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Brunt(矛先)①

 翌日、体調を取り戻し登校してきた藤波に、司は開口一番協力をお願いした。

「おはよう、藤波。体の調子はどう?」「万全!部活に顔出そうかなと思ってる」屈託なく笑ってみせた藤波の顔色はいい。「実は頼みがあるんだけど」

司は意味深な表情で話し始めた。


「シロウ君。約束のもの持ってきたぁ?」馴れ馴れしく風之間の肩を組んだのは、昨日ズボンを脱がせた黒木だった。

おずおずと数枚のプリントを差し出す風之間の頭を神田は拳で殴る。「やればできるじゃねぇか」みぞおちを殴り昨日トイレに連れて行ったクラスメイトだ。

 痛みのあまり目頭が熱くなり風之間の瞳が潤む。

「なんだよ。泣くほどお役に立てて嬉しいか」ニヤニヤ笑みを浮かべながら、昨日制服をトイレに突っ込んだ森谷は彼の肩に手を置きぐいぐいと揉む。

突然机を蹴ったイジメのリーダー格の八嵜は身が縮むような冷たい視線を風之間に向け、口を歪めて言い放った。「お礼はこの机の中に入れてといたから、文句ないよね」まるで死んだ魚のような眼だ。そんなことを思いながら風之間は机に手を突っ込んでみた。

 ぬるりとした感触と固い何かが手に触る。

「ひっ」

 不快なあまり思わず手を引くと、てのひらについた崩れ落ちた生卵の黄身と白身がどろりと床に流れ落ちた。机の中から砕けた卵の殻が見え隠れする。

「朝食だよ、朝食。」「ストライクってね」ゲラゲラ笑いながらクラスメイト達はからかった。困惑して風之間は教室を見回す。彼ら以外のクラスメイトは見て見ぬふりをしていた。机を蹴った音に反応して一時注目を浴びたものの、何事もなかったように振舞っている。

みんな関わり合いになるのを避けていた。

 八嵜は時計に目配せすると、顎をしゃくって席に向かう。

「昼休みはわかってるよね」風之間は惨めな気持ちで頷くことしかできない。教科書やノートが収まった机の中は卵まみれで、きっと席を外している間にここをキャッチャーミット代わりにしていたのだろう。


しばらくして、担任の先生が教室に現れた。いつもの挨拶。いつもの風景。

八嵜は学年トップで学級委員、よく先生の手伝いをしてクラスのまとめ役だ。

体育委員の森谷はサッカーの特待生で率先して行事に参加する縁の下の力持ち的な生徒だ。黒木はマッドサイエンスでイケメン女たらしの神田は彼らの腰巾着だ。

非の打ちどころのない優等生の彼らが言うには、背が低く色白で細い体格の暗くてキモイ僕を友達として仲間に入れてやっているつもりらしい。

友達だったらお金を巻き上げていいのか?どんなことをされても許されるのか?楽しいのはあいつらばかりで僕は全然楽しくない!そんな友達はいらないっ!もう、放っておいてほしい。1人の方がまだましだ!

1度だけ抵抗したことがあった。でも、ひどくやられたあげくお金を要求されイジメの内容が増々ひどくなった。

先生に訴えたところで信じてもらえないだろう。キモくて暗くて薄汚い僕の言うことと信頼を置いている生徒の言うこと、僕が言う事は悪口にしか聞こえないだろう。

だから僕は耐えるしかない、この監獄のような中学生活を終えるまで小さく丸まって我慢し続けるしかないのだ。

淡々と続くHRのさなか突如教室の扉が開いた。

一斉にみんなの視線が集まる。

真っ白い学ランに腰まである長い三つ編みを垂らした中村 司と憮然とした表情で腕組みする藤波 龍之介の姿があった。

180センチを優に超える二人のその長身は教室を圧倒させる。大人の先生でさえ小さく見えるくらいだ。

 静まり返った教室が一変して騒がしくなった。

「やだ、うそ、D組の転校生?」「マジ金髪」「変態藤波もいっしょだぜ」「いや、残念藤波だろう」「でっかー」女子の黄色い声、男子の冷やかしの声。

「お、おい!ここはAクラスだぞ」我に返った先生が慌ててとがめたが、彼らは構わず教室の中に入ってきた。そして真っ直ぐ風之間の方へ行くと、彼の腕を藤波は取りその場から退かせ、司が彼の机を倒した。

 机の中身が散らばる。筆記用具に教科書、ノートにプリントは生卵で汚れており卵の殻がいくつも転がった。

「こんなこったろーと思った」

藤波は溜息をつき、司は短く英語で悪態をついた。

駆け付けた先生の顔が青ざめる。「なんだ、これは。どういうことなんだ!風之間」

怒鳴られて風之間は身をすくめブルブルと震えている。

 司は刺すような視線を八嵜に向けると地の底から響くような低い声で言った。

「詳しくは委員長から聞いた方がいいですよ。よく知っていますから」

先生は顔を上げ八嵜を見る。水を打ったように静まり返った教室。他の生徒は押し黙り机を穴が開くほど見つめていた。

 八嵜の口から堪えたような笑い声が漏れる。

「クククク。何を騒いでいるんですかみなさん。中村君が乱暴をするからお弁当に持って来ていた生卵が割れただけですよ。あーあ、こんなに汚してしまって風之間君も生ものは持って来ちゃだめだよ。お腹を壊すといけませんから」

目に鋭い光を湛えながら八嵜は用具入れから雑巾を出し拭く素振りを見せる。

 先生の肩から力が抜け、安堵のあまり間の抜けた表情となった。

「なんだ、そういうことか。あんまり委員長に手間かけさせるな」

風之間は先生に髪をわしわしと乱されながら自然と目尻に涙が溜まってきた。

違う!違うんだ!!助けに来てくれた司君達がこのままでは悪者にされてしまう。

 いつもはここで俯いて逃げ出す志郎だったが、飲み込もうとした言葉を喉から吐き出した。

「ちがうっ!」

志郎の叫び声は教室中に響き渡った。

雑巾片手に八嵜は凍り付く。鬼の形相で風之間を睨み付け無言の圧力をかけてきた。

この一言が彼にできる精一杯だった。

馬鹿かこの先生は。

 さすがに口に出して言えなかったが司は内心あきれつつ言葉を引き継いだ。

「先生。よく見てください。お昼に卵をこんなに食べる人いますか?」

「しかも生なんてありえねぇって。いち、に、さん…数える限り5個以上はありそうだぜ」

藤波は足元の殻を指しながらわざとらしく数えながら先生の目を真っ直ぐ見据える。

優等生の委員長を信じるかD組の転校生とバスケ部エースで変態と噂される生徒を信じるか天秤にかけても優秀な生徒の言葉を信じたい。しかし、足元に転がる生卵が何よりも真実を物語っていた。

 先生は顔を歪め固まっている八嵜を一瞥し、うつむき震える風之間の腕を取り彼を連れて教室の出口へと歩み始めた。

「HRは中止だ。藤波と中村はクラスに帰れ。八嵜、後始末しとけよ」一度言葉を切り風之間にそっとささやいた。「一体何があった?いいか正直に答えるんだぞ」

優秀な生徒を集めた自分のクラスに『イジメ』があったとは信じがたい。だが、現実に学年トップの八嵜がこの生徒に向けた視線は無視することはできなかった。

表ざたになる前に解決しなければ。問題が起きてからは遅いのだ。他の先生に暴露する前に気付けたことに安堵を覚えながらA棟の生徒指導室へと足早に向かった。


 中休み、A棟とB棟を繋ぐ渡り廊下の真ん中の屛に数人の生徒が言葉を交わしている。

八嵜は栗色の髪を風に遊ばれながらほの暗い黒い瞳を森谷へ向けた。

サラサラヘアの八嵜に対して、森谷の髪は坊主に近いショートヘアで体格も対照的で小柄な八嵜に巨漢の森谷だ。

腰巾着の神田は中肉中背の目の大きいハンサムで、流行りの髪は脱色してあり所々メッシュになっている。

その隣には口に収まり切れない前歯を口から突き出し、神経質そうに両手をこすり合せている黒木は彼のいい引き立て役で、ひょろ長い体型、切れ長の目は黒目がちで、キョロキョロと定まりない。

 固そうな黒々とした髪はこめかみから刈り上げられ一見キノコカットのようだ。

「今頃ゲロってるんじゃない?風之間のやつ。おれたちヤバくない?」

 甘ったるい声でけだるそうに神田は言い曖昧な笑みを浮かべた。落ち着きなくそわそわした様子で、黒木は辺りを見回しながら口を歪めて甲高い声で言った。

「く、クキキキ!センセイに洗いざらい話してるさ。ボクならこのチャンス逃さないね」

「ちっ、もっと痛い目に合わせたら黙るか」

大きな体を伸ばし廊下の壁に体を預けると、森谷は小さな目を瞬きパキパキと関節を鳴らした。

 八嵜は前髪を掻き上げ不敵な笑みを浮かべる。

「先生にはあいつの被害妄想だと言っておくさ。もう、あいつはいらね。それよかもっといいカモみつけたわ。金髪の背高のっぽのオカマヤロウ。あの金髪、超美人の妹二人いるらしいぜ?食べたらいいネタになる。オレらを舐めてかかると一生搾り取られることを思い知らせてやるぜ」

「わお!おいしそうな話。弱虫子猫ちゃんをイジメルよりもっと楽しそう」

神田は目を輝かせ腰を振りながら小躍りする。

 唇を舐めながら森谷は鼻から息を噴出した。

「女か。飽きるまで何度でも遊べそうなおもちゃだな」

「クヒヒ!楽しそうな計画。さすが八嵜さん」

 手を激しくもみ合わせ黒木は膝を擦り合わせる。

「後悔させてやるよ。中村司」

 八嵜はポツリとつぶやくと建物の中から呼ぶ声が聞こえた。

「おーい、八嵜、とお前ら話があるからこっちへ来い」担任だ。八嵜は顔を上げ爽やかな笑顔を顔に張り付け呼ぶ声の方へ歩いて行った。

「すみません。先生、僕たちの話も聞いてください」彼の後に続いて森谷、黒木、神田と続いた。

新しいゲームは始まったばかりだ。


 お昼休み、A棟4階の屋根付きのテラスは生徒たちの食堂として解放される。

天気の良い今日は満員御礼で学年関係なく生徒が集まり賑わっていた。

行き交う生徒たちの間を縫うように、風之間は一直線に目的の場所に向かっていた。

 生徒たちの視線が好奇心で彼に集まる。いつもなら八嵜たちと一緒にいる時間のはずなのに息せき切って手にした昼食を大事そうに抱え一際目立つテーブルへ向かっている。

「ごめんなさい。お待たせしました」

そこには司と龍之介、目を合わせない愛川の姿があった。

 トレイをテーブルに乗せ、イスを引き風之間は後ろを見ながら腰を下ろす。

「ラーメンって人気ですね。すっごく並びました」

割り箸をつかみ2つに割ると彼は顔を上げた。「あれ、愛川さんも一緒ですね」

 黙々と進めていた昼食を中断し、愛川は誰とも目を合わせないまま口を開いた。

「仕方ないじゃない。中村君がしつこくいろいろ誘ってくるから付き合ってあげているだけ」

 そっけない彼女の口調とは対照的に明るい調子で司は答えた。

「彼女はオレのパートナーだからいつも一緒なのは当然。もちろん先生公認デス」

愛川の頬が引くつき眉間のしわが深くなる。

 食べかけの食事を置いて彼女は思わず立ち上がろうとした。愛川の肩に藤波の手が置かれやんわりと抑え込まれる。

「まぁまぁ。食事が途中だし他の誰かと食べる当てもないのにどこ行くんだ?」

訳知り顔な藤波を彼女はひと睨みすると「嫌な奴」とつぶやき渋々腰を下ろした。

藤波は今日のAランチ定食サバの味噌煮とご飯を掻きこみ、備え付けのお吸い物を一口すすぐと、上目づかいでテーブルを囲む新たな友人たちをゆっくりながめた。

特進Aクラスのいじめられっ子風之間に、悪い噂が後を絶たない愛川、そして最近転校してきた外国人と残念で変態なイケメンと陰でささやかれているおれ。妙な取り合わせだ。

風之間は長い前髪を忙しく掻き上げながら、熱々のラーメンを食べようと必死になっている。次々と立ち上る湯気で彼の黒縁メガネがみるみる曇った。

その仕草は見る者をイライラさせる。

八嵜たちがどつきなる気持ちがわからないでもない。

 お弁当の目玉焼きをフォークで刺したまま司が言った。

「誰か、髪留めかゴム持ってる?風之間の前髪結んじゃおうよ」

 黙って見ていてイライラするよりとてもいい案だ。そこへすかさず愛川が胸ポケットから髪ゴムを取り出し差し出した。

「どうぞ。返さなくていいから」つっけんどんな言い方だがどこか面白がっているようだ。司は彼女の手からゴムを受け取り、席を立った。「オレが結んであげるね」素早く風之間の脇に立つと前髪をまとめ始める。

なんなんだ、この連携プレイは。一人大好きの愛川がなんだか楽しそうに見えるし、ダークオーラ背負った風之間は幸せそうだ。いや、そういう俺だって、可愛いケモノちゃんさえいれば他人のことなどどうでもよかったのに司の口車に乗って人助けするわ、立ち去ろうとする女の子を引き止めるわ、この厄介な状況になぜかワクワクしている。

今は何度も曇る風之間の眼鏡を取りたくてうずうずしているのはもう抑えられそうにない。

「おい、ラーメンの湯気で眼鏡曇ってる。どうせダテなんだろ?今だけ取っちまえよ」

少し強引だったかな?と思いつつ体を伸ばし彼の眼鏡を外した。

「あっ!」風之間の口から短い抗議の声が漏れる。

眼鏡を手にした俺は思わずそれを手からすべり落としテーブルの上に転がしてしまった。

風之間の素顔を見て固まったのは俺だけではなかった。

食べかけのパンを片手に愛川は口を半開きにして食い入るように彼を見つめている。

風之間を見た生徒たちはまるで世界の時間が止まったかのようにテーブルの周りで動かなくなった。

女生徒の間から感嘆ともため息ともとれる声が漏れる。「うっそ、あれ風之間君?」「ありえないくらい美少年」「ダークオーラがキラキラオーラに」「マジやばいってあれ」「てか、あのテーブル見てくれだけすごいね」「中身はともかく目の保養になるわぁ」好き勝手言う女子と対照的に動揺を隠し切れない男子生徒の姿があった。「お、女?」「いや、違うだろう風之間だ」「小さくて細いってイメージあったけど、可愛くね?」「オレ、風之間でもイイかも」「早まるな、女子は周りにいくらでもいるっ!」「風之間の方が純情そうじゃね?」「それ、言えてる」八嵜たちからの危険は去ったようだが新たな危機が訪れそうな予感がする。

前髪を上げ眼鏡を外した風之間は女の子と見間違いそうな綺麗さだった。

 頼りなげな子猫を連想させる大きな目と小ぶりの鼻と口は、ほっそりした輪郭を際立たせている。

「恥ずかしいから眼鏡返してください」

もじもじと訴える彼に藤波は上の空でテーブルの上に転がった眼鏡を手に取る。枠からレンズが飛び出した。

皆の視線が壊れた眼鏡に集まり、藤波は引きつった笑みを浮かべてレンズを指でつまむと目元まで持ってきた。「ごめん。壊れた。度は入ってないみたいだけど弁償するから」その声は風之間の変貌ぶりにそれとも眼鏡を壊してしまった動揺からか上ずっていた。

 風之間は潤んだ目で壊れた眼鏡を哀れっぽく見つめると震える声で言った。「今日予備忘れたからこれしかないのにぃ」めそめそ泣きごとを言う彼の頭を司は軽く叩いた。

「これを機会にメガネやめたら?前髪もこうやって上げて、もしくは思い切って髪を切るとか。絶対こっちの方がかっこいいし、もういじめられることないと思うよ」

 まるで母親のように暖かな眼差しを向ける司を、恥ずかしそうにバラ色に頬を染めた風之間は頑なな口調で言葉を返した。

「そ、それは無理です。イジメられなくなるのは助かりますが、恥ずかしすぎます!レンズ越しだからこそ人と話せるんですから許してください。顔だって晒すのにどんなに勇気がいるか。でも、このままでは今までと変わらないですよね。せっかく中村君達に勇気をもらったから、少しは顔を上げて真っ直ぐ人と向き合う努力はしようと思っています。最近八嵜くん達も絡まなくなったので、僕的にはかなり快適なんですよ」

はにかんだ笑みを浮かべて幸せそうにラーメンを啜る。

普通に接しているつもりだが、風之間にはそれがこの上なく嬉しそうだったので司はそれ以上何かを言うのをやめた。

 彼が彼なりに自分らしく楽しめればいいのでそれだけで満足だった。

「そうか、それはよかった」

「はい」

自分の席に戻りお弁当をつつきながら司は微笑み返した。

今までにない満面の笑みで風之間がそれに応える。

これ以上二人が見つめ合ったら新たな誤解を生みそうな雰囲気に藤波はひとりで苦笑いをした。

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