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派遣薬剤師、藤原薬子の忘備録  作者: ふじたごうらこ
第四章・仕方なく薬剤師
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第四話

 薬子が勤務してから十日ほどたった。和中薬局長は薬子が都会の大規模な総合病院に勤務経験があるのを知っていたので、こういう時はどうしたか、どう対応したかを熱心に聞くようになった。

 特にこういう医療過疎の病院では無菌調剤や、麻薬調剤、服薬指導法の対応の有りかたでとまどうことも多く、今まで気軽に相談できる相手がなかったということもあろうか。他の医療機関に勤務した経験がないというのはこれでベストなやり方か不安に思うものであろうか。彼女は元々真面目で勉強熱心なのだ。

 薬子も和中に好感をもっていたので、自分の拙い経験でよかったらと思い出話をまじえて病棟業務の話などをする。

 薬剤師はこの和中薬局長と黒元夫婦の三人だけ。

 夫婦は夫婦でまとまった感じ、そういうところへ薬子が入ってきたのだ。元々和中と夫婦の片われ、黒元秀子の方とは関与せずの状態だった。もっとはっきりいうと和中と黒元秀子とは仲が悪かった。そのため完全に薬局の人間関係が二分してしまった。黒元秀子は薬剤師資格を持つ正職員ではあったが、調剤補助の派遣職員の久我とは相性があうらしく、薬剤師が調剤したものを久我が袋に入れて患者に渡すという変則的としかおもえない現象に疑問はないようだ。薬子がこれはおかしいと発言したことで逆に黒元秀子と久我との結束が強くなったようである。

 結果、薬子が自分が調剤したものには責任を持ちたい、そのためには監査は薬剤師が当然するべきという主張は譲らなかったため、薬子が調剤したものだけは和中もしくは黒元夫婦のどちらかがすることになった。逆に和中、黒元夫婦の調剤したものには無資格の久我もしくは煮子が監査して患者に渡すというパターンは従来通り。薬子が入ってきたおかげで、和中薬局長がヘンに感化されたと恨みに思っている久我は薬子に冷たい態度で終始接することになる。だけど薬子はそういう幼稚としか思えぬ態度は平気だった。

 逆に薬剤師の資格を持たない久我の知識はお粗末なものだ。患者に向けての話も世間話しかしない。薬学的知識を患者から求められると「そういうのはお医者さんに聞いてください」 の一点張りだ。 相談内容によっては和中薬局長や黒元夫婦に窓口を代わってもらうこともあったが薬子には絶対に声をかけなかった。無資格の久我がそれで自分に挑戦というか勝ちたいと思っているのがよくわかった。だが薬局内の仕事に勝ち負けは関係ない。とても滑稽な話だと思う。

 とりあえず医師の発行した処方箋に忠実に手早く正確に我が使命と心得ているのならそれははっきりいって間違いともいえる。薬子のみたところ調剤枚数のわりに人数が少なすぎて日常的な業務に忙殺されてそこまで考える余裕がないのだった。そういう薬剤師の存在がいわゆる高給取りの「袋詰め薬剤師」 と世間に嘲笑され、薬剤師の地位が落ちる原因ともなるのだ、と思った。


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 高齢者社会を反映して病院に通院する患者も七十五歳以上のいわゆる後期高齢者も多い。慢性疾患では薬の飲む種類も多くなるのはやむをえないため、飲み間違い防止のための一包化指示も多くある。こちらの病院も例外ではなかった。医師が患者を診察後必要あれば薬の指示を記載した「処方箋」 を発行する。薬剤師はそれを見て吟味し、処方箋に不審、疑義なければ指示通りに調剤して患者に説明の上薬を渡す。

 この処方箋には病院薬局にとっては「外来処方」 と「入院処方」 とおおまかにわけて調剤する時間を繰り出している。外来処方は基本的にその場で外来患者に渡さないといけないため、入院処方よりも優先的に調剤しないといけない。こちらでは院外処方は院長の方針で出さないため、そうなっているのだ。もちろん救急的な指示があった場合は入院患者であっても外来よりも優先的に調剤もしくは注射、滅菌製剤を作ることはある。

 そんなある日、薬子が今までにないくらい激怒した。それは今までやってきた無資格調剤者にまかせていたというツケがまわってきたことによるものである。

 薬子はちょうど隣の注射製剤にいたときに、和中が監査していたが「ちょっと来てくれませんか?」とやってきた。

「どうしたんですか」

「あの、薬間違ってますよ…、ベシケアODコンマ二の指示なのに、ベシスンODコンマ二が入ってます」

「えっ」

 本当だったら大変な調剤過誤だ。ベシケアは頻尿や尿漏れ等に汎用されるが、ベシスンは違う。食直前に血糖値を下げておくための薬だ。糖尿病でもない患者にベシスンを投薬してしまったら間違いなく命にかかわる。薬子は顔色を変えた。一見ベシケアとベシスンは形が似ているものの錠剤に刻印されているコード番号が全く違うのでわかったのだ。

「薬が入ったヒートが出る前の機器の画面はどうなっていましたか、継続処方だったので、キーボードで指示名確認後のENTER入力してしまいましたが」

 和中と薬子はすぐにPC画面に向かった。二人してPCを確認。入力自体は間違っていない。

「本当だわ、入力は正しいものですね。…ということは内部のカセットが? 大変だわ、今すぐ見てみましょう」

 和中は機器を開けてベシケアの入っているカセットを確認した。果たしてベシケアのカセットの中にはベシスンがすし詰めになって入っている。

「いやだ、誰がこんなことを。こんな初歩的なしかも致命的なミスを」

「薬のバラ錠をカセットに入れるときは必ず二人以上の人間が確認しないといけないはずよ!」

 そこへ薬局窓口に患者がやってきて、「あの私の薬はまだでしょうか」 と言ってきた。名前を聞くとまさにその患者。和中はとっさに「あと少しだけ待ってもらえますか? すみません」 と言った。

 薬子も自分の調剤印がある以上、機器が薬を出したのを見届けもせず、他の部屋で製剤をしていたのは事実であったから、すぐに調剤のやり直しにかかった。

 この時黒元太郎は病棟、黒元秀美と久我は同じ調剤室、しかしながらいつものように知らん顔をしている。煮子は今日は孫の参観日で休みという状況だった。和中と薬子は協力し合ってからすぐにその患者のために薬を調剤して出した。今度は間違いなくベシスンを一包化にして出したのを何度も確認し合った。

 今日の処方は未然に防げたが、さてベシケアのカセットの中にどうしてベシスンが入り込んでしまったのかを調査しないといけない。

 過誤を過誤のままにしてはいけないので、和中は外来調剤が一段落してから黒元秀美と久我に聞いた。すると黒元秀美が和中に聞かれてはじめて「私がベシケアのカセットの中にベシスンを入れたと思います、機器に指示を出した人が不在でこっちもばたばたしていたので、確認者もなしで入れました」 と報告した。

 薬子はその報告を聞いてすぐに「ではなぜさっきはそれを言ってくれなかったの? 大事にいたらなくてよかったとは思うけどその対応はないのではないか、あなたは私や和中薬局長に謝罪しないといけないのではないか」 と発言した。

 黒元秀美は明らかに気分を害して「なぜ、わたしがあんたに謝罪しないといけないのか、逆に機器が薬のヒートを全部出し切って指示入力をしたものが中身を確認してから監査にまわすのが当然なのにそれを怠った方が悪い、藤原さんが一番悪い」 と正面切って薬子を睨んで言った。

 確かに黒元秀美の言い分も傍目には通っている。薬子が自分が一包化指示のある処方箋を機器入力したあとに、機器から離れて注射製剤にかかわっていたせいでもある。その患者は外来患者であり、もちろん薬局の前の電光掲示板で薬が出来上がるのを待っている。できるだけ早くかつ正確に薬を調剤するのは当然だ。一包化とはいっても薬包紙に入るのはわずか三種類だけであったし、ずっと継続処方であったために処方には全く不審もなく、機器操作も簡単である。その場を離れて別の製剤にいった薬子が一番悪いと言うのが黒元秀美の主張だった。

 薬子は一呼吸置くと反論した。

「そうね、まさにあなたのいうとおり。今後は同じミスをしないように話し合うべきでしょう。あなたは調剤室にずっといたから、さっきの騒ぎもしっていたのにかかわらなかった。普段から意志の疎通が図られていないためにおこりうったミスでもあった、そう思う。大体カセットの中に薬がなくなると、アラームが鳴る。あなたはそのアラームを聞いてベシケアの中にベシスンを入れたのでしょうけど、同じ部屋に和中薬局長もいるし久我さんもいる。そして隣の部屋には私がいた。だけどあなたは誰も呼ぼうとはしなかった。普段からそんな感じでおかしいと思わないのか。しかもベシケアをいれたのは自分なのにあなたは私が悪いと言う。確かに私にも非はあるが、間違えてしかも糖尿病患者専用の薬を入れてしまうと言う重大な過誤に対しての謝罪は薬局長や私にもするべきではないか」

 薬子の主張に対して黒元秀美もまた自分の全人格を否定したように感じたのであろう。全く別の反論をしてきた。

「ちょっと藤原さん、あんた私を責めていてばっかりでこっちには何のために働きにきているわけ?

 私や久我さんはここで何年も長く働いているのにちゃんとしてきていたのに、アラばっかりいって。人の欠点をあげつらいにきてるわけ? あなたが来てからこっち、仕事全然おもしろくないんですけど。今日のことだってカセットに間違えて私が一番悪いという言い方ばっかりして。私は悪くないのに、どうして薬局長やあんたに謝らないといけないわけ?」

 薬子が反論するよりも前に和中薬局長が黒元秀美に怒った。

「いい加減にしなさいよ、あなた、今話していることと論点ずれてるじゃないの。藤原さんは錠剤の充填ミスを言っているのでしょう。大体いつもチェックしないといけない体制を繁忙を理由に反故にして勝手に間違った薬を入れてしまったあなたが悪いのに、それを別のことにすり替えて言いたててあなたっていつもそう、ずるいのよ! 」

「なんですって」

 普段大人しいと見くびられている感がある和中薬局長が反論してきたので黒元秀美は怒った。久我も驚いたように調剤の手をとめてこちらに近寄ってきた。

「ずるいというのは、まさにあなたのことですよ。黒元さん。ミスは誰にでもあるのに、監査で見つかってもすみませんって言ったこともないくせに。入力後機器を離れるのはこちらも本当はいけないことって双方わかっていて、機器に一番近くにいた人がアラームが鳴ったら対応するっていうのは暗黙の決まりじゃないの。充填ミスだってあなたがして、薬をこっちの監査台に持ってきたのだってあなたじゃないの。薬剤師だったらちゃんと機器が出した薬のヒートの中身を確認してから監査台にもってくるのは当たり前なのに、藤原さんだけを責めるのはおかしい」

 和中は今までの鬱憤を吐き出すように続けた。

「あなたは最初の最初から私をないがしろにして……太郎君とのことだっていいようにして。私は薬局長なのよ、なのにMR訪問だって私がいないときは面倒がって追い返したり、局員として全くなっていないと思うわ」

「和中さん」

 黒元秀美は怒りで顔を真っ赤にして言い返そうとした。





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