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派遣薬剤師、藤原薬子の忘備録  作者: ふじたごうらこ
第三章・袋詰薬剤師
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第四話

◎ 第四話


 その日一番目の患者、処方箋に載っている赤ちゃんの月齢は零歳十カ月。名前は上野栄太郎。処方箋内容は熱さましの座薬とおむつかぶれのかゆみ止めの塗布剤だけだった。夏野は調剤補助員も兼ねているのか処方箋をバーコードで読み取ったあと手際よく調剤室隅に置いてある冷蔵庫をあけて座薬を取り出し、冷蔵庫の上にある軟膏入れの一番上の引き出しをあけて一本とった。

 それから医療事務用のパソコンに向き直って保険者番号などの打ちこみ確認をして、薬剤情報提供用紙、お薬手帳にはるシールや薬袋を出していく。すべてパソコンからオーダーを受けた印刷機器が出してくれるから必要なのは指示入力だけだ。


 夏野はてきぱきと赤ちゃんの名前を再確認し、お薬手帳にシールをはり薬袋をチェック、その上に自分がとってきた座薬と塗布剤をのせて「お願いしまーす」 と言った。すると今まで黙って座っていた張名が初めて反応を見せた。夏野と同じ狭い調剤室にいて隅のパソコン画面を見て考え込んでいた張名が立ちあがり、調剤棚に置かれた処方箋と用意された医薬品が正しいかチェックを始めた。

 それからおもむろにその患者の過去の処方履歴を確認してそれからまたチェックした。

 薬子はずいぶんとまた丁寧に時間をかけるのだな、と思ったがそれもまたいいのだろう。早く出すにこしたことはないが、薬剤師が間違えては何にもならないから。


 やがて張名は処方箋のチェックが終わったのか処方箋と医薬品を持って調剤投薬台のカウンターに出た。

「上野さーん」

 と低い声で呼ぶ。夏野がすかさず張名についていってレジの横に立った。

 悶悶薬局はごく小さいスペースではあったが、幼児用の絵本や積み木があるキッズスペースつきだ。そこで赤ちゃんをはいはいさせていた母親が振り向いて返事した。薬子は調剤室とレジの仕切りの内側に立っている。張名の服薬指導ぶりを聞いておこうと思ったのだ。他の薬剤師の服薬指導を聞くのも勉強になるのだ。張名は社長の言うとおり愛想が悪かった。おはようという朝の明るい笑顔も声もない。暗い低い声で背中を丸めて処方箋を両手で持って母親を呼ぶ。上田さんと呼ばれた母親は熱さましのシートを額に貼りつけている赤ちゃんを抱っこしてカウンターのところまで行った。常連らしく夏野に「先週もらった熱さましがもうなくなって。こんなに熱ばかりだしてうちの子は大丈夫かしらね」 と話しかけている。母親の言葉が切れるのを見計らったように張名は薬の説明をした。

「えーと熱さまし……えーと座薬三個。先週出たのと同じ……それとかゆみどめ一本です。医師の指示通りにつかってください……」

「わかりました」

 母親は抱っこしている赤ちゃんを気にしながら短く返答した。

 張名は軽くうなづくと「お大事に……」 とつぶやくようにいって調剤室のスペースに戻ってきた。張名の横で待機していた夏野が手早く小さなビニール袋に薬が入った薬袋、薬品情報提供書つまり薬の説明書を渡す。最後に本日の処方内容が書かれたシールをお薬手帳に貼った。夏野はもう一度母親に薬の説明をした。

「座薬は冷蔵庫に入れておいてくださいねー、暖かいところに置いたままにしないでくださいねー」

「そうね」


 この市に居住している六歳以下の小児なので薬代は無料だ。だから夏野もお金は要求せず母親は慣れた仕草で赤ちゃんを抱っこして薬が入った袋を受け取った。そのまま出口に向かう。

「お大事にしてくださーい」

 夏野事務員の明るい声が母親の背中を追いかけていった。

 薬子は調剤室でじっと見ていたがそれにしても調剤薬局は一種の接客業ともいえるのに、張名の必要最低限な服薬指導ぶりに驚きもしていた。彼のしたことは薬を必要最低限の言葉で説明しただけである。座薬であるかないかは誰でも言えることではないか。

 薬局の外を見ると患者用の駐車場が満車になっている。これから処方箋をもらった患者が次々にやってくるはずだ。張名が次に何をするかと見ていたら昨日の服薬指導記録の入力がまだできていないらしく、さきほどのパソコンの前に座ってまた動かなくなった。夏野が立ったままの薬子に向かってにっこりした。

「あのう、もしよかったら散薬の予製をしていただいていいですか? 酸化マグネシウムを一包一gずつ……」

 薬子は仕事でやることができてほっとした。ずっと突っ立って手持ち無沙汰な状態は苦手だ。

「もちろんいたします。どのくらい分包したらいいかしら」

 夏野は近くの引き出しをがらと開けた。

「ここは予製品は少ないです。これは六十包だけでいいですよ」

 薬子はさっと分包機を一瞥し、機械付属の掃除機でがーとまず掃除していった。それから散薬台に向かって手早く計量していく。そういうのはどこの職場でも手順は一緒だし、分包機の機種も自分の知っているメーカーのものだったので楽だった。

 薬局の自動ドアが開いた。患者かと思ってみると段ボール箱を抱えた医薬品の卸さんだった。夏野は調剤室に入ってきた薬の卸さんに「おはよーございまーすっ、納品ですねっ」 と飛び出していった。手には受け取り印の四角いハンコを持っている。

 どうみても登録販売士兼医療事務員の夏野が一人でこの悶悶薬局を切りまわしているような感じだ。






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