3、野良になりました。
ふらふらと、アタシは歩いた道を逆にあるいていたのです。
家に帰る時は軽い足取りだったというのに。
この差はなんなのでしょうか。
……いえ、わかってるのです。
火事と鬼ババのせいなのです。
鞄から取り出した携帯電話をぐっと握り、叔母さんからの連絡を待つのです。
アタシの保護者である叔母さんは、世界を飛び回る謎のスーパーウーマンなのです。
……聞いた仕事内容がアタシにはさっぱりだっただけで、横文字が社名などこかの国に本社を置く会社のOLさんなのですが。
とにかく、その叔母さんがアタシの夏休みの始まりと同時期に長期休暇をもぎ取ってくださりまして、一緒に旅行に行こうかということになっていたのです。
今日の夕方にアタシを叔母さんが迎えに来て、空港近くのホテルで一泊。そして遥か南の国に飛び立つ予定だったのです!
うーうーうー。
いくらでも涙が出せそうな気がしますが、そこは必死に我慢です。
女には泣いても良い時と悪い時があるのだと、叔母さんがアルコールが入ると熱心に語ってくれるのです。
女の涙は武器なのだと。
それを男がいない場所で流すなんて、無駄だと。
アタシが我慢してるのはソレが理由じゃありませんよ、念のため。
携帯を開き時間を確認すると、そろそろ叔母さんの乗る飛行機が日本につく時間です。
ついたら一番に連絡をくれると、この間の電話で言ってましたです。
そわそわと、電話を待ちます。
胡散臭さ満載なのは、気付かないことにしましょう。それがアタシのためです。
――じ、じりりりり。じりりりり。
昔懐かし黒電話の音で携帯が鳴って、慌てて電話を開きます。
ディスプレイに表示されるのは叔母さんの名前。
嗚呼、天にも舞い上がれる嬉しさですよ。
「――お」
『急な仕事が入っちゃった』
窮状を涙ながらに訴え、迎えに来てと告げる前に……叔母さんは今にも泣きそうな鬱々とした声音でアタシの言葉を遮ったのです。
『これから愛しい姪と久しぶりのバカンスだって言うのに、アタシじゃないと無理だとかあの無能上司が言いやがるの。絶対にアタシに対する嫌がらせだと思うんだけどさ、クライアントがアタシじゃないと嫌だってアタシの携帯にまで電話かけて来たのよ。それも無能の嫌がらせなんじゃないかとも思うんだけど、あの無能じゃ話にならないのは事実なの』
息も吐く間もないという言葉を体現したかのような、そんな調子な叔母さんに……アタシは言おうとした言葉を飲み込んだのですよ。
ごっくん、と。間違っても口から飛び出さないように、しっかと。
『でね、折り返す飛行機に乗って戻らなきゃならなくなったの。一時間でも二時間でも時間が取れたなら、直に会って話すだけでもしたかったのに。
それで……どう? 元気にやってる? 問題はない?』
「うん。元気。
大丈夫、やってけてるよ」
頬を伝うのは、汗ですとも。今日は暑いですからね。
間違っても涙なんてものじゃないのです。
「いつものように成績表は国際便で送るから。
夏休みが終わるまでには送り返してね」
『何か問題があったら言ってよね。
仕事よりも貴女のほうが大切なんだから』
電話向こうから聞こえた呼び出しのアナウンスに叔母さんは悪態をつくと、ごめんねと小さく謝って、それから電話を切りましたです。
泣いてなるものですか!
今は泣いちゃダメな時なのです。
叔母さんの仕事の邪魔にはならないと、叔母さんの厄介になると決まった時に誓ったのです!
頬に流れる〝汗〟を拭って、顔を上げます。
視界が歪んで見えるのもきっと、暑さのせいなのです。
「とりあえず、寝床を見つけなきゃ」
決意を胸にアタシは呟いて、歩き出したのです。明るい未来に!
自分で言ってなきゃ、やってられないですよ。ぐすん。