第三十四話
「で?」
「で? とは何のことでしょうか、お兄様」
「いや、悪い……別にリゼットに言ったわけじゃない」
「も、申し訳ありません! てっきり私に話しかけられたものだと……」
「いや、謝らなくても……」
「申し訳――っ! あ、いえ」
「……ふぅ」
俺は隣に座るリゼットに聞こえないように静かに溜息を吐く――この溜息はリゼットに対して吐いているわけではないのだが、真面目なリゼットは何でも自分のせいだと思いだしかねない。
よって、この溜息は聞かれるわけには行かないのだ。
「……はぁ」
現在の時刻は昼、場所はミーニャ魔法用品店のカウンター裏の椅子。
そこにリゼットと二人並んで、ぼんやりと店の外の通りを通る人々の流れを見ている最中だ。
どうしてこうなったのか。
「そう、何で俺がこんな……」
あれは確か数時間前、俺が「やってやるぞ!」的な言葉を口にしたときだ。
どこからか突然ミーニャが現れ、「何かをやりたいならお手伝いしてよ!」と、半ば強引に俺をこのカウンター裏の椅子へと座らせ、店番は任せたと言わんばかりにどこかへ逃走したのだ。
店主の逃走。
まるで意味がわからない。
店主が逃走するのもわからないが、言葉を覚えつつあるもののこの世界の文化などについては、未だよくわかっていない俺に店番を任せるミーニャの神経がわからない。
本当にわからない。
確かに俺のサポート役といわんばかりに、隣にはそれなりに頼りになるであろう(そうでないと困る)リゼットが居る――さらに、全く頼りにならないであろうが、リビングには魔王の妹というリーサルウェポンもお控えなさっている。
「…………」
違う考え方をしてみよう。
ここには異世界から来た天才、魔王の妹、才能豊かな騎士の三人が揃っている。
「……うん」
これならば店を何とか回せそうではある。
「いかん、現実逃避をし始めたらもう末期だ」
現実を受け止めよう。
ここに居るのは文化などを把握できていないニート、爆睡中のダメ狐、そしていつもお会計を間違ってパニックに陥っている初心者アルバイトの三人のみ。
「くっ、まさかミーニャが必要だとここまで思う日が来るとは思いもしなかった」
「お兄様、ミーニャ様がどうかしたのですか?」
「いや、大丈夫だよリゼット。とにかくお前は少しでも長い時間、その手元にある膨大な量のメモ帳を読んでいるんだ」
「は、はい!」
と、彼女はミーニャから教えてもらった事を全て書きだしたのであろう、十冊近いB5大のメモ帳を必至に読み始める。
「…………」
きっと彼女は真面目にメモしたのだろう、ミーニャが言った事を一言一句逃さずすべて。
だからこそ、だからこそ。
「真面目すぎるからこそ……」
リゼットはいつまでたっても店の仕事を覚えられないのだ。
そう、彼女はきっと要領が悪いのだ――こういうのは大事なところだけメモって重点的に復讐してだな。
「って」
もう後の祭りだ。
すでに教えてくれるミーニャはいない以上、俺にも店の営業についてもう一度説明してもらうことは不可能。
あるのは正直不安要素満載のリゼットの知識のみ。
「……はぁ」
そんな溜息と同時に、本日最初の悪夢……もといお客様が来店したのだった。




