02:「えへ☆だって亮たん相手だと楽しいんだもん♪」
「今日も平和……なのかなぁ」
縁側で空を見上げ、ぽつりと呟いた声は誰に届くこともなくその場で消散する。手を組みぐいっと背伸びをすれば、自然と欠伸が漏れた。午後の授業が珍しくない今日は、暇で仕方がないのだ。町へ出かけようにも買いたいものはないし、欠品もない。咲夜は読みかけの山海経を閉じて懐へしまうと、裏山の修練場へと足を運んだ。
「…今日は上級生の授業が入ってたんだ」
裏山へついて、咲夜が最初に述べた一言はそれだった。既に四・五・六年生達がその場を占拠しており、彼女の思案するあたり、四・五年対六年といったところだろう。真剣に敵と戦う場面を想定しているのか、皆目がマジである。
「とぅっ!」
「っと…こま、手加減してくれたっていいよね?」
「佐山相手に手加減なんかするもんか!」
六年生に見えないとよく言われる六年い組の奈辺駒助。一方相手は幼馴染である五年ろ組の喜今日佐山。肉弾戦の得意な駒助に佐山は若干押され気味だが、そこで乱入者が入る。
「あはー。佐山、俺に譲ってちょ」
五年は組、伊地知響。体術を主に扱うパワーファイターであるが故、駒助とはいい勝負をしてくれるであろう。佐山はほっと息をつくと自分は後ろへと飛びのいた。
「響。そうしてくれると助かるよ。体術には体術だもんな」
「ちょ、朔弥先輩! 俺だけを狙わないで下さいよ!」
大声で苦情を述べたのは桐生だった。お使い五人衆の一人と呼ばれるほどの実力者であり、大量の武器をその身に隠し持つ彼の相手をしているのは、同じくお使い五人衆の一人である朔弥であった。
「えへ☆だって亮たん相手だと楽しいんだもん♪」
「あ、それ俺も思う」
「五葉先輩まで!?」
参戦したのは六年ろ組の円應寺五葉だった。それに桐生は顔色を変えれば、朔弥に強い蹴りを放った雪華が余裕の笑みを浮かべた。
「あは、どんまい桐生」
「柊もなの!?」
「桐生先輩、すいません、肩借ります」
「桜次郎、相良!」
トン、と桐生の肩を土台にして六年生に立ち向かっていったのは四年い組の知文桜次郎と四年は組の影宮相良だった。
「万力鎖はちょっと厄介だな…」
「相たんも、千本以外に何か仕込んでるよね~☆」
お互いに笑みを見せてはいるが、目は笑っていない。実戦練習といえど、各々が色んな思いを胸にやっているのだな、咲夜は改めて思った。そして邪魔にならないようにと木へと飛び乗り、奥の的当て場へと向かおうとするが、そこへ手裏剣が飛んできたので、咲夜は咄嗟に避けた。
「…別に、邪魔するつもりはありませんよ、私」
「あ、咲ちゃんだったんだ、ごめんね~つい文たんかと」
「ギンギンしてませんよ、口に出して言ってもいませんから。とりあえず、武器を向けるのは相手の方にして下さい。私は奥の的当て場へと向かいますので」
失礼します、と一礼して木から木へと飛び乗り的当て場へとつき、誰もいないことを確認するとしゅるりと頭巾をとり中に仕込んである獣型の符を手にすると的目掛けて放った。すると、的に当たる前に虎の姿へと変わり的を蹴り、咲夜と対面する。
「黄昏、宜しくね」
挨拶をすれば、あちらも小さくグウと鳴いて咲夜の目の前まで寄ると伏せた。咲夜もその場に座り込むと、その頭を撫でながら対話を始める。
≪話すのは久しぶりだね。随分呼んでなかったから、寂しくなかった?≫
≪少し。それより前よりお力が強くなられたようですね≫
≪本当? これでも鍛練しているんだよ、長く対話できるように。他にも使えるようにね≫
≪もう少し経てば、御父上を超えるでしょう。まだ兄上様には及ばないでしょうけれども≫
≪そっか。そういってくれると嬉しい。まだ目標は遠いと知れると頑張らなきゃと思えるからね≫
そう対話していた時だった。がさ、と茂みが揺れたことに気づき咲夜と黄昏は戦闘態勢に入る。幾ら忍術学園の領内だからといえど油断は出来ないのだ。すると茂みから棒手裏剣が飛んできて、咲夜も鍼を相手へと投げつけた。
「誰だ」
「! …円應寺先輩」
「あぁ、咲夜か。少し奥まで紛れ込んでしまったみたいだな」
「無理もないですよ。真剣に取り組んでいるんですから」
苦笑を零せば、五葉の視線が黄昏へと向いていることに気づく。
「白虎か? いや、それにしては…模様が多すぎるか」
「スウ虞です。代々家に仕えています」
「咲夜の家は神社とか、神聖な家系なんだな」
「歴史はそれほど長くはないようですけどね。でも見鬼の才・感じる力・夢見の才など受け継ぎましたから」
「そうか。でも凄いことだろう? 滅多にない力だ」
「凄いと言われたのは初めてです。なにせ自分の力についてはあまり公言していませんからね」
「俺の妹も視える力が備わっていてな。よく神様なんかと対話しているんだ」
その言葉に、咲夜は目を見開いて珍しく驚いた表情に変わる。
「神格と対話…? 滅多なことでは…血族的なものでも不可能に近いのに……私の家系でも兄以外では出来なかったと」
「やっぱり難しいことなんだよな」
「えぇ。疎外の対象にもなりますからね。人前で話せるようなことではありません」
「そうだよな。うちのはあまり家の外には出ないから、疎外にはならなくて安心してる」
お互いに色々大変だな、と顔を見合わせてぎこちない笑みを浮かべた時だった。
「「咲夜先輩、五葉先輩!」」
重なったその声には聞き覚えがあり、声の方を振り向けば、二年ろ組の篁陽流と夜流双子兄弟が此方へ向かって走ってきていた。それに二人は笑みで迎えようとした時、ひゅ~という音をたてて焙烙火矢が飛んできた。勿論、火がつけられたまま。
「え」
「嘘だろ」
咲夜は咄嗟にその辺にあった木の棒を掴んで五葉に渡した。彼も彼でぎゅ、と握り思いきり棒を振るえば、ナイスホームランというくらいに修練場の方へと飛んでいった。
「おわぁ、ホームランでござる!」
「五葉先輩凄いでござる!」
「すいません、咄嗟に渡してしまって…」
「いや、大丈夫だ。けど、確かあっちって…」
「あ…」
「どうかしたんでござるか?」
「まずい…あっちで今実演訓練が行われているh「ドッカーンッッ」…やってしまった」
「…円應寺先輩に罪はありません。飛んできた火矢に罪があります」
「まぁ、確かにあっちの方向から飛んできたしな…悪い、当たったら勘弁な」
その言葉が言い終わった直後、修練場の方から悲鳴が聞こえたので、四人は何とも言えない表情で視線を泳がせたという。