第九十二話
「……えぇと、もう一度よろしいでしょうか?」
「いや、だから――っ」
「ぶもぉ!」
「ぶひぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!」
「お、お兄様ぁあああああああああああああああっ!」
あぁ、もう一度説明する前にだんだんリゼットの声が遠くなっていく。
「あ、あれ……大丈夫なのか?」
「あたしに聞かないでよねぇ、でも大丈夫なんじゃない?」
俺の隣では至極どうでもよさそうに髪の毛を手で弄びながら、エリスが壁にもたれかかっている。
彼女は夜遅くまでマオと何やらやっていたせいで、かなり眠そうではあるが、それでも律儀に俺に……正確に言うのならば、俺たちに付き合ってここに来てくれたのだ。
そんな彼女は続けて言う。
「でもあんな説明でよく納得してくれたわね」
おそらくエリスが言っているのはリゼットの事だろう。
と、そこで俺は先刻――俺がリゼットをここに連れてくる前に彼女に行った説明を思いだす。
『実はその恰好でオークと会話して欲しいんだけど』
『お、お兄様?』
『勘違いするなよ! 別にへんな趣味があってこういう頼みをしているわけじゃない』
『大丈夫です、先ほども言った通り、私はお兄様を信じます』
『あ~じゃあ、了承してくれるのか?』
『はい、これも強くなるために必要な事ですから』
とまぁ。
エリスが言った通りまさしく『あんな説明』な説明らしき説明をしてないままリゼットが勝手に納得してくれたので、俺はオークに『しっかりと訓練』しろ的な事を伝えてくれとお願いした。
お願いしたのだが、結果はご覧の通りである。
「連れていかれちゃったけど、大丈夫なの?」
「いや……俺に聞かれてもわからねぇよ」
なんだかこの会話、ものすごくデジャヴな感じがするのは気のせいだろうか。
つい最近、それもエリスと全く同じ会話をした気がする。
「何でもいいけど、あんた追いかけなくていいの?」
そういえばそうだ。
オークと女騎士リゼット……この組み合わせを放置するのは危ない気がする。
「行ってくる!」
「ん、あたしはマオのところでお茶してるわ」




