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派遣薬剤師、藤原薬子の忘備録  作者: ふじたごうらこ
第三章・袋詰薬剤師
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第八話

◎ 第八話


 社長と夏野が閉店時の作業を終えても張名の服薬指導記録の入力はまだ終わってない。社長が言った。

「おい、今日も残業だな。残業は一時間までにしてくれよ」

「はいわかりました、お疲れ様です」

 薬子と社長と夏野は連れ立って薬局の裏口から出る。夏野は家が徒歩圏にあるのでそのまま歩いて帰っていく。社長は薬子を途中まで送っていってくれた。

「……つばをつけながらの調剤は一度私からも言ったことがあるのだが、アレ治らなくてね」

 薬子は足を止めて絶句した。

「社長さんから注意しても治らないとは。それって今までずーとつばつけ調剤をしてきたってことですよね? 薬剤師をやって二十年以上ずーと……誰も注意されないまま、その状態で調剤してきたのってすごすぎますね、信じられないですね……」

「うん、まあね。でもあのとおりまじめですなおな性格だしね。藤原君はしっかりしてるから順次張名くんを教育してやってくれ」

「教育……年下のしかもパートの私が今から常勤の管理薬剤師を教育……」

 薬子は茫然とした。


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 帰宅後薬子は張名薬剤師が長年勤務してきたというQ県のその精神病院のHPにアクセスしてみた。三百床あるのは事実。昔からあるQ県老舗の単科の精神病院である。医療法人も事実。院内案内ページがあり、当然薬局にアクセスする。薬剤師は常勤二名、非常勤が二名とある。少ないような気もするがやっていけるのだろう。通常精神病院での病棟での勤務は短期入院を除いては長期入院患者が圧倒的に多い。そういう患者は慢性疾患であることが多く処方内容が変わらずDo処方(継続処方のこと) で行くことが多い。だから早め早めに薬の在庫管理はできるし、調剤も内容に変わりがなければ手際もよく手早く作業がすすめられるだろう。

 外来は急性期の患者はいても「当院は医薬分業推進病院です」 という記載があるので周辺の調剤薬局が全部外来処方箋を引き受けているのは間違いない。だから張名のいたQにあるこの病院ではよほど楽な院内処方しかなかったのではないか。

 それでも入院患者が満床の場合実に三百名である。非常勤もしくは補助員を雇って張名は監査といって正しい薬ができているかのチェックしているだけだったのではないかと感じた。それで一日を過ごしていたのではないか。それなら服薬指導に不慣れというのもわかる。いくら指導が苦手でも病院勤務するとやることが山積みだ。張名のもっさりとしたPCの扱い方、患者への話しぶり、調剤スピードを見たがあれだと処方箋の細かいチェックや病棟業務や服薬指導業務そのほかの滅菌製剤や院内製剤、点滴薬の混注などやるのは無理があるのではないかと感じた。張名は調剤された薬の点検だけの仕事をしていたのではないか。医師への疑義照会もなくただ無資格の補助員に調剤してもらって張名の前に出されたものを点検をするだけの薬剤師。

「袋詰め薬剤師」 と揶揄されるそのままの薬剤師像だ。

 それをあの張名という男は薬剤師免許取得後ずっと演じてきたのではあるまいか?


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 勤務三日目。


 朝の一番に来た患者は水位病院の患者ではなかった。

 近くの私立病院の処方箋をFAX受信して作っていたものを出した患者であった。三十代の女性の患者である。通勤途中なのかスーツを着ている。

「ちょっと薬剤師さんいる? きのうもらった薬が間違ってるんじゃない? 病院が間違えてるのかそれとも薬局の間違いかどうか見てくれませんか」

 え? もしかして調剤ミス?

 薬子は自分が調剤ミスを見逃してそのまま患者に渡したのではないかと青くなった。社長もいてすぐに投薬台にでて「おはようございます、アサハヤクカラ恐れ入ります。薬を見せてください」 と言った。

 投薬したのは薬剤師資格をもつ張名か薬子のどちらかだ。どちらかのミスだ。どっちだろう、薬子は自分の可能性もありえると思った。調剤ミスは調剤過誤ともいう。あってはならぬことだ。

 私が間違えたのだろうか? そういえばここの薬局は患者が少なくてひまだな、と思いながら仕事していた。それがいけなかったのだ。気がゆるんでいたのだ。


 ここの薬局は受け入れ処方箋枚数が少ないこともあり、すべて手書きである。患者が持ってきた薬袋の右下を最初に見る。見るなり自分の調剤印ではなく、張名の印であることにまずほっとした。

 薬袋の右下に押されている印は、出した薬剤師の印なのである。薬剤師があなたの薬は私が責任をもちます、と宣言しているのである。少なくとも薬子はそう習っていたし、自分でもそう思っている。だが調剤薬局全体の責任でもあることはそれは間違いない。

 夏野が昨日の処方箋を持ってきた。患者の名前を確認し処方箋をめくってさがした。薬子は患者に処方箋を見せながら説明した。

「ああ、確かに。血圧の薬が一日一回夕食後になっているのに、袋では朝食後の指示になっていますね」

「私は夜間の血圧だけが高いから医師から夕食後に飲むように言われたのです。それで昨日の晩さっそく飲もうとしたら袋には朝食後になってるので、あれ、私の聞き間違いだったかなあと思いまして」

 薬子はその患者に処方箋を提示して発行した医師は夕食後の指示をこのとおり出していたのに、こちらの薬局のミスで朝食後指示をしたことを正直に言った。

「薬は正しいものをだしております。ですが薬の袋の指示が朝食後の項目にマルをしてしまったので。これは薬局のミスです、混乱させてしまい誠に申し訳ありません……」

 薬子のとなりについていた社長も頭を下げた。

「私がここの薬局の社長です、このたびは申し訳ありませんでした」

 患者はそれで納得したらしく「いいですよ、じゃあ私は夕食後に飲めばいいんですよね」 と笑顔を見せてくれた。やさしい患者でよかった、と薬子はほっとして声をかけた。

「これからお仕事ですよね、お忙しい中わざわざ立ちよっていただきありがとうございます。今後ともよろしくお願いします」

「いえ、血圧の薬は私は初めてだったので」

「そうですか、もし何か気になることがありましたらぜひ相談なさってくださいね」

「ありがとう、では失礼します」


 患者退局。


 この間、当の張名は何をしていたのかと調剤室をのぞきこむとなんとそのままの姿でPCをのぞきこんでいる。きのう自分が受け持った処方箋でまだ未入力のものがあるのだ。その服薬指導記録を書きこんでいるのだ。

 経った今の患者の薬には無関心な様子だ。

 自分のミスかどうかも心配ではなかったのか、また管理薬剤師としての責任感はなかったのか?

 薬子や社長が調剤室に入室しても何も言わない。

 応対した薬剤師に声もかけないのは非常識といってもよいぐらいだ。

 だが社長も何も言わない。社長がそうなので若い夏野も何も言わない。それが普通の対応なのだろうか。

「とりあえず何も被害はなくてよかったなー」

 社長はほっとしたように言って背伸びした。

 この人は薬剤師の資格をもっていない。薬剤師の資格がなくとも、薬局は開局できるのだ。ただし、薬剤師は雇用しないと話にならない。悶悶薬局のような小さなところではなかなか常勤薬剤師のきてはないという。だから張名のような薬剤師としての能力に疑問があっても不満があっても黙っているのだ。彼のつばつけ調剤がその証でもあろう。だが薬剤師の国家資格はそれでもなお強いものがあるのだ。


 しかしながらこれでいいのか、本当にいいのか。

 ここは最小限と言ってもよいぐらいの小さな調剤薬局だからこんなものか? いや違うだろう。マッチ箱のような小さな薬局でも人間の体に入る薬を扱う以上細心の注意を払って薬剤師としてのプライドをもって勤務にあたる人間は大勢いる。

 薬子はそういう人たちを多く知っている。というよりそれで当たり前なのだ。それなのにその当たり前をしない薬剤師が薬子の目の前に今一人いる。


 ツバ付け調剤の件といい、この張名という薬剤師は「こういう人間」 なのか?







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