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派遣薬剤師、藤原薬子の忘備録  作者: ふじたごうらこ
第四章・仕方なく薬剤師
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第五話

 単なる調剤過誤の原因究明と今度のミスをなくそうという穏やかな話し合いになるはずが、黒元秀美の仕事全体の態度に対する激論バトルになった。言い返そうとする黒元秀美を押しとどめて、和中は話を続けた。

「大体ね、あなたは仮にも薬剤師でしょう? なのに勉強もしないで調剤だけしてやっていけるとおもっているのが甘いのよ。病棟も嫌がって行かず、結局は私とご主人の太郎さんだけで病棟をまわしているのよ。そんなんだからパートもなかなかきてがないのよ。それにもう一つ。あなたは自分がミスをするとなんでも他人のせいにする癖がある。この間もそうだったし、患者からクレームがつくと私に押し付けて自分は逃げて絶対に謝罪しようとしないし、ああ外部に対してはそれでも通るわよ、私は薬局長なんだし、それは私の仕事でもあるわ。だけどね、内部的にはどうかしら。今日みたいな態度は今後もずっとやっていくなら私はうんざりだわね。調剤ミスは誰でも起こりうるしあり得る。だけど今までずっとやってきたけどあなたは絶対に謝らない。一体ナニサマ? 監査台であなたを呼んでここをミスしてるから再調剤を、と頼んでも絶対に謝らない。それどころか正しい薬をこっちに放り投げて次の調剤にすすむし、ずっとコレよ。あなたはずっとコレ。私は我慢してきた。私が会議のときに不在であっても外部の連絡があっても絶対に取り次いでくれないし、患者さんにも失礼な態度をとるし。最初の教育というか素養自体ができてない。藤原さんは自分の非は認めたうえでの話をしているじゃないの。カセットの入れ間違えミスを指摘されて謝罪もないのか、と聞かれるのも当然じゃないの」

 和中は顔を真っ赤にして黒元秀美に怒っている。そんな和中を見たのは黒元も久我もはじめてだったのだろう。薬子も和中に対して何も言えない、名前ばかりの薬局長という見くびったイメージが出来上がっていたので「モノが言えるじゃないか」 と見直したぐらいだった。

 言うだけ言われた当の黒元秀美は絶句していた。それから黙って苦笑いだけした。彼女は笑うだけだった。この人はいつもそうなのか? あきれて薬子は追い打ちをかけた。

「謝罪ではなくて笑うしかできないの? あなたそういう人なの? 」

 黒元秀美は表情を変え薬子の方を向いてまた睨んだ。

 そこへ黒元太郎が調剤室に入ってきた。ファイルを山ほどかかえている。病棟から戻ってきたのだろう。ここの異様な雰囲気に戸惑った様子だが、素知らぬ顔で和中に「あのコレ、まるまる先生から和中さんに見ていただくようにと」 机の上にどさっと置くとまわれ右をして退却した。まるで逃げるようだった。

 太郎の背に妻の秀美が「待ってよ」 と呼びかけた。太郎が首だけ向けた。秀美は太郎に向かって金切り声を出した。

「今、和中さんと藤原さんが私を悪者に仕立てようとしているのよ、私は困ってるのよ、大体私は働きたくもないのに、人がいないからってずるずると働きに出されて、このザマよ!」

 太郎は困ったように首をすくめて立ち止まっている。どうして黒元秀美はたったいま薬局に入室して事情を全く知らぬ人に言い付けるのか。自分の夫だから当然の発言なのか? あまりに子供っぽい展開に薬子は呆れて言った。

「つまり、秀美さんはよく働きにきてくださいましてありがとうございます、多少のミスはいいたてませんから気分よく働いてくださいませ、とまあ、私たちにこういってほしいのよね?」

「知らないっ!」

 黒元秀美は突然白衣を脱いだ。

「私はもう帰る、そんなことを言われてまで仕事したくないから帰る」

 脱いだ白衣を夫の太郎にばさっとかけた。そして後ろも見ず、あいさつもせず秀美は調剤室、そして薬局のドアを開けて廊下を走って行った。私服のままで。

 ということは職務放棄……。

 夫の太郎は黙って秀美に放り出されて白衣を手にとって「しょうがないなあ」 とため息をついた。

 和中はまだ興奮してはあはあ行っているし、久我はおもしろそうにくすくす笑っていた。薬子は和中の薬局マネジメントのへた加減はともかく、このままではすまないと思った。その間は短かったが、外来処方箋はまだ来ている。和中はすぐに落ち着いて太郎に向かって言った。

「あのね、まだ外来が終わってないの、今日は煮子さん休みだし、藤原さんは入院製剤をしてもらわないと午後の手術にまにあわないし。悪いけど太郎さん、病棟へ戻るのはやめて調剤を手伝ってほしいの、」

「あ、はい。じゃあわかりました」

 黒元太郎は素直に和中の言う通りクリアファイルの束を電話台の下にキャビネットに置いてすぐに処方箋を取り出して調剤にかかった。彼もまた自分の妻が職場放棄もして出ていったというのに、追いかけもせずまた残された薬局長や薬子、久我に迷惑をかけるともいわない。黙っていた。

 そういう夫婦だったのだ。


 外来終了後、和中は医療事務の部屋にいって事務総括と話し合いをしたらしい。そして夫の黒元太郎通じて秀美はあす以降やめるのか聞いてもらった。黒元太郎は携帯電話で秀美から話を聞いたらしく「いじめられたからもう和中さんや藤原さんと一緒に仕事したくないそうです」 と言ってきた。

 妻がそういってくるのをたしなめもせず、言われたことを言われたまま話す太郎に薬子はあきれたが、和中はもうふっきれたようで「では退職、ということで」 と言っただけだ。

 こうして常勤の薬剤師は三人から二人、それにパートの薬子。薬剤師が一人抜けただけで業務が忙しくなる。こうなると外来処方箋を優先的に調剤することになってしまう。太郎は次の日から病棟業務はできず、外来と入院調剤、注射や滅菌製剤をメインにするようになった。あいかわらず久我や煮子などの無資格調剤者の存在は必要で久我の監査や患者対応、服薬指導は継続のままだ。一気に忙しくなり、ああいうやめ方をした黒元秀美を軽蔑しつつ、今ごろあのコは仕事をやめて喜んでいるのだろうと思った。

 しかしながら和中の方はそうはいかないだろう。薬子に愚痴を言った。

「やっぱり私の薬局運営がへたなんですよね、でも今更どうなるというの」

「いやあ、精一杯やっていらっしゃるの、わかりますよ」

 薬子はなぐさめつつ逆にもう一人の黒元太郎薬剤師にこの人は一体どういう人だろうか、黒元秀美と職場結婚してずっと一緒に働いていたのに何もコメントがないのよね? と思っていた。

 事実初日から黒元太郎と薬子はしゃべったこともなかった。自分が、と前にでるような性格でもないし、奥さんの秀美に尻をひかれているような感じだった。長じて薬子はこの病院に一カ月も務めると他の部局の看護師たちと顔見知りになる。そのうちに薬局が他部局からどう見られているかの話も出てくる。



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