第四話
薬子は少年に声をかけた。
「丸木まるたさん、受診は二回目ですね。前回と同じ湿布が出てます。五袋です。痛みの方、少しはよくなられましたか」
少年は小さい声で返事する。
「はい、だいぶマシになりました」
「湿布でかぶれたりはなかったですか」
少年が黙ってうなづいた。すると横から母親が口をだした。
「あの、私たち急いでますので、説明はわかってますから会計を早くしてください」
「はいわかりました」
湿布だけの処方箋は湿布を取るだけなので時間は取らせないはずだが母親は急いでいるのだろう。こちらをせかした。そばについていた三井事務員が四百五十円です。と告げると母親は千円札をだした。
薬子は少年に湿布をそのまま渡そうとすると、別の事務員が制して投薬台の下にさがっている袋を一枚取り出して手際よく湿布を袋に入れた。阿吽の呼吸で三井が領収書にお釣りを添えて渡す。
「どうぞお大事に~」
親子は足早に出入り口に向かいながら会釈を返していった。
湿布だけ、そして併用薬なしじゃあんまり教えることもないな……と思いつつ、薬子は台に出された過去の指導歴を見る。ここは指導歴はPCで記録するのではないらしく、全部手書きである。
これだけの規模なのにPCが二台しかない。意外とアナログなのだ。少ない薬剤師数でまわしているなら、指導記録がゆっくり書けるのは患者たちが帰ってからだろう、残業の多い職場だろうなと推察する。
まあ副作用はなし、特記事項なしとでも書こうかな、と思いつつ調剤室を見ると餡祖が笑顔でこっちを見て手招きしている。いつのまにか大木管理薬剤師もそばにきて「交代しますので、奥の社長のところへ行ってください」 とぼそっとつぶやいたので薬子は急いで中に入った。
餡祖は笑顔で薬子に注意した。
「今の服薬指導、見ていましたが十点満点中六点ですね」
百点満点換算では六十点しかもらえないことになる。薬子はとまどった。
「六点。え、すみません、何かいけなかったでしょうか」
「まずこちらでは患者を呼ぶ時には必ず 様、をつけること。敬称は大事です。これでマイナスイチ。それと足がまだ痛いようでびっこをひいて投薬台に来られるのならいち早く察知して席まで湿布をお持ちしてほしかった。これでマイナス二です。袋を入れる配慮は必ずしてあげてください。マイナス三。お大事に、の一言は必ず必要です。貴女は事務員に言わせたので減点。以上の四点のマイナスがついて十点満点中の六点です」
正論だ。薬子はぐうの音も出なかった。
「は、はあ……すみません」
患者の呼出に「さん」 とつけるか「様」 をつけるかなんて事前に注意すべきことではないかとは思ったが顔には出さない。薬子はすまなさそうに恐縮した様子をみせた。
「あの、今後は気をつけますのでいろいろとご指導ください」
その返答は模範解答であったのだろう、餡祖はにっこりとえくぼをみせて笑った。
「ということでこっちのやり方に慣れてもらうまでは調剤専門でお願いします」
「はあ、では服薬指導は」
「若い人にまかせていいですよ」
「はい、ではそのとおりにいたします」
「じゃあ私と吉本は別の店舗に行きますので藤原先生、あとはみんなに教えていただいて、ね」
餡祖は薬子の返事を待たずににこやかに去って行った。彼女には悪気はなかった。薬子のやり方にイエスもノーもなかったが、こちらの流儀、やりかたを尊守してくれ、という方法を彼女なりのやりかたで薬子に教えたことになろう。
餡祖はいかにも忙しそうだった。この地域で調剤薬局ばかり二十店舗経営、しかも全店舗が順調とあれば同業者の恨みをかっても仕方がないのかもしれない。
どちらにせよ、薬子は餡祖を悪く申告した多田という薬剤師も洗うつもりではいる。いかに有力政治家の伝手があろうがなかろうが、仕事を受けた限りでは薬子は全力を尽くして密命を全うさせるつもりだ。
とかくルンルン薬局中央病院前店は餡祖の持っている店舗の中では一番忙しいらしく一日平均二百枚の処方箋をさばかないといけないのは事実らしい。調剤室には一人一枚の処方箋につき一つのトレイがあるらしく、かごの中には次々と処方箋の指示通りの医薬品が用意されていく。それが監査台に運ばれていき、薬剤師が再チェック、ついで管理薬剤師の大木他数名の薬剤師が投薬台にたって患者を呼んで薬の説明と称した服薬指導をしていく。
投薬台はボックス形式になって患者が並んで説明を受けても一応は隣の人の薬がわからないように衝立というかしきりがきちんとあって個人情報漏れの配慮は一応はされているようだ。
三井をはじめとする事務員たちが各場所の投薬台にもはりついて、患者の支払いの代金をレジで受けたりしている。店内には処方箋不要で買える医薬品つまりOTCも置いてあり、医薬部外品も多かった。もう四月とはいえ、このあたりは寒冷地。まだまだ寒い土地柄を反映して使い捨てカイロや体温計、保温サポーターを買い求めるだけの客も多い。活気があってごった返していた。
薬子はその奥の調剤室にこもり、調剤補助専門の事務員の指示に従いピッキングを手伝った。初日なので錠剤や散薬の置き場所はよくわからないままだが、総じてあいうえおの順番に医薬品が置かれているので事務員のように医学的な知識が皆無でも調剤はできるようにはなっていた。