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第七話

第七話


 平日の昼下がりに広報部にいた四人の男性はそれぞれ地域によって広報を総括する役職だった。

「北米総括の矢内です」

「ヨーロッパ総括のマーク・J です」

 三人目が口を開こうとしたときに烏賊の秘書らしき男性がやってきて「用意ができました」 と短く言ってきた。秘書は黒革のアタッシュケースを持っている。烏賊はそれを受け取った。

「じゃ失礼するよ」 と一言だけ言うと秘書と一緒に部屋を出た。出る前に思い出したように「田崎くんはあとで社長から呼び出しがあるだろう、あったらすぐに社長室へ」 と言った。

「わかりました」

 烏賊は性格はどうあれ国内上場企業ゼット製薬の広報部長として忙しく立ち働いているのは間違いない。四人の男性は烏賊の退室に伴い会釈をしたり、ハイと手をあげる仕草を返した。ゼット製薬は国内有数の製薬会社だが、グローバルな企業戦略もしているので海外出身の社員も多い。だから上司ともこういうフレンドリーなあいさつで通るのかもしれない。


 烏賊が退室すると一番最初に名乗った矢内、という男性が薬子に話しかけた。

「今日はぼくら四人は内勤です。部長から昨日いきなりここで働く人が来るから案内するように言われました、それが君なんだね」

 マークと名乗った男性も流ちょうな日本語で話しかける。

「ここはいきなり人が増えたり減ったりするんだ、だから驚かなかったけど、きみはどういう経緯で何をしにきたんだい?」

「ぼくは飯田といいます。この部署にいきなり配属されるのはかなり優秀なんだろうね」

「下里といいます。優秀な人材ならぜひぼくの仕事を手伝ってくれたまえよ、とかくやること山積みだから」

 四人ともぶっきらぼうだったが、さりげなく薬子の様子をうかがっている。薬子は返答した。

「ええ、私はT大学の宮坂教授の紹介できました。仕事内容は広報だと伺っています」

「広報の仕事ははじめてかい」

 矢内が聞いた。

「はい、はじめてです」

「へえはじめてでいきなり。でもそういう人の方がかえって仕事がやりやすいかもしれないな」

「いろいろと教えてください」

「へえ、俺たちに向かって教えてくださいだって? ふん意外と甘ったれだな」

 薬子はしまったと思ってあわてて会話の軌道修正を試みた。

「ああ間違えました。私があなたたちに教えてさしあげます。私は確かに広報の仕事自体は初めてですが、創薬マーケティングの分析、臨床現場の処方動向の分析のプロなのでそういったことは皆さんのお役にたてますし指導させていただきます」

 四人は同時にうなづいた。この返答で合格だったのだ。即戦力にならないとここには勤められない。積極的でないと仕事にならない。

「そういうならいいよ。おれたちは仲間だ。君の実力はいずれ見せてもらうよ」

 薬子は冷汗をかいた。マーケティング分析なんか初歩の初歩すら知らない。だけどここで見くびられたらこの四人から会話もしてくれないだろう。どういう手を使ってでもこの四人の信頼を得ないといけない。

「ふん、アマクナーレの一件で誰かさんは死んだ、その後始末で誰かさんはうつ病になって休職中だよ。事態収拾にゼット製薬は大人しく逆風に耐えているところだ。君に対してこんなところにようこそ、というべきか。それともここはゼット製薬の天国だよというべきか」

「その亡くなられた誰かさんは皆川珠洲絵という人ですね。週刊誌で読みましたよ。あの捏造論文の指示は本当に彼女一人での考えでしょうか」

「ははは」

「そんなことできるかよ」

「それも誰かさんの指示だろ」

 こんなに話が早くすすむのは好都合だった。この広報の上層部は意外とオープンでフレンドリーなのも。今日がたまたま部下が出払っていて残っていたのが気の置けない仲間だけだったというのもラッキーだったのかもしれない。







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