第三十七話
「ついたよ!」
「着いたってお前な……」
転移魔法独特の浮遊感の後、俺の瞳に映ってきたのは箱根とかにありそうな純和風の温泉宿のロビー。
「どうしたのお兄ちゃん、何か問題でもある?」
「いや……ない」
問題なんてあるはずがない――だいいち、俺は連れてきてもらっている側なので、そもそも文句を言う資格を有していないだろう。
だがしかし、
風情がない。
口には出さないものの、俺は心の中でそう思う。
やはり温泉地に来たからには、まずは温泉地に溢れる独特の匂いを嗅いだり、美しい景色をこの瞳に収めておきたかったのだ。
無論、どうしてミーニャがいきなりこのロビーらしき場所へ転移したかも十分理解できる――おそらく、最初に荷物を宿に預けてから観光をしようという事なのだろう。
なのだろうが、やはり温泉地におけるファーストインプレッションが旅館のロビーというのは、何だか違う気がする。
「くっ」
「く? くってなに、お兄ちゃん!」
言って俺の腕を引っ張ってくるミーニャ。
いちいち可愛らしい動作が、俺に無邪気さというものを伝えてくる。
「何でもない、何でもないんだミーニャ!」
俺が考えて居るのは単なる我儘。
いちいち口に出す様なことじゃない。
今はただここに連れてきてくれたミーニャとリゼットに感謝しよう。
「って、そういえばリゼットは?」
「え、さっきまでそこに居たよ?」
と、ミーニャが指を差した先から、さらに視線を奥へやった場所にリゼットは居た――彼女が居るのは旅館によくあるお土産コーナー。
「なにしてるんだ、あいつ?」
一心不乱になって何かを凝視しているリゼットが気になり、ゆっくりと近づいて「なぁ」と声をかけると、
「ひゃい!」
何だかおかしな返事が返ってきた。
「えーっと……」
急に声をかけて驚かせてしまうとは、悪い事をしてしまったかもしれない。
そう思い至った俺が口を開きかけると、その暇を与えずリゼットが言う。
「べ、別にお腹が空いたので、このウジュンマセンオンの試食を食べていたわけではありません……わ、私が見ていたのはこっちの――」
と、わたわたと温泉まんじゅうのようなものの試食コーナーから離れ、キーホルダーコーナーへと走って行くリゼット。
「ふむ」
どうやらリゼットは腹ペコキャラだったらしい。
これは大きな発見だ、これからはリゼットのごはんをミーニャに頼んで、少し多めにしてもらおう。
「お兄ちゃん、リゼットさん! チェックインしたから部屋に行くよ!」
キーホルダー指さして、それがどういうものなのか必至に説明しているリゼットを俺が見ていると聞こえてくるミーニャの声。
どうやら色々と面倒くさい事を黙って引き受けてくれたらしい。
「あいつって何だかんだで、本当にいい妹だよな」
決してミーニャに聞こえないようそう口にし、俺は未だわたわたしているリゼットの手を取り、手を振るミーニャと合流。
その後、彼女の案内に付き従ってそれぞれに部屋へと向かうのだった。




