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ご主人様と猫。  作者: 鍵屋
はじまりの話。
5/18

5、奪われました。

 目が覚めました。

 で、目の前に見知らぬ男の人の顔がありました。


 ……これはどういう状況なのでしょう?


「おはよう」


 男の人はにこにこと、思わず見惚れてしまうような笑顔で言います。


 ここはアタシも「おはよう」と返すべきなのでしょうか。

 それとも驚いてみるべきなのでしょうか。

 寝起きの頭じゃうまく判断できないですが、そのどちらもナシな気がしますですよ。


「気持ち良さそうに寝てるから起こさなかったんだけど、聞いてもいいかな?」


 な、何をでしょう。

 不穏な空気を感じて後退ろうとするのですが、アタシの居る場所は木の幹の上。

 いくら小柄なアタシとはいえ、これ以上枝先に行くのはマズイのです。


「なんでこんなところで寝てるのかな?」


 その口調はあくまでも柔らかなそれですが、その目は笑っていませんです。

 返答によってはたたっ斬るくらいの剣呑さが見てとれるですよ。


「ねっ」

「ね?」

「ね、眠かったからっ」


 どうにかして逃げられないかと頭をフル回転させながら、とりあえずその視線からは逃れようと、よそを向きます。

 大型犬に睨まれた子猫はこんな気分なのかと、ちょっと現実逃避してたりするのは内緒です。


「それ、信じられると思う?

 どう見てもうちをノゾキしてるようにしか見えなかったよ?」

「のそ……き?」


 学校と隣家の間には背の高い木々があって覗くことは無理なハズです。

 それにここの近くに隣家は無かったと思うのですが?


「そう、ノゾキ。

 そこの塀から向こう側がうちの敷地。ほら、あの屋根がうち」


 おおぅ、あの謎の屋根のお家の方なのですね。

 近所のお家と見違えたわけじゃなかったのですね。

 学校が始まったら、是非とも話して聞かせてあげなくてはいけませんですよ。


 納得がいって、つい……ええ、本当についです。顔を前に向けたら、男の人の顔が目の前にありました。

 それも触れそうなほど近く。


「で?」


 で、とは何なのでしょうか。

 というか、顔っ! 近すぎですよっ!


「木の上から覗きをしていた子猫ちゃんは、俺に何か言うことがあるんじゃないのかな?」

「ご、ごごごごごご」

「ご?」


 うわぁぁああん!

 この人、絶対にSですよぉ。鬼ですよ、鬼畜ですよ!


 ごめんなさいと謝りたいのに、言葉にならなくて。

 自分でも意味不明なことを口走っていると、男の人は思い切り人の悪い笑みを浮かべてくださりやがりました。


「素直に言ってくれないなら、身体に聞こうか?」


 んで、ちょんと。アタシの唇と、男の人の唇が……。

 ――ぼふん。

 何かが爆発して、吹っ飛ぶ音がしましたですよ。




 目が覚めました。

 で、目の前にあった男の人の顔を思い切り睨みつけ、その襟ぐりを掴みました。


「何してくれやがるんですか!

 乙女の聖域を! 大切なファーストキスを!」


 怒鳴ったのはアタシのせいじゃないはずです。

 目の前の男の人が不埒な真似をしてくれたせいですよ。


 叔母さんは言ってました。

 女の子の身体に同意無く触れる野郎は、×××(ぴー)×××(ぴー)して×××(ぴー)してやるべきなんだと。

 思わず伏字にしちゃったのは、それだけ過激な発言だからなのです。アタシは今、あの発言に猛烈に同意してるでありますっ!


「……初めてだったの?」


 男の人はびっくりしたような表情で、アタシを見てきます。


 悪いですか!

 別に大切に取っておいたわけじゃなく、相手がいなかっただけですが!

 それでもアタシの大切な初物に変わりはないですよ!


 むしろアタシが悪いことをしてる気すらしてくる表情ですが、ここは心を鬼にしなくてはいけないのですよ。

 こういう場合、女のほうから引いては駄目なのだと叔母さんは言ってましたです。

 びしっと、毅然と! 男のほうから謝罪を言わせなくてはならないのです!


 …………ならないのです。


 ならないの……です。が。

 ……あぅ。


「の、ノーカウントにする。犬にでも噛まれたと思って忘れるから。

 だからその……」


 遠いお空の上の叔母さん。

 アタシにはびしっと、毅然とした対応は無理でしたです。


「ごめんね。

 でも、犬に噛まれただなんて傷付くな」

「あ、えっと、その。ごめ……」


 心底傷付いたように聞こえるその言葉に思わず謝りかけ、はたと気付きましたです。

 なぜに、どうして! アタシが謝ろうとしてるのかと!


「だからね、ファーストキスの謝罪はきちんとするから。

 それを受けてくれないかな?」

「そ、それは……」

「駄目?」


 負けたですよ。

 なんか、ファーストキス以外にも色々と大切なものを奪われた気がしますですよ。


 力なく頷いたアタシは、頭の中で精一杯巨大な白旗を振ったのです。


 叔母さん。

 アタシはケガレテしまいましたですよ。

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