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ツカサリレーション  作者: 福森 月乃
オウラ世界編
40/48

Brigade of twilight(誰彼時の旅団)④

 赤ら顔で頭と耳が大きく身長は優に二メートルは超える、浅黒い肌のトゥーケ人。

獣人、半獣人のオストロピー島の生き物。

白い肌に色鮮やかな髪色と瞳を持つモナルキア人。

クラウオブナの知的小動物。

バースキム公国からはぐれた機械兵やサイボーグ。

星の生き物が一気に集まったような騒ぎだ。

プルレタン独立商業区の各出入り口に横断幕が掲げられ、空に色とりどりの信号弾が打ち上げられる。陽気な音楽が鳴り響き、かつてない賑わいを見せていた。

呆然と横断幕を見上げるパティロ、チャーター、ショウカ。

気持ちのいい風が頬を撫でる。

「こりゃあ。」

パティロは半笑いしながら頭をかいた。

彼の肩に掴まっていたチャーターは半目になる。

「帰ってこないわけだな」

「はっ、はは。冗談だろ?」

引きつった笑みを浮かべ、ショウカは横断幕を紺碧の瞳で見据えた。

風に煽られたなびく横断幕には『世界の鉱石市』と書かれてあった。

人混みをかき分け汗をかきながら、必死な顔の三人組があたりを見回しながら小走りで移動する。肩まである赤みを帯びた髪の毛を掻き上げ、汗を拭いショウカは強い日差しに眉を潜めた。

「これは、骨が折れるね」

「まだ、探知できないのか?」

苛ついた様子でパティロは肩に捕まるチャーターを見た。

その眼光は意図的ではないが鋭い。

 チャーターは、手元の小さな機械を覗き込みながら忙しく指を動かす。

「さすがに三週目はきついですね。しかし、この装置は半径百メートル以内に近づかなければレイカの追跡装置に反応しない。もっと精度を上げたいのですが、今の技術ではこれが限界なのです。バースキムやモルナキアくらい軍事技術が発達していれば、我が国の科学技術も上がるのですが、女王陛下は平和主義ですので、軍事より学問や芸術、貿易や国交に重点を置いているため知識があっても技術は発展し難い」

「まぁ、その為に外国から派遣部隊を要請しているんだけどね」

ショウカは肩を竦め、辺りを見回し催事を楽しむ人々を眺めた。

親子連れ、商人らしき人々、軍人、旅行者などなど世界の均衡が危うくあちこちで戦火が上がっているのが嘘のような平和な風景だ。

だが、ここは各国で禁止された商品の売買もされる闇市も存在する。活気があり、安全で、清潔で、公平な巨大なマーケットは表の顔でしかない。

よく言うセリフでは、光が強いほど影も濃いということだ。

 急にチャーターは立ち上がり、不安定なパティロの肩の上で慌てふためいた。

「あ!キタぞ!!そっちだ、そっちの方向だ」

精一杯体を伸ばし、足を踏み外しそうになりながら、追跡機を持ってない方の手でパティロの顎を何度も引っかく。驚いたパティロはよろめきながらチャーターの乗っている肩を竦めた。

「わっ!なんだ。くすぐったいって!!」

慌てふためく一人と一匹を尻目に、チャーターの小さな手が指し示す方向にショウカは方向転換した。

「こっちだね!」

ショウカの小柄な体が、人混みにあっという間に飲まれていく。

「クソッ!置いていくな!!」

人より頭二つくらい背の高いパティロは、人混みを掻き分け駆けていくショウカの赤い髪を追いかけた。

オリジナル料理の屋台が並ぶ一角に、巨体の男が沢山の料理前で頬を膨らませ、一心不乱に食べている。テーブルの上には、黒い長毛種で赤い瞳のハムスターが座り、陽の光を浴びて輝く鉱石を並べて検分している。

「あぁ、素晴らしすぎる。」「ううむ。うまいっ!」「ここに来て正解だったわ。」「四年に一度の鉱物市!また別名を味の市。最高!」「この石もこの石もまさかここで手に入るとは、神様のお導きなの?」「多種多様の味がおれの舌の上を踊るぅ」「これで研究がずいぶん進むわ。それにこの石。幸運すぎる」同じテーブルについているのに一人と一匹は自己陶酔中で独り言のオンパレードだ。

 そんな彼らの背後から不穏な空気とともに、地底から響くような恐ろしい声がした。

「み~つ~け~た~ぞぉ!!!」

太った男の背後から筋肉質な腕が伸び、黒い鉱石に心奪われていたハムスターを掴み上げた。太った男が振り向くと、顔に二本の傷が走る強面の青年が青筋を立てている。

 ハムスターは赤い目を見開き、この世の終わりのような顔をする。

「げっ!パティロ殿に…うわっ!!少尉殿にモナルキアの犬っ!」

同じ黒毛種でもスリムなネズミ系のチャーターとぽっちゃり長毛種のレイラとではひと目で違いがわかった。

  チャーターは胡乱げに目を細め、パティロ顎越しにひげをひと撫でする。

「随分な言われようですね。確かにぼくは少尉ですが、来賓に犬とは失礼ではないか?」

「あははははは」

モナルキアの犬と呼ばれたショウカはさして気にする様子もなく朗らかに笑っている。

パティロの手の中で身動きしながら、レイカは鼻を鳴らした。

「何、貶されてにやにやしてるのよ。気持ち悪い」

彼女の辛辣な物言いにさすがのショウカの笑顔も引きつった。気を取り直して太った男に向き直ると、ショウカは丁寧にお辞儀する。

「大変遅くなって申し訳ありません。特待派遣社員のセンリ様ですね。クラウオブナ神国から迎えを預かった、モナルキア王国特師団の補佐官ショウカです」

太った男、商工会議所の営業を担っているセンリは、口の中に入っていた食べ物を飲み込んで笑顔で応えた。

「ショウカ君。レイカちゃんのおかげで随分楽しんだよ~。悪いけど、このテーブルのもの全部食べてから出発でも構わないかなぁ?」

 ショウカはちらりとパティロの肩の上に鎮座するチャーターを見た。そして、茜色に染まり地平線から夕闇が迫る空を見上げた。

「出発するのにはもう遅い時間ですので、一泊して翌日の早朝に出発しましょう」

「じゃあ、おれと少尉殿は宿を予約してくるから、みんなはここで待っていてくれ」

 パティロはレイカをテーブルの上に戻し、今夜の宿を探しに出かけた。


 整備された道を挟んで立ち並ぶのはお屋敷で、パティロはキョロキョロ辺りを見回しながら歩いていた。

国内を移動しながら商売をするため、プルレタン独立商業区の人々は基本テント暮らしだ。だが、国外から移住した移民たちは違う。

商売は形式上露店だが、彼らは決まった土地に移住を始め、やがてそれは小さな住宅街となった。その中にソシエを引き取ったモナルキア王国出身の貴族の屋敷もある。

モナルキア王国と僕らの間には因縁はあったものの、終始穏やかに笑みを浮かべ仲睦まじい夫婦は、衣類や宝石好きが講じて商売を全国でしていると語っていた。娘と息子二人いるもののすでに成人しており、出ていった子どもたちを寂しく思っていたところソシエの生まれ持っての美しさに惹かれ養子になってほしいと口説かれたのだ。

夫婦の人柄と、美しい反物に心動かされ、ソシエは恥ずかしそうに承諾したのが昨日のことのようだ。

立派な鉄製の門の脇に備え付けられたインターフォンを鳴らしたところ応答がない。

大きな声で呼びかけ、門を拳で叩いたものの無反応で人の気配を感じられない。

石の土台に鋼鉄の塀に囲まれた、大きな屋敷の割に警備の者もいないとは不用心だ。

不思議に思いながら、固く閉ざされた正門が開くのを諦めパティロは正門の脇に設えられた小さなドアに手を掛けた。

 思わず体がすくむ。なんの抵抗もなくドアが開いていく。

パティロの足元からぞわりと黒い予感が体に這い上がる感覚に襲われた。

これまでの経験上、嫌な予感というものは当たるものだ。

ごくりと喉を鳴らし、足音を忍ばせて敷地に踏み込む。

門を入るとすぐに警備兵らしき武装した男が四人倒れていた。

一人は凶器に貫かれたまま門に張り付けにされ、一人は樹木の太い枝にうつ伏せに引っかかり腹が無残に引き裂かれ、零れた内蔵が地面に撒き散っている。もう一人は両脇にある人工池の左側の赤い花が浮かぶ池の畔で、首の半分を掻き切られ両足を投げ出し事切れていた。革一枚で繋がった頭が奇妙な方向に傾いている。そして、最期の一人は紅く染まった右側の池に沈み、片腕だけが天に向けて湖面から飛び出していた。白い花は一部赤く血塗られ、池に浮かぶ大きな葉の緑と花の白と血の赤で奇妙なことに色鮮やかだった。

屋敷に続くアプローチとそれと対象的な鉄の門は血糊がぶちまけられ、戦場とはまた違う血生臭さが漂っている。

強盗でも入ったのか?プルレタンでも一、二を争うほどの商家だ。

パティロは逸る気持ちを抑えつつ、かつ慎重にそして速やかに屋敷のドアの前に立ちドアノブを引く。ぴかぴかに磨かれ白地に金の装飾をなされた両開きドアはあっさりと開いた。

バカ広いエントランスに正面に赤絨毯の螺旋階段。

そして、左右にある扉に階段脇にある二つの扉。

パティロは眉をひそめた。典型的なモナルキア貴族の屋敷の作りだ。

もう、深夜にほど近い時間。家人がいるところは寝室と決まっている。だが…パティロは倒れていた警備兵を思い出し口に手を当てた。

二階は明かりもなく真っ暗で、書斎と客室で無人だった。きっと三階がプライベートルームなのだろう。階段を上り、フロアに出ると吐き気をもよおすほどの血の匂いが充満していた。思わず鼻と口を抑えてひと部屋ずつ見てまわる。

衣装部屋。

トイレ。

浴室。

衣装部屋。ってどんだけ衣装室あるんだよ。そしてムダにどの部屋も広くて、高価過ぎる調度品と装飾品がはんぱない。

げんなりしてきたところで、やっと寝室らしき部屋に辿り着いた。

部屋の真ん中に天蓋付きベッドが据えてある。そして、その部屋には血の匂いに混ざって体液特有のすえた匂いも…。固く閉じられた天蓋付きのベッドのレースのカーテンを恐る恐る捲り中を覗いたパティロはものすごい勢いで思わずもう一度閉めた。

「嘘だろ」

思わず心の声が口から漏れた。

レースカーテンの中のベッドの上では、裸の男二人と女一人が奇妙な形で絡まり合い息絶えていた。彼らの足元に広がる真っ白なシーツは、彼らを中心に紅く染まり点在する血痕が生々しい。ゴクリと喉を鳴らし、ベッドに片足を乗せ膝立ちすると、パティロは一人ずつ検証していった。三人の首には赤い圧迫痕があり、それぞれ口を大きく開け目を見開いているところを確認すると絞殺されたらしい形跡があった。

吐き出す息が震える。ここにはソシエはいない。

絨毯を敷き詰めた木目調のフロアに出ると、シャワーの流れる音が聞こえてくる。

まるでそこへ誘われるかのようにパティロは水音のする部屋の扉を開けた。

ピンクのタイルに花柄のラインが施された清潔なバスルーム。強い石鹸のにおいと共にどこか血なま臭さを感じる。

きっちり引かれた刺繍の施されたシャワーカーテンの下からは、生ぬるいお湯が惜しげなく流れ出ていた。手が震えるのを抑えることが出来ない。我ながら情けないがカーテンを開けるのを躊躇われた。一度目を閉じもう一度開くと意を決っしてパティロはカーテンを全開にする。

思わず力が入り過ぎてカーテンのフックが幾つか壊れてしまった。

戸惑ったのも一瞬で、猫足バスタブにうつ伏せに浮かぶ半裸の夫人を一瞥した後、浴槽をこれでもかと満たし続けるシャワーのフックを捻った。

そう、浴槽に浮いているのはマシュマロのように丸々と太って緩みきった体、白髪交じりの張りのない長い髪のご婦人だ。

白と黒の入り乱れる髪が海藻のように湯舟に浮かび、ゆらゆらと揺れている。

中途半端に脱がされた矯正下着に萎える気持ちを抑え、視線を逸らすとシャワーカーテンを引いた。

どうなっているんだここは。

浴槽に浮かぶ夫人に見覚えがあった。ソシエを引き取った女主人だ。

強盗による一家惨殺。

あり得ない話ではない。屋敷のあらゆるところに金銀がほどこされ、あらゆるものが高級品だ。だが、荒らされている様子もなく、物品が盗まれている感じもない。

恨みによる殺人。

商家の夫婦の評判はすこぶる良く、各国に顔も知れ渡りわりと有名人だ。

稼いだお金で余剰分をボランティアや施設に献金、新興産業に投資など人格的にも問題はない。子どもたちも顔つきは平凡なものの、それぞれ美容業界や飲食、投資取引などで頭角を現し、さらに金を呼び込んでいた。

経営内容もクリーンだし、私生活も悪い遊びに手を出さず、社交の場に時々顔出す程度だという話だ。

いくら人格者でもこの最期のありようは胸が悪くなる。

猟奇的な手口に犯人の執拗な恨みと憎しみが現れていた。

気持ち悪くなり、パティロは咳き込みながら次なる部屋を開けていく。

物置だったり空き部屋だったり、しばらく人のいない部屋が続いた。

次の部屋の取っ手に触れた時思わず手を引っ込めた。

くぐもった人の話し声が聞こえる。ギシギシと家具が軋むような音も。

一瞬恐怖が過ったが、生きている人の可能性に一気に気持ちが塗り替わった。

まだ、生きている人がいる!

正義感が頭をもたげ、躊躇いも手伝い思い切りドアを開けた。

血のような真紅の毛足の長い絨毯。深い緑の壁紙に部屋に置かれた家具は実用的で落ち着いたマホガニー。

キングサイズの木彫りのベッドの上で人が二人跳ねていた。

一人は横仰向けに寝転され、腰が浮くほど両足を高く掲げ、もう一人は横になっている人の足を掴み肩に掛け激しく腰を前後に動かしていた。

お互い息を乱し、艶めいた嬌声や呻き声を上げながら快楽の頂点目指して駆け上がっている。パティロが部屋に入ってきたのに気づかないほど夢中になっていた。

ベッドで組み敷かれている男は白髪交じりの上品な顔つきをした中年男性で、年の頃は五十代から六十代と言ったところか。たるみの少ない引き締まった体で、腕や足の筋肉や動くたびに浮かぶ血管や筋など男盛りなのを伺わせる。滴る汗を撒き散らし、苦悶に歪める表情や逞しい体のうねり具合など男臭い色気がダダ漏れだ。

両手と両肩は返しの着いたナイフでベッドに縫い付けられ、もがくたび真新しい血が溢れ出す。痛みと快感に打ち震える体は可愛そうなくらい我を忘れている証拠だ。

そして、壮年の男の足を掲げ激しく腰を打ち振るう男は…。

ネコ科の動物を彷彿とさせるしみの少ない靭やかな肢体は色白い。肩まで伸びた茶色味が強い金髪の毛先は跳ね、動くたびに飛び散る汗と共に輝いていた。

男というより青年と言ったほうがぴったりくるだろう。青年は呻き声を上げると、余裕をなくしたように腰を打ち付け、やがて体をがくがく震わせながら動きを止めた。

 青年の黒々とした瞳が開き、恍惚とした表情で呟く。

「あぁ、いい。出ちゃったよ」

名残惜しそうに乾いた唇を一舐めした。欲情に濡れた青年の瞳が暗く陰り無機質な色に変わった。

オレンジ色のナイトランプにやわらかく照らされたこの場に似つかわしくない、銀色のやけに立派なサーベルが彼の手によって掲げられた。

 青年の口元が弧を描く。

「もう飽きた。お疲れ様」

四肢を抑えられ、未だ快感に打ち震える体を持て余す男の顔になんの迷いもなく手にした剣先を突き刺した。

最期のあがきとばかりに男の体が痙攣する。

あまりにも艶めかしい饗宴に生々しすぎる殺戮。

パティロは我に返り思わず叫んだ。

「ソシエ!!」

何を呆けて見てたんだ。さっさと止めとけよ、オレ。後悔先に立たずとはこのことだ。

別れた時は少年っぽさが残る、清楚な綺麗さだたのに、今のソシエは美しい肢体に甘さの抜けた表情には壮絶な色香が漂っている。

いったい、なにがどうしてこうなった。

息絶えた男の穴から自身を引きずり出し、ソシエは片手で髪かきあげながら全裸を隠すことなく堂々とベッドを降りてきた。

「パティロ、久しぶり。元気にしてた?」

 まるで街角で会ったような気安さで話しかけてくる。

言葉が出ずパティロが口をぱくぱくしていると、ソシエはちらりと後ろを顧みて、改めてパティロの方へ向き直ると肩をすくめる。

「ちょうど取り込んでた。もう、片付いたから大丈夫だよ」

彼の後ろには口に剣を突き立てられた男がいる。見えているサーベルの長さからしてベッドは余裕で突き抜けているであろう。

「あはは。間抜けな顔している」

人差し指で鼻を突かれ、屈託なく笑う彼を困り顔で見つめるパティロ。

今、まさに息絶えようとベッドに横臥し、痙攣している男を背になんて爽やかに嗤うのだろう。適度なトレーニングを終えたスポーツ選手のようだ。

 全裸の彼は異様に色白く、ランプの明かりが当たる肌は蜂蜜色に輝いている。

少ない返り血の赤がまるでアートのように上半身に散っていた。

ローテーブルの上に無造作に放り出されていたローブを手に取り、ソシエは羽織った。

空気が揺れふわりと風が頬を撫でる。

強い情事と錆臭い血の匂いがパティロの鼻をくすぐった。

濃いベージュ色の、柔らかそうなタオル生地のローブの紐を結んでいるソシエの肩をつか み彼の体を軽く揺すった。

「何故こんなことを……。お前、金持ちで優しい家族と幸せにやってるんじゃなかったのかよ」

 これから新しい家族と暮らすんだと、笑顔で神殿を後にした姿が今でも目に浮かぶ。

ソシエも貴族夫婦もこんな未来が待っているとは思ってなかった筈だ。

やるせない気持ちで、胸が潰れそうになったパティロは、肩を掴んでいた手をソシエの頬に添えて優しくひとなでした。

 辛子色の瞳に慈愛と悲しみが隠しきれない。どこかぼんやりと濁った瞳をしていたソシエの瞳に黒曜石のような妖しくも艶めかしい光が戻ってきた。

額をくっつけ鼻が触れそうなほど顔を近づけた二人はしっかり視線を絡ませる。

ソシエは頭一つパティロより背が低く、体の線も細い。

乱暴に扱うと傷ついてしまいそうだ。

ソシエは精一杯の虚勢を張って、笑顔を作る。しかし、その引きつった笑みは感情を隠し きれていなかった。

「え?…僕は幸せに暮らしていたよ?服も食べ物も欲しいものは何でも買ってもらえたし働かなくてもよかったし、毎日がお休みで、まるで楽園みたいだった」

 声が裏返り、瞳が忙しなく揺れる。パティロは歯を食いしばると一度目を閉じ、目を見開いた。その顔には真実を聞くまで許さないという強い決意が浮かんでいる。

「ソシエ!本当のことを言えっ!!もうここには、お前を責める者はいないんだ。言ってくれ一体何があったんだ」

名前を読んだ声は確かに怒気を含んだものだったが、パティロの後のセリフは懇願めいた掠れ声にしかなってなかった。

突然ソシエの体から力が抜けると床に膝付き、怯えたように震えだした。

 慌ててパティロも座り込み、明るい茶色の長い髪に覆われた俯いた顔を覗き込む。

「ぼ、僕は。しあ、わせに…」

 ソシエはワナワナと赤く腫れぼったくなった唇を震わせながら、熱い息を吐き出す。

「し、しあわせに…………。うあっ、うぅ、うぁあぁああぁあああ」

彼の瞳から溢れ出したのは、紛れもなく涙だった。

袖口を口元に当て、泣き叫びたい感情を抑え込みながら、くぐもった声で泣き続けるソシエが哀れで、パティロは触れるか触れないかの優しい抱擁で彼を癒やした。

 涙が止まらないソシエはしゃくりを上げながらポツポツ話し始めた。

「あいつらが僕を養子として引き取ったのは、性奴隷として飼うためだった。……….初めては旦那様だった。………まさか、僕が男に犯される日が来るなんて思ってもいなかった。こんな容貌だ。女だけでなく男にも声をかけられる時もあったが、こんな失い方もあるだなんて認めたくなかったし、現実とは受け止めるには軽くキャパ超えだった。抵抗も虚しく、初めての交わりは絶望と痛みでしかなかった。一度関係を持つと、その後何度も犯された。そして、交わりは痛みだけでなく快楽を伴い、やがて痛みも快楽に取って代わり、僕の体は作り変えられていった。」

「……っ」

パティロは返す言葉もなかった。

 やるせない笑みを浮かべて、ソシエは涙の染みが広がる赤い絨毯を見つめ続けた。

「奥様は旦那様と僕の情事に気付いた時、怒り狂ったよ。正直殺されるか追い出されるかもしれない微かな希望に胸が踊った。こんな汚れてしまった僕は死に値する、性奴隷として犯される日々から開放されるなら追い出されることは願ってもなかった。………ところが、奥様の怒りはそこにはなかった。……..自分にもやらせろと言ったんだ」

予想はしていたが、本人の口から直接聞くのはかなり辛いものがあった。パティロは乾いてきた喉を鳴らし、先を促した。耳を塞ぎたくなるような話を本当に聞きたいのか本人も怪しかったが、ここで全てを吐き出してもらったほうがソシエのためにいいだろう。

「それで?」

 ソシエは額に手を当て覚悟したように震える唇を噛んだ。

「僕は、逃げられなかった。奥様と旦那様に甘い言葉で囁かれ体を弄ばれ、婦人会と称して集まった奥様のご友人たちの相手もさせられた。助けて、もう許してと何度も懇願したけど受け入れてもらえず、それが更に彼らの劣情を煽っていたのに気づいてなかった。そして、時々帰ってくる兄妹も加わり、罵り下げず見ながら陵辱の限りを尽くした。すっかり快楽に慣らされた体は、拒む心を裏切り更に侵食して、いつの間にか自分で欲しがり腰を振るようになっていた。いつでも、求められれば体を開き快楽を貪る人間になりはてていたんだ」

 震える息を吐き出し、顔を上げたソシエは疲れ切った表情をしていた。

「心も体も限界が来ていた。快楽に溺れ続けた体は、なにもない時は勝手に疼くし。とうの昔に壊れたはずの心は思い出したかのように激しい痛みを訴えた。…….屋敷からさ、飛び立つ鳥を見かけたんだ。勝手に入ってきて勝手に出ていく鳥を見て、鳥でさえ自由に空を飛べるのになんで僕はここに留まって壊されていかなきゃならないんだって思った。それが理不尽で無性に腹が立った」

 ソシエは目を細め淡々と語る。

「計画を立てた。復讐の計画さ。殺すのはもちろん、この家族全員犯してやるのは当然のことだった。あいつらが死ねば…全てが終わればどんなにスッキリすることか。僕は真っ更に生まれ変わるんだと思った」

不意に向けられたソシエの顔はまた泣きそうになっていた。

 戸惑って焦るパティロの襟首を掴み、ソシエは必死に訴える。

「だけどっ!!心の中は重く暗いものが渦巻いていて痛いままだし、体は隙きを見ては疼いて欲望を訴える。…….自分でやるだけじゃ満足できないほど辛いんだ。本当は嫌なのに、心は拒絶してるのに、あの快感を思い出すんだ。フラッシュバックのように。そうなると体はもう止められない。わかる?!わからないだろう?パティロッ!」

「わかるさ!!」

 無意識のうちにパティロはソシエの体を引き寄せ強く抱きしめていた。

「…少しはな….」

取ってつけたように呟く。パティロは女を抱いたことがないわけではない、あのめくるめく官能の世界を知れば容易に抜けられるものでもないのもわかっていた。

何度も調教されれば尚更だ。ここは、娼館となんら変わりはなかったんだなと、ソシエの犯行に納得した。

そしてルールがないなら娼館以上の地獄だったに違いない。

ソシエの後頭部に添えられたパティロの手が優しく茶色の髪を撫でた。驚いたのかソシエは体を一度 強張らせたが、パティロの背中に回していた手でシャツを掴み彼にすがりながら抱きついた。

「きっと、もう。なにもかも、元には戻れない…戻れないよ!うっ、く。僕を、僕を殺して!パティロ!!!殺してよっ!!!………死にたい、死にたい死にたい死にたい」

「……….!」

躊躇いもあったが、号泣するソシエを放るわけにもいかなく、恥を忍んでパティロはソシエを抱きしめ返した。「死にたい、殺して」を泣きながら連呼する彼の背を撫でながら、パティロはため息交じ りに耳元で囁いた。

「そう言うな。オレもだけど、お前が生きていないと悲しむやつはたくさんいる。それに、辛くなったらいつでもオレに言え、なんとかする」

顔を胸に埋めたまま、くぐもった声で返事をして素直に頷くソシエの背中を撫で続けた。



夜風が吹きすさぶ中、集落のテントに設えてあるランタンがカタカタと揺れている。

外を歩いているのは警備当番の者か、荒れ地の小動物くらいで民間人は一人として見かけなかった。それもそうだろう。時刻はとっくに深夜二時を過ぎている。

どのテントも真っ暗で誰もが寝静まっているようだった。

 集落のテントで一番大きく複雑な刺繍が施されている立派なテントだけが煌煌と明かりが灯っている。そのテントだけ慌ただしく人が出入りしていた。

テントの中は布で仕切りがしてあり、いくつかの個室に枝分かれしていた。その一番奥の仕切り部屋の一つにソシエは連れ込まれ、これまでの経緯を語っている。

ソシエの隣室で、足首まである長いマントを羽織った、装飾品で体を着飾った青年と強面のパティロは聞き耳を立てながら小声で話し合っていた。

 貴族夫婦に引き取られたソシエは、性的玩具として扱われあらゆる調教を受けてきたらしい。三ヶ月は主人相手だったがそのうち婦人が加わり、一年もすると兄妹も加わりソシエを弄び蹂躙したという。来る日も来る日も性欲に溺れる日々が続き、快楽に流され敏感になっていく肉体と理性を守ろうと死んでいく心は閉ざすことも許されず、あらゆる手段でプライドを打ち砕かれていった。

 青年が顎に手を当てた時何十にも重なり合うブレスレットが音を立てて下がる。

「本当の話だとしたら壮絶だな。おれなら余裕で死ねる」

 視線を逸しパティロはやるせなさそうにため息を付いた。

「やめてくださいよ、茶化すの。相手はモナルキアの貴族だ。どうしたらいいのか」

 得意満面の顔で手に持っていた資料を青年はテーブルの上にばらまいた。

「数年前人身売買がすごく流行っていた時期があった。商業区で行方不明者が続出してね。住民はもちろん旅行者や商売人、子供から大人まで片っ端からだよ。容疑者を我々独自で調べた人物の中に彼を引き取った夫婦の名もあった。諸外国に顔が広く外交官とも懇意にしており、ボランティアや献金にも熱心な人格者的な夫婦の名がだ。我々もなにかの間違いかと思ったが、確かに警備兵や使用人の入れ替えが多く、屋敷を辞めたあとの消息不明の者が他のケースより異常なほど多かった。そして、夫婦が商業区区民登録した日を境に、人身売買の問題が大きくなっていったのも事実だ。証拠を集めて屋敷を検める準備を整える間に、ぴたりと流行りが治まった。四年前くらいの話だ」

「!!ソシエが引き取られた年」

 ごくりと喉を鳴らし、パティロは体の震えを抑えることができなかった。

 知っていたら連れて行かせやしなかったのに。

「夫婦は従順で嗜虐心をそそる極上の玩具を手に入れた。しかも、自分好みにカスタマイズできる美しい少年を。他の玩具を買う必要がなくなったんだ。」

吐き気と目眩がする。

パティロは指先が冷たくなり顔が真っ青なのを隠すことも出来なかった。

「夫妻の件はもうこちらで手配しておいたよ。君たちはなんの心配もなくネズミちゃんたちを連れてクラウオブナに早朝立つといい」

耳の下あたりまで伸びた珍しい菖蒲色の髪に瞳は暗めのワインレッド。抜けるような肌の白さと人形のように整った目鼻立ちはモデルのようで作り物めいた顔立ちの青年は、前商工組合長の不慮の事故による死亡により、急遽半年前プルレタン商業区商工組合長に就任したばかりだった。

名はアブサルトーニ。前商工組合長の右腕として活躍していた少年だ。年齢はパティロと変わらないが、醸し出す雰囲気は他者と一線を引いていた。

頂点に立つ者の風格、自然と集まる人望、人を惹き付ける美貌。これまで彼の置かれてきた環境と生まれながらの血筋が今のアブサルトーニをつくりあげてきたのだ。

容姿もさることながら仕事も早い。

 パティロは深々と頭を下げ、礼を述べた。

「ありがとうございます」

「いや、礼には及ばないさ。何れにしろあの家族は囚えて処罰される運命だったんだからね。我々もソシエの件はもっと早くに気づいてあげられれば壊れることもなかったのだが」

悔やまれる思いを顔に浮かべてアブサルトーニは隣室を見つめた。

隣室で感情の起伏激しく語り続けるソシエの様子は、傍目で見てもまともには見えなかった。号泣したと思ったら笑い声を上げたり、怒り出したと思ったら意気消沈したり。

そこにはおしゃれ好きで、心優しく、人付き合いの上手だった少年の面影はなくなっていた。


単独調査を終えたクロエ・ディアボロとウィリアム・エディソン・シェルストレームは王城で報告を終え、一旦ディアボロの邸宅に戻っていた。

ウィルは久しぶりのお風呂に満足し、濡れた髪を柔らかいタオルで拭きつつ、部屋履きで二階フロアを歩いていた。二階は主に客室と執務室、従業員の宿泊フロアなどがあり、彼は一番奥の客室を使わせてもらっていた。

日当たりがあまり良くなく、窓一つではめ殺しでサイズも小さい。日中も暗く明かりを取らないと本が読めないくらいだ。この部屋を割り当てられた時クロエは激怒し、三階の私室を案内しようとした。が、ウィルはそれを断った。

 居候の身だし、風呂もトイレも別にある。備え付けの家具も悪くない。換気の点ではドアを頻繁に開け放っておけば問題ないだろう。一番奥という部屋にもかかわらず、客や従業員が行き交い、ディアボロ家の人々が執務を行うこのフロアはなかなか賑やかで寂しさを感じなかった。

 彼女は、笑って自分の意見を一蹴するウィルに呆れつつ、最後には折れたものの時々様子を見に来て住心地や不満がないか聞きに来る。クロエは高圧的な態度と物言いだが面倒見はよかった。

個人的な視察で彼女との距離が縮まった気がしてウィルはご機嫌だった。なんの計算もない純粋に自分を見つめる宝石のような真鍮色の瞳、乱れた栗色の髪は風に揺れて柔らかそうで思わず手を伸ばしたくなった。川辺での何気ないやり取りを思い出すだけでも頬が緩む。

あの時彼女は、柔らかい表情をしていて一瞬微笑みを浮かべた。クロエが心から笑顔を見せたことはまだない。口の端を少し上げて皮肉げに作った笑みを浮かべるか、鼻で笑うかだ。付き合い上、上官らしく高笑いをすることもあるがそれも心からではない。

常日頃ボーカーフェイスが当たり前であり、厳しい表情のほうが圧倒的に多い。

「しかめっ面より人間笑顔が一番だよな」

思わず心の声が口から漏れた時、ウィルは回想から我に返った。

いや、まてまて。なんでディアボロのことばっかり考えている?笑顔が一番っておい。

顔が熱くなるのを感じる。タオルの端を口元に宛てがい軽く首を横に振った。

ウィルはため息を付き久しぶりにディアボロ邸で休んだからだなと思った。

国境警備隊は現場での待機、王城での宿直、人員不足地域への部隊遠征など自宅で過ごす時間は一ヶ月に三、四日あるかないかだ。

それにほぼ付き合っていたのだから仕方がない。

がしがしと乱暴にタオルで頭を拭いていたら通りかかった部屋から乾いた打擲音が漏れ聞こえた。

 間髪入れず壮年の男の怒鳴り声が響く。

「この!恥さらしがっ!!また勝手な任務を行っていたようだな。ここ数日お前が行方不明だと大騒ぎになっていたぞ!親として知らぬ存ぜぬ決め込まねばならなかった儂の立場を考えたことが一度でもあるのかっ」

激昂する相手と対象的に、クロエの抑揚のない声がする。

「申し訳けございませんでした。直属の王太子殿下にはご報告申し上げていたのですが、急なことで父上へのご報告、失念していたことをお詫び申し上げます。」

「いいわけはもういい!!高貴な身分のくせに女だてらスーツを着て、辺境の地で剣を振り回しているなどといい笑いの種にされているに気付かないのか?ふんっ、団長の身分も所詮上官を寝取って得たものだろう?今や荒くれ者の団員たちをまとめるために、全員に腰を振っていると当たり前のように噂されているんだぞ」

ウィリアムの心が急激に冷え込む。はっきり言ってそんな噂など聞いたこともない。第一武装しているときは身元を隠しているのだから外部でそんな話が出ること事態がおかしな話だ。やがて侮辱されたクロエを思うと、その気持が怒りに変わるのはそんなに時間はかからなかった。

わなわなと全身が怒りに震え、穏やかな表情が凍りつき本人は気づかぬうち人を視線で殺しそうな恐ろしい形相に変わっていた。

実の親にとんでもない事を言われ、扉の向こうのクロエの心境はいかなるものか。

長い沈黙に胸が痛い。

 紙が床に散らばる音がして、クロエの父ダルノルシア・レ・メンテの言葉が続いた。

「不思議なことにな。淫乱なお前を娶ってもいいという奇特な連中もいるようだ。釣書だ。この家名に恥じない貴公子ばかりだ。そのなかから適当に選び、さっさと嫁にいくんだな」

ウィリアムはすぐ部屋に飛び込み、釣書を破りクロエの父の顔に投げつけたい衝動に駆られドアノブに手を伸ばした。

 その刹那、背後からやけに穏やかな男性の声がした。

「あれ、君は?」

慌てて手を引っ込める。

振り返ると金と青縁で縁取られた真っ白な司祭服を着た三十歳くらいの男性が立っていた。肩甲骨辺りまである赤い髪を白いリボンで結わえ、ぱっちり二重まぶたと髪と同じ色の豊かなまつげの下の目には色気を湛える碧色の瞳がある。身長はウィリアムの肩くらいで細身だ。

男はシミや傷一つない苦労を知らない真っ白な手をウィリアムに差し向けると、長い指で彼の柔らかな琥珀色の長い髪を一房掴み撫で下ろした。

「なるほど。君が居候の少年か。思ったより体は大きいし、想像以上に綺麗な子だね」

思わず身を引いたウィリアムに微笑みを向ける男。

彼にクロエの母と同じ雰囲気を感じる。するりと指の間をすり抜けたウィリアムの髪を名残惜しそうに見つめ彼の視線はドアへと向いた。

拳を振り上げ、彼はドアをノックする。返事を待つまでもなく男はドアを開け放った。

開け放ったドアの向こうで驚いた顔の領主ダルノルシアと、床に跪き散らばる書類を拾うクロエの姿が見える。

 一瞬にしてダルノルシアは満面の笑みを浮かべ、大きく腕を広げた。

「父上。只今戻りました」

 男は挨拶もそこそこにダルノルシアに応え、熱い抱擁を交わす。

「元気にしていたか?生誕祭成功祈願はうまくいったのか」

 父から体を離し、男は笑みを浮かべたままその手を背に回した。

「ええ。つつがなく。祈祷場所は遠いでしたが行った甲斐はありました。」

「詳しく聞かせてくれ。」

 ダルノルシアは踵を返し、床に散った釣書を踏み鳴らしながら部屋の奥へと向かう。

クロエは黙って書類を拾い終えると体を起こした。

すると目の前に、赤毛の男クロエの兄ラドリアム・レ・ディアボロが目の前に立っていた。

 彼は一変して冷ややかな視線を妹に向けて言い放つ。

「クロエ。父上や母上をあまり困らせちゃいけないよ。君の役目はわかっているだろう?有力な貴族と結婚してしっかりと跡継ぎを生むことだ。いつまでも血塗られた王子と戯れていても時間の無駄だからね。…それとも既に王子のお手つきで、将来側室なんて冗談にならない約束なんて交わしてないよね」

 表情豊かな兄と対象的に、クロエは硬い表情のまま単調に応えた。

「恐れ多いことです。皇太子様はわたしを一兵卒だということを心得ております。他の者と対応は変わりません。あまり言われますと兄の保身にも関わるかと」

一瞬ラドリアムの表情が歪んだかと思ったらあっという間に笑顔に掻き消された。彼のひと差し指がクロエの紅く柔らかい小さな唇に押し当てられる。

「ふふふ。口は災いの元ってね。」

「ラドリアム。まだか?早く来い」

何か言いたげだった兄の言葉を遮り、父が苛立たしげに催促する。色よい返事をしてラドリアムはダルノルシアの元へ駆けつけた。

退室の挨拶をしてクロエは部屋を出る。

ドアの横で複雑な表情で立ち尽くすウィリアムに視線を合わせることなく、かき集めた釣書を押し付けると先を歩き始めた。

慌ててウィルはその後を追いかける。

 順不同に集まった釣書の索引に目が止まり思わず不満を漏らした。

「なんだよこれ。ほとんど近衛隊の貴族たちじゃないか?」

 振り向かず興味のない様子でクロエは言った。

「父は近衛隊の指導官なんだ。結婚した後もわたしを監視下に置きたいのだろう」

「は?さっさと嫁にいけと言っといて?」

クロエが鼻で笑った気配がした。あんなことを言われ笑っていられる彼女の心情がさっぱりわからないウィリアムは自然と眉根を寄せた。

 振り向きざま彼女はウィルが手に持っている釣書を指さしながら言った。

「その釣書は暖炉の薪にでもしてくれ。それと、登城命令が下った。王城に向かうからさっさと準備しろ。待ち合わせは駐車場でな」

どうやら、お見合いをする気はないらしい。

帰ってきたばかりだというのに忙しいことだ。自分の書斎に姿を消したクロエを見送りウィリアムは自分の部屋へと向かった。


明かされる誰彼時の旅団の過去

それはモナルキア王国の蛮行によるものだった。

たった一人の預言者の進言により街一つが滅び、罪のない人々の命が奪われる。

生き残った者たちは過酷な運命に逆らえず茨の道を進でいく。

彼らの行く末に希望はあるのか。

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