第三十三話
翌日。
俺は相変わらず腐っていた。
「……はぁ」
いや、正確に言うのならば腐っているのではなく、人生初めてのクビという現実に傷心しているのだ。
いつまでもうじうじするなと思うかもしれないが、いくらだいたい何でも出来る俺だって所詮は人間だ――落ち込む時はそれなりに落ち込む。
「だけど、このまま炬燵に入って日々をグータラ過ごすと、本格的にダメになってしまう気がする」
と、俺はこの炬燵で丸くなっているもう一人の人物の気配に耳をすます。
「ゲアラブアの天日干し、遅いです……リゼットさんはいつ帰ってくるのでしょう」
「…………」
人に買い出しを頼んで、自分は炬燵から意地でも出てこない。
その名も魔王の妹、リン。
このまま行くと、俺もこいつと同じになってしまう。
いや、正直な話をすると、リンはここにこうしているだけで、狐っ娘属性によって辺りを癒すという役割を発揮していなくもない……そう、つまりだ。
属性を何も有していない俺の方が、同じ引きこもりニートになった時は不利。
俺がリンよりも下?
この隣でグダグダしているダメ狐よりもダメ?
「っ!」
嫌だ、そんな評価をされるのは嫌だ!
「どうしたんですか、お兄さん。急に立ちあがって」
「どうしたも何もない」
俺は今まで何をしていたのだ。
グダグダうじうじ……危うく本当のダメ人間になるところだった。
考えてみれば、俺はこんな事をしている場合ではないのだ。
「決めたじゃないか、再び頂点を目指すと……勝ち組に返り咲くと」
ならば俺がする事はただ一つ。
それは炬燵でグダグダすることでも、リンと一緒にヌクヌクしながら楽しくお話することでもない。
そんな事はいつでもできる。
「お兄さん、真の勝組とは今の自分たちの事ですよ」
俺の決意などつゆ知らず、何やら妄言を言ってくるリン。
彼女は炬燵に入ったまま、トロンとした目つきで続ける。
「自分は精一杯楽をして、もらえるところからお金を貰い、面倒を見てくれそうな人に全てを押し付ける。わかりますか、お兄さん……それこそが真の勝組です」
「それが、真の勝組……だと?」
つまり俺は現在勝組になっているという事か?
この状況が、か?
「お兄さん、堕ちましょう、どこまでも一緒に。そこにある水は甘いですよ」
……そうだ。
確かに楽をすれば甘い蜜を吸えることはある。
だけど、
「それは違う!」
「っ!?」
突然の大声にリンは驚いたのか、プルプルし始めるが俺は気にせず言う。
「俺が掲げる勝組の定義は決して楽をすることじゃない! 俺がなりたい勝組とはどんなに面倒くさくてもやりがいがって、なおかつ地位のある職業に付くことだ。そして金を稼いで最終的に幸せな家庭を作り上げること……それはここでこうしてグダグダしているだけでは出来ないんだよ!」
言って、俺はリンへと手を差し伸べる。
「お前も俺と来い、一緒に炬燵から抜け出そう!」
「いや、自分はいいです。幸せな家庭……確かに大事そうですが、もしもの時はお兄さんに養ってもらうので」
「…………」
なんだかすごい低いテンションで断られた。
だが、今の俺はいちいちショックを受けるような俺ではない。
「俺はやってやる、俺はやってやるぞ!」
すぐさま気を取り直した俺が、自らの顔の前握り拳を掲げていると、いったいどこから現れたのか……そしていつからそこに居たのか、突如として俺の前方付近にミーニャが現れ、彼女は嬉しそうに言う。
「その言葉を待っていたよ、お兄ちゃん!」
「……うん」
なんだかとても嫌な予感がした。
そして俺は知った。
ノリノリの俺でもテンションが一気に下がる程の嫌な予感――この世にはそんなものもあるのだと。




