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Retaliation and sweet trap(報復と甘い罠)⑤

「てめぇ!お嬢に何しやがったっ!!」

額から唇にかけて傷跡があるスキンヘッドの男はつばを吐き散らしながら怒鳴りつけた。

胸ぐらを捕まれ、壁に貼り付けにされた司は頭を巡らせる。

正直に言ったら八嵜達は間違いなく地の果てまで追いかけられて殺されるだろう。いくら親が偉かろうと関係ない。相手はマフィアなのだから。

 司はごくりと生唾を飲むと掠れた声で言った。

「学校で寝てしまって、どうしても起きないので連れてきました」

さすがに薬をかがされたとは口が裂けても言えない。とても上手な言い訳とは言い切れないが言い張るしかない。

疑い深げにスキンヘッドの男は司を一瞥すると、安らかに寝息を立てて眠っている時子を揺すった。「お嬢、お嬢!起きてください。こんなところおやっさんに見つかったら怒られます」困った様子で頭を掻く。

「う…ん。」薬の効果が薄れてきたのか、彼の気持ちが伝わったのか時子は腕の中でみじろきすると薄っすらと目を開いた。

「ここは、あれ?黒木くんは??」

体を起こして辺りをキョロキョロと見回す。司は屈んで時子と視線を合わせると、優しく彼女の頭を撫でた。

「科学準備室で薬品が入ったビンを割ってしまって、少し気分が悪くなったんだ。眠っていたから家まで送った」

そういうことにしておこう。後から八嵜達を〆るとして、彼女は知らないほうがいい

 愛川は不思議そうな納得いかないような顔をしていたが、やがてそっと微笑んだ。

「そっか。ありがとう。黒木くんの話、なんだったんだろう?」

 小首を振る彼女の柔らかな頬を撫でると、司は立ち上がりながら言った。

「なんでもなかったって。人違いだったと言ってた。もう気にしなくていいよ」

安心させるように笑ってみせる。愛川は体を起こし、頷いてみせた

別れを告げる司を怖い顔したおじさん達に囲まれた時子は見送った。


辺りはすっかり夕暮れ時だ。空は濃い紫色に変わっており、西に沈む太陽の光の余韻を受けたちぎれ雲はねずみ色に染まっている。

道に連なる無機質な蛍光色の街頭の光の下から、暖かな光りあふれるアーケード内へと足を運ぶと色とりどりのネオンの光が瞬く。

買い物帰りで家路に急ぐ人々の群れの中に司は紛れ込み、長屋作りの歴史ある商店街を歩いて行く。商店街の入口には『春田マーケット』と書かれたアーチがあり、白い支柱には蓮華の花が彫ってあった。アーチをくぐると左手にフラワーショップ「池上」右手に「春田電気」など個人商店がズラリと並び、生活の必需品がここで全て揃う。

この辺りにはオフィスビルと百貨店が建ち並び、学校、公園、図書館等の公共施設があるため大手スーパーの進出する余地のない地域となっていた。

ぼんやりと商店街を歩いていると、司の脳裏に今日の出来事が次々と頭に浮かんだ。

事の発端が八嵜であることは違いない。志郎や龍之介、愛川が受けた仕打ちを思い出すと胸がむかついてきた。

もっと殴って今後二度と手出しができないほど痛めつければよかったのかなと思いつつ、司は視線を上げた。

桔梗をモチーフにした街頭が等間隔で辺りを照らし、ところどころに防犯カメラが備え付けてあるのが見えた。こんな商店街にも防犯対策が施されているんだな。と思った時、記憶が科学準備室の中へとまるでコマ送りのように戻っていく。

防犯カメラ。

司の目が見開いた。

フラッシュバックのように科学準備室での様子が浮かぶ。

淫らな姿で倒れている愛川。

その上で覆いかぶさり愛川のスカートに手を突っ込んだ八嵜。

驚いた顔で振り返ってオレを見る黒木。

興奮しきって己のものを掴んでいた黒木を何の迷いもなく地球儀で殴り、皮肉が口をついたものの大股で八嵜のところへ向かった。

倒れた黒木の手にあったのは何だったのか。

頭に血が昇っていたあの時は気にもとめてなかったものがはっきりと形を現した。

ビデオカメラだ。

司は背筋が寒くなり総毛立つのを感じた。

愛川との一部始終を撮影されていた。間違いなく録画されていた。

黒木の指の隙間から赤いランプが点灯していたのを否応なしに思い出す。

罵り声をあげ司は携帯電話を掴むと走りだした。

自分の間抜けさに腹が立ち、最悪の予感を拭い切れないまま司はこれから何が起こるのか何をすべきなのか頭をフル回転させて考えた。


 胸ポケットに入れておいた携帯電話が鳴り出した。

お気に入りのアニソンだ。

お隣の委員長の家に回覧板を持っていったところ、おばさんの長話につかまり藤波はほとほと困りきっていた。

そこへ、軽快な着信音。

おばさんの話もそっちのけで速攻電話を取ると、友人の切羽詰まった声が耳に響いた。

手振り身振りでおばさんに挨拶をすませ、自分ちのドアを開き、中に向かって声を張り上げた。「ちょっと出かけてくる」家の中から肉の焼ける芳ばしい香りが流れてきて鼻をくすぐる。今日は大好きなハンバーグだってのに、出来たてを食べれそうにない。

階段を駆け下りながら藤波は電話を続けた。「落ち着けって。何があったんだ」さすがに5階から全力で降りれば息も上がる。階段だって二段、三段以上飛ばして階段から飛び降りるかの勢いだ。「あんま、最悪の事考えるな。まぁ、十中八九あいつらならやりかねないが」団地の間を走りぬけ公道へと飛び出す。「あー、でも、おれPCよくわかんねぇんだよな。風之間呼ぶか。あいつ、寮だから外出にちと手間取るかもしれないが。…ああ、わかってる最速で出すから」藤波は学校に隣接する北里公園の南側にある、藤沢学園の寮へと向かった。

電話の相手は司だった。愛川のことについて掻い摘んだ話は聞いたが、録画がネットで流出したらお終まいだ。司の暴行に愛川の動画。

それをネタに八嵜達はおれ達を揺するにちがいない。

そして奴隷のようにこき使うつもりなのは想像にあたいする。

とにかく一刻も早くあのデータを手に入れて、この世から消滅させることだ。

藤波は学生寮へと急いだ。


 殴られた顎を擦りながら八嵜は歯を食いしばった。力では敵わないとは思っていたが、あそこまで力の差があるとは思わなかった。親にも殴られた事なかった八嵜にとってその衝撃は正気に戻るまでかなりの時間を費やした。

まぁいい。切り札をこっちは持っているんだ。後からいくらでも仕返しできる。

歪んだ笑みを浮かべえげつない妄想をしながら、家の門を開いた。

煉瓦色の瓦屋根にベージュ色のレンガ風の壁、白を基調にした小奇麗な一軒家のまわりには季節の花がところ狭しと咲き乱れている。

鍵を差し込み、やや重い桜材の扉を開くと見慣れた玄関へ入る。白レンガのポーチに見慣れた学校指定の靴が行儀よく並んでいた。

 不審に思い顔を上げるといつものように笑顔で母が出迎える。

一成かずなりちゃん。お帰りなさい。あら、まあ。どうしっちゃったのその顔」

いつもと変わらずブラウスにもスカートにもエプロンにもレースをあしらった、まるで現代とは無縁の妖精のようないでたちの母は小首をかしげ、慌てて奥へ姿を消した。

リビングへと足を運ぶと、危うく救急箱を手にした母とぶつかりそうになった。

 母の手にある救急箱を押しのけると、八嵜はぶっきらぼうに言った。

「もう、主治医の先生に診てもらった。たいしたことないよ。ママ」

リビングに目を走らせると、パステルピンク色のソファにゆったりと身を預ける長身の男の姿が目に入った。

光によって濃さを変える琥珀色の長い髪。優雅に立ち上がり八嵜に向けられた瞳は甘いミルクチョコレート色だ。

 ぱくぱくと金魚のように口を動かし、必死で息を吸い込んだ八嵜は掠れた声で言った。

「中村 司」

殴られた時の衝撃をまだ体が覚えているのだろうか、僅かに体が震えだす。

震える?このボクが?!ふざけるな。ボクは誰だ?偉大なる国会議員八嵜 はじめの息子八嵜 一成だぞ。何をしても許される存在なんだぞ。

八嵜の顔から戸惑いと畏れの色が消え、自信に満ちた傲慢な表情が戻ってきた。

科学準備室で鬼の形相だったのと打って変わって、今の司は穏やかで心配そうに自分を見つめている。

何を企んでいる。八嵜は相手の腹を探ろうと挑発的な視線を投げた。

 顔色1つ変えず司の口から意外な言葉が飛び出した。

「友達として謝りに来たんだ。些細(・・)な(・)事で手をあげてしまってごめん。痛かっただろう?」

友達だと?

 10センチ以上ある身長差を感じさせない柔らかな物腰で、司は繊細そうな手を伸ばして八嵜の頬に触れた。反射的に身を引き八嵜は思わず身構えた。

「本当に悪かったよ。君にはクラスメイトや妹までもお世話になったのに。つい、本気だしちゃってごめんな」

申し訳無さそうに眉を寄せているがこいつに悪意がないとはとうてい思えない。

 ここにいる理由を聞き出そうと息を吸った時、ママの声が割り込んだ。

「かずちゃんに外国人のお友達がいるなんて知らなかったわぁ。ところで、お父様は何をしてらっしゃるのかしら?」

 紅茶が入ったティーカップをローテーブルに置くと、あからさまに探るような視線を司に送る。そんな不躾な態度と質問に気付いてないのか司は優雅にソファに座り直しにこやかに質問に答えた。

「T&Mカンパニーの船舶部門で働いています。派遣社員で今はマグロ漁船に乗っています」

「そう」

残念そうに相槌を打ち、ちらりと一成を見た。

聞いたことないような会社の名前に船乗りだって?八嵜は思わず笑いが込み上げる。

神田は市議会議員の息子だし、黒木は大学名誉教授の息子。森谷は全国展開しているスポーツジムを持つ元オリンピック選手の息子だ。

たかが漁師の息子が僕の友だちだって?!

 八嵜親子の嫌な視線や失礼な態度を司は重々承知していた。気分は良くなかったが、ここで嫌な顔を見せるわけにはいかない。涼し気な顔で紅茶を口にするとなんの前触れもなく立ち上がった。八嵜とその母は驚いたように身を固くする。

 立ち上がると司の長身ぶりが更に浮き彫りになり無言の圧力を感じた。

「ここでは緊張するだろう。僕の部屋に来いよ」

一成は顎を振って来るように合図すると、自室へと続く二階への階段に足をかけた。

部屋につくまで二人は終始無言だった。

先に司を部屋に入れると、一成は背中で扉を締める。

 白い壁紙に無垢材の色を活かした家具に囲まれた、まるでモデルルームのような一成の部屋をゆっくり見渡す司に言い放った。

「何の用だ?散々殴って気は済んだんじゃないのか?」

一成の言葉を無視して、机の脇に無造作に置かれていたスクールバックに司は手を伸ばし

 無遠慮にチャックを開くと次々と中身を出し始める。

「お前!何を!!」一成の抵抗も虚しくバックの中身は空になった。無残に散らばった中身の上にバックを投げ捨てると司は一成に近づいた。

無表情なのに目はギラついて、狙った獲物を逃がさない勢いに一成は後退る。

 ジリジリと逃げる一成を司は追い詰め、彼の襟に手を伸ばした。

「脱げ!」

そう言うと両手を上着の合わせに掛け力任せに引っ張った。ボタンが引き千切れる音と共に一成の真っ白なシャツがあらわになり、飛び散ったボタンが数個床に落ちた。

「ひっ!」一成は膝裏に何かが当たり仰向けに倒れた。背中に柔らかい感触が広がる。

必死の形相で後ろを確認すると、ベッドに倒れたことに気付いた。

そうこうしているうちに、司は彼に馬乗りになり手早く上着を探ると次に一成の体に手を這わせた。ゾクリと背中に今まで知らなかった感覚が一成を貫く。

司の手は滑らかにシャツの下の体の形をなぞり、時折親指で撫でながら移動していく。知らず知らずのうちに一成の頬はバラ色に染まり体はガタガタと震えていた。頭ではやめてくれと叫んでいたが、体が金縛りにあったように動かない。

背中から脇までくまなく上半身を探った司の手はいよいよ下へと伸びる。

「や、やめろっ」一成は怒鳴ったつもりだった。だが、その声は掠れて弱々しかった。

拳を握り覆いかぶさる司を突き放そうと腕を伸ばしたが、簡単に司の手に捕まり頭の上で抑えこまれた。司の片手が下半身を彷徨う。

呼吸がみだれ、あらゆる感情が入り乱れる八嵜に対し司はどこまでも冷静で大胆だ。

さんざん探ったあげく、司は舌打ちをすると一成の体の上に体を伸ばし、彼の顎を掴んだ。一成の顔の周りに司の髪がカーテンのように降り、甘い薔薇の香りが鼻をくすぐる。強い意志を湛えた光沢のあるミルクチョコレート色の司の瞳と黒に近い一成の茶色い瞳がぶつかる。鼻と鼻が触れるぐらいの距離で、二人の吐息が交じり合った。

くそっ!近い、近すぎる。一成は激しく打ち狂う動悸と司の体温を感じながら、頭のおかしくなりそうなこの状況に逼迫していた。

 しばらく一成の顔を眺めていた司は口を開いた。びくりと一成の体が震える。

「科学準備室でビデオを撮影していただろう。本体とSDはどこだ」

一成は固く目を閉じ、カラカラになった喉に無理やり唾を飲み込んだ。

キスされるかと思った。

 そんな思いに後悔しながら薄く目を開き一成は苦々しげに言った。

「はっ、そんなものあったかな。家中ひっくり返して見てみるがいいさ。裸になってもいいけど見てみるかい?」

こんな状況で挑発して僕は彼にどうして欲しいのか、頭は速で攻ヤツをぶん殴って逃げ出したほうがいいと言っているが、体はこの続きを欲している。司にその気があるのかないのかわからないが、体はこの先にあるものを求めていた。

何か考えこむように司が目を細めた時、電話の着信音が部屋に響いた。

ビデオとデータを奪い返すために奮闘する司達。

無事手に入れることはできるのか。

愛川は自分の動画をめぐって、彼らが動いているのも知らず親戚の男と再会する。

幼なじみの向井が婚約者 恵を父親に紹介するために愛川を仲介役に立てた。

幸せそうな幼なじみの頼みを受けた愛川は彼と彼女の幸せを祈らずにはいられなかった。

そして、恵の目的の達成の時がいよいよ訪れる。

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