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Life of another(もう一つの生活)①

 数日後、朝日が差し込むリビングルームで二匹のオオカミが一塊の生肉を取り合って駆け回っていた。

 床に置いた銀の平皿に牛乳を注ぎながら、その様子をうんざり顔の司が目で追う。

「行儀よく食べてくれよ。まぁ、その姿の記憶がないことだけが救いだけどね」

牛乳パックの注ぎ口から液体が数滴垂れそれ以上そそげなくなる。ふさふさの耳がピンと立ち尾てい骨から伸びるたっぷりな琥珀色の毛で包まれた尾がゆらりと揺れる。

履いているパンツには尻尾が出るよう丸い穴が開いていた。

今ではチョコレート色の目は真紅のきらめきを湛えたルビー色に変わり、琥珀色の長い髪はしっとり艶やかな金塊のような色になっている。体も一回り大きくなり優しげなたれ目から人を寄せ付けない鋭い眼光の獲物を狙うオオカミのような鋭い目つきに変化していた。

司の容貌はまるで別人だった。

 まだ若いオオカミ二匹、つぐみとひばりは彼の足元に歩み寄りつぶらな視線を向ける。

「わかったからそんな目で見ないでくれよ。買いに行くよ」

口ではそう言いつつ司は彼女たちに見えないところで溜息をつき、出かける準備を始めた。

 玄関を出る頃には司は白いニット帽に白いセーター、こげ茶色のカーゴパンツ姿で紺色のダッフルコートを羽織った姿になっていた。

マンションから出ると冷たい風が吹き付けニット帽からはみ出た髪が揺れる。

真紅の瞳は青色カラーコンタクトで紫色に変化しており目立たない自然な色合いだ。

元々、瞳の色はひかえめな茶色だが光の当たり具合によって色を変える琥珀色の髪は目立っていたはず。そんなことを考えながら司は最寄りのスーパーへ足を速めた。


 高級葉巻『ハバナ』をくゆらせながら愛川あいかわ 十蔵じゅうぞうは、重厚なマホガニーデスクの上で足を組み替えた。

黒い革張りの社長椅子に踏ん反り返り、机の向かい側に背中を丸め怯えた様子で立つ社員を見据える。その眼光は鋭く誰もがその視線を向けられると縮み上がった。

もちろん目の前で懇願する、およそまだ十代とは思えない老け顔の男は痩せていて小柄で、白いペンキで汚れた鼠色の作業着が増々汚らしい。その顔は怯えきって蒼白だ。

 十蔵は人差し指で机を叩きながら凄みのある低い声で呻くように言った。

「給料を前借りしたいだと?おれはそのセリフを二か月前にも聞いたと思うが」

「ぼ、ぼぼ、ボーナス前借でもいいっす」

 巨体とは思えない素早さで十蔵は立ち上がり、社員の胸ぐらをつかむと頭突きを食らわせ床に放り投げた。

「でもとはなんだ!でもとは!それが人様に金を借りる態度かぁ?!」

「すんません!すんません!」男は床に這いつくばったまま頭を擦りつけながら手を合わせる。十蔵は男を疑わしげな視線で見下し、咥えていた葉巻を噛み締めた。

「何に使ってんだ、オイ。3か月で合わせて60万は借りている。わかってるんだろうな」

 男は上目づかいで物乞いの様に十蔵の足にすがりつき懇願する。

「もちろんです。もちろん、わかっています。来月には必ず、ボーナス差引分耳をそろえて返します。だから、だから、今回まで貸してください」

 しがみつく彼の腕を足で振り外し、葉巻を手に取った十蔵は、冷え冷えとした口調で言い放った。

「これで最後だ。ええか。これでもう終わりだぞ」十蔵は事前にわかっていたのか、机の引き出しに鍵を差し込むと茶色い封筒を取り出した。

床に這いつくばる男に封筒を投げつける。封筒の中身、1万円札数枚が黒塗りの床に散らばった。

男はまるでゴキブリのように素早く床を這いまわりお札を掻き集める。「すんません、ありがとうございます。ありがとうございます」男は大袈裟に頭をペコペコ何度も振りながら、愛川 十蔵の気が変わらないうちにとそそくさと事務所を出て行った。

別室から音もなく現れた顔に傷がある大男、愛川建設 工務部長牧原まきはら 義実よしつねは十臓に目配せをし、出て行った男の後を追った。

十蔵はお気に入りの椅子に深々と座ると、顎に手をやり思案顔で葉巻を灰皿に押し付けた。


 春田マーケット内にある柴田商店に司は立ち寄っていた。

坪30ほどのこじんまりした雑貨店で、1年B組柴田しばた 雛子ひなこの実家だ。

巨大な商用冷蔵庫の中に並ぶ飲料水を神妙な面持ちで司は見つめている。

 自宅とお店を仕切るアルミサッシが開き、柴田が店内に現れた。

両手にお菓子の入った段ボールを持ち、司の姿に気付くと明るく軽快な挨拶をした。

「いらっしゃいませー」

迷うことなく商品棚に柴田は歩み寄り品出しを始めた。癖のある黒髪はポニーテイルに結ばれ彼女が動くたびゆらゆら揺れている。

司は冷蔵庫から離れ、紙パック商品が並ぶチルド棚に立つと牛のイラストが描かれている商品を手にとった。

そして、また考えこむ。それを棚に戻すと他の乳製品を手に取る。

 そんなことを繰り返していると、柴田がさり気ない様子で隣に並んだ。

「お客さん。探しものですか?」

 司を見上げる瞳は黒く大きく、太めの眉がキリリとまぶたを縁取り強気に見える。彼女は司の顔を見て一瞬驚いたが、目を細め彼の手にある牛乳パックを指さした。

「ミルク」

 戸惑った様子で司はまばたきをするとおずおず口を開いた。同級生だとばれないか冷や冷やするあまりに表情が強張る。

 濃い紫色の瞳を細め棚に並ぶ牛乳パックを人差し指でさっと撫でた。

「あ、いや。オーガニックなミルク」

なるべく優しく言ったつもりだったが、その声は低くかすれていた。

柴田を見つめる視線は鋭く、彼女は訝しげに司を見つめている。

 商品棚から一本の紙パック牛乳を取り出し彼女は司の体に押し付けた。

「こちらです。どうぞ」

不信感を露な視線に晒されながら、司は生乳100%と記されている牛乳と彼女を交互に見てニッコリ微笑んだ。「サンキュ」柔らかく言ったつもりだが自信たっぷりの口ぶりになった。彼の人を見下した冷たい視線は、獲物を捉えた猛獣のように飢えと乾きが露わで、柴田は思わずゴクリと喉を鳴らした。

油断したら食べられそうだ。

 彼女は冷静さを装い事務的な口調と仕草でレジに案内する。

「会計はこちらです」

ちらりと柴田はお客を盗み見た。

大きな体なのにどこか繊細な雰囲気がある。

分厚いコートの上からでもわかるがっしりとした骨格、それと対照的に病的なほど白い肌、ライトブランウンのまつ毛が縁取る鋭い眼光は濃い紫色だ。白いニット帽からはみ出した後れ毛は明るい金髪でライトに当たるとキラキラ輝いた。

学校に転校してきた外国人とはまた違ってワイルドな感じだ。

そう、転校生は髪の色は光の具合によって色を変える濃い茶色で瞳の色はミルクチョコレートだ。肌の色は健康的な蜂蜜色で背もこの外国人よりは低く体つきも細かった気がする。背格好だけではなく何よりも雰囲気が二人は真逆だった。

転校生は春の暖かさを感じる穏やかさだが、この人は人を寄せ付けない鋭い刃物のような雰囲気。近づけば傷つけられそうな怖さを感じる。

 会計をすませ商店を出る姿を見送る。

「ありがとうございました」

外国人は春田商店のアーケードの人混みに紛れ姿を消した。

多忙のため更新が遅れたことにお詫び申し上げます。

パソコン操作が不慣れなため表示が不安定です。



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