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第一話 カーソ村のベルゼ

 大陸の西端にある閑静な村カーソ。その端にある小さな空港の近くに、一軒の酒場がある。辺鄙な田舎にあるにしては栄えた酒場で、広々とした板敷きの店内には十名ほどの客がいた。三つあるテーブルとカウンターはどこも一杯で、肌を大胆に露出したバニーガールが耳を盛大に揺らしながら給仕をしている。

 そのバニーガールに、一段と熱い視線を送っている老人がいた。それは驚いたことに、若干白髪としわが増えているがモルガンのようだ。彼は隣の男の子に呆れたような顔をされながらも、バニーガールに向かって燃えるまなざしを送っている。


「いいのう……。あのウサ耳、プリップリのケツ、胸が普通なのがちとまずいが……中々じゃのう!」


「じっちゃん、そんなにジロジロ見てるとまた追い出されるぞ。この間みたいに」


「ふ、男にはな……たとえ怒られるとわかっていても、ジロジロ見なければならん物がある!」


 モルガンはジョッキをカウンターにたたきつけると、拳を振り上げた。その顔は真剣そのもの、キリリと引き締まっている。だが、男の子はへの字に眉を曲げた。


「そんなにいいものかな……? シナモンねーちゃんの胸なら毎日見てるけど、じっちゃんみたいに思ったことないぞ」


「ど、どういうことだベルゼ!?」


「一緒にお風呂に入ってるんだよ。ほら、うちお風呂ないからよくお風呂を借りてるだろ。その時一緒に」


 モルガンの顔が凍る。シナモンとは、彼とベルゼが暮らしている家の隣に住む少女だ。年のころは16歳、赤毛の活発な少女である。そしてモルガン的には一番重要なことだが――胸が大きい。それはもう見事な大きさだった。今二人の目の前に居るバニーの胸を山とするなら、彼女の胸はさながら大山脈だ。


「うおおおお! わしは男として、親として! 今お前を倒さねばならないようじゃ!」


「なんだじっちゃん! 久しぶりに戦ってくれるのか!」


 やるか、と言わんばかりに立ちあがった二人。その眼はどちらも闘志に満ちている。他の客たちも歓声をあげて、場の雰囲気がにわかに盛り上がった。しかし――。


「はいはいモルガンさんにベルゼ君。そういうことは外でやってくださいね!」


 二人の尻に銀のトレイがジャストミート。そのまま彼らはバニーガールに押されて、まとめて店を追い出されてしまった。言い争いをしながら店から出ていく二人の背後から、盛大な笑い声が聞こえる。もはや村の名物といってよいレベルで頻発していることだった。


「まーったく! 年寄りの扱いが悪いぞい!」


「そういうことは尊敬できる年寄りになってから言ってくださいな」


「カーッ! そんなこといっとるから胸が成長しないんじゃぞ!」


「ふん、これでもDあるの! それじゃまた明日!」


 酒場の扉は勢いよく閉められた。空気がジリリと震える。モルガンはその大きな扉を一瞥すると、家の方へと歩き始めた。ベルゼはそのあとにくっついて行く。二人はトボトボと月影の元、細い道を歩いて行く。


「まったく、最近の若い者はなっとらんぞい……」


「それよりじいちゃん、俺と戦わないのか!?」


「今はそんな気分ではないわ……」


「困るよじっちゃん! 俺、いま戦う気分なんだからさ!」


 拳を構えるベルゼ。すでに気迫は十分、いつでも戦える。するとここで、モルガンの体が陽炎のごとく揺らいだ。次の瞬間、ベルゼの体に拳がめり込む。彼の小さな体はくの字に曲がり、思わず大声を上げた。


「いきなりはないだろ!?」


「バカモノ、この程度の不意打ちに対応できんようではまだまだ勝負にならんわい……ん?」


 村に寄り添うように茂っている森。そちらから村の方へと向かってくる人影が見えた。燃え立つような紅の髪、透明を思わせるほど白い肌、何より細い体から飛び出すような雄大な果実。歩くたびにユラユラと揺れるそれは、間違いなくシナモンのものであった。


「シナモンねーちゃん!」


「あらあら、ベル君にモルガンさんじゃない。こんな時間にここを歩いてるなんて、ははーん……また酒場を追い出されたのね?」


「恥ずかしながら……」


「またじっちゃんがセクハラしたんだ」


「違うわ! もとはと言えばお主がシナモンさんとだな……」


 なにやら険悪な雰囲気を帯びる二人。ぶつかり合う視線の延長戦では、熱い火花が飛び散っている。シナモンは口を押さえて笑うと、二人の間に割って入った。


「まあまあ、喧嘩しないの」


「むぅ……」


「……まあ、そう言われると仕方ないかの。それより、シナモンさんはどうしてこんな遅くに?」


「女神像参りにね。仕事が終わってから出かけたから、ちょっと遅くなっちゃったの」


 森の入口からやや北へ向かった場所に、いつからあるのか不明なほど古い石の祠がある。その苔生した胎内には小さな女神像が安置されていて、村人の信仰を集めていた。豊穣の女神とも風の女神だともされているそれは、素朴な木彫りの像でありながらもどこか光に満ちて、神秘にあふれていた。

 女神像を参るのはシナモンの日課だった。二人はそうだったなと、手をつき納得する。だが、さすがに夜道の一人歩きは平和そのもののカーソ村でも危険だろう。モルガンは少し顔を険しくした。


「ああ、そうじゃったのか。じゃがの、一人歩きはやめた方が良いですぞ? なんだったら遅くなるときはわしがついていってあげようかの?」


「それはいいわね、でも迷惑かけちゃいそうだし……。大丈夫、こう見えても私は魔法が使えるもん」


「そうだぜ、じっちゃんと一緒に歩いたらセクハラされちゃうよ。じっちゃ――」


 響く快音。鉄拳制裁が炸裂した。ベルゼは大きなたんこぶをこしらえ、頭を抱えて黙りこむ。言葉が出ないほど痛いらしい。


「お前は何を言うか! ……でも本当に良いのですかな? 遠慮はせんで構わんのですぞ」


「ええ。気遣いはありがたいけど、逆にこっちが気を遣っちゃいそうだわ」


「それほど言うのならば、仕方ないのう。まあ、何かあったら言ってくだされ」


「ふふ、ならいざというときは頼りにさせてもらおうかしら」


 シナモンは大きな胸を果物よろしく抱えると、機嫌良さそうに笑った。並んで歩いている二人も、それにつられるようにして笑う。そうして三人は談笑しながら夜道を進んでいき、やがて三人の家の近くについた。赤い三角屋根の小屋が、舗装もされていない小道を挟むようにして二つ、ぽつりぽつりと建っている。田舎なので、隣といっても割合隙間があいているのだ。


「また明日ね~」


「それじゃあの」


「ばいばい」


 三人はそれぞれ自分たちの家へと向かった。だがここで、彼らの視界に奇妙な音が飛び込んでくる。それは巨大な鳥が翼を羽ばたかせたような、非常に独特の音であった。彼らが思わず音のした方角を見ると、何か黒い物が浮いている。色とりどりの光をまばらに点滅させながら、それはゆっくりとこちらへ近づいてきた。


「これは……デカイ飛行船じゃのう」


「これだけ大きいやつは久しぶりだわ。何かあったのかも」


 黒い飛行船は巨大な腹を見せつけるようにしながら、ゆっくりと三人の上を通り過ぎていく。そして地面に向かってどんどん高度を下げると、その巨体を村の空港へと横たえた。円筒型をしたその黒光する船体は、近くにある酒場の建物と比べて十倍ほどもあり、静かな威圧感を醸し出している。さらにその船体の中央にはオーガ――森に住む凶暴な一角鬼――を模した紋章が印されていて、宵闇の中でもはっきりと存在感を示していた。


「見に行こうぜ!」


「まて、もう遅い。あの様子ならしばらく滞在しとるじゃろう、その間に見に行けばよいではないか」


「ちぇ、せっかく面白そうなのに」


「明日のアサイチには連れて行ってやるわい」


 ベルゼは頬を膨らませつつも、しぶしぶ納得した。三人は改めて挨拶をすると、それぞれの家へと入っていく。ベルゼは家の扉をくぐるや否や服を脱ぎ捨て、素早く寝間着に着換えると、ベッドへと潜り込んだ。


「おやすみ! 明日はイチバンで飛行船を見に行くんだからな!」


「おう、おやすみ」


 ベルゼは薄っぺらな布団を引っ被った。すぐさまそこから穏やかな寝息が響いてくる。あまりの寝つきの良さにモルガンは少々呆れながらも、ベルゼの方を見た。黒髪黒眼というこの大陸では珍しい組み合わせの色と、まだあどけないが割と整った顔が視界を埋める。目をつむったその様子はさながら人形のように愛らしいが、すでにところどころが若干ではあるが男らしくなっていた。


「あれから十年か、だいぶ大きくなったのう……。しかし、後どれだけ見守れたものか」


 暴風に揉まれるままこの村まで流されて、はや十年。赤ん坊だったベルゼもすっかり大きくなったものである。モルガンは感傷に浸りつつ、枯れた手で彼の頬を撫でる。そして数分後、自身の胸に手をやると、若干咳き込みながら布団をかぶった。

 翌朝、村のあちこちから新聞を背負った伝書鳩の鳴き声が聞こえる頃に、ベルゼは眼を覚ました。目に差し込む朝陽のまぶしさに顔をしかめつつも、大きく背を伸ばす。そして寝ぼけ眼をこすると、彼はいの一番にモルガンを呼んだ。


「じっちゃん、出かけるよ!」


「うー、すまん。今日はお前一人で行ってくれないか? どうやら二日酔いしてしまったようじゃ……」


 モルガンの声は弱く、震えていた。ベルゼはまたか、と思いつつも自分ひとりで支度を始める。酒の飲み過ぎか、モルガンはよくこうして二日酔いになった。しかも最近、特にその頻度が上がっている。酒の摂取量はさほど増えてないようなのであるが――年を取ったせいなのであろうか。

 カバンにお腹が空いたとき用のパンと小銭を入った財布を詰め、水筒代わりの革袋を背負ったベルゼ。彼は頭まですっかり布団をかぶってしまっているモルガンの方を見ながら、ドアノブに手を駆けた。


「行ってくるからな」


「行ってこい。ついでに食事の材料でも買ってきてくれ」


「オッケ、じゃあマナさんの店も見てくるよ」


 ベルゼはそういうとドアを開けた。途端に、朝焼けの村が飛び込んでくる。家々の間に広がる草原は夜の間にたっぷり貯めた露を輝かせ、煌く絨毯のごとく。家の屋根は光を照り返し、特に赤い屋根は燃えているようだ。ベルゼは家の前のちょっと坂になっている小道を、空港の方へと駆け下りていく。するとおこで少し前方に、紅い後ろ姿が見えた。シナモンだ。


「こんにちは!」


「あら、こんにちは。今日はずいぶん早いのね」


「あの飛行船を見に行くんだよ! おかげで昨日から眠れなくって」


「そういえばそんなこと言ってたわね。なら、私もちょっとついて行こうか。仕事まで時間はたっぷりあるし」


「ありがと、シナモンねーちゃん」


 二人はそのまま連れたって坂を下って行った。やがて村の中心部が近づいてくると、あたりに物々しい気配が漂ってくる。早朝にもかかわらず道を歩く村人たちが妙に殺気立っていて、かつ空港の方へと群れになって歩いていた。このようなこと、久しくなかったことだ――シナモンは僅かながら嫌な気配を感じる。


「ねえ、なんだか嫌な感じがしない?」


「そうかな。それより早く行こうよ、みんなに乗り遅れちゃう」


「それもそう……よね」


 ベルゼたちは人波に乗って、一気に空港の前まで進んだ。やがて彼らの視界が人込みと黒い異形の船に占拠される。昨日は暗くてわからなかったが、飛行船の船体にはあちこちに大砲のような物が据え付けられていた。ずんぐりむっくりとした造りではなく、比較的細く長い造りであるところを見ると魔導砲の類だろうか。この船が明らかに洗練された戦闘用の飛行船であることが、ど素人のベルゼやシナモンにさえ嫌でもわかってくる。


「そこの船! 誰に許可を取ってこの空港に停泊しておるのだ! ここに船を停泊させる場合は、事前にわしのもとに連絡を寄越すのがルールだぞ!」


 ベルゼとシナモンが前へ行こうとしてもぞもぞしていると、群衆の先頭付近から急に大声が響いてきた。言っている内容と、横暴な物言いからすると話し手はおそらく村長だろう。それに賛同するようにして、前の方から「そうだそうだ!」との声も上がる。ベルゼとシナモンも、なんとなく周囲と調子を合わせて「そうだ!」と声を上げた。

 すると、飛行船のドアが不意に開かれた。そこからタラップが降りてきて、地面をカンッと鳴らす。その音に続くようにして、奥から足音がしてきた。大きい、まるで熊が歩いているような足音だ。飛行船の床が金属張りだとしても、果たしてこれほどに音は響くものか。村人たちはその迫力に、若干押されてしまう。


「朝っぱらからうるせえ連中だな。もうちょっと静かに眠らせろや。これだから暇な田舎者は困る」


 扉から体を窮屈そうにひねり出した男は、途方もなく大きかった。群衆の先頭に立っている村長の、実に三倍近い背丈がある。肩幅もがっしりとしていて、中に鋼鉄の枠組みでも入っているようだ。さらにその屈強な男の傍らから、無数の僕らしき者たちを引き連れた二人の男が現れた。


「弟よ、いきなりそんなことを言ってどうするのです。物事は第一印象が肝心ですよ。まずは私に任せなさい」


 眼鏡をかけ、背高ノッポといった印象の学者然とした男が大男を制した。彼は集団の最前線に躍り出ると、風の魔導具――俗にマイクと呼ばれる――を片手に声を上げる。


「どうもみなさま、先ほどは弟が失礼な発言をしました。私たちは旅団ブラックノート。王都付近では少しは名の通った犯罪旅団の一つでございます――」


主人公の名前が登場……したのはいいけれど、未だにモルガンが主役っぽかったり。もうしばらくすればベルゼが主人公らしくなってくるのですが

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