第十三話
◎ 第十三話
以下は逮捕された張名の自供である。
……私は父親が薬剤師でもあり、父親から幼いころから「お前も薬剤師になれ」 と言われてきました。
「薬剤師はいいぞ、すごくラクできて給料がもらえる。医師ほど重い責任はないし、患者の体にさわらなくともいいから自分は汚れることもない。処方箋通りに作ればいいだけだから、薬を渡せば仕事は終わりだし、それでお金になる。医療職はどれも大変だが薬剤師はその中で一番ラクして稼げる。だからお前も薬剤師になれ」
そういう父親の影響もあって当然私は薬剤師を目指しました。そして大学薬学部を受験しました。
だが二浪してもどこへも行けず、結局医療専門学校に行きました。そこでも成績が振るわず二回留年しました。地方の学校で都合四年Q県には私は不在でした。
父親は私がQ県から遠く離れた学校にいた四年の間なんと「春彦は愚事薬科大学にいる」 と親戚たちに言っていたらしいのです。そう、当時は四年の在学で薬剤師国家試験の受験資格が得られたのです。
そして卒業間際に私に父親はこういいました。
「春彦、私はお前のために薬剤師免許を作ってやったぞ」
私は驚いて言いました。
「お父さん、いくらなんでも無茶言わないでください」
「いや、私のメンツもあるしどうでも薬剤師になってみろ。いいか。いざ就職してしまえば、あとはどうにでもなる。とりあえず調剤方法は教えてやる。医薬品の基本の知識は医療短大で習っただろ? 薬剤師はそれで十分だ」
父親は器用な人で自分自身の免許証を参考にしながら当時の厚生省の大臣の名前、そして薬剤師免許番号を適当に入れ、私の生年月日を書入れて偽造しました。
私は無理だと思ったのですがなんとそれで就職できたのです。そう、あの精神病院です。あそこは就職試験はなく面接だけでした。免許証もニセもののコピーを渡すだけで通ったのです。
父親は言いました。
「調剤だけすればいい病院だったら絶対ばれないからな」
事実その通りでした。
私は五十歳になって新しい薬剤師が配属されるまでそれで通ったのです。私は薬科大学に通わずこの年までプロの薬剤師として勤務につけました。
妻とは見合いです。私が薬剤師ということで、薬剤師の妻を紹介されてそのまま結婚しました。ばれるかと思ったのですがばれませんでした。
妻は家庭に仕事を持ち込まないタイプだったのです。だから薬剤師同士の会話というのは皆無でした。ただこう言われてひやっとしたことはあります。
「あなたは勉強に興味のない薬剤師ね? 薬剤師会の研修会にも出ないし、あなたに担当された患者さんがかわいそうね」
そしてそのうち子供も生まれました。長じてその子供は「本物の」 薬剤師にすべく「本物の」 薬学部に在学しています。
父はもう故人です。母は私の小さいころに亡くなっています。だから父の言動を止める人は誰もいませんでしたし、私はあの父の一人息子で私は父に逆らえなかったのです。
私はニセ薬剤師としてニセの人生を送りました。
いつかはばれるぞ、と思いながらもこの年までやっていけました。
そして正直、薬剤師の仕事はちょろい、と思っていました。
薬のヒートを数えて出すだけ、それも補助員が全部してくれます。私は薬局から出ることなく監査業務をするだけ、つまり薬の数を数えるだけですんだのです。そこの病院の薬剤師の仕事はそうでした。
私には薬剤師の仕事はわかりません。だけど本当の薬剤師の仕事はそうではなかったのです。
病棟へ行くこともなく患者に対峙することなく、私は薬局に籠ったままのカゴの鳥の薬剤師としてこの年までやっていけたのです。
私はもう五十歳。
二十八年間、無資格のままで薬剤師をしていた。あの病院では全然ばれなかった……。
そしてあの医療事故。
頼りにしていた薬局長は高齢で引退してしまった直後でした。新卒で入ってきた「本物の」 薬剤師からは私の仕事ぶりをすぐにバカにされ、「本物の」 薬学部からしこまれた新しい知識やシステムを次々に導入されてあっという間に私の居場所はなくなってしまったのです。
その時におこるべくしておこった。私が間違えた薬で患者は死亡してしまった。
私はなぜ死亡させてしまったのか薬学的な見地から説明ができなかったのです。何も知らないから。遺族が怒るのも当然です。申し訳なかったです。
すべては病院がケリをつけてくれ、私は辞表を出して退職しました……。
だけど親戚が経営する悶悶薬局へ行くようになってから薬剤師の仕事は薬を数えるだけじゃなかったんだ、と遅ればせながらわかったんです。
だから毎日いつばれるか心配しつつびくびくしつつ仕事をしていました。
薬剤師の仕事ってなんて難しいのだろう、なんて奥が深いのだろう……。
」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
世間の反響は大きかった。
薬剤師不要論を唱えるものは意を強くした。薬剤師会は今後免許証の真偽のチェックの強化と卒後教育の重要性を鑑み研修会で新知識を得ることを必須とする旨を検討すると発表した。
張名の妻は即効張名春彦と離婚して家庭は崩壊した。
また知らなかったとはいえ、張名を雇用していた病院の責任は逃れられない。
悶悶薬局の悶悶社長も「なんてことしてくれたんだ」 と激怒し頭を抱えていた。
テレビにはニセ薬剤師が堂々と管理薬剤師として勤務していた薬局だと悶悶薬局の映像が全国に流れてしまった。
薬子は隠密な行動もとらないといけない特殊な任務にもつく薬剤師だったので顔を知られては非常にマズイ。だから翌日から顔を出さず電話で退職を告げた。
さすがに社長は困ったようだが、薬子はせめて給料は請求しないと申し出た。タダ働きだったが仕方がない。悶悶社長はもう年だからといって退職した薬剤師に連絡をとってなんとかすると言った。薬子は重ねて社長にわびた。
張名の虚偽の薬剤師人生はそれで終わりを告げたのである。
あとは司法が裁くであろう。
袋詰薬剤師・完




