第二話
第二話
さて派遣先のルンルン薬局中央病院前店。
患者用の駐車場は結構広い。間口が広く入りやすい。車いすの人も気軽に入れるように入り口も段差なく自動ドアだ。ここは、平日九時から午後六時まで。土曜日は九時から午後一時まで開局。
薬局の目の前の中央病院。
この地では大きな病院になるので門前薬局は通りに並んで三軒続いている。ルンルンはそのその真ん中だ。向かって右は全国展開しているチェーン店。反対の左隣も別の流通系の調剤薬局チェーンだ。
だが土地の条件といい、駐車場の位置といい一番いい立地がルンルンだ。つまり中央病院から処方箋をもらった患者が一番持ち込みやすい薬局なのだ。身もふたもない言い方をすれば、一番儲かりやすい立地なのだ。それが多田というこの地域の薬剤師会幹部の反感を買ったのかなと思うがヘンな先入観はまだ持たない方がいいだろう。
薬子は薬局の裏口はすぐわかったが、あえて表の患者入り口から入る。
「おはようございます、今日から派遣された薬剤師の藤原薬子でございます」
すぐ奥から二十歳そこそこの若い女性が顔を出してにっこりした。
「ああ、聞いております。社長は遅めに出勤しますのでまずこっちへどうぞ。白衣を渡します、それとロッカーの位置とか私が教えますんで」
「ありがとう、よろしくね。えっとお名前は?」
「藤原先生、あの、私、事務の三井と申します」
「いろいろと教えてね」
ロッカーの位置を教えてもらい貸与された白衣に着替える。同時に次々と同僚になる薬剤師や事務員たちが出勤してきた。総じて二十代の女性が多く活気がある。
薬子は管理薬剤師の大木という若い男性薬剤師に調剤室を案内してもらった。
「藤原先生はだんなさんが転勤族なので短期間での勤務と伺っています。うちのルンルンは二十店舗あって、ここの支店が一番受ける処方箋枚数が多くて忙しいんですよ。短期間でも派遣さんは、なかなかきてがないので助かります」
「薬剤師さんはここは何人?」
「ぼくを入れて常勤三人。午前だけのパートが一人。それと曜日変わりで支店から一,二名応援にきてもらってます」
「受け入れ処方枚数は?」
「一日二百枚前後ですね」
「二百枚? ほんと? その枚数をこんな少ない人数でやっていけるの?」
「だから派遣さんは助かるんですよ」
「えーとちょっと待って」
薬子は調剤室を見まわす。若い女性でいっぱいだ。新しい人員をちらちらみつつ調剤室を掃除したり薬を充填したりしている。ざっと数えて八人はいる。
「この女性たちは?」
「あ、みんな事務員です。調剤補助も兼ねてます」
「多いのね?」
大木管理薬剤師は口ごもった。
「あの、藤原先生はここに来る前は東京の病院にいたそうですね。もしかして当地の薬剤師事情をご存じないのでは? こっちは薬剤師の絶対数が少ないんです。だから調剤補助さんがいないとやっていけません。ぼくら薬剤師は出来上がった薬のチェックと患者に説明をしていきます。それで仕事はまわってますのでご理解ください」
薬子は大木の話を理解した。要は薬剤師でない人間が調剤する≒無資格調剤を認めてくれというのだ。
調剤補助の存在は時折話題になる。彼らは薬剤師の国家資格を持っていない。薬の性質をわからないままピッキングしたりする。ひどい時には散薬や水薬調剤をしたりするという。目にあまる場合はもちろん問題になるがそれを黙認してくれというのだ。
厳密にはそれは違反にはなるが、行政も地域によっては薬剤師募集してもなかなか集まらない事情はわかっているので片目をつぶって静観しているとはきいている。
九時過ぎると次々に患者が処方箋をもってきてやってきた。同時にFAX専用電話から処方箋が流されてくる。処方箋の流れは途切れることはない。つまり仕事が切れ目なくやってくるということ。とたんに調剤室の中は活気がでてきた。
「こちらマグミット三十錠不足、誰か倉庫から取ってきてー」
「何ミリなの」
「五百mgの方です」
「散薬調剤お願いします。兄弟で二人続きます」
「一包化調剤きましたあ、機械セット願います」
「充填チェック願います」
「卸さんきました、納品チェック誰か行ってきて!」
女性ばかりの張りのある声が飛び交う。薬子はまだ勝手がわからないのでじっと見ていた。大木管理薬剤師はもう投薬台にまわって患者に薬の説明をしている。
最初に話をした三井という事務員が薬子のところにやってきた。
「あの今、社長の餡祖がやってきました。ロッカー奥の事務室まで来るようにとのことです」
「はい、わかりました。すぐ伺います」
薬子は声が飛び交う調剤室をあとにして餡祖社長にあいさつに行く。もちろん派遣薬剤師としてである。隠密行動は絶対にばれてはいけないのだから。