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Encounter(出会い)②

生徒に爽やかな笑みを浮かべ彼の肩に腕をまわした。向かいには校長先生と教頭先生が同じように不安そうに座っている。

三人とも異様に緊張している様子だ。

時子の顔を見た司は満開の花のような笑顔を向けた。

「愛川!よかった。また会えたね」

まるで飼い主に尻尾を振る子犬のようにキラキラと目を輝かせている。

さっそく呼び捨てにされたのが気にさわったが、時子は曖昧な笑みを浮かべた。

違う、先生に捕まっただけですから。

高橋先生はソファを回り込み中村君の隣に立ち、意気揚々と校長先生と教頭先生に耳が痛くなるほど大きな声で言った。「おぉ!この子が転校生ですね。確か中村 司君」「はい」二人は顔を見合わせ気味悪いほどニコニコ笑っている。

 校長先生は口元に拳を上げ咳払いをすると、琥珀色の髪にチョコレート色の瞳の異国人をじろりと見つめ手元に添えていた資料に視線を落とした。

「いや、高橋先生。正しくはウィリアム・エディソン・シュルストレーム君だ。父親たっての希望で日本では中村 司という和名で通すそうなのだが」

「校長先生。我が校も国際化ですな。これを機会に外国人留学生を呼び込むきっかけとなってくれれば我が校にもプラス要素が一つ増えるというものです」

 頬を赤らめ興奮気味に教頭先生は口をはさんだ。そんな先生を校長先生は片手で制して、高橋先生と司を交互に見ながら慎重な面持ちで釘を刺した。

「いいですか、高橋先生。担任になったあなたにかかる責任は大きい。くれぐれも失礼のないように、日本での学生生活に慣れてもらうにも、先生と生徒の協力なくしてはなりえないのですからな」

「はいっ!もちろんです!」

 やけにテンションの高い先生達の様子に時子は眉を寄せた。

「ありがとうございます。僕も早く日本に馴染めるように皆と仲良くしたいです」

 司の優等生な答えに皆が花丸をあげたいくらいだ。

「でも、僕もこの学校の一員になりますので、クラスメイトといっしょにして欲しいです。先生達や友達の態度が他の人と違うと不安になります」

釈然としない顔で見上げる大人たちに司はグサリと釘を刺した。

思わず愛川はにやけそうになる顔を引き締めるのに必死だ。

やるじゃない、この転校生。

おどおどした様子で校長先生と教頭先生は顔を見合わせると、言葉を詰まらせながらなにやらぶつぶつと囁きあう。「いや、万が一君に何かあったら」「そうそう、国際問題に発展しかねないですよ」司は中腰になりテーブルに手を付けると、自信たっぷりに笑みを浮かべ大胆にウインクして見せた。

「ノープロブレム!僕は国の王子様でもないし大統領の息子でもない、父はa white-collar worker。日本でいうサラリーマンです。僕にたくさんサービスしてもチップは出せませんよ。確かこの国ではチップはいらないでしたね」

ジョークまで交え余裕すら感じられる司の態度に高橋先生は我慢できず吹き出した。

校長と教頭は困惑気味に顔を見合わせ、高橋先生に視線を移す。

 高橋先生は懸命に頷き、横に並ぶ長身の

「よく言った!中村。お前のこと気に入ったぞ!お前も今日から1年D組の立派な一員だ。よしよし、ならばさっそく教室に行こう」「え、オレ、1年D組ですか?」「そうだ。愛川も同じクラスだぞ!ほら、お前も来い、愛川!一緒にクラスに行くぞ!HRの時間だ」職員室を二人は出て、わいわいとおしゃべりを続けている。

その後ろから時子は続いて歩きながら、内心面白い展開になったと事の成り行きを見守ることにした。

思った以上に面白い転校生を遠目で観察するのも悪くない。

クラスメイトの反応が今から楽しみになった。


職員棟と呼ばれるA館と学生棟と呼ばれるB館を繋ぐ渡り廊下を通り、東西に伸びるB棟の1階に入った。

1階にはPTA会議室や用務室、男女トイレに校庭への昇降口や購買部、更衣室が左手に並ぶ。右手は広々とした4階まで吹き抜けになった廊下で、生徒たちの声が良く響いた。

中庭に面した壁は総ガラス張りで、B館と実験棟と呼ばれるC館をつなぐ回廊は一階でつながっていた。

回廊の床はパステルカラーのベージュとグリーンと白の大理石が格子状に敷かれ、広さは生徒8人並んで歩けるくらいある。

アーチ状の天井と屋根を支える柱は、縦に溝が掘り込まれた白く頑丈な石造りだ。

西階段を昇り広々とした板張りの廊下を歩いていると、教室の外に出ていた生徒がいそいそと教室の中へ姿を消した。

 1年D組と書かれたプレートの下で歩みを止めた先生は時子を見つめると目を細めた。「いいか、愛川。中村はこの学校の右も左も分からない。しかも外国から来て日本の習慣にも不慣れだ。これからお前が責任もって面倒を見ろ。これは内申に関係あるからな」

高橋はそう言いながら驚いて目を見開き、一瞬で不満そうな顔になった愛川を見つめる。

クラスで孤立し、あからさまにみんなと距離を置こうとしている愛川に、少し強引だが馴染めるチャンスを与えたかった。

青い顔で返す言葉もない彼女に、満足げな笑みを浮かべると高橋は教室のドアを開けた。

席を立ちおしゃべりしている生徒たちを一喝する。

「お前ら~席につけ。HR始めるぞ、その前に転校生だ」

先生の後に続いて入ってきた司の姿を見て、生徒たちはあからさまに動揺した。

男子はぽかんと口を開いたまま、瞬きを繰り返しその姿を見つめている。

女子は頬を赤く染め全身に視線をさまよわせては熱い溜息をつく。

時子はクラスメイトが司に見とれている隙に、そそくさと自分の席についた。窓際から二列目の後ろから二番目だ。クラスメイトの予想通りの反応に思わず鼻で笑った。

教室に視線を泳がすと空席になっているのは廊下側の一列目で、前から三番目だった。

かなり離れている席だから、こちらから関わりにならない限りこれ以上知り合うことはないだろう。

先生にお世話をするように頼まれたが、目の色を変えた女子たちがかいがいしく学校の案内や日本での習慣を手取り足取り教えてくれるに決まっている。

そうなると時子の出番はない。

机の中に教科書やノートを入れながら彼女はいつもの安全地帯に落ち着いた。

圧倒的な転校生の存在に誰も彼女を気に留めていない。

 黒板に書かれた司の名前に生徒たちはさらにざわついた。

中村なかむら つかさです。アメリカ、マイアミのセントジョージスクールから転校してきました。これからよろしくおねがいします」

司は一礼してにっこりほほ笑んだ。

流暢な日本語に生徒たちが囁きあう。「日本語うまっ」「名前日本人だよね」「いや、見た目間違いなく外国人だろ」「日本育ちの外国人?ハーフ?クオーター?」「アメリカから来たって言ってたぞ」

 さまざまな憶測が飛び交う中、高橋先生の咳払いで生徒たちは口をつぐんだ。

「日本は初めてだそうだ。早く馴染めるようにとお父さんが日本名をつけたそうだ。みんな仲良くするんだぞ。中村、お前の席は空いているあそこだ。遅くなったが今日の連絡事項だ。よく聞いとけ。自転車通学している者…」

席についた司に先生の話はそっちのけで生徒たちは繰り返し視線を向けてくる。

司は取りあえず持ってきた教科書をそろえながらちらりと視線を上げた。数人の生徒と目が合ったがさっとかわされてしまう。

まぁ、転校初日はこんなものだろう。日本人はシャイだというし、まるで珍獣を見るような好奇な視線で博物館の展示物になった気分だ。

それも仕方がない司に比べて皆子供の様に幼く見え、クラスで一番大きい生徒でも彼より5,6センチ背が低く体つきもひとまわり小さい。

皆、制服だし黒髪の生徒が多く一人一人の区別が難しい。名前と顔を一致させるのに苦労しそうだと思った。


 HRを終え先生が教室を去ると、女生徒たちが待ち構えたように司を取り囲んだ。

彼女たちは次々と自己紹介をしてきて、とても全員覚えられそうにない。いろんな質問を投げかけ、これからいろいろ教えてあげようと意気込んでいる。

 お淑やかな大和撫子日本人女性のイメージからかけ離れた彼女たちに、司は少々面喰っていたが、誰を選ぶかは考える必要はなく手を上げるとさらりと言った。

「失礼。オレのエスコート役は愛川だと先生に紹介されてます。」

 厄介な選択をせずに済んだことに感謝しながら、凍りついたその場で女子の視線が愛川に突き刺さった。

「あ、愛川?!」

時子はこちらを気にする様子もなく1時間目の授業の準備をしている。

 憮然とする彼女たちの後ろからハスキーで低い声が飛んだ。

「1時間目の授業、女どものエスコートは無理だろう」

司が顔を上げ、女生徒たちは振り返る。

 クラスで一番大きい、骨格のしっかりした男子生徒が持っていた布袋を持ち上げた。

「体育だが、お前らこいつを着替えさせるのか?」

「変態!」「ばか藤波」「最低!」「うざい」女の子たちは頬を赤らめ罵りながら蜘蛛の子を散らすようにその場からいなくなった。

 楽しげに女生徒を見送った男子生徒は、司の目の前に手を差し伸べた。

「おれ、藤波ふじなみ 龍之介りゅうのすけよろしくな」

藤波の声は背筋がなぞられるようなセクシーさがあった。

短く刈られた襟足に、やや茶色く柔らかい毛先の動きを男らしく遊ばせたショートヘア。

愛嬌のあるきりりとした目を細める。眉は濃いがきれいに手入れされ、鼻もそんなに低くなく唇は薄いが少しあひる口だ。

 司は彼の手を取りながら席を立った。

「サンキュ。助かったよ」

自分と違うタイプの甘いフェイスの藤波は何故か女子に嫌われているらしい。見た目も雰囲気も悪くないのに不思議だ。

生徒もまばらになった教室を出て、階段を降りながら二人は更衣室へ向かった。

「中村、体操服持ってる?」「体操服?あぁ、トレーニングウェアは忘れた」「じゃあ、その格好で授業受けるしかないな」「時間割まだもらってなくて、教科書や制服とか届くのは来週でしばらくは私服なんだ。隣の人に教科書はみせてもらわないと」「ははっ!お前それって相当目立つぞ。有名人決定だな」「笑えないよ。実は日本語の読み書き苦手なんだ」たあいない話をしながら彼らは着替え、体育館へと続く道へと急いだ。


体育館はB棟とC棟を繋ぐ回廊を通りC棟を抜け短い廊下を渡ってすぐだった。

授業の内容はバスケットボールだ。

床を叩くボールの音ときしむシューズの音、バスケットにダンクシュートをたたき込む司の姿は生き生きとしていた。「よっしゃーっ!」ハイタッチを交わす司と藤波。

 防御の届かない高い位置からのパスとハイクオリティな技を繰り出されて相手チームたまったものではなかった。ありえない点差がついている。

「先生~。どういうことですかぁ。中村と藤波が同じチームなんてひどいですっ」「バスケ部の藤波に本場の外国人が加わったら、凡人は勝てません」さすがに男子生徒たちは先生に泣きついた。

「あ、いや。背の順でチーム分けしたからなぁ。そうか、そうだな。よし、チーム分けやり直しだ」

先生の提案でほっと胸を撫で下ろしたクラスの男子。

どちらでも味方になったら心強い。仕切りなおして再試合を始めた。

それが体育の授業を惨劇へと導くファンファーレだったとは誰も知る由もない。

 全国大会さながらの気迫で司も藤波も一歩も譲らず、それに振り回された1年D組の男子生徒は力尽きまるでつき合わされ、挙句の果て屍のごとく体育館の床に転がっていた。

「きたねーぞ!ガンガンダンクばっかり打ち込んできやがって」

 カンカンに怒っている藤波に対して司は涼しい顔で答えた。

「しょうがないだろ。ジャンプしたらバスケットに手が届くんだから。自然の摂理ってやつだ」

 二人は座り疲れた体を休めながら憎まれ口をたたきあう。

「嫌なやつだ。今日はメンバーに恵まれなくて負けたが、次はバスケ部スタメンで勝負させてもらうからな」

 本気で挑みかかる藤波を司は目を細めて見つめると、腰を上げて彼にゆっくり手を伸ばした。

「遠慮しとくよ。プロの集団に勝てる気はしない。負け戦はしない主義なんだ」

 司の手を取り立ち上がり、藤波は爽やかに笑った。

「ははっ!潔いな。どうだ、バスケ部に入らないか?お前とのパス悪くなかった」

「あー、ムリムリ。部活は入らない」

 あっさりかわされ拍子抜けしたが、藤波はなおも食い下がる。

「いやいや、悪くなかったじゃなくてすごく良かった!気持ちいいくらいにパスが通ったしダンクが出来る奴は日本にはそんなに多くない。おれと組んでやらないか?」

「本当、やめとくよ。どの部活にも興味ないんだ」

 司は首を横に振り額から流れ落ちる汗を手の甲で拭った。

「ちょっと待てよ、お前のその体に運動能力、なんにもしねーってもったいないって」

チャイムの鐘を聞きながら二人は列に戻り終わりの挨拶をした。


 中休み女子達はグループ別に分かれ、楽しげにおしゃべりしている司と龍太郎を忌々しげに見ながら愚痴をこぼしていた。

「ありえなくない?何かあるごとに中村君が頼りにしているのは愛川なのよ」「しかも、学年で一番残念なイケメン藤波と友達になるなんて」「あの二人の正体を知らないから、中村くんが哀れ過ぎる」「あぁ。せっかく王子様的イケメンが転校してきたというのに、あの二人のせいで手出しできない~」「中村君が二人の正体を知ったとき救済せねば」

「愛川の正体なんて地元じゃないかぎりわかんないよ」「愛川は時間かかるかもしれないけど藤波はすぐバレる。ほら、言ったそばから自爆しそうだよ」いっせいに女子の視線が二人に集まった。藤波の机を挟んで司は椅子に座り、彼の机から引き出された雑誌に視線を落とした。

『ケモノ倶楽部』と題された雑誌の表紙に、カラーで描かれた半獣人の少女が甘ロリ姿で描かれてある。

「おれの愛読書。可愛いだろう」

目尻を下げて満足げに微笑む藤原に対して司の表情はあからさまに強張った。

 終わったな…藤波。女子達がそう確信した時、司のせっぱ詰まった声が教室に響いた。

「まさか日本にこんな人間いるのか?!」

 教室が一瞬で凍りつき、次の瞬間には爆笑の渦が巻く。

 いたって真剣で心配顔の司に、藤波は雑誌をめくりながら喉の奥で笑いを噛み殺して言った。

「いるわけがないだろう。空想上の生き物だよ」

「し、しかし…」

 司の視線は写真へと移る。肩をすくめて藤波はページをぺらぺらと振った。

「コスプレ、コスプレ。人間がフリしてるの。おれは二次元の方を愛しているけどね。コスプレなんて邪道だよ」

熱く語り始めた藤波の話半分に、司は動揺を隠し切れなかった。

表面上平静さを装って話を合わせているが焦りを感じる。

悪い人ではなさそうだが、彼に自分の秘密を打ち明ける気にさらさらなれない。

 この雑誌のおかげで身の危険を感じるほどだ。女子達からため息が漏れる。

「成宮 寛貴似のイケメンなのに残念すぎる」「まぁ、救いがあるのは女の子が好きなとこ?」「いや、彼、二次元好きだし」「中村君、やっぱり救済だね」

勝手に話を進める女の子たちに救済されるのは怖い気もする。女の怖さは妹たちで十分味わっていた。

残念すぎるよ。藤波。

女子とは別の意味で司は溜息をつき、彼にとって目を覆いたくなる雑誌を渋々友人と眺めながら、なんとか話を終わらせようと足掻いているうちに休み時間は終わっていた。


明けましておめでとうございます。

昨年は大変お世話になりました。

今年もよろしくお願いいたします。

皆様に幸多き一年でありますようお祈り申し上げます。


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