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ツカサリレーション  作者: 福森 月乃
オウラ世界編
30/48

Awakening(覚醒)④

諸外国や自国の遺跡の情報を集めた資料室で、風之間 志郎はいつものように女王の側近の1人マーロッジと文献を漁っていた。

二人の周りは引っ張り出された資料で溢れている。

紐綴りになった資料の隙間から細いねずみのしっぽが覗く。

 志郎は布張りでハードカバーの書籍を捲りながらちらりとそちらを盗み見た。

「確か、ロケットを打ち上げるくらいの技術が発達しているの国はバースキム公国とモナルキア王国でしたね」

「そうです。両国にとって技術と資源は国家機密に匹敵するほどの重要事項。双国の技術を盗まれないよう必ず機構部分には開封厳禁で開けられないよう自爆用のトラップが仕掛けられているほどですから。我が国の知識とエネルギー資源、バースキムの豊富な鉱物資源を合わせ、潤沢なモナルキアの投資で技術開発が進められていました」

 隙間から顔を覗かせたのは、真っ白な長毛種で手足のやや長い赤い瞳のねずみだった。

「なるほど、それは合理的ですね」

感心しているとマーロッジは隙間から這い出て志郎の足元まで走ってきた。

真っ白な毛色に黒いチェスト、こげ茶色の革のパンツに白いシャツの赤い蝶ネクタイが可愛らしい。

 本棚を背に座り込んでいる風之間の脹脛ふくらはぎに小さな手を添える。

「元々バースキム公国を立ち上げたヴァランシア提督はモナルキア王国の外交を担う冒険家だったのはご存知ですよね」

頷き風之間は言葉を引き継いだ。

「外交と言ってもモナルキア王国の新たなる資源を発見するため任命された提督だったと記されていました。次元の海の航海の果て東に新大陸を発見し、手付かずの鉱物資源を発掘、加工しモナルキア王国に輸送していたと」

今度はマーロッジが頷く番だ。

「そう、鉱石資源の発掘、加工には特殊な技術と発掘現場や加工工場を立ち上げるには大勢の労働者を雇う潤沢な資金が必要だった。そこでモナルキア王国はクラウオブナ神国の技術提供を受ける代わりに、多額の支援金と発見した鉱物資源の何割かを提供することを申し出た」

風之間は足元にあった紐綴りの書類を拾い上げ口を挟む。

「十数年後ヴァランシア提督は労働者と独立運動を起こし、数年かけてバースキム公国を設立させたとありますね。今はヴァランシア提督の孫達が独立国家として治めていると」

「モナルキア王国の歴史書では資源と収益を独占するために暴徒と化したと言うように記されていますが、事実は王国から要求される多額の納税とさらなる資源輸出量の増加を迫られ合意できなかったのが起因だと思われます」マーロッジは渋面で紙面を撫でた。

「いくら潤沢な資源があったとしても、ヴァランシア提督率いる労働者達は重い納税できっと日々の暮らしもままならなかったと。それを見かねたヴァランシア提督は独立を宣言し王国と対等に取引することにしたんですね」ゆっくり膝をつき、風之間はマーロッジと視線を交わした。マーロッジは神妙な面持ちで言葉を続ける。

「そうです。劇的な科学の進歩を遂げたのは何百年も昔の話で今はその痕跡が遺跡として残るばかり、大陸間を移動する乗り物は開発しても星の外まで飛び出す技術はなかった。その代わりに時間と空間を歪ませ、星同士をつなぐ星間移動装置があったと記されています。生憎つながった星は原始的すぎてもっぱら産業廃棄物の廃棄場所や罪人の流刑場所として利用していたくらいですから。ヴァランシア提督と微妙な関係になってしまったモナルキア王国とクラウオブナ神国の協力関係は崩れ、技術の進歩は牛歩の歩みになってしまった」

一息つき風之間はそっと歴史書の山の天辺に置かれたトレイに手を伸ばすとカップを手にし、それをマーロッジに手渡した。

カップは人差し指と親指でやっと摘めるくらいの小さな物だ。

 マーロッジはカップに口をつけ美味そうに喉を鳴らした。

「そもそも、ヴァランシア提督が独立宣言しバースキム公国を設立した後、速攻でモナルキア軍が攻めてきたと」

「贅沢好きなモナルキア人が大切な税収を大人しく手放すはずがなかった。ここまでくるのに莫大な資金提供もしていることだし。しかし、バースキム公国は最先端の防衛システムを取り入れ強固な守りが既に出来上がった後だった。モナルキア人がもっぱら相手にしていたのは機械軍だったという記述が残っています。人海戦術が主だったモナルキア軍は相次ぐ化学兵器と切りのない機械との無情な戦いに敗北を期し、撤退するしかなかった。モナルキア王国に我が国の支援を頼まれたが、身を守る技術は与えたがそれ以上は拒否した。この国の知識は元々砂漠地帯で生き延びるためのもので戦争をして他国を侵略するのが目的ではないのですから」

「今ではバースキム公国は鎖国状態にあって、外国との外交が途絶えている。しかし、エネルギー資源を狙ってクラウオブナ神国に侵攻を続けている。というのが現状ですね」

「正解です。バースキムには熱効率の良い鉱物資源がないですから。機械を動かすにはエネルギーが常に必要となります。是が非でもクラウオブナを手に入れたいのでしょう」

「確かに、ところでさっき話していた星間移動装置ですが、所在がどこにも記されてないのです。どこにあるかご存知ですか?」

風之間は銀フレームのレンズの薄い新しいメガネを片手で押し上げた。窓の光を受けてレンズが光る。間違いなくこの星間移動装置を使ってこの星に来たに間違いない。

来ることが出来るのなら行くことも出来るはずだ。

この膨大な著書の中から、案外早く帰れる機会が訪れたのに彼は心躍らせた。

 頭を横に振りマーロッジは窓の外を眺めた。外は砂嵐で地上と空の区別もつかない。

「残念ながらそれはモナルキアの国家機密になっており、限られた王族以外知り得ない情報だと知られています。そういえば今日あたり…」

マーロッジが何か言いかけた時、慌ただしく回廊を歩く複数の足音が聞こえてきた。

 思わず立ち上がった風之間のつま先に躓いて、マーロッジは慌てて体を起こす。

「何の騒ぎ?」

 風之間の質問に咳払いをしてマーロッジは答えた。

「モナルキア王国の派遣団と商人達です。こんな砂嵐の舞う中訪れるとは噂に違わず恐ろしい人達だ」

そう言いながら小さい扉から回廊へ出る。モナルキア人に話を聞けるかもしれないこの降って湧いた機会に思わず風之間は人間用の扉から飛び出した。

「はっ」と息を呑む。

全身をバトルスーツに身を包んだ人々が列をなして歩いて行く。

先頭を歩くのは黒地に白い縁取りの細やかな花の彫り物が施してある、ほほ笑みを浮かべた仮面の人物だ。少々小柄で体と同じく顔も黒いが緩やかな弧を描く瞳は金色だ。肌と同じ黒いロングコートを翻しながら颯爽と歩いている。

後に続くもっと控えめで同じような顔をした兵士たちは控えめな色合いで様々だが、どれ似たようなデザインで先頭の人物と同じように体のあらゆる所に白い縁取りの装飾がなされていた。

まるで特撮ヒーローに出てくる人物その物を彷彿させる。

特撮のスーツはもっとシンプルで全身タイツっぽいが、こちらはどちらかと言うと鎧に近い武装集団だ。中には剣や弓、大金槌など携えた者さえも居る。

その後から中世西洋時代の服に似た民族衣装を来た商人と思われる50代なかばの中年男性数人がついていく。独特な模様の四角い帽子をお揃いで被っていた。

回廊の十字路で先頭の男はクラウオブナ神国の高官と合流しなにやら話し始めた。

男とも女とも区別の付かない機械音。

なんとも胸を掻きむしりたくなる不快な声色だ。

まさかモナルキアの人々は生物ではないのか?動きは滑らかで人だと思ったが、声を耳にした途端そんな疑いが頭をもたげた。

 その答えはすぐに返ってきた。

「中身はあなたと変わらない人間ですよ。ドルシェアーツという装備を着ているんです」

「どうしてここに」

「神国の軍事力は街の警備団とそう変わらない。そこへ世界一の軍事力を持つバースキム公国の次に軍事力の高いモナルキアが軍隊を派遣してくれているんです。彼らは祖国で国境を守る師団の一部。未だ部族間の抗争や諸外国からの侵攻が止まない王国の最前線で活躍する実働部隊ですよ」

角を曲がり去っていく彼らの背中を見送りながら、人の言葉が通じるのか疑問に思える不気味さに風之間はゴクリと生唾を飲んだ。


 それから数日、クラウオブナを訪れたモナルキアの人々は客室と会議室を往復するだけで接触する機会が全く無かった。彼らは客室を除いて武装を解くことなく宮殿の中を行き来している。

いくら書物を漁った所で手に入れた情報は少なく、やはり直接モナルキア人に聞くのが近道だと思えたが、接見させてもらえずチャンスを目の前に為す術もなかった。

 数日続いた砂嵐も止み、青空とのんびり浮かぶ白い雲がまぶしい昼間、風之間は厨房で作ってもらったお弁当を手にオアシスを利用した庭園へと足を運んだ。

砂と宮殿の茶色と空の青、雲の白、周りを写し込む鏡のような泉、それを取り囲む希少な緑のなかにひっそりと建てられた東屋。見るだけでも癒される庭園に今日は心地の良い風も吹いていた。

思いっきり空気を吸い込み深呼吸をする。

その時、葉が大きく揺れ擦れる音が辺りに響いた。驚いて音のした方へと視線を向ける。

泉の周りに設置されている白いペンキでコーティングされた鋼鉄製のベンチで何者かが寝そべっていた。組んだ足の先はベンチの手すりに置いてあり、艶やかな黒髪の頭が動きこちらに顔が向けられた。

「あ、悪い。ここ使うんだった?」

まるで人形のように整った顔立ちに黒目がちで大きな碧い瞳が印象的だ。

声を聴かなければ少女と見間違うところだった。

体を起こした青年は、白磁のように美しい肌をしており起きた拍子にベンチから投げ出された片足をぶらぶらと揺らした。

言葉もなく彼に見とれていた風之間に眉根を寄せて警戒した視線を送ってきた。

「何?耳が聞こえないの?それとも口がきけないの?」

顔に似合わす問いの内容は辛辣だ。

 じりじりと後ずさりながら風之間は何とか声を絞り出した。

「あ、いや。その。そこの東屋でお弁当にしようと思ってたので。問題ないです」

「あー、ネズミじゃない人この国で久しぶりに見た。あんた確か女王の来賓だとか。そうだよね」

「は、はい。風之間 志郎です。あなたは、モナルキアの方ですか?」

視線を逸らし会話を終わらそうとした彼を引き止めるように風之間は言葉を続けた。

確か中年の男性ばかりだった商団の列で見かけなかった顔だ。

 面倒くさそうに視線を風之間に戻し青年は渋々名乗る。

「カザノマ・シロウ、変わった名前だね。僕は見てのとおりネズミじゃないのでモナルキア人だ。軍部の人間で詳しい身分は明かせないけど名前ぐらいはいいか。名前はポルタ・キグナス。派遣団の一員だ。前回の派遣団と交代の時期でこれから三か月ほどお世話になるよ」

やはり、あの装備の中身は人間だった。しかもこんな華奢な感じの若者が隊の中にいたとは驚きだ。早く話を終わらせたい様子のキグナスに悪いと思いながら、風之間は質問を我慢することが出来なかった。

ここで訊かなくてはもうチャンスはないかもしれない。

 またひと眠りしようとした彼の前に歩み寄り精一杯大きな声で言った。

「あの、すみません。聞きたいことがあるんです」

 キグナスは片目だけ開き不機嫌そうに眉根を寄せる。

「なに?」

 少しは答える気はありそうだ。

「モナルキア王国に星間移動装置があるのをご存知ですか」

 星間移動装置。そう耳にしたキグナスの目がぱっと開いた。

「知っているんですね」

 逸る鼓動が全身に響き風之間の期待が大きく膨らむ。

彼の様子から知っているのを察した。

 キグナスは剣呑な表情で上半身を起こし、相手に悟られないよう臨戦態勢を整える。

「…」

 睨み付けるキグナスに一瞬怯みそうになったが、奥歯を噛みしめ風之間は立て続けに質問をたたみかけた。

「遺跡の場所も知っていますか?」

真剣な眼差しで聞いてくる初対面の少年に、不快感を募らせながらキグナスは小さく舌打ちした。王の兄弟の息子にあたるポルタ・キグナスは第1氏族王属に属する。

王属の主だった儀式や催しに参加するのは当然で、各地に散らばる遺跡や祭壇の場所など知っていて当然だ。

 自分の正体を知りつつ知らないふりして近づいてきたのか?

「あなた何者?何故そんなことを知りたい?」

指先が隠し持った凶器を掴みたくてうずうずした。返答によっては始末しなければならない。いや、本当は返事など聞かずに今すぐ手を下すのが一番早いだろう。

キグナスは殺意を押し殺し上手に隠しながら相手の出方を見た。

 一見普通に見えて穏やかに質問を質問で返してきたキグナスは、一般人ではない雰囲気を纏い始めていたのに風之間は薄々感じ始めていた。直感でこの男との会話を間違えると取り返しがつかなくなる予感がする。じわりと掌に汗をかき、冷や汗が背中を濡らした。

 暑いのに悪寒がする。

ここは正直にすべてを告白して協力を仰ぐか、適当な嘘をついて情報をうまく聞き出すか。とてもどちらも上手くいくとは思えなかった。

 視線を漂わせ慎重に言葉を選ぶ。

「じつは飛行艇や簡易移動車に関して興味があって、古代に直接星と星を移動できる手段がモナルキア王国にあったという古文書を見つけたんです。その技術を解明して大陸間の移動も乗り物ではなく移動装置でできるのではないかと思いまして」

そういう内容の映画があったのを思い出しこじつけだったが苦し紛れで言ってみた。

 キグナスは目を細め、探るように風之間を見つめていたが納得したように頷いた。

「なるほど。それで古い見聞や歴史書が残るクラウオブナ神国を訪れていたんですね。大陸間を移動装置でとは発想が面白い」

 キグナスは納得したふりをしていた。この少年の素性を探り本当の目的を聞き出さねばなるまい。国家転覆や他国への干渉を目論んでいるようだったら容赦するつもりはない。

 仕方がない。もし背後に黒幕でも存在したらここで始末する意味がない。

「残念ながら、オレは末端の階級の身。ご存知のように遺跡や祭壇は王属のみ知られる国家機密事項。協力出来たらよかったが、オレや他の隊員も知りえないことだ」

「そうですか」

明らかに落胆する様子からあの装置に対する執着ぶりを伺えた。

 キグナスは相手を釣るためにさも今思いついたかのように言った。

「そうだ。よかったらオレと一緒にモナルキアに行ってみない?遺跡や祭壇を調査できるか王属に取り成してみるよ。その案は興味深いしお手伝いさせてもらえるかな?」

「い、いいんですか?!」

戸惑い気味だが期待に瞳を輝かせる姿は嘘や探りを入れているようには見えない。

 普段クロエにしか向けたことのないような笑顔を浮かべながらキグナスはさらに条件をつけた。

「これから、一週間クラウオブナの兵士と合同演習をして、その後一ヶ月はバースキム海近郊のエネルギー基地奪還作戦に入る。それに同行するなら国の大臣たちも説得しやすい」

 風之間の顔がさっと青ざめた。

「僕が、戦争に参加するんですか」

 キグナスはゆったりとベンチの背もたれに体を預け長い足を組むと、まるで近所に散歩へ行くかのような調子で言った。

「そうだよ。本当は直系の王属か実績があり高名な研究家のみ触れることが許される遺跡や祭壇を特別に調べさせてもらうんだ。君は…王属ではなさそうだし、高名な学者か科学者なのかな?」

「い、いえ。違います」

そう、どう見ても異国情緒漂わせる異邦人で、軍や高官を思わせる雰囲気も全くない風之間の姿は一般人とそう変わりがないように見えた。しかし、そう見せている可能性もある。無知で無害な演技を続けながら、こちらの情報を盗む敵国のスパイかもしれない。

彼の様子からどこ国のスパイか見当もつかなかったが、このまま好きに泳がせるより手元に置き監視するのがこちらも探りやすい。

わざとらしい武者震いはまるで本物のようじゃないか?少々感心しながら、軍事演習でお手並みを拝見するのを少なからず楽しみになってきた。

キグナスの思惑を知る由もなく、風之間は帰れる手がかりを得るために、戦争に参加せざるえない状況に陥ってしまったのに内心驚いていた。

まるで現実味のない話で、TVのニュースや新聞で伝えられる他国の暴動、内乱、テロなど絵空事のように聞いていたのにここにきて当事者となろうとは。

銃火器だけでなく、包丁すらろくに持ったことのない自分が戦いに参加するなんてとんでもない話だった。でも、この条件を飲めば帰る手がかりを掴めるかもしれない。

この見知らぬ土地に来てから既に数ヶ月は経っている。ここは喋るネズミや得体の知れないサイボーグのような人々、肌の色や姿形も明らかに地球のそれと違う生き物たちを目にしていたら嫌でも気づく。

ここは異世界か他の惑星か。

または、長い夢を見ているのかもしれない。

夢と言うには触れるもの肌で感じるものは生々しく、一向に覚める気配もない。夢でありがちな親しい友人が現れたり、突拍子もない出来事が起きたり、特殊能力に目覚めて好き勝手出来るわけでもなく。起きているときと同じ、ごく平凡な自分がここにいる。

青い光を浴びて気を失って病院で寝ていると思いたいが、クラウオブナ神国の膨大な研究書物からここがウルジオ星団、ダオ系第五惑星オウラという宇宙的位置づけが確定しており太古の高度な文明は原因不明で滅び廃れ、ほんの僅かな技術と言い伝えだけが書物と遺跡に残されているだけだった。

様式や雰囲気は中世ヨーロッパとも近未来とも思える目にしたことのない独特な作りが多く地球のもので形容し難いものばかりだ。

もしも現実にこの星が存在するのならば地球から何らかの原因で運ばれたに違いない。

しかも、星間移動装置の存在が歴史書の中で記されているのだ。この装置が作動してこちらに来たとしか思えなかった。

この装置さえあれば燃料や材料が大量に必要なロケットをわざわざ作る必要もないし、他の星に行くのに宇宙に飛び出す危険を犯さなくてすむからだ。

来れたということは戻ることも出来るということだ。

 思い倦ねる風之間を尻目にキグナスはのんびりした口調で言った。

「秘密を知るにはそれなりの成果と強力なバックアップが必要なんだ。どうする?めんどくさい?諦めるか?」

可愛い顔をして性格悪そうな面が見え隠れする。

 風之間は思わず眼鏡を掛け直し、ため息まじりに言った

「申し訳ありません。僕は今まで戦争に参加したことはないし、人を傷つけた事もない。あなたの隊に参加した所で足手まといになるだけです。」

 考え深げに彼をじっと見つめるとキグナスは口の端を持ち上げて歪んだ笑みを浮かべる。

「それは演習が楽しみだ。お試しだと思って是非参加するといいよ。師団長には話をつけておく」

キグナスは全く風之間の言ったことを信じている様子はない。冷酷な光を湛えた碧い瞳が差すように見つめていた。

ねぇ、シロウ。僕は君の正体を暴くまで逃さないよ。


 エネルギー基地を模した建物で模擬演習を行っていた。

月明かりのない暗闇の中、何人もの人影が音もなく闇夜に紛れて移動する。

 その時、静寂を破るけたたましい音が辺りに響いた。

「す、すみませんっ」

トラップとして仕掛けてあった積み上げた空き缶の山を引っ掛けた風之間は、ぺこぺこと頭を下げながら床にばらまいた缶を拾い、元あった場所にまた積み直している。

 頭に耳と首の付根まですっぽり覆う黒いヘルメットを被り、軽量で簡易なボディアーマーを身に着けた中腰の姿は他の隊員からかなり浮いて見えた。

「はじめからやり直しっ。元の配置に着け!」

 即座に行動に移す部下たちに目を配らせながら、微笑みを湛えたドルシェアーツに身を包んだ西部師団長は顎に手を添えた。

オレの勘違いだったか?

すぐ横に黒檀のように黒く艶やかなで笑みを浮かべた師団長とは対象的にくすんだ黒に近い灰色で無表情なドルシェアーツを装着した副師団長が立っている。団長より優に十センチ以上の身長差と、体格の差は一目瞭然で師団長のアーツが優美でなければこちらが団長かと間違われそうだ。

 副団長はきびきびと動く隊員たちを見ながらイライラした調子で声を荒げた。

「どういうつもりであの者を隊に加えたんですか?一般市民のほうがまだいい働きをする。城の近衛兵を連れてきたほうがまだマシだ」

 肩を震わせクスクス笑いながら師団長は言葉を引き継いだ。

「ホントに。あの調子じゃ現場で1番に死ぬのは彼だ」

「笑い事じゃないですよっ!どうするつもりですか」

 周りに聞こえないように副師団長は小声ながら子供に言い聞かすように語気を強める。

 師団長は黒い手袋で覆われた片手を上げ黙らせた。

「彼に歩兵のドルシェアーツを与えて。予備を一ダース以上用意してあるはずだろう。」

「そうですが」

「今の軽装備じゃ、命がいくらあってもたりなさそうだからね。それに、奪還作戦のメンバーから外して」

 不服そうだった副師団長の態度が和らいだ。心からホッとした様子だ。

「はい、畏まりました」

「それから、これから彼にはオレの側で働いてもらう。そうすれば簡単に死ぬことはないだろうからね」

 仮面を被っているのにも関わらず副師団長が目を剥いて、慌てて師団長の腕を取ったのを見て取れた。

「何を考えているんですか、あなたはっ」

 掴んだ手に手を重ね軽く叩くと師団長は朗らかに言う。

「今のところ彼は兵士向きじゃないってことだな。素性が割れるまでオレが預かるということだ」

「あいつは何者なんだ?」

「それをこれから探るんだ。ただ、王家の秘密を知りたがっている。化けの皮が剥がれるか黒幕が分かるまで側において監視するんだ」

 そのまま黙り込んだ師団長に同意して副詞団長は頭を掻いた。

「わかった。もう、この件に関してこれ以上文句は言わない」

頷いた師団長に頷き返し師団長が連れてきた得体の知れない少年を連れ戻しに向かった。

国境警備隊最前線師団 西部師団は国が抱える5師団の中で1番の国王派寄りだ。

『血塗られた乙女』西部師団を率いる長は、実は乙女ではないれっきとした男性なのだが、華奢な体つき頼りないナイフを両手に持ち果敢に戦う姿は男の保護欲をくすぐった。

戦う様があまりに可憐で戦場の乙女と勘違いさせたまま今まで来たのだ。

師団長を取り巻く団員達の結束力は固く、鉄壁の防御力を誇る。

だが、師団長の本質は冷酷で残忍。

美貌の裏に隠された本当の彼を知る者は少なかった。

 

作戦実行の前にあらゆることを想定して作戦を組み直し、演習もミスがなくなるまで実行の日まで何度も繰り返された。

エネルギー基地奪還作戦は、演習の甲斐あって滞りなく行われた。

多少のイレギュラーもあったがそれも想定内で片付く内容で、肩透かしを食らった気分だった。基地の奪還からエネルギー拠点防衛配備へと作戦は移り、クラウオブナ神国の科学者達は内部施設の制圧、神国と王国の警備兵達は地形と基地の建物を調べ、警備体制を整えながら各々各所へ散って行った。

 待機部隊と帰還部隊に別れこの拠点を離れる前に、波打ち際の広々としたテラスで、組み立て式の簡易キッチンを立ち上げ、そこで作られたキレのある甘さと程よい酸味の乗ったお茶と非常食として持ち込まれたあまり甘みのないビスケットで一息入れていた。

別室でドルシェアーツを脱いだ団員は、ごく普通のどこにでもいる軍人独特の雰囲気をまとった猛者達だった。

装備を外した彼らは階級もわからなければ所属も不明だ。

ただ、わかるのは西部師団の一員というだけで縦や横の繋がりは消えている。

そして誰もがそんなものは無いかのように振る舞っていた。その中にはキグナスの姿もあり、屈強な男達の中でその線の細さはひと際目だって見えた。

 風之間の視線に気付いたキグナスは真っ直ぐ彼に向かって歩いてきた。その歩く姿は堂々として気品と優雅さを兼ね備えており、育ちの良さを伺わせた。

彼の口利きで師団長に同行の許可をもらいモナルキア王国でお世話になることになっている。手にしたカップを傾け中の液体を唆る。口の中に甘酸っぱい味が広がった。

 キグナスは隣に立つと風に靡く漆黒のミディアムヘアを片手で掻き揚げた。

「お疲れ。案外早く作戦が終わってお茶の時間まで作れるなんて思ってなかったよ」

意外と足手まといにならなかった風之間の働きを思い出しながら、風之間から水平線の彼方に視線を移してのんびり呟いた。

彼の適応力は高く、出来ること出来ないことをきっちり整理し自分の役割を無駄なく果たしていた。控えめな態度で前にも出過ぎない。さりげな気遣いができるやつだ。

風之間のような立ち位置が人生の中で1番好ましいポジションだったが、キグナスの生い立ち、容姿、性格がそれを許してはくれなかった。

王属の直系。

繊細な顔つきに華奢な体。

社交的な外面と対象的な歪んだ性格。

まだ屋敷から出られなかった時期は自分の性癖を抑えるのに苦労したが、軍に誘われてから自分を偽る必要もなくなり、確固たる地位を手に入れ好きにやらせてもらっている。

そう、生きている実感が湧く戦場はキグナスの天職だった。

キグナスの口元に薄っすらと笑みが浮かぶ。

自分から目を逸らし、暫くして薄笑いを浮かべたキグナスの姿に風之間は軽く戦慄を覚えた。さっと目を走らせ団員達を見渡すと自分が浮いている存在だと言うのに気付かされ、

少しいたたまれない気持ちになる。

誰もが筋肉モリモリというわけではないが、数多の戦場を掻い潜り生き残ってきた独特の雰囲気があるのだ。

それは自分とそんなに体格も年齢も変わらなさそうなキグナスにもあった。

その時、皆の動きが慌ただしくなる。次々とドルシェアーツを装着し始め戦闘モードへと切り替わっていく。

初めて見たが、アーツは着るとか履くとかではなく一瞬で変身するという表現が1番正しいように思えた。人があっという間にサイボーグに変わるのだ。

気付いたら近くに居たキグナスの姿は既になく、控えめな色合いの中のドルシェアーツのなかでひと際目立つ、黒く膝下まであるマントを風にたなびかせ師団長の姿があった。

この、たくさんの兵士の一人がキグナスに違いないのだが、装着してしまうともう誰が誰だか分からない。

まるで迷子になった子供のように不安になりながら、無駄なことだと知りつつキグナスの姿を目で探した。

師団長と副師団長の指示が飛び、皆、迷う暇もなく戦闘態勢へと移る。

基地から半径2キロに放たれた無人監視機の警報により、緊急配備を施し臨戦態勢を整えたが、片隅で呆然と立つ風之間に声をかけるのが遅れた。

避難させようと目を配った時には、彼のすぐ背後に敵機が現れた。

考えるよりまず、体が動く。

地面を一蹴りして少年のところへ辿り着き、その勢いでタックルするようにその体を抱えその場を回避する。翻ったマントに穴が空き、一斉にレーザーと弾丸の雨が降り始めた。

横っ飛びで一撃目はかわしたものの、端に居た二人は床から足を踏み外し次元の海へと真っ逆さまに落ちた。

次回予告


次元の海へ落ちた二人。

そこへ落ちて生きて返ってきた人は誰もいない。

決死の戦いの幕開けに生き残ることができるのか?


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