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第十二話

第十二話


 製薬の分野でも何でも「新薬」 は未踏の地にあたる研究で何かを造り出すそして発表する。

 これが臨床の現場で役立ち事業の発展にかかわることなら、つまり製薬会社の売り上げに貢献することならできるだけ世間の耳目を集めたい。研究の成果をこの場合は新薬の効果を強調したい。他社の競合薬を蹴落としてでもうちの薬が一番だといいたい。

 それをいうことができたら、お金もついてまわる。

 お金。それは大事だ。

 お金がないと何もできない。研究を続けるためにはまず先立つもの。それを生みだすために一番手っ取り早いのが研究の成果をあげて売り上げに貢献すること。 

 そこには暗黙の合意があった。患者のための、患者本位の治療薬を作ろう、その意図は微塵もみられない。会社、研究者、治験協力者、広報紙。アマクナーレに関しては全部が共犯だった。

 それを一番に先立ってしたのは皆川珠洲絵。あやつっていたのは広報部長の烏賊。アマクナーレの研究に一躍買っていた研究員は全員捏造の事実を知っていたのではないか。


 研究発表にあたり、新薬の宣伝で歯止めを強くかけられる強力な権力者がいなかった。(著者注:宣伝、コマーシャルが誇張、やりすぎといって表現にストップをかけられる公的機関はもちろんある。この場合は研究論文での話)

 論文では、比較論でできるだけ臨床データのよい部分を抜粋できるならそうする。

 不都合なデータ、たとえばある種の溶解試験や、ある環境にあるバイオアビリティ。不利なデータはあいまいにしておく。その代わりに良い面を強調するのだ。そのくらいなら罪にはならないし、みんなしていることだ。

 しかしアマクナーレはやりすぎた。血糖降下剤としてはまあまあの出来だったのにそれだけだったらウリにはならぬと脳梗塞などの疾患予防になると画期的な効果をおまけにつけた。もちろんそれはでっちあげだった。そしてでっちあげの効果を無から造り出してそれでシェアをのばしていったのだから確かにやりすぎた。競合他社もおかしいと思いつつも反論できなかった。

 それは皆川珠洲絵だけの指示ではない。烏賊が皆川に提灯を渡し皆川が火をつけた。ある権威ある研究者を落として発表させたらもうこっちのものだった。烏賊の腹心だった皆川が少し示唆しただけでみな簡単に研究データ、臨床データを操作して偽証していったのだ。協力者はゼット製薬の出す研究費が欲しかった? 権威が欲しかった? 

 臨床データを厳しく再検証する公的な機関がなかったため野火が広がってどうしようもなくなった時点で社会問題になった。発覚してしまったのだ、まさかこんなことが社会問題になるとは思わなかった?

 多少の捏造は犯罪意識もなくちょっとした出来心だった? 

 それは閉鎖的な研究機関の慣習からくるものだったのか?


 薬子は皆川珠洲絵のメモと烏賊部長のメモを提出した。そのあとのことは知らない。ただ烏賊部長が更迭されたこと、警察からも一時拘束され厳しい事情聴取を受けたこと。私生活では離婚したとは後で聞いた。そしてその半年後、世間の騒ぎが薄れたころに彼は偽計罪で逮捕された。

 皆川は死ぬことで烏賊を陥れたことは間違いない。

 薬子は皆川に同情は全くできなかった。バカな男にひっかかってせっかくの才能を自らおとしめたのも同然だ。

 捏造論文は烏賊という男の示唆と広報マーケティングに才能があった結婚願望の強い皆川との絶妙なコンビでアマクナーレの捏造論文を造り出して結局はゼット製薬のブランドイメージを破壊してしまったのだ。

 とかく閉鎖的な研究分野で安易に捏造に加担し、ゼット製薬が出す研究費や治験協力費欲しさに宣伝に顔を貸した医師会の一部や大学病院の重鎮にももちろん責任があっただろう。

 どういう研究にしろ結果がでたら発表はついてまわる。そしてその発表に信憑性があるかないかは性善説に基づいて信頼を置いて検閲も一応はしてもゆるく結局それらしき一見しっかりした研究データを提出するだけで学会は認証してしまうのだ。

 一つ一つの研究に果たして信頼がおけるかということはいちいち検証できない。名のある教授や製薬会社がバックにひかえていたらなおさらそうなのだ。


 薬子の果たした役は一日ですんだが、それで問題は解決せず課題を残したことはいうまでもない。皆川薬局の両親には烏賊部長が示唆したとの証言を得たので厚生労働省には報告しましたといった。証拠の手帳ももちろん警察に証拠の一つとして提出した。裁判もこれからなので手帳の返還は数年後になるだろう。

 烏賊部長への社会的制裁はもちろんあった。ゼット製薬からは懲戒免職になったし、マスコミのバッシングも相当なものだった。皆川珠洲絵に対しては天下の悪女から不実な男を信じて尽くして罪を着せられたあげく自殺させられたというイメージになり、今度は世間の同情を得たのだ。これは皮肉としかいいようがなかったが、そういうイメージの方がマスコミも世間に向けても「説明」 がしやすかったのではないか。

 いろいろ問題課題をのこしたこのアマクナーレ事件は後味よろしくなく、薬子も世の中こんなもので、捏造は製薬会社だけではなく、食品の産地やグレードの偽装は後をたたないし、使用期限のあるものの見た目が変化なき食品ならば再利用もひそやかにされている。結局はばれなければいいさ、の人がそれだけいるのかということになろうか。

 ゼット製薬に関しては薬事法違反、不正競合防止法違反で医師や弁護士会が刑事上告発もすすめている。告発状には各種論文を引用した記事を医師会雑誌などに広告として掲載したのは薬事法で禁じる「誇大広告」 に当たるとしている。

 残念としかいいようがない事件であった。

 また薬子は捏造事件は今後もこういう人たちが生息している限りはまだまだ続くだろうと見ている。末端の患者、消費者は研究者たちの良心を期待するばかり。

                            


捏造論文・完







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