恋をしました
十代の少年というのは、一部例外を除いて性欲旺盛である
最も若く生命エネルギーが溢れる時期に優秀な子孫を残そうとする、生物としての本能の他に女子に対しての興味
そして、自分とは似て非なる女性という異性に対しての未知に対する好奇心がそれを駆り立てる
どこにでもいる17歳の男子「桂木光」も例外ではなかった
光は河川敷や高架下に捨ててあるアダルトビデオやポルノ誌を拾っては読み漁る毎日を過ごしていた
未だ触った事の無い丸い女性の胸、未だ直接見た事の無い女性の秘部
アダルトビデオやポルノ誌を通して光は欲望を発散しながらも、それを膨らませていった
「今回の女優は当たりだったよ」
光はクラスメイトの安達駆に昨日使用したアダルトビデオを手渡す
校舎1Fの特殊学習棟の奥、閉鎖教室の手前
彼らが取引するにはうってつけの場所だ
放課後には教員もあまり通らないので持ち込み禁止のアダルトビデオや18禁の雑誌を持ってきて、それを交換してもバレないのだ
教師にバレないというだけなら教室で交換しても問題ないのだが、そういったものを毛嫌いする女子生徒に告げ口されないとも限らない
もし告げ口されて教師の耳に入ったらアダルトビデオを持ってくる事すら厳しくなる可能性がある
光はそれだけは避けようとこの薄暗い場所を選んだ
駆はめんどくさいと言っているが、取引をするためなら仕方ないと付き合ってくれている
「へぇ、なかなか綺麗な人じゃないか」
駆はDVDのジャケットをチェックしている
表側の写真だけでは信用出来ない、駆の経験上慎重になっているのだ
以前見たアダルトビデオではジャケットと実物が体格すら違うという悲劇が起きたのだという
一通りのチェックを終えた後、駆は自分のサブバッグを漁りDVDの箱を取り出す
そのDVDは真っ白でジャケットには文字一つ描かれていない
「無地だな…ヤバイ代物なんじゃないのか?」
「お前が自信ありげだったからさ、親父の部屋から持ってきて引っ張り出してきてやったんだよ」
駆は得意げな表情をしている、正直こういう時のこいつはアテにならない
「中身、確認したんだろうな?」
「そんな余裕ねぇよ」
光の問いに駆は軽い笑顔で返す、こういう時は見ないのが得策だ
「今回のトレードは無しの方向でお願いします」
光は無地のDVDを突き返す
「あのなぁ、こっちゃ命懸けで親父の部屋に忍び込んだんだよ…せめていっぺんくらい見てから返してくれや」
突き返したDVDを押し返す駆
その手には気合が篭っていた
「…わかったよ、ただし妙なビデオだったら次からは確認しろよ」
光は無地のDVDを鞄に押し込む
光なこのDVDにはどんなロマンが詰まっているのだろうか?嫌々ながら受け取ったDVDではあるが少しだけワクワクしていた
光は音楽室へ向かっている
音楽室は特殊学習棟の5Fにある
1Fから5Fへ登るのは体力的には苦では無いものの、正直めんどくさい
3Fへ上がろうとした時、踊り場から声が聞こえてきた
「あのさ、聞いたか?佐々木の奴が轟を好きになったらしいぜ」
噂をしている男は小馬鹿にした様子だ、正直言って人の恋路を馬鹿にする奴は光は好きじゃない
「佐々木も轟も男だろ?どうして男なんかを好きになれるかなー」
もう一人の男の声は甲高い、やはりからかうような調子だ
「ってゆーか、ダチが同性愛者とかちょっと戸惑うよな…恋愛とか関係無しに付き合えるこがダチだろうに」
小馬鹿にした男は炭酸飲料を一気飲みする、すると器官に詰まったのか思いっきりむせる
「おいおい、大丈夫かよ」
声の甲高い男は小馬鹿にした男の背中をさする
光はそんな二人を無視して真っ直ぐに音楽室へと向かった
音楽室に着くと光はギターを取り出し、いつものように練習を始める
吹奏楽部と合唱部はより綺麗な第二音楽室を使用しているので、音楽室の使用は音楽室を管理している先生からの許可さえ降りれば自由に使えるのだ
ギターを取り出したらまずはチューニング、続いて指の練習
それを終えると譜面台を組み立て楽譜を開く
楽譜のタイトルは「君へ贈る手紙」
光が書いた4つ目の楽曲で、失恋をした駆のエピソードを基に書き上げたバラードで駆からは禁止されている曲である
理由は聞いているだけで恥ずかしさと虚しさがこみ上げてくるから…だそうだ
だが、個人的に良い出来であるのと駆への嫌がらせのために弾き始めはこの曲にすることを決めている
それに聴いた人からの評判も良いので、いつの間にか光を代表する楽曲になってしまったのだ
君へ贈る手紙の歌詞を声に出して歌うと周りに誰もいないお陰で光は思いきり歌う
駆の下らなくも真っ直ぐで美しい想い人への想いを駆のように思いきり真っ直ぐに歌う
ギャラリーは一人もいないが、密かに憧れる駆の真っ直ぐさを声とギターに乗せる
光の学校へ来る密かな楽しみがこのギターだった
「次の文化祭ではこの曲を大勢の前で歌ってやろうか」
そんな事を思いながら一人ぼっちの音楽室の時は過ぎていった
真夜中、光は駆から受け取った無地のDVDを取り出す
ジャケットも無地ならやはりDVDも無地だ
もう全てが真っ白だった
小型のポータブルDVDプレーヤーに無地のDVDをセットする、このベッドサイドにDVDプレーヤーという組み合わせは睡眠時間をガリガリ削ってくれるから光は困っている
さらに、いざ取り払ってみると見事に違和感を感じてしまうから頭を悩ませてくれる
しかしこの真っ白なDVD…これで再生してみて画面が真っ暗…だなんて事があったら駆の奴をブン殴ってやろうと光が考えていると再生が始まった
アナログ特有のノイズ、7CHとか右上に表示されている
しばらくするとアダルトビデオには似合わない小柄な男子高校生が映し出された
カップルによる自撮りビデオだろうか?
すると、画面の手前(?)から野太い男の声が聞こえてきた
「君の名前を教えてください」
男子高校生が答える
「ショウタです」
光は嫌な予感しかしなかったので再生を止めた
これは、ホモビデオである…恐らく間違いないだろう
それも違法のだ
イントロから入っていて本当に助かった、もし「絡み」の場面から入っていたら最悪である
何が悲しくて男同士がアンアンと絡み合う映像を見なきゃならないのか…興醒めしたので光は眠る事にした
「バッカモーン!」
翌日、いつもの場所で駆を無地のDVDで殴りつけた
駆はわざとらしく倒れこんだ、ノリがわかる男である
「すまんすまん、やはりハズレだったか…で、何だったのそれ?」
駆はパッと起き上がり光に聞いてきた、やはり中身が気になるのか
「あぁ、ホモビデオ」
その言葉を聞いた途端に駆はフリーズしてしまう
「親父が…ホモビデオを…?」
光には見えないが恐らく自分の中のモラルがガタガタと音を立てて崩れていってるのだろう
「俺はどうやって生まれたんだろう…」
「多分、騙されて渡されたか親父さんはバイなんじゃないかな」
光は一応のフォローする
「バイでもちょっとその…何か…崩れるわ…」
しばらくウジウジと悩んだ後、駆は立ち上がり新しいDVDを差し出した
DVDケースにはナース服の女性が描かれている
「これ、お礼な…俺は新しい自分を探しにいくわ」
そう言うと駆は玄関に向かって歩いていった
どうやらしばらく考えを整理したいそうだ
いつものような元気な駆ではなく駆の背中はいつもより小さく見えた…
いつものように音楽室でギターを弾いていると、無人のはずの音楽室に来客がいた
1年生の女子生徒で名前は田上明というそうだ
背は小さく小柄で繊細な顔立ちだが、声は少し掠れている
やる事が無く学校をフラフラと歩いていたら歌声が聞こえてきて、そのギターと歌声に感動して思わず突撃してしまったそうだ
「いやーどうも、良いもん聞かせてもらいました!」
明は照れ臭そうに頭を掻いている
それにしても可愛い顔立ちの割にさっぱりした性格をしているようだ
曲に聴き入っている時は女の子そのものだったのに
「あの、また今度も音楽室に来てイイですか?」
正直、照れ臭いし練習のつもりで弾いてるからあんまり人に聴かせるものではないのだが…
「ああ、良いよ。いつでも聴きにおいで」
光はその明のキラキラした強烈な視線に耐えられず意図せぬ返答をしてしまった
多分、明日も来るんだろうなぁ…
正直、昨日のホモビデオのせいであまりAVという気分になれなかったので漫画を読もうと由佳に借りる
由佳は昔からアニメや漫画やゲームにのめりこんでいるので、意外な名作を持っている
何気なく読んだらドはまりするというパターンは数しれず…何となく読みたくなったら由佳に借りるというパターンがすっかり形成されている
「由佳、入るぞー」
光はドアをノックしてみる
「おおう!ちょっと待ったー!」
ガサゴソと何かを片付ける音が聞こえてくる、また何か漫画やイラストを描いているのだろうか
自分の妹が描いているイラストや自作漫画を一度は見てみたいものだが、一向に見せてくれない
正直、兄としては少し寂しさを覚える
「はいはーい、漫画借りたいの?」
ドアが開き、妹の由佳が姿を見せた
その姿はノーブラにTシャツ、下はパンツだけという酷い有様だ
それに家の中とはいえ髪型はボサボサな上に眼鏡は少しズレている
「お前さ、イラストや漫画を恥ずかしがる前にそのラフ過ぎる格好何とかしなよ…」
「いやー…ピチッとした格好だと落ち着かなくて」
由佳はデヘヘと申し訳なさそうに笑っている
由佳の部屋の中は漫画やゲームの棚だけはきっちり整っている
部屋そのものは狭いものの、収納スペースが確保されているので漫画が置き放題だ
ただし、スペースと読む速度の関係上読み飽きた納戸行きになるが
今日は気分転換のため光はあまり見ないスペースをチェックしてみる
一番奥の扉をスライドしてみると…怪しげな本が大量に出てきた、何というか黒と赤のコントラストといういかにもなものが大量だ
「あ…そこ見ても、アニキは多分得しないよ?」
そんな言葉を聞いたにも関わらずつい表紙を見てしまう
表紙には裸の男同士が抱き合って薔薇に包まれているという誰が得をするのかよくわからない光景が描かれていた
「由佳お前…これはどういう…」
「だから言ったのに…」
由佳は手を顔を押さえている
「アニキ、それはボーイズラブといって男同士の恋愛を描いたもので女の子が男同士の恋模様を美味しくいただくための漫画なんだよ」
光は顔をあげて問う
「何故女の子が男同士の恋を?普通気持ち悪がるんじゃないのか?」
「いや…その…現実の男と女の恋なんか汚いってゆーか」
由佳は気まずそうに語っている
男と女の恋が汚いってどういうことだ?
「結局、性欲と性欲だからホントの愛じゃないと思えてしまうんだよね」
その言葉を聞き、光は黒と赤の漫画を開き中を見る
すると男同士で抱き合い愛し合っている姿が見えた
「そのボーイズラブだって性欲と性欲だろ」
「そうっすねー!」
由佳はそんな断末魔と共に布団へと倒れこんだ
光は自室のノートパソコン「腐女子 意味」と検索をかけていた
腐女子とは男性同士の恋愛を妄想したりすることを楽しむ女性を指す
また、アニメやゲーム等のサブカルチャーを楽しむ女性に対する罵倒する言葉として用いられる
「なるほどな、男性同士の恋愛を妄想…か」
それの何が楽しいのか、光にはちょっともわからない
女性同士が絡み合うアダルトビデオだったらちょっと見たいから、それに近いのだろうか?
でも、あれは恋愛とはちょっと違うから腐女子とはちょっと違うのかも
しかし、由佳はえらく落ち込んでいたなと光は考えていた
「今度ケーキでも買ってやるか」
翌日、案の定明が音楽室に遊びに来ていた
サブバッグからチョココーンを取り出し明にあげた
「これ、わざわざウチのために買ってくれたんすか?」
明な目をキラキラと輝かせている
正直、こんな期待の眼差しで見られるのは苦手だ
嫌いじゃないけど、あんまり自分に自信が無いものだからこういう真っ直ぐな視線は辛いものがある
「まぁ、一応ね」
その通りなのだが…
「嬉しいっす!感激っす!」
まるで、ヤンキー漫画に出てくる舎弟のようだ
憧れっす!マジリスペクトっす!そんな感じのノリだろうか
いつの間にか明は光のサブバッグを覗き込んでいた、そしてプラスチックケースを取り出している
「こ、これAVっすか!?」
ドヒャー!と言わんばかりに思いっきりのけぞっている
「ああ、ごめん…うん…」
光は思わず謝罪する、女子が見て嬉しいもんじゃないだろう
「先輩もやっぱ、女体が好きなんすか?」
困ったような表情で明は聞いてくる
女体ってまた…卑猥な言い回しだな
「まぁ、うん…一部例外を除いてそうだと思うよ」
「もし、好きになった人の身体が半分女で半分男だったらどうします?」
「え?」
何でそんな事を聞いてくるんだろう?
「やっぱ良いっす!忘れてください!」
明は手を思いっきりバタバタ振って吐き出した言葉を掻き消している
半分女で半分男、そんな事が有り得るのだろうか?
オカマちゃんとかならあるだろうけど、明が言う半分女で半分男の身体…
昔、再放送で見たロボットアニメにそんな人がいたような気がするのだが…あれとは違うか
「チョココーン食べましょう、溶けますよ」
明は笑顔でチョココーンの袋を開けた
無邪気にお菓子を食べる横顔に少し陰りが見えたような気がした
「半陰陽かな?それ」
光の部屋で地べたに座りながら由佳が言う
兄の部屋で堂々とリラックス出来るあたり彼女は大物だろう
しかもノーブラタンクトップに短パンというあられもない姿でアラレを食べている
「半陰陽ってのはね、男でも女でもない第三の性別って言われてんの…つっても、中身…精神は男か女かのどっちかに寄ってることが多いらしいんだけど」
「第三の性別?」
「バッサリ言うと、まん…女性器と男性器の両方がついている人だね。ほんの稀にいるらしいんだよ」
由佳はあられをひとつまみ取り、バリバリと咀嚼しお茶を喉に注ぎ込む
「お前…男らしいな」
光は思わず本音を口走ってしまう
「そんな事ねーよ…」
そしてその言葉を受けてニヤつく由佳、嬉しそうだ
「褒めてねーって」
由佳の態度を見て呆れる光、どうしようもない妹だ…博学だけど
「これ、光の妹なのか?」
選択科目の美術の時間、身近な人物の写真をトレースするという課題で光と駆はお互いの写真を見せ合っていた
光は妹である由佳の写真を、駆は父親の宏の写真を持ってきたのだ
「可愛い…けど、何なのこの表情」
「アヘ顔ダブルピースというらしい」
アヘ顔ダブルピースとは、明らかに感情の向こう側にイッちゃった表情でダブルピースという破壊力抜群のスマイルなんだそうだ
「お前これをトレースしなきゃならないの?」
駆は表情がひきつっている、流石に引いたらしい
「いや、これはお遊びだよ」
光はもう一枚写真を取り出し、駆に見せた
「ドヤ顔ガニ股ダブルピース」
文字通り、ドヤ顔で腰を中くらいに落としガニ股でダブルピースをしている由佳の姿がそこにあった
髪はボサボサ、服装はいつも通りの半袖半ズボンだ
「これトレー…」
駆が言いかけたところで光がもう一枚写真を取り出した
由佳がつまらなさそうな表情で頬杖をついている写真だった
服装は割とお洒落なものに、髪型も直り表情もあまりふざけていない
「これ…は…」
駆が絶句していた、先程とはまるで違う
「とりあえず好き放題撮らせた後に服と髪を直させたんだよ、せめて変顔はさせてくださいって言ってたんだけどな」
光が必死で土下座して頼み込む由佳を思い出しながら言うと、駆は写真を見比べマジマジと見ていた
「光…今日、お前の家に遊びに行って良いか?」
光は音楽室の前に来ていた
駆との約束があるから今日は演奏が出来ないという事を伝えなければならないからだ
あれから明は飽きずに毎日音楽室に通い詰めては、音楽とお菓子を楽しんでいるのだ
「オイーッス先輩!」
案の定、明は光の前に姿を現した
楽しそうにしている…というより幸せそうにしている明に光は今日は演奏が出来ないという事を教える
「え…!?先輩の友達が先輩の妹の実物を見るために行く!?」
明はワナワナと震えており、俯いている
どうしたのだろうか
「私も行きます!妹さんの貞操を守りにッ!!」
「誰この勇ましい美少女」
駆が鼻息を荒くしている明を指差して光に問う
「勇ましいは余計です!」
美少女は否定しないのか…などと思いつつ光は明を紹介する
「あー…俺のギターを聞いた一年生、俺の練習を毎日のように聴きに来るんだよ」
「ほえー、じゃあお前のファン第一号か」
駆はニヤニヤ笑っている、人をからかう時の顔だがちょっぴり嬉しそうにしている
「はい、君へ贈る手紙!最高でしたよ!」
明が満面の笑みで言うと、駆がガックリと肩を落とす
あの歌は光が書いたものだが、駆にとっては黒歴史に近いものだ
というより、駆にとってはこっぴどいフラレ方をされた告白をモチーフにしているのでどちらかと言えば黒歴史というよりはトラウマに近いだろう
「ああ…やめて、あの歌を褒めるのは…」
痛む胸を押さえる駆、こういう姿を見るとちょっと罪悪感が湧く
「もしかして、この人があの歌のモデルなんですか?」
明は光に聞く
「まぁ、そんなとこだね。立派な告白だったと俺は思うんだけど」
光の家に着くと、玄関の扉をそのまま開ける
由佳の学校は家から近い上に帰宅部なので帰りが早いから家の鍵が開いているはずだ
「おーっすただいまー、由佳いるー?」
光が大きな声で由佳を呼ぶと、玄関の真っ正面の階段からパンツ一丁にブラウス前ボタン全開というあんまりな格好の由佳が駆け下りてきた
光以外に二人ほど見知らぬ顔の人間がいる事を確認すると
「あ…あ…ごめんなさーい!」
羞恥と謝罪の感情が入り混じった言葉を発して自分の部屋へと全力でダッシュした
「私に会いに、わざわざ?」
ちゃんとした制服に着替え直した由佳が言う
由佳は正座をして背をピシッと伸ばしている
家でのだらしない姿を見慣れている光からすると新鮮な姿だった
正直、妹がルックス…というか顔に恵まれていることはわかっていたが駆が一目惚れするレベルのポテンシャルを秘めていることを光は改めて思い知っただろう
「光…いや、君のお兄さんからこの写真を見せられて思わず」
正直、貴女に一目惚れしましたと言うようなものだから駆も照れている
「でも、こんな可愛い顔してるんだからわざわざあんな変顔することないのに」
明が羨ましそうに言う、というか明も明でかなり可愛い顔してるんだが
繊細で、人形に命を吹き込んだらこうなるんだというのを実現したかのような顔の整い具合だ
「いや、私は…ついふざけたくなるんで」
テヘヘと笑ってみせる由佳
「それに、顔が目的で寄ってこられるのが嫌なもので…」
それにちょっと本音をつけたす由佳
ああ、やっぱり警戒してるのか駆の奴を…そうだな警戒した方が良いぞと光は思っているだろう
そしてその言葉にショックを受ける駆、しかし…
「で、でも俺はその…綺麗なのに顔を崩したり変な事が出来る貴女に強く心を惹かれたんです!」
必死に駆は由佳に食いかかっている
これはもう、由佳の胸ぐらに掴みかかりそうな勢いだ
「そ、そうなんですか…」
由佳はチラリと光の方を見る、由佳の眼は物凄く泳いでいる
どうしようアニキ…と助けを求めているように見える
「ま、まぁ落ち着いて…お茶でも飲んで…」
コールド用のポットに入っているお茶を各々のカップに注ぐ
駆は注がれた瞬間にお茶を一気飲みしている、まるでワンコそばを食べているかのようだ
(どうしようアニキ…)
相変わらず由佳は光に助けてサインを送っている
「あの、由佳ちゃんはどんな人が好みのタイプなのかな?」
明は由佳に助け舟を出すかのように質問を投げかける
それを受けた由佳はじっくりと考えて答えを出した
「理知的で落ち着いていて私の趣味に理解を示してくれる人かな…へへへ…」
正直、駆な理知的とな程遠い
頭の回転は早くないし勉強が出来ない、考えるより先に行動を起こす
そしてアニメも漫画もあんまり見ないような人で由佳の提示した好みのタイプとは真逆だと言える
「俺の成績はクラスではドベに近い方ですが、俺は変わりますよ…クラス成績トップも勉強して取ってみせましょう!」
イカン、逆にヒートアップしたぞこの男
その言葉を受けた由佳は慌てて奥にある本棚から黒と赤のコントラストの漫画を取り出した
「わ、私の趣味はボーイズラブの妄想をする事ですよ!それが理解出来るのですか!?」
「してみせましょう!貸してください、全巻読破して感想文もつけましょう!!」
さらに鼻息を荒くする駆、眼の中に炎が見える…
「私、簡単に自分を曲げる男は嫌いです!」
由佳は駆に言葉を叩きつける、その言葉に駆は返す言葉が見つからなかった
駆はそのまま帰って行った、まるでゾンビか幽霊のように顔に生気が無かったが明が付き添うという事で駆を見送った
感情の落差が激しいものの、駆は結構頑丈な男なのだから多分大丈夫だろう
「私、あの人が悪い人じゃないのはわかるよ」
床に寝っ転がっている由佳は言う
「でも、肌に合わないと思ったのか?」
「違う、私は恋愛なんてしたくないんだよ…想うのも想われるのも怖いからしたくないんだ。そのうちそれが途切れたら…悲しいじゃん」
表情を見られたくないのか、由佳は顔をじっと伏せている
「お前、まだ引きずってるのか…」
由佳には中1の頃に彼氏がいた
手を繋いだり、一緒に公園でお喋りしたり交換日記をつけたりとか幼い関係だった
それでも、それだけの関係でもいつしか由佳の世界の中心になっていた
由佳は精一杯尽くした、苦手だった料理も克服してお菓子を彼氏に振舞ったりもした
でも、由佳のその想いに耐えかねたのか幻想から醒めたのか由佳は別れを告げられた
それから由佳は一切男を好きになっていないのだ
「そういうんじゃない…と思う、ただやっぱさ二次元は裏切らないよ!」
由佳な起き上がり笑顔で言った
「裏切る以前に、二次元はこっちの事なんか見てねぇだろ」
その言葉を残し、光は由佳の部屋から出た
今の由佳には駆の必死な言葉はどうあっても届かないのだろう、由佳の気持ちも理解出来なくはないがその弱さが駆を傷つけたのならと思うとやるせなくなったのだ
由佳の部屋からは「アニキのバカー!」という怒鳴り声が聞こえたが光は無視をした
学校に駆は来ていなかった
昨日の妹の発言に傷ついたのかと思うとやはり光はやるせない気分になる
「そういや、あの馬鹿の電話番号知らないな…」
学校で会えるものだから、駆の電話番号を知らない
よく考えたら明の電話番号すら知らない事にも気がついた
「携帯持ってる意味が無いよなこれ」
由佳の方は携帯廃人と言えるほどに使い込んでいるというのに、兄妹で結構性格に差があるなぁとぼんやり光は考えた
「先輩チョリーッス、駆先輩の容体はどうですか?」
音楽室にいつものように明が現れた
「俺、あいつの電話番号知らないんだよな…学校馬鹿のあいつが学校に来れないくらいなんだから電話したとこで無駄だろうけど」
明はハァーッとため息をつく
「あの人マジだったんすか?」
やや困惑気味に聞いて来た
「あいつが女の子に積極的に関わろうとする時はいつだってマジだよ」
「うぇ!?それじゃあ私結構酷い事してたんじゃ…」
明は少し縮こまる
明としては光の妹が色魔の餌食にならないようにと奮闘していたのだから、駆が失恋するようにしていたから行く途中に罵倒していたりしたのだ
「いや、どのみち駆はフラレてたよ。由佳は私は恋愛出来ませんから人の気持ちなんか知りませーんってスタンスだからな」
光は由佳の態度を思い出し、少し嫌な気分になる
「あれ、先輩怒ってます?」
「別に」
光が作曲もせずに氷菓子を貪っていると、ふと明が質問を投げかける
「恋愛出来るけどしたくないのが由佳ちゃんだとして、それとは対象的に恋愛したいけど出来ない人はどう思いますか?」
「また随分変な質問だな」
また一つ氷菓子を口に放り込む
「例えば、どんな人なの?恋愛したいけど出来ない人って」
「そうですね、結婚相手が決められていたり…死に瀕していたり、生殖器に異常があったり」
光はふと、由佳の言う半陰陽というワードを思い出した
「半陰陽?」
明はふと微笑み、光をそっと抱き寄せる
「え、ちょっと…」
光は想わず戸惑ってしまう、女子とこんなに距離が近くなったのは初めての経験だからだそんな風に困惑する光の意思に反して明が光の手を持ち、そっと明の胸へと運んでいく
「膨らんでいるでしょう?」
更に手を股間へと持っていくと、光は違和感を覚えた
「あるはずの無いものがありますよね?」
そうだ、ペニスがある…明は女子のはずなのに男子にあるべきペニスがあったのだ
「明が半陰陽…?」
「そう、僕は男でも女でも無いんだよ」
明の雰囲気がガラリと変わったような気がした
「男でも女でも無い…でも、人格は男か女かどちらかに寄っているって聞いたんだけど」
「でも、それは大多数の人間であって全ての人間がそうとは限らないんだ」
そういう明の表情はいつもと違って温かみが感じられない、いつもの太陽のように明るい明はどこへ行ってしまったのだろうか
「僕は明、ウチも明…貴方は私を愛してくれますか?女としても男としても」
明はどこか悲しげな表情をしているが、光はぼんやりとただ美しいという感想が頭を過った
明は繊細な少女のような顔立ちだが、今の明はどことなく儚い少年のような顔立ちに見えた
「それは、俺が好きだってこと?」
「初めて、貴方の歌を聞いた時から」
「ねぇ、アニキ…あの駆って人を私の前でボコボコにブン殴ってよ」
光の部屋で寝そべっている由佳が光に言う
「嫌だよ、自分で殴れよ」
同じく光はベッドで横になっている
「私さー、あの日から駆って人の顔が頭から離れないんだよ。これじゃあ恋してるみたいで気持ち悪いんだよ、乙女ゲーや乙女CDやっても全く身が入らないんだよ…これじゃあ嫁に嫌われちゃうよ」
由佳がジタバタと手足を暴れさせている
「じゃあ、観念して付き合えば良いだろ。由佳は駆が好きなんだよどうしようもなく」
「嫌だよ、このまま好きになったら…いつかまた嫌われたら」
「あの馬鹿はいつか来る終わりなんか考えてないぞ、馬鹿でも恋が出来るんだからお前には楽勝だろ」
むくりと由佳は起き上がり、光の携帯を奪い取る
「アニキ…駆のアドレスどれ」
「ごめん、知らないんだわ」
由佳を駆の家に連れて行き、その帰り光は公園に寄っていた
自販機でコーヒーのブラックを買って一気に飲み干し、ゴミ箱に空き缶を投げ捨てる
「かっこいー!光先輩!」
目の前には明が笑顔で拍手をしていた
「別に見世物じゃないんだけどな」
「でも、大人っぽかったっす!」
はしゃぐ明の頭を撫でてやると、犬のようにくぅ〜んと鳴いた
「駆と由佳はくっついたみたいだよ」
「あれ、意外な事に」
明は意外そうな顔をしている
「で、私の告白は?」
ニコニコしながら返答を待っている由佳
「お前の方はOKだけど、少年明の方はちょっと怖い…かな」
「えー!?理知的で素敵じゃないですか!」
「自分で言うか!」
明は子供みたいに地団駄を踏んでいる、そういう姿もまた可愛いのだが
「なーんであっちの明はダメなんすかー」
ぶすっとむくれながら聞いている明
「だって、何か妙な事言ったら刺されそうだし…」
「そーんなー!」
明はポカポカと光の胸を叩いている、あぁまるで痛くない
でも、最初はそんな友達より少し近づいたくらいで良いんじゃないかと光は思っていた