第九話
薬子は残りの休みを多田薬局の情報集めに費やした。元々の告発者、多田の性格も。調べていくうちにわかったのは、多田は一言で言うと「嫉妬深く疑い深い女性」 だった。
田中薬剤師が多田薬局を短期間でやめてルンルン薬局に転職するにいたったのも、彼女が結婚が決まったから急に意地悪になったという。
薬子はうそだろ、と思ったが本当だという。
薬子は田中に聞きだす。もちろん一回会っただけでは教えてくれない。何度かルンルンの店舗で湿布などを購入して聞きだした情報だ。田中はどうして薬子が多田薬局のことを聞き出そうとするのかいぶかりもしない。元来疑ぐり深くなく根がきさくだった。また田舎というので、多田と同様個人情報に都会の人よりも厳しくないのもあったのかもしれない。
田中は多田のことをよく言わなかった。
「多田先生はね……あの人は他人が幸せそうにしていると、怒るんです。患者相手でもそうです。患者さんが多田先生にあの薬、効いたよ、うれしいな、と言っただけで、まあそれは一時的なものですとかいって何かとモノを売りつけようとするし。患者さんの中には多田先生を嫌っている人も多かったです。だけどあそこの病院の門前は多田薬局だけでしょ? 他の薬局は多田先生と競合してでも作ろうとしたのですが、出店をあきらめました。そもそも病院長と多田先生とは親戚だしね。古くからこの地方で薬局をしていたというだけで薬剤師会長になっているし。でも人望なんか全然ないですよ。お金に汚いですし。そう、お金、お金ですね」
田中薬剤師は薬子に気を許すといろいろなことを教えてくれた。特に多田薬局勤務時から薬剤師として、これはいけないと思ったことを。
「多田先生は在宅支援に力を入れて私達に過剰なノルマを与えます。仕事ですけど数をこなすというだけでは仕事にならないのです。件数だけあがっても患者様の満足度が伴わないといけないです……」
「というのは?」
田中はためらいながらも薬子に言う。こういった愚痴は薬剤師同志でしかわかりあえないだろう。
「多田薬局は薬を届けるだけで在宅支援をしていることになっています。配達料が一回五百円ですといって……」
「ああら、じゃあ患者やご家族の同席の元、服薬指導はせず配達だけしているってことね? それで在宅の保険も全部とっているの、そういうことなのかしらね?」
「はっきりいってそうですね。だから私はつらかったです。しかも事務員さんが届けた分も私の名前で届けたことになってしまっているし、患者さんに会ってもないのに服薬指導記録を書けと言われて困りました。逆らうと口汚く罵ります。あれで県薬会長だなんて信じられない。だから……私は結婚して引っ越すといって退職しました」
「なるほど、あなたの気持ちはようくわかるわ。だって私達雇われ薬剤師って経営者の意向にはなかなか逆らえませんものねえ。でも驚きますわ。県薬会長ともあろうものが保険点数稼ぎにそんな姑息な手をつかうなんてねえ」
「私は多田薬局に勤務したことを私の人生の汚点だと思っています。でも薬剤師会のメンバーはそんなこと誰も知りませんもの。古いから伝統がある薬局、門前を百%応需できるから良い薬局だとは限らない良い見本だと思うのですが誰も知らないまま多田先生は大儲けをしていくのでしょうね。私はとても悲しいです」
「田中さん、わかるわあ、同情しますわよ」
薬子は舌なめずりしたい気分だった。そう、今の田中の発言は面接の時に多田の事務机にあった資料と一致した証言だった。薬子は手持ちのバッグの中にあるボイスレコーダーをそっと押えた。このレコーダーはいい仕事をする。事実これを操作する薬子も良い仕事をする。
これはルンルンに在籍していることを理由に時々薬子が田中に通りすがりだからと言いつつ、あししげく通った結果得た有益な情報だった。
薬子は田中薬剤師の証言の裏付けをとるだけでよかった。この点難しくはない仕事だったといえる。
一か月後、薬子はルンルン薬局を退職した。在勤中に得た情報のウラを取り、裏上司の史眼に情報提供をした。
その一、多田が告発したルンルン薬局のやりかた。
⇒無資格調剤の証拠を出す。
その二、これは頼まれてはいなかったが、田中薬剤師から聞いた愚痴から多田をさぐって偶然見つけた案件を同時に出した。
⇒在宅指導に関与する不正請求の証拠を出す。
あとは史眼たちの仕事になる。
さあ結果は如何に。




