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派遣薬剤師、藤原薬子の忘備録  作者: ふじたごうらこ
第三章・袋詰薬剤師
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第十一話

◎ 第十一話


 その会話の間も患者は来なかったが薬子はこれ以上、張名と会話するのは自分が疲れるだけと判断して夏野のいる事務スペースに戻った。張名も薬子の会話が苦痛であったのだろう、ほっとしたようすで自分のPCに向きなおった。張名は自分の薬剤師としての職務のありかたに疑問は持っていない、このことだけはわかった。

 医療に関与する仕事についているものは、どういう業務でも一生勉強がついてまわる。医学は日進月歩だから。薬剤師は、薬の専門家である。

 医師にも看護師にもそして患者にも対応する。薬のエキスパートである。

 患者は医師が選んだ薬物を身体に入れる張本人だ。患者にとっては医師の選んだ薬物を間違いなく選んでくれているか、そして正しい薬を手渡し正しい飲み方正しい知識を与えてくれるか、薬全般の頼もしい味方になってくれるのが薬剤師であろう。いわば薬剤師という存在は薬物療法の「最後の砦」 といえる。

 医者の処方監査にはじまり、患者が医者の指示を理解しているか、患者の様子を見るもしくは聞いてきちんと飲めているか、副作用はでてないかそれをチェックする「砦」 なのである。


 それを思えば薬剤師は単なる薬の「袋詰」 の仕事をするだけの存在ではないのである。

 雨足がひどくなってきた。まだ十時なのに空は黒い。社長は今日はここはヒマと判断したのだろうか、顔をみせない。


 薬子の胸にある疑問が芽生えてきた。しかし今は言わない。

 決定的な事項が出てきたらすぐ動こう、そう決めた。

 その「決定的な」 事項は三日後に起きた。


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 その時薬子は糖尿病の薬を初めて処方された患者に説明をしていた。

 たまたま人間ドッグの血液検査で糖が出たという人で病識が薄い人ではあった。だけど何事も最初が肝心である。薬子はきちんと服薬することが大事、万一血糖値が下がりすぎたらどういう処置が自分で対応できるかということも重ねて説明をしていた。

 そこへとなりのブースでいきなり「全然意味がわかんねーよ、チッ」 という舌うちが聞こえた。

 若い男性が張名に向かいあっている。男性はいらいらした様子を隠さない。一応もう説明は終わっているらしくお金を払いお釣りを夏野からもらっているところだった。背を丸めて張名は黙ってうつむいている。

 その男性は薬子の別の患者の説明が終わったのを見計らって、「薬の説明をお願いします」 と言ってきた。

 つまり張名の服薬指導では不満だったのである。たった今説明をしてもらった薬剤師の目の前でこの患者は別の薬剤師にちゃんと説明をしてくれと言ってきたのだ。薬子の薬剤師生活の中で初めてのことだった。

 薬子はその患者にたいして笑顔で「ちょっと処方箋を見ますのでお待ちくださいね」 とやさしく接し、張名の顔もみず張名の手元にまだある処方箋をひったくった。

 処方内容は抗菌剤と頓服の痛み止めだけだった。たったこれだけなのに張名は何をいったのだろう。薬子はその患者の過去処方と問診内容をPOS(服薬指導用画面)を開いてチェックする。

 既往症、合併症なし、副作用履歴なし、定期薬なし……

 健康な人で普段病院や薬局には縁のない人だろう。薬子はちらっと考えて患者に向き直る。

「今日はどのようなことで受診されたのですか?」

「すねに釘がささって抜けなくなったので抜いてもらったんだ」

 外科系の処置をうけたのだ。

 水位病院は内科と小児科メインだが開業していればいろいろな患者がくる。外科系もできる場合はもちろん受け入れる。簡単な処置ならできるので外科も受け入れる。

「先生は薬出すっていってたけど痛み止めはわかるよ。でもコーセイザイってヤツもあるじゃんか、なんで飲むの?」

「縫ってもらったんでしょ、今痛みはないですか」

「ない」

「じゃあ、それは感染症予防つまり化のう止めの抗生物質ですね。今日から三日間だけ毎食後に一錠ずつのんでくださいね。今は昼前なのでお昼ごはんのあとから食事が終わるたびに一個飲んでしまえばそれで終わりです」

「それだけでいいんだろ、それだけで治るんだろ」

「そうですよ、というより傷が膿んでしまわないようにの予防のために飲むだけで終わりですね。他に何か聞きたいことありますか」

「先生は溶ける糸を使ったって言ったからその薬をのめば終わりだろ。痛み止めは痛い時だけ飲んで痛くないときは飲まなくていいんだろ?」

「おっしゃるとおりです。消毒剤も出ていませんし、特に不都合がなければ抗生剤を三日間飲めばもうそれでいいのですよ」

「わかった」

 薬子の背後を通って張名が調剤室に入った。その患者は薬子に向かって吐き捨てるように小声で言った。

「あいつってアホ? あれでも薬剤師?」

「……申し訳ありません。ちなみに彼は何と言ったのですか、よろしければ教えてください」

「コーセイザイです、三日飲めばオワリです。四百五十エンデス……それで終わりだったんだよ、ゼンゼンわっかんねえっすよ」

「すみません」

「たったこれだけなのによ、おばちゃんの一言でわかる薬なのによ? 人の顔も見ないで独り言かよ? それでむかついたんだ、でももういいや、もう来ないし」

「申し訳ありません、どうぞお大事にしてください」

 薬子は重ねて頭を下げた。


 患者を出入り口まで見送り、それから薬子は患者待合室で足を止めた。薬子は張名に今のことで説教する気持ちは全くなかった。あれでは言っても仕方ないだろう。

 そのかわり待合室の患者に見えるように掲げられた薬剤師免許証を見に行った。

 張名も薬子の免許証もコピーではあるが額に入れてきちんと並べられて掲げられている。これは薬事法で決められている事項の一つである。いわば薬局の開設者の氏名もしくは会社名、そして薬局開設許可証、管理薬剤師や勤務にあたる薬剤師名が薬局の見やすいところに掲示しておくのが条件であるからだ。

 そこで勤務している薬剤師名は薬剤師免許のコピーをそのまま掲示してあるところが圧倒的に多い。

 だから張名の薬剤師免許証には薬剤師免許番号それと生年月日、免許取得年月日がこれでわかる。薬子はそれをメモに控えておいた。


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 薬子はそのまま張名にはもう何も言わない。言っても無駄だとわかったからだ。彼は調剤ミスをしても平気だし、調剤を知らなくとも恥ずかしいと思う感情がないのだ。だから言っても無駄な薬剤師なのだ。


 ……張名は本当に薬剤師の免許を持っているのか?

 そう、薬子は張名が「ニセ薬剤師」 ではないかと疑っている。

 その日薬子は帰宅後すぐに厚生労働省の史眼しがんに電話を入れた。

「……というわけで、その免許書番号が本物か、調べてくれる?」

 すると史眼は意外なことを言いだした。

「おいおい薬子よ、偶然の一致ってあるのかな?」

「どういうことなの」

「実はその張名って今朝にも同じことを聞いてきた人がいるんだよな、張名春彦……生年月日も同じ。間違いないよ」

「えっ」










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