第十八話
やってくる浮遊感、体が自分のものではなくなる様なこの感覚には、とても覚えがある――ミーニャにこの世界へと召喚された時も、今と同じような感覚を味わったものだ。
と、柄の間の思考に浸っているうちに件の浮遊感や妙な感覚はしなくなり、次第に視界に景色が戻ってくる。
「ここは……」
まず目に入ったのは先ほどまでとは打って変わった黒い曇天、あちこちで雷鳴が響き渡り、それに混じって不気味な鳥の鳴き声が耳に届く。そして下を見ればどこまでも続く真っ黒く荒廃した大地。
あえて最後に回したが、それら全てを背景とするに相応しい威容の真っ黒い城を俺は見上げて思う――この黒々しさ、いたるところに飾ってある禍々しい像や、彫られている彫刻が否応なくこの城のあり方を見る者に印象付けてくる。
「どうじゃ、これが我の城じゃ!」
なるほど、この威容。
確かに魔王が住むのに相応しいほど巨大で、邪悪の塊といったようなデザインをしている。もっとも、
「ふふん、なのじゃ」
などと尻尾を振りながら自慢気に耳をピクピクさせている魔王こと、ロリ狐のマオを見るとどうも拍子抜けしてしまう。
「…………」
なんだろう、この感覚。
小さな子供が宝物を必至に自慢しているのを見ている時に得られそうなこの感覚。
「あぁ、そうか」
フリフリ動くモフモフ尻尾を見ながら、俺はその答えにようやく気が付く。
なんか微笑ましいのだ――マオから魔王的な感じは全くせず、怒涛のマスコット感が漂ってくるのだ。
故に微笑ましいと感じる。
まぁこの容姿で魔王と言われてもな。
実際にこんな城に住んでいようと、ちっさい狐っ娘がモフモフ尻尾をフリフリ、耳をピクピクさせて「のじゃ!」とか言ってたら、威厳もくそもない。
そこにあるのはシンプルに『可愛い』と思う感情のみだ。
「さ、早く中に入るのじゃ! 我は雷が苦手なのでな!」
「…………」
終いにはこの台詞。
こんな所に住んでいて……というか、魔王なのに雷が怖いって。
うむ、やはりマオは可愛い。
特にあの尻尾だ――フリフリ動いてる尻尾がとても可愛らしい。
「どうしたのじゃ?」
と、俺が尻尾をガン見していたのに気が付いたマオが一言。
「む、まさかおぬし……我が雷を苦手なのをバカにしているの? 所詮人間は浅はかなのじゃ、我が雷を苦手とするのには深淵よりもなお深い複雑な理由が――っ!」
マオが何かを言おうと瞬間鳴り響く、一段と大きい雷。
同時に天を目指してピンっと張りつめる尻尾と耳。
「……ほっこり」
「何がほっこりじゃ! 我をバカにするにゃ!」
雷にビックリしているせいか、猫みたいな喋り方になっている。
「と、とにかくもう行くのじゃ!」
ぷんぷん怒って先に行ってしまうマオをおちょくる必要もないだろうと、フリフリ左右に動くモフモフ尻尾について、俺は城内へと入って行くのだった。