Brunt(矛先)③
タイル張りの歩道が続き、車道を挟んだ両脇には競い合うようにセレクトショップや専門店が建ち並ぶ。
クリスマス一色に染まるディスプレイがショウウインドウを飾り、色鮮やかで大小さまざまなツリーが街に彩を添えていた。
用事が終わる頃には茜色の夕焼け空がみるみる濃い紫色から漆黒に色を変え、星が瞬き始める。
双子の同級生は一人また一人と別れを告げ、気が付くと双子は兄の知り合い二人とイルミネーションの輝き出した街を歩いていた。
「この店でお兄さんと待ち合わせしているんだ。さぁ、入って」
神田が向かうその店は、古い雑居ビルの半地下にあった。
地上階には居酒屋やカラオケBOXの看板が派手に掲げられている。
4、5段の階段を降りた突き当りに銀色のドアがスポットライトを浴び鈍い光を放っていた。ドアには黒い文字で『D/T/M』と彫られている。
怯む双子を逃がさないように男たちは二人の背後に回ると、ドアを開き中へと強引に押し込んだ。
つぐみとひばりがまだ同級生と楽しく街を歩き回っていた頃、司はC館とB館の間にある学園菜園の前で愛川を待っていた。
日が暮れかけて辺りが赤く染まっている。
残っている生徒はまばらで部活動に励む生徒がほとんどでもうすぐ下校時間を迎えるだろう。菜園にはカブ、白菜などの冬野菜が育ち、青々とした葉が畑一面に生い茂っておりもうすぐ食べごろだ。
司はほどけかけた三つ編みを触りながらぼうっとした顔で畑を見つめていた。
愛川が来るかもしれない期待感と、もしかしたら来ないかもしれないという不安で、司の心の中はジェットコースターのように上がったり下がったりだ。
彼女は優しく微笑みかけてくれるわけでもないし、いつも向ける顔はしかめ面だ。
口を開くと口論することが多いうえ、何かと突っかかる彼女の態度や言葉に腹が立つこともある。愛川と事を荒立てないようさらりとかわしてきたが、ちょっとしつこく誘いすぎたのかもしれない。しかし、司はこれから先、愛川を無視することは出来ないだろう。
強気な口調とは裏腹に、どこか寂しさを漂わせる面影。
楽しげに笑い声をあげるクラスメイトを盗み見て羨ましそうに視線を逸らす姿。
理由はわからないが彼女のことがどうしても気になった。
余計なお世話なのかもしれないが愛川に学園生活を楽しんでほしかったし、なによりもいつも笑顔でいてほしかった。
スクールバックを肩にかけ、司は思わず溜息と共に心の声が口をついた。
「はぁ。オレなにやってるんだろう」「本当。何やってるんだろうね」
後ろから愛川がひょっこり顔を出す。反射的に司は飛びのいて振り返った。
すぐ後ろに神妙な面持ちの彼女の姿があった。袴姿から制服に着替えた愛川の背は司の胸より少し下で、彼をめいいっぱい見上げる彼女は子供のように愛らしく見えた。
「あ、いや。愛川を待っていたんだけどね」
我ながら面白みのない答えだ。大げさに振っていた手を力なく両脇に下げる。
愛川はきびすを返すとそっけなく言った。短い黒髪が風を受けて流れている。
「送ってくれるんでしょ」
「もちろん」
彼女の後に続いて昇降口へと向かった。
春田マーケットのアーケードを潜る頃にはすっかり日が暮れていた。
藤沢学園の南に春田団地、西に桜ヶ丘高校の学生寮と住宅街、その南に春田マーケットはある。昭和を感じさせる古い商店街には昔ながらの八百屋や肉屋、床屋や駄菓子屋など個人商店が軒を連ねる。春田マーケットの北には北里公園、通りを挟んだ南にはデパート街がある。
愛川の家は春田マーケットを抜けた先にあると聞いた。
面の広いオレンジ色のタイルを敷いた街道を歩きながら、クラスメイトの話や流行りの音楽の話など二人の会話は途切れることなく続く。
「ねぇ、学校楽しい?」
不意に司は聞いた。時子が視線を上げると、どこか不安そうな彼の顔がある。
「普通。最近は中村君のおかげで周りが賑やかだけど」
皮肉のつもりで彼女はとげとげしく言ったのに、司は嬉しそうに笑みを浮かべた。
「そうか。賑やかか。そうだよね」
ニコニコしている彼から視線をそらし時子はつぶやいた。
「なによ、まるで親ね」
いつも歩くマーケットで今日は町の人の視線が痛い。
めちゃくちゃ見られている。
背が高く、細身で、金と茶色の交じった琥珀色の髪。白い肌にチョコレート色の瞳。
彼のその視線はどこまでも甘い。
目立つ司を時子は意識しないではいられなかった。
意識するなと気持ちを落ち着かせようにも増々悪化するようだ。きっと触れられたら飛び上がるに違いない。
いくら睨み付けても、どんなに悪態ついても、無視しても彼はどこまでもお節介に世話を焼く。はじめは時子が世話を焼いていたのに今は真逆だ。
まるで味気なかった学校生活が、彼に出会ってから一変しセピア色だった世界が生き生きと色を取り戻していった。頑なに存在を消し、人形のように振舞っていた以前とは違い、司や藤波、風之間が彼女の中に息吹を吹き込み人間としての感情を掘り起こしていく気がした。笑い泣き怒る。湧き上がる感情を時子は必死で押し殺した。
人には戻りたくない。人形だったらナイフで切られた痛みも心の痛みも感じなくてすむのだから、現実に立ち戻り傷だらけになるくらいなら痛みの感じない人形のままでいい。
携帯電話の着信音で時子は物思いから引き戻された。単調なベル音だ。
二人は立ち止まった。
愛川は司を見上げると、スクールバックから携帯電話を取り出しているところだった。
「Hello」親しげな口調で彼は切り出した。
南桜商店街メインストリートから一本道を外れた先に、柊美術館、柏花大学があり、学習塾や予備校、学生がよく立ち寄る定食屋やコンビニがある。この通りは学生でにぎわう場所だ。この時間塾や予備校の周りにはお迎えの車や人でごった返していた。
人混みをかきわけ商店街へと抜けると大学の通りとは違ったにぎわいがあった。
商店街には老若男女入り乱れ、家路に急ぐ者、店に入る者、立ち話をする者、それぞれだ。
しばらく辺りを観察していると、車道を挟んだ向かい側にやけに目立つ金髪の女の子二人と、背の高い二人の男が半地下のクラブへ入る姿があった。
男の顔がこちらを向き辺りの様子をさっと見まわす。
神田 千秋だ。
冷たい銀色の扉の向こうに消える彼らの姿を見つめながら、風之間は震える手で上着のポケットから携帯電話を取り出した。
ほどなく相手から応答がある。ごくりとつばを飲み込み上ずった声で名乗った。
「風之間です。中村君、確か妹がいたよね。二人いる?」「あぁ。双子だけど」
志郎の顔がさっと青ざめる。彼は背筋に冷たいものが落ちるのを感じた。
「ぶしつけだけど妹さん今どこにいるの?」「駅前の南桜商店街で友達と買い物に行っているはずだ。そろそろ家に帰っている頃じゃないかな」歯を食いしばり固く目を閉じると志郎は意を決っして口を開いた。「…多分帰ってない。君の妹さんらしき二人の少女が神田と一緒にクラブに入るのを見た」「え?」「神田と君の妹がクラブに入って行った。君の妹に間違いないと思うよ。二人とも同じ顔していたし。まずいよ。中村君」短い間のあとショックを隠し切れない声が返ってくる。「どうなってるんだ。どういうことだよ」「神田にいい噂は聞かない。お金の欲しい女子にウリを斡旋しているともいうし暴力団が後ろにあるチームとも関わりがあるって」「ウリ?」眼鏡を直し志郎は腹立たしげに答えた。「ProstitutionとGangだよ!」とぼけた司の口調が一変し低く厳しさを帯びた。「今すぐそっちへ行く。南桜商店街のどこだ?」「マクドナルドの隣にある雑居ビル。半地下にある『D/T/M』という店です」
司は苛立たしげに長い前髪を掻き上げると、風之間の言葉を繰り返した。
「『D/T/M』だな。くそっ、こっからどうやって商店街に行くんだ?」
土地勘のない司は無駄に辺りを見回す。
彼の視界にすっかり存在を忘れられた愛川の姿が映った。怒ったような顔で愛川は司を見上げると彼の腕に手を添えた。
「商店街の行き方もその店も知ってるわ。さぁ、急ぎましょう」
二人は頷き合いすっかり暮れてネオンの輝く街を走り出した。
デパート街、北にある商店街、オフィス街、駅、線路の向こう側、双子のいる店が途方もなく遠く、急ぐ二人を嘲笑うかのように時間は刻一刻と過ぎていった。
次回、暴力、性的行為が含まれます。
苦手な方はご遠慮くださいませ。
ソフト、ライトな文面です。