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Brunt(矛先)④

 バーの中は各テーブルがパーテンションで区切られた半個室になっていた。

黒が基調の落ち着いたインテリア。灰色のタイルを張られた床にはごみ一つ落ちておらず清潔だ。案内されたテーブルにつくまで、目にしたお客は女子高生、中年の男性。学生らしき男の人たちだ。

双子は大人しくふんだんに綿の入ったふかふかソファに向かい合って座っている。

キッチンでは徳村と神田が紅茶の準備をしていた。

花柄の華奢なカップに紅色の液体が揺れている。そこへ銀紙に包まれた白い粉を注ぐ。

 粉は跡形もなく液体に混じり合い消えていった。

「これを飲ませばいい具合になる」「つまみ食いOKだよね」クスクス含み笑いをしながら二人は楽しげに紅茶の乗ったトレイを手にした。

一方パーテンションに囲まれたテーブルでつぐみとひばりは行儀よく座っていた。

 ひばりは頬杖をつき上目づかいで自分と同じ顔のつぐみを見た。

「お兄ちゃん遅いね。電話かけてみよっか」

「ばか、携帯電話使用禁止ってステッカー貼ってあったわよ」

電話を取り出すひばりの手を抑えつぐみは真剣な表情で言う。「もしペースメーカーつけている人いたらどうするの!」二人が携帯電話を巡ってもめているところに神田と徳村が現れた。

 優しい語り口で神田は言った。

「お兄さんから連絡があってもうすぐ着くって言っていたよ。慌てないで、これでも飲んで待っていて。温かい紅茶だから」

クールな店内の内装とはかけ離れた可愛いカップがテーブルに並べられる。

つぐみの隣に神田は腰かけると、自分の分の紅茶をうまそうにすすった。ごくりと喉を鳴らし、ひばりは紅茶のカップに手を伸ばした。

 学校から出てまだ何も飲んでいない。

「もらうわ」そう言った時には彼女の唇にカップの端が添えられていた。

「いただきます」つぐみも後に続き紅茶を口にする。

暖かな液体が渇いた喉を潤し空腹の胃を少し満たした。

 数分もするとカップの中身は空になる。

「お代わりを頼むよ」

神田は笑みを浮かべ徳村に手を上げた。徳村は慣れた手つきでカップを下げると姿を消した。神田の口元が緩み目は勝利を確信して妖しく光る。

ハイ、ジャンキーの出来上がり。

ドラック欲しさにこれからおれの手となり足となり死ぬまで働くことになる。まぁ、気持ちよくなってきたところでつまみ食いくらい、いいだろう。

しばらくして神田は窓際に座るひばりの手首をつかむと強引に引き寄せようとした。

 思いもかけず強い力で振り払われる。

「なんですか?」

厳しい口調だ。警戒心露わな視線が神田を冷たくに見つめていた。

神田の表情が強張り出した手をひっこめる。「あ、いや。手首が細いなぁと思って」そう言ってごまかし、双子の顔色を伺った。

血色のいい顔色。

生き生きと輝く瞳。

無邪気な会話は理路整然としていて歯切れが良い。とてもドラックを飲んだ人間には見えない。

お代わりを持ってきた徳村に目配せをして薬を入れるよう指示した。

察した徳村がキッチンへと引き返す。

二杯目を淹れてから二人のカップの紅茶は半分以上に減っていた。

見た目はさっきと何の変りもない。そろそろいい気分になって意味なく笑ったり、体がいうこときかなくなるはずなのに、どうもおかしい。

しかし、これ以上薬の量を増やすと命の危険がともなう。そうなると厄介だ。

もういい加減ふらふらで体に力が入らないはずだ。これ以上引き延ばすことは怪しまれると神田は焦りを感じた。

お互い目配せし神田と徳村は通路側に座り二人は同時に双子に手を伸ばした。

首尾よく双子はソファに組み敷かれ、体の自由を奪われる。未熟な香りのする柔らかな体に体重を乗せ、両腕を片手でつかむと頭の上で押さえつけ叫ばないように唇をふさぎ口を割って舌を差し入れようと試みる。慣れた手つきでひばりのシャツを引き出し柔肌に触れた。

ちらりと徳村を見るとつぐみの胸シャツの上から胸をつかみ、首を舐めあげているところだった。

そう、いつもの手順だ。

恐怖に怯える青い瞳を覗き込みながら唇を吸い上げようと頭を下げた。

その時、ありえないほどの力で左手から彼女の手が引き抜かれ、頬に焼け付くような痛みが走り思わずのけぞった。

隣から悲鳴が上がる。

はっと隣を見ると、手を血に染めた徳村が慌ててソファを離れるところだった。

よそ見をしていた隙に彼女の両手が神田の胸を突いた。

神田は一瞬息がつまり不意をつかれ、そしてソファから無様に転がり落ちる。

 自尊心を掻き集め素早く立ち上がると、鼻息荒く罵った。

「この、クソガキ!」

頬を触るとぬるりとした感触に心臓が跳ねる。

神田の指先が血に染まった。

 最大限の睨みを効かして双子を見ると、手早く身なりを整え立ち上がるところだった。

「つぐみ、久しぶりの生き血だよ」

ひばりは言いながら指先についた神田の血をぺろりと舐めた。

ピンク色の舌先がちらりと見える。

 つぐみは赤く染まった口を手の甲で拭いゴクリと喉を鳴らした。

「わたしは肉を少しいただいたわ」

神田は頬を引っ掻かれ、徳村は手を噛まれたのだ。

二人は双子のただならぬ様子に戦慄をおぼえた。

殺らなければ殺られる。本能が警報を鳴らしていた。

わなわなと打ち震える二人とは対照的に、ゆらりと立つ双子は妖艶な空気をまとっている。

拳を振り上げ神田と徳村はわけのわからない言葉を叫びながら双子に拳を振り上げる。

何の前触れもなく神田は勢いよく吹き飛び、隣にいた徳村も巻き添えになった。

 床に転がり二人は頭を上げると鬼より怖い司の姿があった。後ろに2つ人影がある。

「そこまでだ」

振り上げた足を降ろしながら司はゆっくり息を吐いた。

死に物狂いで妹を襲う神田のわき腹を蹴った。

ついでにその隣にいた徳村も巻き込んで吹っ飛んで行ったわけだが、司の怒りはこれだけで収まりそうにない。「お兄ちゃん!」双子は嬉々として司に駆け寄り彼の腕にまとわりついた。

 司は二人を振りほどき、立ち上がろうとしていた神田と徳村のところに行った。

「下がっていろ」

声の調子から司の怒りの度合いが頂点に達しているのを伺えた。

つぐみとひばりのそばに風之間と愛川が付き添った。

 司は二人の襟首をつかみ、頭をかち合わせた。あたりに鈍い音が響く。

「オレの妹に何してんだよ。噛みつかれた程度ですんでよかったな」

そう、満月はもうすぐだ。

オオカミに変貌する妹たちは血に飢えた獣になる。

生肉と血をすすりより凶暴になるのだ。

 神田は気でも触れたのかのような笑い声をあげた。

「お前の可愛い妹は明日にでもおれたちに会いに来るさ。頼まれなくても自分から地面に頭をこすりつけるくらいお願いして会いたがる」

 彼はポケットから銀紙に包まれたドラックを司に見せた。

「お代わりまでしてくれたよ。もう立派な顧客だ。ラリって血をすすっちまったがね」

言い終わらないうちに司の拳が神田の頬を捉えた。掴まれていた徳村は床に投げ出される。

床に這いつくばる徳村を司は渾身の力で踏みつけると、カウンターで仰向けになった神田の髪をつかみ引き上げ、頭をテーブルに打ち付けた。

 司は神田に覆いかぶさると耳元で囁いた。

「いいか、神田。そんなものオレたちには意味はない。小麦粉をすすぐようなものだ」

そう言って上体を起こすと馬乗りになったまま神田の左頬にパンチを繰り出した。抵抗することなくヒットし神田の頭が力なく揺さぶられる。

神田は意識が朦朧とし、足元でうずくまる徳村はお腹を抱えて呻いていた。

くそっ、こんなんじゃ全然収まんねーんだけど

興奮のあまり肩で大きく息をしながら司が顔を上げると、スタッフルームから男たちがぞろぞろ出てくる所を見た。この騒ぎを聞きつけた店の人だろう。中学生から大学生くらいの若い男たちだ。

彼らは神田達の様子に気付くと血相を変えてこちらに駆け寄ってきた。

第二ラウンドか。悪くない。

司は肩からお腹にかけて伸びる三つ編みを背中へ弾き不敵な笑みを浮かべた。


もう少し続きます



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