遣いと皮肉な物言い、親切ごかしに薬子の履歴書を勝手によその薬局にFAXしたことで腹をたてた薬子は一週間のずる休みを有効に使った。


 薬剤師会の名簿を丹念にチェックし、薬子は三年ほど前に多田薬局を勤務後、転職してルンルン薬局に勤めている女性の名前を発見する。名前は田中田子という女性で二十八歳。ルンルンには珍しく中途採用で管理薬剤師にしている。

 こういうことは名簿を過去何年か分をもっていないとわからない。薬子はルンルン薬局のチェーン店を通りすがりに見かけたという理由で田中薬剤師を訪ねた。


 そこは小さな薬局で小さな開業医の門前だった。ルンルン薬局にしては非常に規模が小さい。薬剤師一人、医療事務員一人が妥当だろう。処方箋枚数も一日三十枚もあれば上等ではないか。

 薬子はちょっと怪我をしたのでカットバンください、と堂々と入った。おりしも昼下がりで患者は一人もいない。夜診がまだなのでいわば患者の来ない空白の時間帯を狙ったのだ。

 果たして田中薬剤師は在室していた。薬子は親しげに話しかけた。

「あのう、実は私もここのチェーンの薬局に勤めています。派遣ですけど」

 田中はびっくりした顔をした。

「はあ、あの、どちらの店に?」

「ルンルン薬局の中央病院前です」

「ああ、うちのチェーンではあそこが一番処方箋枚数が多くて忙しいのですよ。あなたは事務員さんですか?」

「いいえ、薬剤師です」

「まあ薬剤師さん」

「ええ、ちょっと車を運転して指のささくれが気になって、カットバン置いてあってよかったです。ふと見れば勤務先と同じルンルンとあったので、びっくりしました」

 田中は果たして話にのってきた。一人薬剤師では薬剤師同士での会話にどうしても餓えてしまうのかもしれない。また人好きのするおしゃべりを楽しみたい女性のようだった。

「派遣さんってどうですか? どのくらい勤務されるのですか」

「三か月の予定です。主人が転勤族でしてねー」

「ふうん」

 薬子はよもやま話をしつつ、ここから車で三十分ぐらい東にある多田薬局の話に誘導した。

「うちの借りているアパートの隣の人が多田薬局の悪口をいってまして、それがあんまりなので。実際はどうなのかしらね? 儲け主義って本当かしら」

 果たして田中は薬子の話にのってきた。

「多田薬局のみならず、調剤薬局はボランティアではないので、儲け主義はどこでもそうでしょう。現にうちのルンルンだって、在庫のだぶつきをなくせ、期限切れを出すな、とか損特にすごくうるさいし。でも多田先生のところはもっと杜撰でひどかったですよ」

「あら、そうなの?」

 薬子は田中に歯を見せてにっこりした。田中は薬子の笑顔を見てどぎまぎしたようだ。また同職者といえども初対面でどういう人かもわかってないのに、詳しくは話せないと思ったのだろう。

 それに初対面の人間に対して、私は元の職場で当の多田薬局にいてあそこはああでした、とか話せない。当然だ。薬子は田中を安心させるように言った。

「まあ、医療機関はどこでも、たたけばホコリはでるでしょ。私は割り切って働いています。患者さまの不安がらせないように、医師が出した薬を安心して飲んでいただけるように。これが私の仕事ですしね」

「本当にそうですわよね、」

 事実調剤薬局の薬剤師の仕事は調剤だけではなく、処方箋を発行した医師に向けては処方監査(処方のチェック)、患者に向けては服薬指導と称した薬の説明だ。いかに不安なくきちんと飲んでいただけるようにするのが仕事といってもよい。










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