第三十話
「こ、これほどとは……」
さすがに想定外だった。
いや、心のどこかではわかっていたのかもしれない。だからこれは俺が油断してしまっただけなのかもしれない。
一度外に連れ出せたのだから、今回もそれと同じ事をすればいいと。
だがしかし、ことはそう簡単に運ばなかった。
「炬燵、暖かいです……ぬくぬくします、お兄さん」
「感想なんて聞いてないからね!? というか起きろよ、出ろよ! 頼むから!」
「この楽園から出ろと? お兄さん、やはり鬼畜です」
「随分しょぼい楽園だな!」
「……くぅ」
「話しているのに寝るなよ!」
あぁもう、どうしてこうなった!
リンをマオの城に戻すために試行錯誤を開始してから六時間以上がたった。
もう夜だ。
完全に夜だ。
否応なく夜だ。
疑いの余地もなく夜だ。
それでも彼女は一向に帰ろうとしないどころか、炬燵に入りっぱなしで出ようともしない。
ならば炬燵の電源を切ればいいだろうと思うだろうが、そんな事はすでに試した。
ミーニャに頼んでとっくの昔に炬燵の不可思議電源を切ったのだが、切った傍からミーニャですら解除不可能な魔法をリンが行使し、勝手に炬燵を再度つけてしまったのだ。
さすが魔王の妹、ミーニャではまるで歯が立たないらしい。
ここに来てようやく魔王の血族が、どれほどに強力で恐ろしいものか理解した。
「リンちゃん、早く帰らないとお師匠さまに怒られるよ? 外もう真っ暗だよ?」
「私もミーニャ様に同意です。マオ様がどのような方かは存じ上げませんが、あまり心配をかけるのはよくないと思います」
炬燵でグデーっとなっているリンの左右から、俺に続いてミーニャとリンが援護射撃をする。
だがしかし、
「ゲアラブアの天日干しをください、話はそれからです」
「わかりました、私が買いに――」
「もう買いに行かなくていいからな!」
「は……しかし」
立ちあがりかけたリゼットをすかさず止める。
何せこのやり取りはすでに――
「リンちゃん、それさっきもその前も、その前の前も聞いたよ! それに約束通り買ってきたのに全然動こうとしない……詐欺だよ!」
説明の手間が省けた。
つまりはそう言う事だ。
「俺が間違っていたというのか」
最初部屋から出す時に食べ物で釣ったことが、こうなるための伏線を作ってしまったとでもいうのか。
くっ、わかるわけがない。
こうなるなんて誰も想像していなかった。
「俺はいったいどうすれば……」
まさかの難問にぶち当たり、頭に手をやって低く唸り声を上げた瞬間。
「リン、おぬしは何をやっているのじゃ! おっそいのじゃ、帰ってくるのおっそいのじゃ!」
リビングの扉が開き、思わぬ救世主が登場した。




