第五話
ルンルン薬局勤務開始から早くも一カ月たった。
薬子はきちんと休まず九時から六時まで働いた。一時間の休憩があり毎日八時間の勤務。管理薬剤師の大木は残業は非常に多いようだったが、若さもあって疲れもみせず頑張っている。
当地の中央病院の診察時間は午前は九時から十一時までが受付。午後は予約のみで午後一時から四時まで。ただ四時きっかりに診察が終わると言うわけではないのでやはり処置や検査が長引き遅い時には七時ごろまで患者が処方箋をもってやってくるらしい。
大木管理薬剤師は年齢を聞けばまだ二十七歳。新卒で採用されて三年目で管理薬剤師として抜擢されたという。独身で家賃月五万円までの住宅手当があるのでその制度を利用しているという。だが大木はじめ、他の常勤薬剤師は薬子のことを派遣でいずれ短期間ですぐやめる人という印象が定着したせいか、正直腹を割って話す人がいない。
後で聞いたら餡祖社長は新しい新人がきたらまず湿布薬で服薬指導の練習をさせるという。薬子はベテランということで最初から患者相手だったが、大木たちは事務員相手にシュミレーションさせられたという。大木は懐かしそうに言う。
「藤原先生が六点というのは過去最高のはずですよ。ぼくが知っている限り三点とか四点。そんなものですよ。現にぼくはたったの二点でした。ひどいもんですよ」
「二点。なにが悪かったの」
「ああ、ぼく学生時代はドラッグストアでずっとバイトしてたんです。それでいつものようにいらっしゃいませ、といっちゃった、それで患者さまはお客様ではありません、といわれてマイナス五点です」
「あははは」
「だからぼくはなかなか患者さまの前には立たせてもらえなかったです。だけど古参の薬剤師ってつぎつぎやめていくし、それで残ったぼくが管理薬剤師です」
「長続きする人はいないの」
「いるけどパートですね。ここは常勤になるとノルマがあるんで、いろいろ大変です。社長きついし、正直もっと楽なところへ行きたいと思うこともあります」
「ふううん、」
その上ルンルン薬局が二十店舗あるので、いきなり人事異動を言い渡されたりすることもあり、確かに人がよく入れ替わる。現に薬子がきてからすでに二人の医療事務兼調剤補助者が入れ替わっている。
調剤室でのチームワークがよくできてはいるが、処方箋を受け取ってから出来上がるまでの調剤の流れ仕組みが二十店舗全部同じ規格やりかたで統一されているそうだ。それゆえに店舗間で人事異動があってもすぐに仕事になじめるように配慮されている。
ただ誰がいつ異動になるかわからない状態なのでどうも人間関係が希薄で、昼食を取りに中の休憩室に行くと四人がけのテーブルに事務員たちや薬剤師が四人向かい合ってすわっているのに、四人とも携帯電話を無言でのぞきこんでいるシーンもあった。かといって仲が悪いわけでもなさそうだ。
薬子はどうも餡祖社長や吉本人事が職員同士仲が良くなりすぎることを奨励してはいないのではないかとは思った。
加えて薬剤師の人数の少なさよ。
当地は薬剤師の絶対数が少ないとはいえ、処方箋受け入れ枚数が一日二百枚前後あるというのに、投薬にあたる薬剤師が三名と言うのはあまりにも少ない。はっきりいって薬子は事務員が散薬や水薬まで全部調剤させる薬局はここがはじめてだった。
処方箋を患者から受け取ったらまず処方箋に不備がないかどうか処方監査というものをしないといけないが、全部パソコンで入力させたときにあらかじめモニター登録してある事項に合致した時にだけ薬剤師が呼ばれ処方箋に不備があることがわかったりする。いわく処方決定権を持つ医師に対してこの処方のこれとあれは併用注意薬だからのぞましくない、とか、単純に日数が抜けていたとかそういうことがあれば疑義照会するのが薬剤師の役目の一つだ。
薬子はルンルン薬局のやり方に決して逆らわずただ黙々と業務をこなした。
調剤ミスは事務員がやるせいか普通にあるが、ミスが見つかるたびに報告書を書く義務があり、その内容を書くことになっている。書いたら印鑑をついて調剤ミス報告専用のボックスに入れている。
薬子は大木にひまそうにしているころを見計らってこれをどうするのか聞いてみたら二十店舗内で調剤ミスや在庫管理の良しあしの統計をとり、それでボーナスを決定したり人事異動の参考にしたりするという。
「へええ、ここって人的管理がすごいですね」
「まあねえ……前の薬局長、実はそれが嫌でやめたみたいですよ。でもまあ病院勤務よりは給料がいいというのでぼくは続いてますけど、先日使用期限切れの在庫を二百錠ほど出したら社長と吉本さんにえらく怒られてねえ、いやになりましたよ。管理薬剤師になったらなったでいくら残業しても残業手当はでなくなったし、責任ばかり言われるし。ぼくも潮時かなと思う時もあります。けっこうきついっすよ」
「大変ですね」
薬子はこの件に関しても何も言わない。大木はよその薬局の仕事も知らないので比べることもないのだ。愚痴をこぼしながらも、こんなものだと思っているようだ。
薬子は当地の県薬剤師会の名簿並びに調剤薬局名簿を過去五年にさかのぼって全部極秘で取り寄せてみたがルンルン薬局は確かに二十店舗ある。がそれぞれの店舗の薬剤師は大木のように二十代で管理薬剤師をさせている。県薬剤師の名簿は県薬剤師会の会員がどこで勤務してどこの薬学部出身か全部書いてあるのだ。だから実情がある程度まるわかりである。中途採用らしき年数や薬子と同じような薬剤師もいるにはいるが、管理薬剤師ではない。
パートかそれとも意図的なものか。過去の名簿を一年ごとにさかのぼって見るとルンルンは異様に薬剤師の異動が多く、また入れ替わりも激しい。それはいいのか悪いのか自分がいうことではない。
ある時、大木は言った。
「今年中にあと一店舗新規開局、来年は二店舗新規開局の予定らしいです。人事の吉本さんは各大学の薬学部もまわっていて、学生部に新卒予定者を紹介してもらうように運動しているらしいですよ」
「私のような中途半端な年齢は歓迎されないでしょうか」
「そんなことはないとは思いますが、現に藤原先生は派遣で働いていらっしゃるし。ただ餡祖社長は管理薬剤師は子飼いというか新卒で入った人がいいみたいですね」
「ふううん」
実は薬子は投薬はまだ一回もさせてもらっていない。初日で湿布の服薬指導が社長の気に入らなかったのかとも思ったが大木も調剤に専念してください、というので、身体が楽だな~と思いつつ調剤室にこもって仕事をしていた。そうしているうちに職員の動向もわかってくる。
処方箋や患者が途切れがちになる夕方5時ぐらいになると、医療事務員の三井たちはお金の管理をはじめる。一日の総売り上げ四十万円前後。薬子は札束を丁寧に数えている三井達、帳簿の金額をそれとなく確認する。
四十万円は全部ルンルンのものではもちろんない。しかしながら患者たちの支払う金額は保険がきいているので多くは三割、もしくは一割負担となる。かつ生活保護、特定疾患の一部患者や乳幼児の患者は無料なのでのこりは全部各保険からまかなわれる。卸から納品される医薬品の購入などの手間をのぞいても非常に儲かっているのがうかがえた。
薬剤師は薬子をいれて四人だけ。残りは事務員だとすると事務員たちの給料は多くとも二十万円はいかない。人件費をのぞいても、かなり儲けがでているはずだ。そりゃあ、優良企業もいいところで新規開局も積極的にこなせるだろうと思った。そういうところが多田県薬会長の嫉妬をかったのかもしれない。
薬子は黙々と働きつつ、黙々と無資格の医療事務員たちが調剤している様子を隠しカメラで記録していく。患者に対しては処方箋には最終的に患者に薬を渡した薬剤師名が書かれる。ために対外的には無資格調剤が横行しているのは全くわからない。カメラ記録が証拠になるかどうかは不明だが、少しずつ撮りためていく。
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一般患者にとっては医師から渡された処方箋の調剤は全部有資格者の薬剤師がやってくれているものだと信じているかもしれない。だが先ほども言ったがこの地方での実態は無資格調剤が横行するも、査察の方も特に問題がない限りは片目をつむって静観しているとは聞いている。加えて調剤ミスを極力減らすためにどこでもそうだが、ルンルンも徹底していた。
調剤ミスの報告書にはどういう種類のミスをしたか、数を間違えたのがそれとも規格か、mg指定の見落としか、それを事細かく書くようにしそれが査定に響くというので雇われる方も大変だ。
ただその分気をゆるめず仕事にいそしめるという利点はあるかもしれない。