第三十九話
「で?」
「…………」
「気配を殺して居ようと、無言でいようとわかるもんはわかるぞ」
「…………」
往生際が悪い。
俺はゆっくりとした足取りで、部屋の隅に置いてある大きなバッグへと近づいて行く。
大きなバッグ。
それは出発の際、玄関の傍に置き忘れられていた誰のものとも知れないバッグ――いったい何が入っているかは知らないが、それなりに重かったため運ぶのは面倒だったのだが。
「持ち主は今になっても現れない、そんなバッグがあのタイミングで玄関に置いてある理由、そんなのは一つしかない」
「…………」
俺は物言わぬバッグに対してひたすら話しかける。
第三者が見たら、かなり危ない人だと勘違いされる恐れがあったが、どうせ今は誰も見ていないし、俺がこうしているのには確固たる理由があるのだから、特に気にする必要はないだろう。
そう、自信を持ってバッグに話かけ続けるのだ。
「だいたいお前、気が付かないとでも思ったのか? 時々ピクピク動いてたし……これ!」
と、俺はお土産屋でよく売っている狐の尻尾みたいなフワフワキーホルダーを……いや、バッグの間からはみ出しているリアル狐の尻尾をギュッと掴む。
「!」
ビクっ!
ジタバタジタバタ!
と、そんな効果音でも聞こえそうなほどバッグの中で暴れる何か。
「……いい加減出て、来い!」
俺がバッグの中に居る謎の生物の抵抗を完全に無視して、釣りよろしく思い切り尻尾を上へと引っ張り上げると、バッグの中から出てきたのは。
「お兄さん、引っ張らないでください……鬼畜です」
尻尾を中心にプランと両手両足を垂れて吊り上げられている狐っ娘、リンだった。
「なーんでここに居るんだ? ってか、お前は来ないんじゃなかったのか?」
「行かないとは言っていません……ただ、移動するのが面倒くさいという旨の言葉を言っただけですよ、お兄さん」
屁理屈、ここに極まったな。
「まぁ、なんでもいいけど」
俺はリンをゆっくりと床へとおろし、尻尾を離して続ける――なおその際、リンが力なく床にだらりと手足を伸ばしてたれたのを可愛いと思ってしまったのは秘密だ。
「次からは来るときはちゃんと言えよ……最悪、おんぶでも何でもしてやるから」
「お兄さん、そう言って自分の体に触るのが目的なんですね……鬼畜です」
「お前な……」
その後、俺がリンをそうそうにミーニャたちの部屋へ追いやったのは言うまでもない。