第百十話
「は?」
「だから何度も言っているのじゃ」
聞き間違いだろう。
そんな願いを込めて聞き返すこと三度。
マオはまたも平然と言い返してくる。
尻尾ふりふり、耳をピクピクさせながら、机の上に敷かれた地図の一箇所を指示しながら。
「ここの地方にある限定ゲアラブアを買ってきてほしいのじゃ」
「…………」
「何を黙っているのじゃ?」
「……は?」
「むぅ……だから、ここの地方にある限定ゲアラブアをじゃな――」
「そういう意味の『は?』じゃねぇええええええええええええええええええええ!」
「!」
俺がテーブルを叩いて立ち上がると、マオは尻尾をビクンと真っ直ぐに立て、しばらく固まったのち言う。
「なんじゃ、ビックリさせおって……寿命が縮まったらどうするのじゃ」
「いや、俺の寿命の方が縮むからな!」
「なんでじゃ?」
「何でっていうか、それ以前にその仕事」
「…………」
「…………」
しばしの静寂。
俺はマオを見詰めたまま、意を決して言う。
「パシリだよな?」
「うむ、パシリじゃな」
「…………」
「…………」
「確信犯かよ! お前は一応まともな奴としてカテゴライズしてたのに、残念だよ! さすがはリンの姉だな、見直したよ!」
「ほー、そんなこといっていいのかの?」
む、なんだこの妙なプレッシャーを感じる視線は。
俺はジリっと後ずさりながら、先ほどまで座っていた椅子に腰かけて言う。
「どういうことだよ?」
「依頼を無事にこなしたら、報酬として」
「報酬として?」
なんだ、とんでもないお宝をくれたりするのだろうか。
こいつは腐っても魔王なのだがら、それぐらい簡単なのかもしれない。
俺は少し期待して、マオの言葉を待っていた。
しかし、その期待は僅か数秒で打ち砕かれることになる。
「ゲアラブアを分けてやるのじゃ!」
「…………」
なるほど。
どうやら狐耳と狐尻尾がある奴らは、ゲアラブアなる謎の食料が関わると、どんな常識人でもバカになるらしい。