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Each of promise(それぞれの約束)①

司はあっさり身を引き、ケツポケットに入れておいた携帯電話を取り出す。

 ベッドに腰掛ける八嵜に冷たい視線を向けると、司は携帯電話を強く握りしめた。

「やっぱり、ネットに流そうとしていたんだな」

「当たり前じゃないか。お前ら全員を地獄の底に突き落とすのが目的なんだから。自分の手を汚すまでもなく世間が抹殺してくれる方法がそれだ」

先ほどの余韻が残っているのか、憎まれ口を叩く八嵜の頬はまだ赤い。

 憤慨して、歩み寄る司に八嵜は薄ら笑いを浮かべ顎を上げた。

「だが、気が変わった。いいよ。もう、あいつらをいじめないよ」

「は?」意外な言葉に司の動きは止まった。よく理解できてないという顔だ。

 八嵜は司の手首を掴むと自分の方へ引き寄せた。

「その代わり、さっきの続きしろよ」

みるみる八嵜の顔が迫り唇に柔らかな感触が。うめき声をあげる司に構わず八嵜は彼の唇ついばみ味わった。

甘い。そしてもっと欲しくなる。もっと味わいたい。

司の唇に酔いしれ思わず舌を挿し出したところで勢いよく唇が離れた。

 我に返り飛びのいた司は袖口に口を当てながら怒りの混じった震える声でつぶやいた。

「what the hell.」

「なんだ。初めてじゃなさそうだね。まぁ、その容姿じゃ仕方ない。男も女もOKって顔だから平気かと思ったよ」

「Don't be silly!オレにはその気は全く無いからな」

 寒気を感じているのだろうか。八嵜は司の嫌そうな顔にすごくそそられる。

「誘ったのはそっちだよ。僕は感じただけだ。今日のところはこれで勘弁してやるよ」

ぺろりと唇を舐めた八嵜を見て司の顔は引きつった。

堪らないなその引きつった顔も。

八嵜は内心ニヤリと笑う。風之間をイジメてストレス発散していたが、

味方になるお友達ができて正直面倒になってきたところだ。

司に触られた感覚を思い出し、一成は背中をゾクゾクさせながら黙って出て行く司を見送った。初めて味わう熱は満たされるまで冷めそうになかった。


 珍しく笑顔で風之間は国語の教科書片手にテンション高めだ。

「いやぁ。もう、夢みたいです」

「なにが?」

 椅子に腰掛け足を組んだ藤波はニヤリと笑ってみせる。藤波の横に空いている椅子を引きずって持ってきて座ると、教科書をめくりながら言葉を続けた。

「クラスの人達普通に話しかけてくれるようになったんですよ。もちろん八嵜君たちも。僕、学校でこんな日がくるなんて思ってなくて…」

じわりと風之間の瞳から涙が溢れる。

 くすぐったいような嬉しい気持ちを押し隠し、藤波は乱暴に風之間の頭を撫で回した。

「バカ、泣くなよ。またイジめられんぞ」

「あいつらの話はいいから、古典教えてよ」

机を挟んで、椅子の背を前にして座っていた司が、開いた教科書の横から顔を出した。風

之間はくしゃくしゃにされた髪を整えながら探るような視線を向ける。

「何かあったの?」「別に」司は視線を逸し早く教えるように身振りで催促した。

「じゃあ、この竹取の翁って…」

 風之間が言いかけた時頭の上から声が降ってきた。

「つーかーさ」

 三人が顔をあげると、人懐っこい笑みを浮かべた八嵜が立っている。

「?!」

 すかざず、八嵜は風之間を押しのけ椅子を奪うと明るく言った。

「学年一位の小難しい説明聞くより、僕がわかりやすく教えてあげるよ」

ニコニコと笑顔を絶やさず司の持つ教科書を覗き込む。

藤波と風之間は顔を見合わせ、解せない顔で八嵜を見つめた。

1年D組がにわかにざわめく。

学年1位2位を争う特進クラスの二人がわざわざ普通クラスに来て騒いでいるのだ。気にならないワケがない。

 藤波はわざとらしくパラパラと教科書をめくると口を尖らせた。

「中村君はずいぶん八嵜君と仲良くなったんデスね。いいよ、おれは風之間に教えてもらうから」

「ははは。そうですね。八嵜君とは仲直りしたけど、まだ友達とまでは」

複雑な心境で風之間はつぶやき、上目遣いで司と八嵜を見る。

教科書を両手で開き身を縮めている司の側に、異様なほどベッタリと寄り添う八嵜の姿あった。司が口をパクパクさせながら何か言いかけた時、耳元で熱い吐息とやけに低く艶っぽい八嵜の声が囁く。

「ちょっ!」「手取り足取り教えてあげる♡お礼は体で払ってくれればOKだから。いや、違う。僕のこと思う存分好きにさわっていいから」

うっとり司に見惚れるその瞳は本気だ。

「NOoooooo!!!」

司の悲痛な叫びが校内を一周する。

1年D組に新たな噂、八嵜と司がデキているというホモ疑惑が浮上したのは、いうまでもない。


日曜のお昼下がり、時子はカレーの匂いで目が覚めた。

今日は仕事で全員出払っていて誰も居ないはずだ。

寝起きでよく働かない頭を軽く振り時子はベッドから這い出ると、のろのろと身支度を整え二階にあるリビングへ足を運んだ。

どこか昭和のイメージのある古いキッチンに見知らぬ男が立っていた。

中肉中背、身長175センチくらいの少し小柄で、オーダーメイドなのか体にピッタリとした薄っすらと縦縞が入った濃いグレーのスラックスを着ている。シミ一つない真っ白いシャツの袖はまくられて、男らしい筋肉の張りが目立つ腕があらわになっていた。

骨ばったあまり重労働をしていないような美しい手がお玉を動かしている。

短く刈り上げられた髪の色は綺麗な菖蒲色に染まっており、時子の気配に気づき振り返った男の瞳は艶やかな柿色だった。

派手な髪と瞳の色とは対照的に男の面持ちは虫も殺せない優しい顔をしていた。

まるで暖かな春の日差しのような瞳。瞳を縁取る長いまつ毛は髪の色と同じ色で、弧を描く眉は男らしい形に整えられていた。

筋の通った鼻は顔の邪魔にならない程度の大きさで、その下にあるやや大きめの口を縁取る桜色の唇は薄く引き締まっている。

男は時子を見るとゆったりと微笑んだ。

 時子の心臓が跳びはねる。今まで感じたことない感覚に戸惑い、初めて会うこの男から何故か視線を逸らすことができなかった。

「おはよう。お寝坊さんだね」

 想像していた声と違い、よく響く低い張りのある声だった。よくラジオや映画の吹き替えで聞く耳に心地よい男の声だ。男の喋り方には独特のアクセントがあった。

 時子は無遠慮に男を見つめていたのに気づき、さっと視線をそらす。

「あなた、誰?」

 男はさっと顔を曇らせ、時子に背を向けカレーを盛り付け始めた。

「そうか。覚えてないのか」

テーブルに二人分のカレーを並べ、スプーンを用意する。

ニッコリ笑って男は椅子に腰掛けた。まるで自分の家にいるかのようにくつろいでいる。

 時子を見つめたままスプーンを手に取った。

「一緒に食べましょう。久しぶりに日本に来て初めて味わったカレーを作ってみました。味見しましたがなかなか美味しくできていますよ」

 いつもは警戒心の強い時子は不思議とすんなりその言葉を受け入れた。何故だろう、見知らぬ男に妙な安心と懐かしさを感じる。時子を見つめる柿色の眼差しが穏やかなせいか。

「私はアカツキ。君と私は幼なじみですよ。同じ街に生まれ同じ景色を見て育ったのを覚えていませんか?私は昨日のことのように覚えています。まだ君は小さかったから分からないのでしょうね。…時子、随分大きくなりましたね。綺麗になった」

臆面もなく言った男は一口カレーを食べた。時子は聞き慣れない言葉に頬を赤く染め手にしていたスプーンをお皿にぶつけて大きな音を立ててしまった。

幼なじみだと言われても時子には全く身に覚えはなく何を話していいのか検討もつかない。幼い頃こんな派手な髪色珍しい瞳の色の男の子と出会っていたら覚えていないわけがなかったが、どんなに記憶を辿っても思い出せなかった。

 口の中に入っていたカレーを噛み砕き喉に流し込むと、気になっていたことを聞いてみる。

「あの、その髪と眼の色。本物ですか?」

 一瞬理解し難い表情をしたアカツキだったが、さっと自分の髪に触れると目を細める。

「確かにこっちではこんな色をした人は少ないですね。少々目立って困っているんです。いっそのこと黒く染めてみましょうか?」

いたずらっぽく輝く彼の瞳にそれは冗談ととれた。時子は慌てて答える。

「別に綺麗だからその色でもいいけど」

ぶっきらぼうに言ったつもりが思ったより声が小さくて震えてしまった。

しばらく二人はカレーを食べていたが、不意にアカツキが聞いてきた。

「時子。今、幸せ?」

「え?!」

時子の顔に緊張が走り、虚ろな影が目に浮かんだ。

1人で食べる最低限の食事。一度も来てくれなかった学校行事。お世話するのはいつも牧原か下っ端の組員達。お父さんは極力私に関わらないようにしてきた。

そんなことを初対面のこの男に話してどうするのか。

同情されるのも憐れに思われるのも時子はごめんだった。

どうもしない。

いつものように何事もないフリをする。親に感謝する幸せな子供のフリをする。

馬鹿にされたら組を理由にして脅せばいい。

 短い沈黙の後、時子は意を決っして口を開きかけた。

「幸せじゃないんだね。ジュウゾウは子育てに向いていないと思っていたがここまでとは」

時子が嘘をつく前にアカツキは表情一つで彼女の気持ちを見抜いてしまった。

間髪入れず率直な意見にプライドを傷つけられる。

 慌てて頭を横に振り時子は虚勢を張ろうとした。

「ち、違います!」

「いいんだ。意地を張らないで。私の前では正直でいておくれ」

自分が惨めなことを時子は認めたくなかった。

でも、この人は知っている。時子がひた隠しにしてきた私生活を全て知っているのだ。

恥ずかしさと恐れのあまり体が震えだす。

スプーンがお皿に当たってカチカチと音を立てた。

 震える時子の手にアカツキは手を添えるとぽつりとつぶやいた。

「ごめんね」

 どうして彼が謝るのか理解できず時子は顔を上げた。アカツキの表情から真摯に謝っているのが伝わってくる。「どう、して」裏返ったその声は自分のものとは思えなかった。

「あの頃の私たちはまだ子供で、大人の助けがなければ生きていけなかった。実は私たちは里親に育てられていたんですよ。本当の両親は幼い時にお互い亡くなりました」

本当は父親から知らされるべき事実をアカツキはあっさり言い、悲しみを宿した瞳で時子を見つめる。

里親。

父親に愛情がないのを時子は薄々感じていた。何故いつも何もかもが人任せなのか、話しかけても理由をつけて私を避けていた。まだ、愛川建設の幹部たちのほうが家族のように優しくしてくれた。

愛されたくていい娘にも悪い娘にもなった。でも、返ってくるものは何もなくただ家族としての時間が無意味に過ぎていっただけだった。

なのに今更、血の繋がりがないだけの理由だなんて、時子の視界がぼやけ無意識に涙が頬を伝っていた。

愛と自分の存在意味を求め、ささやかな期待と希望を胸にいつかこの虚しい日々が終わることを信じていた自分が急に悲しい物に思えた。そんな自分を認めたくなかった。

「ありがとう。愛川がいて助かったよ」不意に、司の言葉が頭のなかに浮かんだ。

そうだ、あの言葉は彼の妹達を助けた時に聞いた言葉だ。自分でも役に立てたのだと思うと心がくすぐったく照れ隠しに冷たい態度を取ってしまったが、正直嬉しかった。

彼が転校して来てから、時子の頑なに閉ざされていた心が少しずつほぐれ、学校が時子の心の拠り所になりつつあった。司と藤波、風之間は時子の冷たい態度やぶっきらぼうな言葉を面白がっているようだった。

 時子は涙で濡れた頬を拭い、わからないようにそっと微笑んだ。

「時子、泣かないで」

アカツキは時子の気持ちが分かるのか辛そうな表情で見つめている。時子は顔を上げ彼を真っ直ぐ見つめると静かに頷いた。

 重ねていた手を引いて、アカツキはとても優しく穏やかに実にきっぱりと言った。

「もう、これから寂しい思いをすることはないですよ」

「え?」

 時子が答えを問う前にアカツキは立ち上がり、カレー皿を片付け始める。

「私と一緒に暮らしましょう。住むところも学校も心配いりません。実はすでに全て準備してしまっているんです。気が早いでしょうか?」

アカツキは可笑しそうに笑いながら蛇口をひねった。勢い良く水が流れ出す。

思わず立ち上がった時子は混乱した様子で言葉も出ない。

 甘く誘うような声でアカツキは言う。

「時子、想像してみて。喜びも悲しみも怒りも一緒に分かち合う、そんな家族欲しくない?私は家族とはそういうものだと思うけど」

 時子の中にあった儚くも淡い学園生活の暖かな出来事が一気に吹き飛んだ。

「ねぇ、自分の世界を変えてみない?」

振り返り時子を見据えるアカツキの柿色の瞳に、彼女が断ることは絶対にないという確信の光が宿っていた。

今の生活に何の未練がある?だけど今さっき会ったばかりの男の言葉を信じてのこのこ付いて行くなんて馬鹿げている。不安と期待で時子の心臓は早鐘を打ち、彼女の心をも震わせた。私の世界を変える。


 荒い息遣い、怒鳴り声、喘ぎ声、嘆願するような鳴き声。

扉の向こうから獣が暴れる音がする。

愛川建設 専務 木下はうんざりした様子で渋々扉を開けた。

据えるような体臭と血と汗と部屋の大半の匂いを占める精液の匂い。

自分の手を汚すことを厭わないさすがの木下も顔をしかめた。

薄暗い部屋はコンクリート打ちっぱなしで広々としている。洋式トイレがむき出しで備え付けられており、飾り棚には怪しげな道具が並んでいた。

床に女が仰向けで倒れており、その傍らに年端もいかない少年に馬乗りになった男が快楽に身を震わせていた。

男は少年の頭を鷲掴みにして床に屈服させている。

 一息つき少年から体を離した男は気だるげに木下を見た。

「なんだ。今、醉いとこなのに。ま、イッたからいいけど」

ズボンから飛び出ている自身を隠そうともせずニヤリと嘲笑った。少年の双尻の間から男のモノの先端からは情事の激しさを物語る液体が滴っていた。

 男の上半身は裸でまるで彫刻のような繊細な肉付きだ。前髪を2つに分けて頬に垂らし、長い後ろ髪は後ろに結んである。明るい茶髪とは対照的に、木下を見つめるその瞳は底な    しの闇のように暗かった。

「仕事だ。やっと調査が終わり、始末をつけることになった」

「はぁ?ジュウゾウちゃんの仕事はもうナシの話だろ?アカツキも迎えにきたトコだし、おれらもめでたく帰れるんじゃねーの?!」

体をタオルで拭きながら不平を言う。

木下は仰向けに倒れて動かない女に歩み寄り足先でつついた。女の長い金髪は扇のように床に乱れ広がり、男を挑発するような薄く赤いドレスは無残に引き裂かれ彼女の白い肌がむき出しになり半裸状態だ。ドレスと同じ色のピンヒールは部屋のあちこちに散らかっている。

 頭の先から爪先まで擦り傷と打撲痕が白い肌に牡丹の花のように赤く点在していた。半開きの目からは生気のない青い瞳が空を見つめる。

「アカツキが最後まで仕事はしろと伝言だ」

その時、木下のズボンの裾に何かが引っかかる。見下ろすとひどく震えながら自分の足を掴む少年の瞳と目がぶつかった。彼の目の周りは赤く腫れ上がり唇は切れて血が滲んでいる。痛々しい少年の口がかすかに動いた。

「た..すけ…て」枯れ果てたか細い声が耳に届いた。

木下はしゃがみ少年と顔を突き合わせ両手で少年の顔を挟む。一瞬少年は顔に希望の光りに輝いたが次には事切れていた。少年の首はあらぬ方法に曲がり、涙で潤んだ瞳はもうどこも見つめていなかった。

 少年の首をへし折った木下は何事もなかったかのように言う。

「館林、いい加減仕事しろ。お前の喰い散らかした獲物の始末手伝ってやるから」

「へいへい」

ズボンを引き上げ、愛川建設 設計部部長 館林たてばやし さとるは身なりを整えるとのろのろと嫌々片付ける木下の後に続いた。

次回

クリスマス目前に控え張り切る司達。

つかの間の幸せに心揺れる時子。

愛川建設の不穏な動き。

それぞれの思惑を胸にその日は近づいてくる。



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